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古典和歌をメインにブログを書いてます。歌題ごとに和歌を四季に分類。

古典の季節表現 夏 夏の月

2013年06月20日 | 日本古典文学-夏

雨後夏月と云ことを 後京極摂政前太政大臣
夕立の風にわかれて行雲にをくれてのほる山の端の月
(風雅和歌集~国文学研究資料館HPより)

夏月
ま木のとのあくるもやすき短夜にまたれす出てよいさよひの月
(宝治百首~日文研HPより)

題しらす 僧正覚信
夕立のはれぬる跡の山のはにいさよふ月の影そ涼しき
(新拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)

かけきよみなつのよすからてるつきをあまのとわたるふねかとそみる
(夫木抄~日文研HPより)

夏月をよめる 藤原親康
わすれては秋かとそ思ふ片岡のならの葉分て出る月かけ
(新勅撰和歌集~国文学研究資料館HPより)

夏深くしげる青葉をもりかねてこのしたくらき杜の月かげ
(光経集)

にはしろくそてにすすしくかけみえてつきはなつとそまたおもはるる
(為兼家歌合~日文研HPより)

宇治前太政大臣家に三十講の後歌合し侍けるに、よみ侍りける 民部卿長家
夏の夜もすゝしかりけり月影は庭しろたへの霜とみえつゝ
(後拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)

同じ月の十余日に、月のいと明(あ)かきに
みな月は木(こ)の下(した)闇と聞きしかどさ月も明(あ)かき物にぞありける
(和泉式部続集~岩波文庫)

夏月
玉こゆるはすのうき葉にやとかりて影もにこらぬ夏の夜の月
(宝治百首~日文研HPより)

なつの夜の月といふ心をよみ侍ける 土御門右大臣
夏のよの月はほとなくいりぬともやとれる水に影はとめなん
(後拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)

かりそめのゆふすすみするうたたねにやかてありあけのつきをみるかな
(夫木抄~日文研HPより)

 夏月勝秋月。  左金吾
月好雖称秋夜好。
豈如夏月悩心情。
夜長閑見猶無足。
況是晴天一瞬明。
(本朝麗藻~群書類従8)


古典の季節表現 夏 蓮

2013年06月17日 | 日本古典文学-夏

いけみつのみとりすすしきはちすはにおきあへすちるつゆのしらたま
(文保百首~日文研HPより)

題しらす 前大納言実教
風かよふ池の蓮葉浪かけてかたふくかたにつたふしら玉
(新後拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)

なつのいけのはちすのつゆをみるからにこころそことにすすしかりける
(堀河百首~日文研HPより)

はちすさくいけのゆふかせにほふなりうきはのつゆはかつこほれつつ
(俊成五社百首~日文研HPより)

蓮をよめる 前大僧正隆源
夏の日もかたふく池の蓮葉に夕浪こゆる風そ涼しき
(新続古今和歌集~国文学研究資料館HPより)

いかにしてにこれるみつにおひなからはちすのはなのけかれさるらむ
(堀河百首~日文研HPより)

延命寺供養し侍りける時、蓮の葉に書きつけ侍りける
年経れど澄まぬ入江の濁りには清き蓮のいかで生ふらん
(風葉和歌集~岩波文庫「王朝物語秀歌選」)

みつきよみいけのはちすのはなさかりこのよのものとみえすもあるかな
(堀河百首~日文研HPより)

 年ごろ住みたまはで、すこし荒れたりつる院の内、たとしへなく狭げにさへ見ゆ。昨日今日かくものおぼえたまふ隙にて、心ことにつくろはれたる遣水、前栽の、 うちつけに心地よげなるを見出だしたまひても、あはれに、今まで経にけるを思ほす。
 池はいと涼しげにて、蓮の花の咲きわたれるに、葉はいと青やかにて、露きらきらと玉のやうに見えわたるを、
 「かれ見たまへ。おのれ一人も涼しげなるかな」
 とのたまふに、起き上がりて見出だしたまへるも、いとめづらしければ、
 「かくて見たてまつるこそ、夢の心地すれ。いみじく、わが身さへ限りとおぼゆる折々のありしはや」
 と、涙を浮けてのたまへば、みづからもあはれに思して、
 「消え止まるほどやは経べきたまさかに蓮の露のかかるばかりを」
 とのたまふ。
 「契り置かむこの世ならでも蓮葉に玉ゐる露の心隔つな」
(源氏物語・若菜下~バージニア大学HPより)

はちすの露をよみ侍ける 空也上人
有漏の身は草葉にかゝる露なるをやかてはちすにやとらさり剣
(新勅撰和歌集~国文学研究資料館HPより)


古典の季節表現 夏

2013年06月16日 | 日本古典文学-夏

入京漸近悲情難撥述懐一首并一絶
かき数ふ 二上山に 神さびて 立てる栂の木 本も枝も 同じときはに はしきよし 我が背の君を 朝去らず 逢ひて言どひ 夕されば 手携はりて 射水川 清き河内に 出で立ちて 我が立ち見れば 東風の風 いたくし吹けば 港には 白波高み 妻呼ぶと 渚鳥は騒く 葦刈ると 海人の小舟は 入江漕ぐ 楫の音高し そこをしも あやに羨しみ 偲ひつつ 遊ぶ盛りを 天皇の 食す国なれば 御言持ち 立ち別れなば 後れたる 君はあれども 玉桙の 道行く我れは 白雲の たなびく山を 岩根踏み 越えへなりなば 恋しけく 日の長けむぞ そこ思へば 心し痛し 霍公鳥 声にあへ貫く 玉にもが 手に巻き持ちて 朝夕に 見つつ行かむを 置きて行かば惜し
我が背子は玉にもがもな霍公鳥声にあへ貫き手に巻きて行かむ
 右大伴宿祢家持贈掾大伴宿祢池主 四月卅日
(万葉集~バージニア大学HPより)

忽見入京述懐之作生別悲断腸万廻怨緒難禁聊奉所心一首并二絶
あをによし 奈良を来離れ 天離る 鄙にはあれど 我が背子を 見つつし居れば 思ひ遣る こともありしを 大君の 命畏み 食す国の 事取り持ちて 若草の 足結ひ手作り 群鳥の 朝立ち去なば 後れたる 我れや悲しき 旅に行く 君かも恋ひむ 思ふそら 安くあらねば 嘆かくを 留めもかねて 見わたせば 卯の花山の 霍公鳥 音のみし泣かゆ 朝霧の 乱るる心 言に出でて 言はばゆゆしみ 砺波山 手向けの神に 幣奉り 我が祈ひ祷まく はしけやし 君が直香を ま幸くも ありた廻り 月立たば 時もかはさず なでしこが 花の盛りに 相見しめとぞ
玉桙の道の神たち賄はせむ我が思ふ君をなつかしみせよ
うら恋し我が背の君はなでしこが花にもがもな朝な朝な見む
 右大伴宿祢池主報贈和歌 [五月二日]
(万葉集~バージニア大学HPより)

かきほあれて卯花さける古郷にあはれをそふる山ほとゝきす
(古筆手鑑大成⑨「手鑑 京都・龍興寺蔵」昭和62年、角川書店、170p。伝五辻富仲筆。短冊。)

卯の花を見にいきて、帰りてつとめて
折(をり)しまれきのふ垣根の花を見てけふ聞くものか山郭公
(和泉式部集~岩波文庫)

月前時鳥と云ことを 永福門院
郭公空に声して卯の花の垣ねもしろく月そ出ぬる
(玉葉和歌集~国文学研究資料館HPより)

よべ入り給し戸のほどに、あながちにさそひ出でゝ、おしあけ給へれば、月のいとあかきに、こゝかしこの下葉は暗がりわたりて、つま近きたち花のにほひに、ほとゝぎすうち鳴きたるも、をりあはれにをかし。
  郭公花たち花に木(こ)がくれてかゝるしのびの音だに絶えじな
とのたまふありさま、かきまぜのきはだに、かやうの艶あるあか月の別れをしのばせんと、用意せんほどはくちをしかるべうもあらざらんに、ましてえならずなまめかしくめでたきを、女もかぎりなく見しられて、
  さらでだに花立花は身にしむにいかにしのびの音さへ泣かれん
(略)
(浜松中納言物語~岩波・日本古典文学大系77)

旋頭歌
大刀の後鞘に入野に葛引く我妹真袖もち着せてむとかも夏草刈るも
(万葉集~バージニア大学HPより)

夏あさの下葉の草のしけさのみ日ことにまさる比にも有哉
(曾禰好忠集~群書類従15)

わかまきしあさをのたねをけふみれはちえにわかれてかせそすすしき
(夫木抄~日文研の和歌データベースより)

道芝のさけるのみかは真葛原巻くほどにみな野はなりにけり
(天永元年四月廿九日-右近衛中将師時山家五番歌合~『平安朝歌合大成 増補新訂 第三巻』)

夏天
しろたへの雲の糸すちみたるなり天つをとめや夏そ引くらし
(草根集~日文研の和歌データベースより)

夏沼菱
夏ふかき沼水あつく照す日にみくり菱の葉色そつれなき
(草根集~日文研HPより)

松下水
夏かりの藍より出てぬ松陰の岩まの水もみとり染めつつ
(草根集~日文研HPより)

たいしらす 人丸 
結ふ手の岩まをせはみおく山の石垣清水あかすも有哉 
(新千載和歌集~国文学研究資料館HPより)

なつくさのしけみかしたのむもれみつありとしらせてゆくほたるかな
(新葉集~日文研HPより)

しきみつむときのまもなく山でらにわきて一なつはなたてまつる
(新撰和歌六帖~新編国歌大観2)

夏莚
やすくぬる夜はになのへそ一夏もとくへき法の莚ならすは
(草根集~日文研の和歌データベースより)

北の東は、涼しげなる泉ありて、夏の蔭によれり。前近き前栽、呉竹、下風涼しかるべく、木高き森のやうなる木ども木深くおもしろく、山里めきて、卯の花の垣根ことさらにしわたして、昔おぼゆる花橘、撫子、薔薇、苦丹などやうの花、草々を植ゑて、春秋の木草、そのなかにうち混ぜたり。東面は、分けて馬場の御殿作り、埒結ひて、五月の御遊び所にて、水のほとりに菖蒲植ゑ茂らせて、向かひに御厩して、世になき上馬どもをととのへ立てさせたまへり。
(源氏物語・乙女~バージニア大学HPより)

軒より庭に飛下、東西南北見廻ば、四季の景気ぞ面白き。
(略)
南は夏の心地也、立石遣水底浄、汀(みぎは)に生る杜若、階の本の薔薇も、折知がほに開けたり。垣根に咲る卯花、雲井に名乗杜鵑、沼の石垣水籠て、菖蒲(あやめ)みだるゝ五月雨に、昔の跡を忍べとや、花橘の香ぞ匂、潭辺に乱飛蛍、何とて身をば焦すらん、梢に高く鳴蝉も、熱さに堪ぬ思かは。
(源平盛衰記~バージニア大学HPより)

翁和(やは)ら立返(たちかへり)て行くを、星月夜(ほしづくよ)に見遣(みや)りければ、池の汀に行て掻消(かきけ)つ様に失(うせ)にけり。池掃(はら)ふ世も無ければ、萍(うきくさ)・昌■(くさかんむり+補)生繁(おひしげり)て、糸(いと)六惜気(むつかしげ)にて怖(おそろ)し気(げ)也。
(今昔物語~岩波文庫「今昔物語集 本朝部・下」)

重山、雲さかしく、越ゆれば即ち千丈の屏風いよいよしげく、峯には松風かたかたに調べて■(上が禾+尤、下が山)康が姿しきりに舞ひ、林には葉花まれに殘りて蜀人の錦わづかに散りぼふ。これのみに非ず、山姫の夏の衣は梢の翠に染めかけ、樹神のこだまは谷の鳥に答ふ。
(海道記~バージニア大学HPより)

 こたみは姫宮の御方しつらはせたまへり。綾に薄物重ねたる紫の末濃の御几帳ども、御帳の帷も同じやうにて、村濃の紐をして、紺青、緑青、泥などして絵かきたり。御几帳いとささやかにをかしげなり。何ごともいとうつくし。(略)
(栄花物語~新編日本古典文学全集)

女郎花の織物の単衣襲、萩の小袿着たまひて、いたく恥ぢらひたまひたれど、かかやかしくなどはあらで、いとのどかに扇を紛らはしたまひたる御もてなし、有様をはじめ、類なくうつくしげにぞおはしけるや。
(夜の寝覚~新編日本古典文学全集)

御簾の中より、ことごとしき女の装束にはあらで、まことに色はうつるばかりなる紅の織物の単衣襲に、楝襲の五重の織物の袿に、撫子の織物の小袿重ねて、押し出でたるにほひは、雲の上にも通りぬばかり薫りみち、なにの色合ひも、いかなる竜田姫の染め出でたる花の錦ぞと、目もおどろかる。
(夜の寝覚~新編日本古典文学全集)

年十七八許(ばかり)の、姿・様体(やうだい)可咲(をかし)くて、髪は衵長(あこめたけ)に三寸許(ばかり)不足(たら)ぬ、瞿麦重(なでしこがさね)の薄物の衵、濃き袴四度解無気(しどけなげ)に引き上て、香染の薄物に筥を裹(つつみ)て、赤き色紙に絵書(かき)たる扇を差隠して、局より出(いで)て行くぞ、(略)
(今昔物語~岩波文庫「今昔物語集 本朝部・下」)

 宣耀殿に参り給へれば、御前に人多くもさぶらはで、御前の庭の撫子、つくろはせて御覧ずとて、三尺の御几帳ばかりを引き寄せておはします。(略)
 藤の織物の御几帳、撫子の御衣(みぞ)、青朽葉の小袿奉りて、御几帳よりほのぼの見ゆる御有様、世になくめでたきを、(略)
(とりかへばや物語~講談社学術文庫)

夏の雨、のどかに降りて、つれづれなるころ、中将、さるべき集どもあまた持たせて参りたまへり。殿にも、文殿開けさせたまひて、まだ開かぬ御厨子どもの、めづらしき古集のゆゑなからぬ、すこし選り出でさせたまひて、その道の人々、わざとはあらねどあまた召したり。殿上人も大学のも、いと多う集ひて、左右にこまどりに方分かせたまへり。賭物どもなど、いと二なくて、挑みあへり。
  塞ぎもて行くままに、難き韻の文字どもいと多くて、おぼえある博士どもなどの惑ふところどころを、時々うちのたまふさま、いとこよなき御才のほどなり。
  「いかで、かうしもたらひたまひけむ」
  「なほさるべきにて、よろづのこと、人にすぐれたまへるなりけり」
  と、めできこゆ。つひに、右負けにけり。
  二日ばかりありて、中将負けわざしたまへり。ことことしうはあらで、なまめきたる桧破籠ども、賭物などさまざまにて、今日も例の人々、多く召して、文など作らせたまふ。
  階のもとの薔薇、けしきばかり咲きて、春秋の花盛りよりもしめやかにをかしきほどなるに、うちとけ遊びたまふ。(略)
  例よりは、うち乱れたまへる御顔の匂ひ、似るものなく見ゆ。薄物の直衣、単衣を着たまへるに、透きたまへる肌つき、ましていみじう見ゆるを、年老いたる博士どもなど、遠く見たてまつりて、涙落しつつゐたり。「逢はましものを、小百合ばの」と謡ふとぢめに、中将、御土器参りたまふ。
  「それもがと今朝開らけたる初花に劣らぬ君が匂ひをぞ見る」
  ほほ笑みて、取りたまふ。
  「時ならで今朝咲く花は夏の雨にしをれにけらし匂ふほどなく
 衰へにたるものを」
  と、うちさうどきて、らうがはしく聞こし召しなすを、咎め出でつつ、しひきこえたまふ。
(源氏物語・賢木~バージニア大学HPより)

 風の凉しき夕暮、聞きよからぬひとり琴をかき鳴らしては、なげき加はると聞き知る人やあらんと、ゆゝしくなど覺え侍るこそ、をこにもあはれにも侍りけれ。さるは、あやしう黒み煤けたる曹司に、箏の琴、和琴しらべながら、心に入れて、「雨ふる日、琴柱倒せ」などもいひ侍らぬまゝに、塵つもりてよせたてたりし廚子と、柱のはざまに、首さし入れつゝ、琵琶も左右にたて侍り。大きなる廚子一雙に、隙もなく積みて侍るもの、ひとつには、ふる歌物語の、えもいはず蟲の巣になりにたる、むづかしくはひちれば、開けて見る人も侍らず。片つ方に、文どもわざと置き重ねし、人も侍らずなりにし後、手觸るる人もことになし。それらをつれづれせめてあまりぬる時、一つ二つひきいでて見侍るを、(略)
(紫式部日記~バージニア大学HPより)

 いみじう暑き昼中に、「いかなるわざをせむ」と、扇の風もぬるし、氷水に手をひたし、もて騒ぐほどに、こちたう赤き薄様を、唐撫子のいみじう咲きたるに結びつけて、取り入れたるこそ、書きつらむほどの暑さ、心ざしのほど、浅からず推し量られて、かつ使ひつるだに飽かずおぼゆる扇も、うち置かれぬれ。
(枕草子~新潮日本古典集成)

 いみじう暑き頃、夕涼みといふほど、もののさまなどもおぼめかしきに、男車の、前駆逐ふはいふべきにもあらず、ただの人も、しりの簾上げて、二人も一人も乗りて、走らせゆくこそ、涼しげなれ。
 まして、琵琶掻い調べ、笛の音などきこえたるは、過ぎて去ぬるも、口惜し。
 さやうなるに、牛の鞦の香の、なほあやしう、嗅ぎ知らぬものなれど、をかしきこそ、もの狂ほしけれ。
 いと暗う、闇なるに、さきにともしたる松明の煙の香の、車のうちにかかへたるも、をかし。
(枕草子~新潮日本古典集成)

 いみじう暑き昼つ方、まことに扇の風もぬるき心地して、若き人々は氷水(ひみづ)よ何よかよとけしからぬまで裳・唐衣なども脱ぎすべして、片つ方に皆うちやすみたれば、御前もいと人も候はず、ただ二所おはしますに、例の宮の君参り給へれば、碁盤(ごばん)召して御碁など打たせ給ふに、大臣は見証(けんぞ)し給ひつつ、何とやらん石とりかくし何かといづ方の御ためもよからぬことのみし給ふを、宮の君は折れかへり笑ひそぼれ給ふに、権大納言さへ渡り給へる、御心の内ぞいみじう置き所なきや。
 碁もはや打ちさし給うつつ、扇にまとはれてゐ給ひつるを、まことに心恥づかしげなる後目(しりめ)にかけてうち見やり給へば、白き薄物の単衣襲に髪は少し色なるが翡翠だちてはらはらとこぼれかかりたる裾は秋の野の心地していと長う見ゆ。分け目髪ざしなどことさらうつくしげにて、ふり散らしはなやかにそば向き給ふを、内大臣さし寄り給ひて、「な、その御扇の風をばひきこめて。暑かはしげさぞ」とて取り給ひぬるに、いとど御面(おもて)も色そひてうち赤み給へる御顔のにほひ、愛敬、まみのわららかに細く見えたるほどもいとにくからず。(略)
(いはでしのぶ~「中世王朝物語全集4」笠間書院)

 いと暑きころ、涼しき方にて眺めたまふに、池の蓮の盛りなるを見たまふに、「いかに多かる」など、まづ思し出でらるるに、ほれぼれしくて、つくづくとおはするほどに、日も暮れにけり。ひぐらしの声はなやかなるに、御前の撫子の夕映えを、一人のみ見たまふは、げにぞかひなかりける。
 「つれづれとわが泣き暮らす夏の日をかことがましき虫の声かな」
 螢のいと多う飛び交ふも、「夕殿に螢飛んで」と、例の、古事もかかる筋にのみ口馴れたまへり。
 「夜を知る螢を見ても悲しきは時ぞともなき思ひなりけり」
(源氏物語・幻~バージニア大学HPより)

たいしらす よみ人しらす
八重葎しけきやとには夏虫の声より外にとふ人もなし
(後撰和歌集~国文学研究資料館HPより)

つねにむかひたる方は、常葉木ども木ぐらう、もりのやうにて、空もあきらかにみえぬも、なぐさむ方なし。
ながむべき空もさだかにみえぬまでしげきなげきもかなしかりけり
(建礼門院右京大夫集~岩波文庫)

東は如何に大鏡寺。草の若芽も 春過て、遲れ咲なる菜種や罌粟の、露に憔るる夏の蟲。おのが妻戀ひ優しやすしや。 彼地へ飛つれ、此地へ飛連れ、彼地やこち風ひた/\/\、羽と羽とを袷の袖、染た模樣を花かとて、肩にとまればおのづから、紋に揚羽の超泉寺。さて善道寺栗東寺。天滿の札所殘りなく、其方にめぐる夕立の、雲の羽衣蝉の羽の、薄き手拭暑き日に、貫く汗の玉造。
(曾根崎心中~バージニア大学HPより)

なつをあさみつゆおくとしはみえねともくさはすすしきあさあけのには
(為兼家歌合~日文研HPより)

百首歌奉し時 式乾門院御匣
白雨(ゆふたち)の名残の露そをきまさるむすふはかりの庭の夏草 
(続拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)

入日さす夕立なからたつ虹の色もみとりにはるる山かな
(草根集~日文研HPより)

院に三十首歌めされし時、夏木を 前太宰大弐俊兼
虹のたつふもとの杉は雲に消て峰より晴る夕立の雨
(風雅和歌集~国文学研究資料館HPより)

月のおもしろかりける夜あかつきかたによめる ふかやふ
夏のよはまた宵なからあけぬるを雲のいつこに月やとるらん 
(古今和歌集~国文学研究資料館HPより)

夏月を 前太政大臣
暁のそらとはいはし夏の夜はまたよひなから有明の月
(続古今和歌集~国文学研究資料館HPより)

 水樹多佳趣。 右金吾
水樹清凉景気深。
自多佳趣助登臨。
一千年鶴鑒流思。
五大夫松傾盖心。
翡翠成行烟暗色。
瑠璃繞地浪清音。
歓遊已隔囂塵境。
莫語此時漫醉吟。
(本朝麗藻~群書類従8)


古典の季節表現 夏 鵜河

2013年06月15日 | 日本古典文学-夏

よかはたつさつききぬらしせせをとめやそとものをもかかりさすはや
(六百番歌合~日文研HPより)

かひのほるうふねをしけみかつらかはせせのなみゆくかかりひのかけ
(夫木抄~日文研HPより)

文保三年百首歌奉りける時 中宮大夫公宗母
大井河せゝの鵜舟のかすかすにうきてそもゆるかゝり火のかけ
(新拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)

ぬはたまのよかはのともすかかりひはさはしるあゆのしるへなりけり
(六条修理大夫集~日文研HPより)

うはたまのよかはのふねのかかりにはもにすむいをのかくれなきかな
かひのほるうふねのつなのしけけれはせにふすあゆのゆくかたそなき
(夫木抄~日文研HPより)

鵜河をよませ給うける 後嵯峨院御製
夕やみにあさせしら波たとりつゝみをさかのほる鵜かひ舟かな
(続拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)

嘉元卅首歌奉し時 前大納言為世
鵜飼舟せゝさしのほる白浪にうつりてくたるかゝり火のかけ
(続千載和歌集~国文学研究資料館HPより)

鵜川を 中務卿宗尊親王
大井河鵜ふねはそれと見えわかて山本めくる篝火のかけ
(風雅和歌集~国文学研究資料館HPより)

鵜河を 前内大臣
鵜飼舟くたす程なき短夜の河せに残る篝火の影
(続千載和歌集~国文学研究資料館HPより)

かかりひのひかりもうすくなりにけりたなかみかはのあけほののそら
(夫木抄~日文研HPより)

千五百番歌合に 皇太后宮大夫俊成
おほ井河かゝりさし行鵜かひ舟いく瀬に夏の夜を明すらん
(新古今和歌集~国文学研究資料館HPより)

 十七日、又鏡島へ帰る。月出ぬほど、江口に出でて鵜飼を見る。六艘の舟に篝(かゞり)を挿して上(のぼ)る。又一艘を設けてそれに乗りて見物す。「おほよそこの川の上り下り(くだ)り、闇になれば猟舟数を知らぬ」と言ふを聞きて、
  夕闇に八十伴(とも)の男(お)の篝挿し上(のぼ)る鵜舟は数も知られず
 鵜の魚を取る姿、鵜飼の手縄を扱ふ体など、今日初めて見侍れば、言の葉にも述べがたく、哀れとも覚え、又興を催すものなり。
  鵜飼人繰るや手縄の短夜も結ぼほれなば疾くは明けじを
 すなはち鵜の吐きたる鮎を篝火に焼きて賞玩す。これを篝焼と言ひ慣らはしたるとなん。
  とりあへぬ夜川の鮎の篝焼珍(めづら)とも見つ哀とも見つ
(藤河の記~(岩波)新日本古典文学大系51)


古典の季節表現 六月 祇園会(ぎをんゑ)

2013年06月14日 | 日本古典文学-夏

今日祇園御霊会、院召次百余人騎馬行列
(永昌記)

雨猶不晴。祇園会也。笠風流無指示云々
(看聞日記)

祇園ノ御霊会今年殊結構。山崎之定(シヅメ)鉾。大舎人之鵲(カササギ)鉾。処々之跳(ヲドリ)鉾。家々笠ノ車。風流之造山。八ツ撥。曲舞。
(尺素往来)

これはこのあたりに住まい致す者でござる。某(それがし)当年は、祇園の会(ゑ)の頭(とう)に当ってござる。それにつき祭も近々(きんきん)でござるによって、いずれもを申し入れ、囃子物の稽古を致そうと存ずる。(略)
時雨の雨にぬれじとて、鷺の橋を渡いた、かささぎの橋を渡いたりや そうよの。
(狂言・煎物~岩波・古典文学大系「狂言集」)

おもしろや、祇園囃子にふく笛の、太こおほせ杖をつき、是ほど芸をする我を、目利(めきゝ)ならはみてとれ、此、目利(めきゝ)ならはみてとれ
(狂言・祇園~「大蔵虎明本狂言集の研究」)

祇園の会(ゑ)の時、若(もし)、御所の御前にや参るべき、内々用意の時、喜阿来りて、談合せられしは、異役人もなからんには、祝言一(ひと)うたひ過て、指示(さしごと)の序より謡ふべし。曲舞有(ある)上に、余の申楽(さるがく)あらんには、祝言一(ひと)うたひ過ぎて、軈(やが)て「人皇五捨代」と、曲舞(くせまひ)より謡ふべし、と談ぜられし也。
(申楽談義~岩波・古典文学大系「歌論集・能楽論集」)

其(その)次の日、終日(しゆうじつ)終夜(しゆうや)大雨降車軸、洪水流盤石、昨日の河原(かはら)の死人汚穢(わゑ)不浄を洗流し、十四日の祇園神幸(しんかう)の路をば清めける。天竜八部(てんりゆうはちぶ)悉(ことごとく)霊神(れいしん)の威(ゐ)を助(たすけ)て、清浄の法雨を潅(そそ)きける。難有かりし様(ためし)也(なり)。
(太平記~国民文庫)

承安二年菅行衡祇園会を見る事并びに牛狼藉の事
同二年、祇園会を菅博士行衡、三条堀河にてみけるに、車のうしろのかたを引てすぎける牛、鴟の尾のかたより車のしたに入て、車にかけたる牛の左の腹をつきてけり。行衡が牛おどろきはしりければ、つきたる牛もおなじく走けり。引てすぎつる童、うしろの方より綱をとりて、引返しける程に、車をうちかへさんとして、敷板も牛の角にあたりてやぶれにけり。不思議にあさましかりけることなり。
(古今著聞集~岩波・古典文学大系)