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信州松本からの投稿(2004年11月11日~)

鉢伏山 2010/12/31

2010-12-31 | 高ボッチ高原・鉢伏山
鉢伏山 2010/12/31

大晦日の今日、最低気温は氷点下2.2度、最高気温は4.4度。
ちょっと冷えましたが日中は青空が広がり、気持ちの良い一日となりました。
2011年を締めくくる日の天気としては最高でした。

今年一年間、つたないblogにご訪問いただきました方々、またコメントをいただきました方々にお礼申し上げます。

佳いお年をお迎え下さい。
コメント (8)
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神棚へのお供え

2010-12-31 | いろいろなデータ
神棚へのお供え

神棚へのお供え

大晦日、お年取りをする前に神棚にお供えをします。
白いお皿に焼いていない鰯の丸干しと鰤の尾をのせ、その上にお神酒を注いでから神棚に供えます。

※鰤の身ではなく尾をお供えする理由は定かではありませんが、一説には恵比寿様は鰤の身をお供えするとこの家も金持ちになったと働いてくれないからという説があります。
※神棚へお供えをあげるのはその家の跡取りの役目です。





元旦、お雑煮と鰤の小さな切り身を足します。
雑煮に入っている具を全てのせます。

神棚へのお供え




正月二日、白米と芋汁と鰤の小さな切り身を足します。

神棚へのお供え



正月三日、お雑煮を足します。

神棚へのお供え


これで新年のお供えは終了です。
七日に神棚からお供えを下げます。




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ののさま(仏前)へのお供え

2010-12-31 | いろいろなデータ
ののさま(仏前)へのお供え

ののさま(仏前)へのお供え

大晦日、午後三時頃に二升のご飯を炊き上げます。
丸い木製のお盆の上に半紙を互い違いに重ね、その上に二升のご飯を半球になるように盛ります。
盛り終わったら、未使用の割りばしを前後左右に各一膳、中央に一膳さし「ののさま」に供えます。

※意味は分からずにやっています。
 何時かお寺様に聞いてみようと思っています。




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我が家のお年取り・新年いろいろ

2010-12-31 | いろいろなデータ
12月31日を我が家では「お年取り」と呼びます。
字の如くで、年齢を一つ重ねる日となります。
一般的には「元旦」に一つ年を重ねるとする地区が多いのですが、長野県では「大晦日」に年を一つ重ねるとしている地区が多いようです。
そのためこの大晦日にはご馳走を用意して、家族全員でまた一つ年を重ねる事が出来たことに感謝しお祝いをします。
※ここでいうご馳走は「元旦」に一つ年を重ねる地区では「御節料理」と呼ばれるものです。

我が家のお年取りと新年の一部を紹介させていただきます。

大晦日 ののさま(仏前)へのお供え
大晦日 年取り魚(肴)
大晦日 神棚へのお供え
大晦日 尾頭付き
大晦日 三つ盛

元 旦 お雑煮
二 日 芋汁
三 日 お雑煮
コメント (2)
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三つ盛

2010-12-31 | いろいろなデータ
我が家のお年取りの三つ盛(みつもり)です。

三つ盛(みつもり)

お年取りの料理は「年取り魚」のように各人一皿をあてがうものもありますが、皿に盛り付けそれぞれが取り分け食べる物もあります。

この三つ盛は私が記憶のある頃から全く内容が変わっていません。
「半切りにした蜜柑」、「田作(たづくり)」、「切りいか」です。
※「田作(たづくり)」は「鱓、五万米、古女(ごまめ)」とも呼んでいました。
※「イワシ」は田畑の肥料として使われていた事から豊作を願って食べられたとの事です。
※「イワシ」と同じ目的で「ニシン」も昔は肥料として使われていたようです。
 今は高級品となってしまった「数の子」ですが、俵に詰められた肥料用のニシンの腹には数の子が沢山入っていて、私の父の代にはかじって食べていたようです。
 ただ、かなりしょっぱかったよです。

「三つ盛(みつもり)」以外に五品を盛り付けた「五つ盛(いつつもり)」、七品を盛り付けた「七つ盛(ななつもり)」も作る事があります。



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尾頭付き

2010-12-31 | いろいろなデータ
尾頭付き 鰯の丸干し

お年取りの日の「尾頭付き」の魚です。
尾頭付きとはいっても鰯の丸干しです。





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年取り魚(肴)

2010-12-31 | 松本の話題・情報
12月31日を我が家では「お年取り」と呼びます。
字の如くで、年齢を一つ重ねる日となります。
一般的には「元旦」に一つ年を重ねるとする地区が多いのですが、長野県では「大晦日」に年を一つ重ねるとしている地区が多いようです。
そのためこの大晦日にはご馳走を用意して、家族全員でまた一つ年を重ねる事が出来たことに感謝しお祝いをします。
※ここでいうご馳走は「元旦」に一つ年を重ねる地区では「御節料理」と呼ばれるものです。
そのご馳走の中に「お年取り魚(肴)」があります。
何は無くても「お年取り魚」で、信州では「鰤」と「鮭」がその代表になります。
一般的に北信では「鮭」、中南信では「鰤」に分けられますが、冷蔵保存の技術の発達した現在では様々なようです。
我が家の年取り魚は「鰤」と「鮭」の両方でした。
何れもこの松本まで塩蔵されてきていますので、どちらも塩抜きをかねて茹であげる簡単な調理方法です。

鰤はこのお年取りの日にしか食べられない貴重な魚でした。
海無し県である長野県の山間の松本の地に何処から鰤が運ばれてきたかというと、
富山湾で獲れた鰤が塩蔵されて飛騨の高山まで運ばれます。(越中鰤と呼ばれていたようです。)
この鰤が野麦街道を歩荷や牛に背負われて松本に運ばれます。(飛騨鰤と呼ばれていたようです。)
松本の地に着いた鰤は更に各地に運ばれ年取り魚として売られます。(松本鰤とも呼ばれたようです。)
この鰤が運ばれたルートを「鰤街道」とも言います。

鮭も塩蔵で、私が幼少の頃は「新巻鮭」を購入していました。



冷蔵技術の発達した今日塩蔵された鰤や鮭は売られておらず、昔は塩抜きをかねて茹で上げて食べていた鰤と鮭でしたが、今は生の切り身に塩を振って焼いて食べています。
輸送技術、魚の冷蔵保存技術の発達により、年取り魚の調理の仕方が変化してきています。



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