雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

自由気ままの聖人 ・ 今昔物語 ( 7 - 44 )

2022-08-20 08:18:55 | 今昔物語拾い読み ・ その2

       『 自由気ままの聖人 ・ 今昔物語 ( 7 - 44 ) 』


今は昔、
河東(カトウ・山西省。黄河東部をいう。)に僧がいた。名を道英(ドウエイ・華厳経の学僧。636 年没。)という。
若い時から禅行(ゼンギョウ・心を集中して安静統一させる修行。)を修行して怠ることがなかった。但し、身だしなみや衣服などは構わなかった。
ところが、道英は知識が広く、経教の深い義理を良く理解し悟らないものは無かった。一度聞くことで悟ることは並ぶ者とてない。
されば、遠近の僧尼たちは、挙ってやって来て経典の疑問の解決を乞うた。道英は容易く答えて、「あなた方が疑問に思う所を、よくよく思惟(シユイ・考えめぐらすこと)しなさい」と言って、義(真理、といった意味か?)を教えた。
すぐに理解できた者は、喜んで返った。未だ理解できない者は、何度もやって来て義について尋ねたが、道英は、質問に応じてその要点を説いて教えた。それによって、全員が理解して喜んで返っていった。

このようにして何年かが過ぎた頃、道英は、多くの人と共に船に乗って黄河という河を渡る時、河の真ん中で突然船が沈み、乗っている人は皆、水に落ちて死んでしまいそうである。
陸にいた道俗(出家者と在家者)の人々は、道英が沈むのを見て、河の岸から眺めて大騒ぎした。時期は、冬の終りのことで、水は澄んでいて凍てついていた。両岸はどちらもそそり立っている。ところが、道英は水の中を歩いて岸まで来ると、凍っている表面を打ち破って岸に上がった。
岸にいた人々は、これを見て喜びながらも驚き、争って自分の衣服を脱ぎ、道英の濡れた身体を覆わんとしたが、道英はそれを受け取ろうとせず、「私の身体の内はとても熱い。あなた方の衣服で覆って下さることはない」と言って、ゆっくりと歩いて帰っていった。
全く寒そうな様子がない。身体を見ると、まるで火で炙られたようである。人々は皆、これを見て「不思議なことだ」と思い合った。

また、道英は、ある時には、牛を飼っていて、車を引かせて人を乗せた。また、自ら蒜(ヒル・ネギやニラやニンニクの類い。)を食べ、ある時には俗人の衣服を着た。頭の髪は二、三寸もある。どれもこれも僧らしくなかった。
また、仁寿寺(ニンジュジ・伝不詳)に行くと、その寺のドウソン(河東の人らしい。41話に登場している。)は、この道英を見て敬い尊んで、その寺に迎えたが、日暮れになると食事を要求した。
ドウソンは、「聖人は食事をなさることが無いといいますが、あえて人から嫌われるために求められているのですか」と尋ねた。
道英はそれを聞くと、笑みを浮かべながら、「あなたは、遂に、胸の動悸が激しくなり、少しも休むことなく動いて、飢えのために自ら苦しもうとなさっている」と言った。
ドウソンは、その言葉を聞いて、嘆くこと限りなくして、遂には死んでしまった、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆


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