健康診断で城北病院に行ったとき、労働運動で頑張った大先輩の故酒井憲二さんの写真が展示し
てありました。私が貿易の現役時代は、保険会社の外交員、日朝協会の事務局長、そして写真
マニアの酒井さんでした。石川県は戦前から繊維産業が盛ん、戦後は日本を代表する合繊繊維
の産地として有名。原糸メーカーを糸をもらい、撚りをかけ、織物や編み物工場に供給する、
いわば川中の一大産地でした。私も貿易で合繊繊維の輸出にも携わりました。
私は直接知らないのですが、撚糸工場である丸大撚糸で、1958
年会社は工場閉鎖、全員解雇の暴挙に出ます。従業員169人中149人が女子労働者、
何十人の方がストライキに突入。折しも、三井三池炭鉱労働争議初め、全国的な労働組
合の闘いの中、県内外からの支援も組まれます。
彼女たちは、雨の日も風の日もビラをも
って市民に訴え続けます、内職や支援カンパの物品販売に奮闘したそうです。県内の労
働者も自分のこととして、連日の支援行動に。写真にある「こんな時私たちは苦しい闘
いを忘れて心から笑こけた」「母さん、私達は人間として一番正しいことをしています。
どうか心配しないでください」(家への手紙)を見て、涙が出てきます。1023日
(約3年)という日本労働史上最長の闘いを経て、1960年11月、会社は現地工場
の再開、希望者全員の雇用に踏み切ります。涙の勝利集会を当時の新聞の報じました。
今、70代後半の方には共に青春時代を闘った方も多いのです。
60年安保とも、70年安保とも違う、「市民革命」とも称され
る若者や若いママたちの行動が起きています。自分の言葉で語り、自分らしい表現でア
ピールします。昨日22日金沢でもサウンドパレード。「戦争したがる総理は要らない」
「未来をこの手に」「野党は共闘」「民主主義って何だ」「これだ!」などのコール、
音楽のリズムやドラムに合わせて気分も乗ってきました。直接関係はないけど、何かし
ら若者らしい強い意思の歴史のつながりを感じました。