雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

石造りの経典を刻む ・ 今昔物語 ( 7 - 45 )

2022-08-20 08:18:09 | 今昔物語拾い読み ・ その2


       『 石造りの経典を刻む ・ 今昔物語 ( 7 - 45 ) 』


今は昔、
震旦の幽洲(ユウシュウ)という所に、知苑(チオン・伝不詳)という僧がいた。生来優秀で、経典の教えを熱心に学び、ひろく衆生を救済することを願った。

その人は、随の大業(ダイゴウ・605 - 616 )の時に、発心して石の経蔵を造った。これは、ただ一心に、法の教えが途絶えた時に、遙か未来の世に法を伝える為である。
幽洲の北の山に、巌を穿って、石の室(ムロ)を造った。四方の壁を磨いて、その面に経文を刻んだ。また、四角い石を磨いて、その面にも経文を刻んで、多くの室の内に納めた。このように、室ごとにいっぱいにして、石で以て入り口を塞いだ。鉄で以て塞ぐより堅固だからである。

その頃、内史侍郎(ナイシジロウ・長安地方を治める次官。)の簫璃(ショウリ)という人がいた。仏法を厚く信奉していた。
簫璃は、この知苑が石の経蔵を造って経教を納め置くことを行っていることを尊び、[ 欠字。「后」が入るらしい。]に申し上げて、絹千匹(一匹はニ反)を布施とした。また、銭を布施して事業を助成させた。また、簫璃も絹五百匹を布施した。
さらに、国王を始めとして、百姓などすべての者がこの事を聞いて、争うように布施すること雨が降るかのようであった。
これによって、知苑はそれらの布施を集めて、その事業を思い通りに完成させた。
その経蔵を建てるのに関わった大工が大勢いた。そこで、道俗の者たちが集まってきて、その巌の前に木造の仏堂や食堂・廊(ロウ・寝室のことらしい)を造ろうとしたが、その所に木材や瓦などを集めることが難しく、計画を進めようとしていた者たちは困り嘆いた。仏のために集まっている物と物々交換して資材を集めようとしたが、そのための費用が多すぎて、未だに完成させることが出来なかったが、ある夜、突然雨が降り出し、雷が鳴り、山を振動させるほどであった。

明くる朝、見れば山の麓に大きな松柏(ショウハク・主として針葉樹を指す。)が千株ほど、水に流されてきて道の辺りに積み上がっていた。
山の東側には材木になるような木は少なく、松柏は極めて少ない。道俗の者たちは驚いて大騒ぎするが、それらの木がどこから流されてきたのか分からなかった。流されてきた跡を辿っていくと、遙か向こうの西の山の峰が崩れ木が倒れて、この場所まで流されてきたのであった。
遠近の人々は、皆、この事を見聞きして、感動すること限りなかった。そして、これらはすべて、神の助けだと知ったのである。

知苑は、大工を行かせて、必要なだけの木を選び取って、余った木は近隣の村落に分け与えた。されば、村の者たちは大喜びして、大工と共に堂の建造の手助けをしたので、いずれも思い通りの建物を造ることが出来た。
知苑が造った石の経は、すでに七つの石室に満ちていて、知苑はかねてからの宿願を果たしたことを喜びながら、亡くなった。
その後は、知苑の弟子たちが、その功績を受け継いで、さらに熱心に勤めを怠ることがなかった、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆


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