雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

男は女親亡くなりて

2014-04-09 11:00:58 | 『枕草子』 清少納言さまからの贈り物
          枕草子 第二百九十五段 男は女親亡くなりて

男は、女親(メオヤ)亡くなりて、男親(ヲオヤ)の一人ある、いみじう思へど、心わづらはしき北の方出で来て後は、内にも入れ立てず、装束などは、乳母、また故上の御人どもなどして、せさす。
西・東の対のほどに、客人居など、をかし。屏風・障子の絵も、見どころありて住まひたり。

殿上のまじらひのほど、「口惜しからず」人々も思ひ、主上も御気色(ミケシキ)よくて、常に召して、御遊びなどの仇に思し召したるに、なほ、常にもの歎かしく、世のなか心に合はぬ心ちして、すきずきしき心ぞ、かたはなるまであべき。
上達部の、またなきさまにてもかしづかれたる妹一人あるばかりにぞ、思ふことうち語らひ、慰めどころなりける。



その男性は、女親が亡くなって、男親一人になりましたが、その父親は息子を可愛がりはするが、気難しい奥方がおできになった後は、自分の室内にも入れさせず、息子の装束などは、乳母や亡くなった母親の関係の人などに頼んで世話をさせています。
その男性は、西の対や東の対のあたりに、客殿などを結構にしています。屏風や障子の絵も、立派に設えて別居して暮らしています。

殿上人としての勤めなども、「非の打ちどころはない」と世間の人は思い、天皇もお気に入りで、いつもお召しになって、管弦などのお相手と思し召しなのですが、それでも、いつも何となく不満で、世間が自分の心に合わない気がして、好色な心が、異常なほどに起きることになるようなのです。
さる上達部の邸で、この上ないというほど大切にされている妹が一人あり、その女性にだけは、心の奥を打ちあけて語らい、唯一の慰めとなるお相手らしいのです。



幼くして母親に死に別れた御曹子についての随想ですが、明らかに、中宮(定子皇后)の忘れ形見敦康親王の境遇を語っていると思われます。
文中の「男」は、すでに成人していますが、敦康親王は定子崩御の時はまだ二歳であり、その意味では「男」は別人となるのでしょうが、少納言さまの苦心の表れといえましょう。
時代はすでに道長の台頭が明らかとなり、天皇の寵愛は彰子中宮(道長息女・文中では「心わづらはしき北の方」)に移っており、少納言さまとて本心を吐露することは出来なかったのでしょう。
何とも切ない章段です。

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