みんなのライヴ・ブログ

行ったつもりのリクエスト「おうち DE apple-cart」。毎日朝5時に1曲、全力更新中!

ラモウんの「プログレ放浪聴(ほうろうき) 100選」 その15

2014年04月29日 05時06分00秒 | 僕の私のプログレ放浪聴(ほうろうき)
AARDVARK「AARDVARK」(1970) by Mr.Rapport

 このアルバムは『ブリティッシュロック名鑑』というムックに記されていた「初期ディープ・パープルのギターレスのようなオルガン主体のプログレバンド」という記事に惹かれてユニオンで購入。
 なるほど、確かに初期ディープ・パープルによく似ている。オルガンの音色はもとより、シンガーの声質もロッド・エヴァンスにそっくり。ベースが織りなすフレーズもニック・シンパーに何となく似ている。割とがさつな叩き方をするドラムも若いころのイアン・ペイスに通じるものがある。
 もし、ロックにまったく関心のない人、もしくはディープ・パープルをまったく知らない人に、『Shades of Deep Purple』を聴かせた後、この「AARDVARK」を聴かせ、次のように言ったら、100人中90人の人は信じ込むかもしれない。
「このアルバムはパープルのセカンドアルバムで、ギタリストが抜けて四人編成になったものだ」
 肝心のサウンドのほうだが、これがまた英国臭たっぷり。ややアングラながらも、ハードロック・サイケ・ジャズの要素がうまく配合されて、60年代後期~70年代前半特有の世界をうまく醸し出している。
 そして、何といってもオルガンが大活躍。ユニゾン部における歪みのある音色、きしませ方なんか、どうしてなかなか。ジョン・ロードと双璧をなすといっても言い過ぎではないだろう。また、ハモンド以外にピアノや木琴といった鍵盤楽器もうまく取り入れているので、ギターレス・バンドであるにもかかわらず、音に厚み・質感があるのも、このバンドの特徴。
 オルガン主体のロックといえば、このコーナーの第一回でBeggar's Operaを取り上げたが、HR色が強く、よく出来ているという点では、このアルバムのほうに軍配をあげたい。
 YOU-TUBEを貼り付けておきましたので、興味のある方は試聴ください。
 どの曲もいい出来ですが、圧巻は36分あたりから始まるラストランバー。

http://www.youtube.com/watch?v=_kQSwGtz9pI
『Shades of Deep Purple』が好きな人にはお勧めの一枚。
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訪問日記「其の160」

2014年04月27日 00時00分00秒 | apple-cart 訪問日記
4月26日(土)

 upset the apple-cartで催された“LED ZEPPELINカウントダウン”が4月4日。そこから数えて22日ぶり。それに加えて、記念すべき“第160回目”。だけどもちょ~っと間が空いてしまった。(諸般の事情で一週間延びてしまったからねぇ)
 今回の訪問に際しましては、公務も絡んでのこと。“公務”と言っても、普段やってる“買い物”だとか、“聡怐hだとかのヤワなものと違って、とてもマジメな事項を携え、午前中から都内に入る。
 だかと言って、暗く・長く・重い公務でもないので、午後からはフリー。いつものように、制限時間いっぱいまで“猟”のための都内散策。まずは“御茶ノ水”から。地下鉄を降り、お茶の水橋を渡ってJR方面へ。
 今や、猟盤を勤しむものにとってのシンボル化とも言って良い“黒と赤の四角い袋”。しかも、30cm四方のデカいタイプを持つオッサン達を多く見かけた。どうやら、アナログ盤のセールだったようだ。
 店内もそちらへの人の出入りが頻繁。さらに店舗階段の踊り場には、アナログ盤蒐集に燃えるオッサン達がたむろしていた。
 アイテムには違いがあれど、同朋たちがニコヤカに微笑み合っている姿を見るにつけ、“きっと良い猟盤が出来たのだな”と陰ながら労いの言葉を送ってあげました。
 今回は、自分の中で“ゴールデン・ルート”と称している“茶・池・新”を巡ったのだが、僕個人の猟盤は不漁だった。しかしそれは“0”だったわけではなく、妥協点を見出せなかったと表現した方が正しい。GW中に一回「リンゴ」抜きで、じっくりと巡りリベンジしたいとその時は誓ったが、5月・6月と、“ア○ゾン”でャ`っとしたブツが我が家にやって来る都合上、出費は極力抑えておく必要があるから。今回の不漁は、逆に良いことだったのかも知れない。
 さて、ラモウんからの事前メールで、「リンゴ」合流の連絡を受けており、さらに、店でのリクエストでは一つの目的を提案されていた。絶対に実行しなければ・・・。
 いつもと同じく、紀伊國屋沿いにある最終猟盤地の大型店を18時45分に出て、これまたいつもと同じく地下道で三丁目方面をめざしたが、開店5分前に「リンゴ」の前に到着してしまった。時間調整して歩いたつもりなのに。
 さてどうしたものかとビルを見上げると、ソデ看板に灯りが・・・。店主が、道路に出すカンバンを両手で重そうに抱えて出て来た。さらに僕の背後にはまーつーさんが。これはタダゴトでは無さそうだが・・・。
 店内に入ってその理由が判明。この日より、楽曲が増量されました~。↓
 楽曲増量のipadと、店の脳味噌と奮闘中の店主をパチリ

 店PCと、全ipadにデータを移送中。その作業のため、いつものノンアルをやりながら、リクエストはせずに、単に鳴っているROCKを鑑賞。そこへラモウん到着。
 “もういいぞ”との声がかかり我らのリクエスト開始。僕はRAINBOWの「Catch The Rainbow」をまずリクエストする。
 リクしたのには理由がある。本日最後の猟盤地で、最近リリースされたDIOのトリビュートアルバムより、この曲が流れていたのだ。歌うは“グレン・ヒューズ”。これカッチョよかったなあ。
 続いてラモウんからの提案を実行。それは“ZEPカウントダウン”において、すっぽかしの刑に処されたユニさんの“復讐。ベスト5をちゃんと順番をつけて差し出す。
 しかし、最初にかかったのは「アキレス」。店主から“営業上の都合で順番は違うが”とひと言添えられた。まあ全曲かかったので、良しとしましょう。その後のリクについては、文末にまとめました。
 店内の状況は、20時少し前にオケラだんさんが来て、21時少し前には若いカップルが来て、その10分後くらいにラモウんが帰り、そのあと店主がオケラだんさんの隣の席にすわり、まーつーさんがPC操作係になったって流れ。僕も21時40分頃に店を出ました。
 店で鳴っていたROCKですが、RAINBOW「Catch The Rainbow」、LED ZEPPELIN「Achilles Last Stand」、G.F.R.「Time Machine」、LED ZEPPELIN「Dazed And Confused」「Heartbreaker(BBC)」「The Song Remains The Same(永遠の詩より)」「Good Times Bad Times」、BJORN & BENNY「She's My Just Kind Of Girl」、DEEP PURPLE「Smooth Dancer」「Sail Away」、CHICORY「Son Of My Father」、JIMMY CLIFF「You Can Get If You Really Want」、TOMMY BOLIN「Wild Dog(live)」、T.REX「Hot Love」、HIRAM BULLOCK & EAR BIG BAND「Little Wing」、PROCOL HARUM「Grand Hotel」、SWEET「Burn On The Flame」、矢野顕子・忌野清志郎「ひとつだけ」、CARPENTERS「Blass The Beasts And Children」、NICKELBACK「Photograph」、NIRVANA「Smells Like Teans Spirit」、GREEN DAY「Hitchin' A Ride」、LEON RUSSELL「This Masquerade」。
赤字が、僕が書いたリクエストです。

 なお次回訪問ですが、5月10日(土)を予定しております。
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第29回

2014年04月25日 06時52分00秒 | アーカイブス:出版物・印刷物
「音楽専科」音楽専科社 1973~ by Mr.UNIVERSE

 ミュージック・ライフと同様に数冊が残っている。73年の号が一番多いので、たぶんその頃から毎月ではないが1~3年くらい購入していたようだ。
 中学3年くらいからは、ミュージシャンの動向だけを追う情報だけではなく、かなり詳細なディスコグラフィーに興味を持ってきた時期。その意味では読み応えがある雑誌であった。
 73年7月号のビートルズ特集では、全アルバム、ソロアルバム、セッション参加アルバムに加えてブートレグまで掲載されている。今では、アーチストの完全ディスコグラフィーも掲載している雑誌も多いが、当時のメジャーなロック雑誌では音楽専科くらいだった(と思う)。

 73年12月号では「第2回73年度・音楽専科読者選定 ベスト・ミュージシャン中間発表」が掲載されているので、参考まで。(元々、カタカナ表記)

[Best Album]
1.リヴィング・インザ・マテリアルワールド/G・ハリソン
2.狂気/P・フロイド
3.イエスソングス/イエス
4.火の鳥/マハビシュヌ・オーケストラ
5.ライヴ・イン・ジャパン/D・パープル
6.アメリカン・バンド/G・F・R
7.山羊の頭のスープ/R・ストーンズ
8.聖なる館/L・ツェッペリン
9.太陽と戦慄/K・クリムゾン
10.レオン・ライブ/レオン・ラッセル
11.ブラザーズ&シスターズ/A・ブラザーズ・バンド
12.ザ・ビートルズ67~70/ザ・ビートルズ
13.キャラバン・サライ/サンタナ

[Best Group]
1.イエス
2.ウイングス
3.ピンク・フロイド
4.レッド・ツェッペリン
5.ローリング・ストーンズ
6.エマーソン・レイク&パーマー
7.ザ・ビートルズ
8.サンタナ
9.ディープ・パープル
10.キング・クリムゾン
11.マハビシュヌ・オーケストラ
12.ベック・ボガード&アピス
13.Tレックス
14.シカゴ
15.グランド・ファンク・レイルロード

[Vocal]
1.メ[ル・マッカートニー
2.ミック・ジャガー
3.ジョージ・ハリソン
4.グレグ・レイク
5.ジョン・レノン
6.ジョン・アンダーソン
7.イアン・ギラン
8.ロバート・プラント
9.ロッド・スチュワート
10.レオン・ラッセル

[Guitar]
1.エリック・クラプトン
2.ジョージ・ハリソン
3.ジェフ・ベック
4.ジョン・マクラフリン
5.ジミー・ペイジ
6.カルロス・サンタナ
7.スティーヴ・ハウ
8.リッチー・ブラックモア
9.デイヴ・ギルモア
10.メ[ル・マッカートニー

[Keyboad]
1.キース・エマーソン
2.リック・ウエイクマン
3.レオン・ラッセル
4.メ[ル・マッカートニー
5.ニッキー・ホプキンス
6.エルトン・ジョン
7.ジョン・ロード
8.ジョン・レノン
9.リック・ライト
10.ロバート・ラム

[Drum]
1.リンゴ・スター
2.カール・パーマー
3.ジンジャー・ベイカー
4.ビル・ブラッフォード
5.カーマイン・アピス
6.ジョン・ボーナム
7.ビリー・コブハム
8.イアン・ペイス
9.ジム・ケルトナー
10.アラン・ホワイト

 「中間報告」の号しか資料は無いが、時代の傾向は見てとれる。音楽専科読者層の傾向に偏るのは仕方ないと思って見て下さい。
 ベーシスト部門がないので、ギタリスト部門に含まれると思うが、そういうアバウトな部分は御愛嬌。
 元ビートルズ勢やプログレ勢強し、サンタナやマクラフリンなど“クロス・オーバー”といわれるブームの立役者も上位にランクインしている。意外と人気だったレオン・ラッセル。
 Best album15を見ると後年入手したものもあるが13枚は手元にある。70年代ロック黄金期だから当然か?(同世代の皆さんは、何枚持っているかな?)

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2014.04.12 DEEP PURPLE

2014年04月23日 00時07分00秒 | 参戦報告(2000~現在まで)
日本武道館 2F 立見 2階 南 7番 by headstorm

Ian Paice(Ds)
Ian Gillan(Vo)
Roger Glover(B)
Don Airey(Key)
Steve Morse(G)

《セット・リスト》
1.Apres Vous
2.Into The Fire
3.Hard Lovin' Man
4.Strange Kind Of Woman
5.Vincent Price
6.Conract Lost
7.Uncommon Man
8.The Well-Dressed Guitar
9.The Mule(incl.Ian Paice Drum Solo)
10.Above And Beyond
11.Lazy
12.Hell To Pay
13.Keyboard Solo
14.Perfect Strangers
15.Space Truckin'
16.Smoke On The Water
~Encore~
17.Green Onions
18.Hush
19.Bass Solo
20.Black Night

【 後 編 】
 この来日公演は、2013年10月末に決定した。その時点では、今更土曜日に時間を割いてまで、大きな日本武道館で第10期DPを鑑賞する価値はあるのかぁ?と大きな疑問。
 それに過去の経験からすると、後々小さいな会場で、ウォーミングアップがてらの追加公演が決まるだろう位の気持ちでしたから、先行チケット販売も見送ってました。
 ところがどっこい、B誌はイアン・ギランが表紙を飾り、《BURRN!30TH ANNIVERSARY LIVE》と冠が付いた“行け”と言わんばかりのヨイショ記事満載(^^;)。
 更に調べてみると、今年は再結成から30年。あのギタリストが辞めて20年(笑)。武道館公演はなんと18年ぶり…。
 そして14回目の来日、通算70公演目がこの武道館公演!。最後の武道館公演と噂される中、名盤『Made In Japan』のDX盤の発売も決定!。来日直前の4月4日は、ロンドンでジョン・ロードのトリビュートライブも開催!。とにかく、何かにつけてお祭り騒ぎの節目の公演であることが判明。
 この様な出来事が重なった来日公演、誰がどう見ても“特別公演”、もしくはサプライズあるだろう!。もう追加公演は出ないと思い、3月末になって、やっと購入したですよ。
 オイラとしては目算を誤った感ありです。この時点で、北東のかなり上の席と立見席の選択肢しか無く、満員御礼寸前でヤバっ。取り急ぎ入手した立見席のチケットは、最上階の回廊、それも《南》!。
 ステージまでは、日本武道館内総ての席で一番遠い位置及び距離の場所。その位置からの、立ち見となれば、参戦記ネタとしては最高のチケットじゃないですか!。
 土曜日の興行の為、開場16時、開演17時。明るい時間の武道館は、ひさびさです。田安門の修繕工事も終わり、以前同様にスムーズに武道館着。外のテントでは、グッズ販売がかなりの盛況ぶり。
 武道館・西正面入り口では、皆さん記念撮影会。それを尻目に、階段を登り2階席入り口へ。館内を登る、登る・・・で、やっと立ち見席に到着。いゃ~もー笑うしか無いネ。
 ステージまでの距離と、アリーナ席との高低差にビックリ。まるで、スキーのジャンプ台みたい。
 その最上階の回廊では、観客がズラッと、お行儀良く並んでます。アルミの手すりにはちゃんと番号が刻印されているので、“自由”では無く、決まった場所にて立ち見をするワケです。因みに、外国人の方々多し。

 オイラはこれで、武道館のアリーナ最前列から2階最後尾席まで体験したワケですなぁ・・・。
 ここで、立ち見席情報。席の後ろは暗幕が降ろされてますが、これをまくると・・・窓です。それも汚ったねぇガラス窓。そのガラス越しに北の丸公園が見えましたよ。(笑)
 アナウンスで、本日の公演は映像・音声共に公式録画・録音され、オフィシャル販売するとの事。よって、カメラ・携帯での録画・録音は禁止です。ツー事で、皆さんオフィシャル映像・音源出ますょ~。
 ステージを観ると、センス良いのか?悪いのか?判断つかないけど、ブルーの模様が、描かれた幕で覆われてます。
 17時を10分過ぎたあたりで客電が落ち、ホルストの組曲『惑星』より、「火星/戦争をもたらす者」のBGMでスタート。
 DPのライブスタートの掴みとしては、様式美たっぷりのスタートでヨシ!(^_^)v
 BGMが終わるとブルーの幕が下に落ち、眩いばかりの照明に照らされて曲が…スタート!
 BGMに被りながらのあの名曲「Highway Star」・・・では無く、新譜の「Apres Vous」。ゲゲッ、やはり新譜を中心の通常のツアーかぁ?武道館の特別公演では無いかも…不安がよぎります。
 続けて、「Into The Fire」~「Hard Lovin' Man」~「Strange Kind Of Woman」と、パープル・クラシックが立て続けに演奏。「Strange~」では昔ほどでは無いが、ギターとボーカルの鰍ッ合いもあり。
 音響も良く、武道館の最上階でこの音とは・・・今更ながらビックリしました!。更に、DEEP PURPLEの来日史上一番豪華なライティングと、真後ろに控える映像設備が姿を表した時に、ハッキリと確信しました。これは、曲と照明・映像が見事にシンクロする仕鰍ッ。コンピューター制御でプログラミングされてる訳で、この曲の時はこの照明。この曲の時はこの映像って決まってて、完璧なショーの提供ではあるが、逆に考えると、型にはまったライブになりかねない・・・。
 ここまでの頭4曲は、昨年10月からのニューアルバム『NOW WHAT?!』のツアーのセットリスト通り。武道館のスペシャルライブは、サプライズが無いままにセット通り進みます。
 ライブの映像をステージの後ろに映し出しますが、スクリーンの作りが、5列に分割してあるので、ちゃんと一人一人の姿や演奏を映さないからわかりにくい。着てる衣装だって・・・ん?エエッ?。
 ギランのステージ衣装は、なんとタキシード(>.<)キャーっ。特別公演のサプライズは、この衣装だったのネ!イヤ~ン・ギラ~ン。
 それが分かったのは少し経ってから。やはり武道館の立ち見席は遠いってことです(笑)。だけど、ステージの中央に通路があり、通路を挟み右側・キーボード、左側・ドラム、通路前中央・ボーカル、右側・ギター、左側・ベース。の配置ぐらいは、遠くてもわかりましたヨ。
 5曲目は新譜から。「Vincent Price」を歌って、ギっちゃんは休憩に入りま~す。
 残りの4人で即興演奏~ギターソロを経ての、庶民のファンファーレ風の新譜からの「Uncommon Man」~ギターソロ三昧!。
「The Mule」~ドラムソロ!。ドラムスティックの先が光り、真っ暗の中でのパフォーマンス。
 今は亡きジョン・ロードに捧ぐ「Above And Beyond」。バックにジョンの映像が映し出されます。そのまま、キーボードソロ~「Lazy」。新譜の「Hell To Pay」~キーボードソロ~「Perfect Strange」~「Space Truckin'」(昔みたいに長くは演らないヨ)。
 往年のナンバーに新譜を交え、5曲目以降はギランの喉に負担をかけない様に、4人の即興、各楽器のソロを挟み込みます。…素晴らしい作戦です。
 スティーヴ・モーズ/ギターは、伝統の曲に敬意を払いながら、彼ならではのオリジナリティを発揮。ソロは渓流を泳ぐ魚の様な感じ。
 ドン・エイリー/キーボードは、ジョン・ロードらしい所はそのままに、他は彼の個性を出してきます。相変わらずの「上を向いて歩こう」は、お約束です。
 イアン・ペイス/ドラムは“元気だなぁ”の印象。安心・安定・曲と曲の繋ぎは彼にお任せってところ。
 イアン・ギランは予想外に歌えた!。途中で、タキシードからなんじゃそれ?って変なTシャツにお着替え。以上。
 ロジャー・グローヴァーは、地味だが仕事は着実にしてた。
 本編ラストは「Smoke On The Water」。武道館だから、スティーヴがチープトリックの「甘い罠」を遊びで弾いてから…あのイントロに突入。武道館は歌声喫茶のように大合唱。武道館最上階の椅子席の方々がやっとお立ちあそばされて、ようやく総立ちとなりました(いちばん上だからすべて見渡せるのだ)。
アンコール
 「Green Onions」~「Hush」・・・なぜにこの曲演るかなあ??・・・あっ、わかったゾ。ギっちゃんのボーカルで、焼き直したことがあったっけね。
 「Bass Solo」…ドラムと共に、出だしが、「Highway Star」似の刻みから入ったので、オイラも含めて武道館中は、ここで“キター!”と狂乱乱舞。しかしそれは、「Black Night」だった。客との鰍ッ合い、即興演奏を絡んだジャムを経て終了。
 オイラは、曲の途中から立ち見席(場所)を離れ、出口付近にて終演を確認。客電ついたと同時に武道館を脱出。
 あれ?グッズコーナに列出来て無い。チャンス!ならば、ツー事で、迷わずTシャツ購入です。
 技術的に優れた人たちの集合体が、過去の遺産に敬意を払いながら続けてるバンド。
観に行って損では無かったし、良かったのは事実。
 でも、やっぱりオイラの観たいは、《BLACKMORE'S DEEP PURPLE》だなぁ…。

約1時間50分くらいのライブでした。どーもお疲れ様でした。
で、紫庵のお味の方は?
んー、コクと事。の調和。味付けも、実に安定したベテランコックの成せる技。
とりあえずは、ご試食してみたらいかが?
でもオイラは、20年以前の日によって辛さが違う、あの当たり外れのある料理が食べたいなぁ…。因みに《臍曲がり》のコックは、若い嫁さんもらって夫婦仲良く田舎料理店を開いたらしいよ。
出前に来ないかなぁ(笑)。





★最後に・・・
前編の【紫庵繁盛記】出演者方々のご紹介です。

臍曲がり ・・・Ritchie Blackmore
髭 ・・・・・・Jon Lord
眼鏡 ・・・・・Ian Paice
船頭 ・・・・・Nick Simper
騎馬 ・・・・・Rod Evans
酔っ払い ・・・Ian Gillan
赤鬼 ・・・・・Roger Glover
裏声 ・・・・・Glenn Hughes
元洋服屋 ・・・David Coverdale
薬味 ・・・・・Tommy Bolin
今ズラ ・・・・Joe Lynn Turner
ハゲ天 ・・・・Joe Satriani
Gパン  ・・・・Steve Morse
腰鰍ッ ・・・・Don Airey
けちんぼ ・・・Jimmy Page
夜明けのデカ・・Paul Rodgers
サブちゃん ・・Ronnie James Dio

六話軒 ・・・・Episode Six
義乱亭 ・・・・Ian Gillan Band(Gillan)
ぶらんこ家 ・・Trapeze
虹屋 ・・・・・Rainbow
白蛇堂 ・・・・Whitesnake
風船堂 ・・・・Led Zeppelin
自由堂 ・・・・Free
悪玉苑 ・・・・Bad Company
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2014.04.12 DEEP PURPLE

2014年04月22日 00時06分00秒 | 参戦報告(2000~現在まで)
日本武道館 2F 立見 2階 南 7番 by headstorm

 参戦レメ[トの前に、このバンドとの出逢いが、自分自身のその後の音楽趣味、生活他40年近くに渡って多く影響を与え続けいると言っても過言ではありません。


 まずは、こんなお噺から語らせて下さい。
 『紫庵』の名称を勝手に使わせてもらい、管理人さんに感謝です(笑)。

 【紫庵繁盛記】これは、昔、昔、今から半世紀近く前の出来事です。
◆ 第1章 ◆
 《臍曲がり》《髭》《眼鏡》《船頭》《騎馬》の5人の、若く腕の良いコック達が、『紫庵』なる食堂を開きました。
 その店は、自分達の街よりも海を渡った街で多少評判になり、出前・実演販売をしてました。
 正直その頃は、試行錯誤で味もイマイチ。よほどの食いしん坊で無いと『紫庵』の事を知る人はいませんでした。
 そんな時《臍曲がり》が、コックの修行時代の友達とばったり遭遇。けちんぼのその友達は『風船堂』と云う食堂を開き大繁盛中。
 “負けてたまるかぁ!”《臍曲がり》に火が付きます。ならばこっちも味付け変え、お土産や出前も実演販売もいっぱいして、もっともっと儲けてやると考えました。
 そのためには《船頭》と《騎馬》が邪魔でした。《臍曲がり》は、《髭》と《眼鏡》と協力して2人を追い出してしまいます。

◆ 第2章 ◆
 3人は、もっと腕のいいいコックを探し始めます。《臍曲がり》の友達の紹介で、『六話軒』と云う店で働いてたコック2人《酔っ払い》《赤鬼》を入れる事にしました。
 なんと、この5人で作った料理は大成功。売上も増し、お土産の注文もどんどん伸びて行き、遂には僕らの街にも、出前・実演販売に来たんです。あっという間に、若者達は、『紫庵』の料理の虜となりました。
 ところが、売上が伸びると必ず出て来る問題が発生。古参の《髭》は怠け者のくせに、“仕事は平等だ、稼ぎを五等分しろ”と主張。《臍曲がり》は仕方なく、料理は5人の共同製作としました。
 しかしながら、良い事は長続きしません。《臍曲がり》は《酔っ払い》と馬が合わなかったのです。
 嫌いなのは《酔っ払い》だけなのに、《赤鬼》はとばっちり。僕らの街に2回目の実演販売をしに来たのを最後に、2人には出て行ってもらいました。
 《酔っ払い》は、追い出された数年間はブラブラしてましたが、やっぱり料理の世界が忘れられず、ついには『義乱亭』を開店。『紫庵』時代のメニュー「子供の料理」をアレンジし、開店準備は《赤鬼》の力を借りました。《赤鬼》は、開店準備を生業とする仕事で、だんだんと力を付けて来ていたのです。

~僕らの街の出前・実演販売~
 ◎1972.8
 ◎1973.6

◆ 第3章 ◆
 《臍曲がり》と《髭》と《眼鏡》は、またもやコック探しです。同業店『自由堂』に居たベテラン・コックの《夜明けのデカ》に目をつけますが、時すでに遅し。《夜明けのデカ》は、『悪玉苑』の開店準備に入っているところでした。
 仕方なく1人はヘッドハント《裏声》、1人は募集《元洋服屋》で体裁を整えました。《裏声》を取られた『ぶらんこ家』は、しばらく営業してましたが、ついには閉店してしまいました。
 最初のうちは、自分の子分のように命令を良く聞く新入り2人を、《臍曲がり》は可愛いがっていましたが、だんだん慣れてくるに従って、2人も生意気になり、逆らうようになりました。
 《臍曲がり》が「黒羊の料理」を作りたいと提案した時、新入りばかりか、手なずけておいたはずの《髭》と《眼鏡》にも反対されてしまいました。自分の意見は通らない。《臍曲がり》は面白くありません。
 ある日の事、《臍曲がり》は実演販売で前菜料理を任せていた《サブちゃん》と、レシピのことで意気投合。遂には、自ら『紫庵』から独立開業。『虹屋』を開店させます。
 この時期の『紫庵』は、僕らの街には出前・実演販売に来なかったので、魅力的な人気の料理が食べられず、みんな残念がりました。

◆ 第4章 ◆
 残された4人のコックは、海の向こうの国から若い《薬味》を入れて、『紫庵』を立て直します。
 僕らの街にも、直ぐに出前と実演販売に来てくれましたが、美味しいけど・・・みんなが望んでいた『紫庵』の味では無い。昔の味は、『虹屋』を出店した《臍曲がり》が居たからこそ出来た味なのだと、みんなが痛感しました。
 結局『新生紫庵』は、悪い遊びを覚えた《裏声》《薬味》の2人のコックに掻き回されて、一年あまりで閉店の決断が下されてしまいます。
 『紫庵』を閉店したあと、コック達は次々と独立開業。または、転々と他の店で働きしますが、みな鳴かず飛ばず。儲かりません。
 その中で、《元洋服屋》が開業した『白蛇堂』だけは、修行の成果もあり、その後に大儲けします。また、残念なことに《薬味》は悪さがたたり他界してしまいます。

~僕らの街の出前・実演販売~
 ◎1975.12

◆ 第5章 ◆
 『紫庵』閉店から8年が経ちました。
 『虹屋』の《臍曲がり》は、嫌いでも無いのに追い出した《赤鬼》との交流が復活。《赤鬼》も、《臍曲がり》の良き片腕として『虹屋』を切り盛り。そこそこの売上をあげる事に成功してました。
 そんな矢先に、『義乱亭』をやってた《酔っ払い》が金銭的に困り始め、あの頃のコック達でもう一度『紫庵』を再開店しようと誘って来ます。
 当時は喧嘩ばかりしてたコック達5人も大人になり、“よし儲けよう!金金金…”って事で、全員の意見が一致。『紫庵』が再開店する事に決定しました。
 やはり5人揃うと、獅「料理が出来るんです。勿論、出前も実演販売も、いろいろな街で大繁盛。僕らの街にもやって来ます。やっぱりこの味だ!僕らも大喜びでした。
 でも・・・みんなが心配していた通り、蜜月関係は長くは続かず、またしても《臍曲がり》と《酔っ払い》の不仲が再発です。
 更に、仕事をしない《酔っ払い》を、《髭》と《眼鏡》それに《赤鬼》もが庇いきれず、辞めさせてしまいます。

~僕らの街の出前・実演販売~
 ◎1985.5

◆ 第6章 ◆
 5人居ないと営業が出来無いので、また新しいコック探しです。結局、いい人材が見つからず、仕方なく、『虹屋』で雇用してたコック《今ズラ》を入れる事になりました。
 しかし、『紫庵』には合わないと《赤鬼》は反対するし、《眼鏡》はまるでやる気無し。どうにか完成した料理も、お客からは、最早かつての『紫庵』の味では無いとのお叱りの声も。
 僕らの街に来るのなら《酔っ払い》を戻せ。さもないとお土産も売らないし、出前も実演販売もさせ無いよと、関連業者から圧力がかかります。
 さらに《臍曲がり》には、『紫庵』以外に他でアルバイトする許可も出すから《酔っ払い》を戻そうと提案され、《臍曲がり》はしぶしぶ承諾してしまいます。
 
~僕らの街の出前・実演販売~
 ◎1991.6

◆ 第7章 ◆
 結局、一番繁盛してた時代のコックが再々度集合したのですが、人間関係が悪いままで嫌々作った料理は不評です。
 僕らの街にも出前の予約。もうすぐ出鰍ッようかって土壇場になって、《臍曲がり》が、出前も実演販売も嫌だと、逃亡してしまいます。

◆ 第8章 ◆
 出前、実演販売の注文を受け、前金も受け取ってる関係上『紫庵』は、短時間のうちに何がなんでも助っ人のコックを探し出さねばなりません。
 『紫庵』を呼んだ僕らの街の社長さんの手腕で、腕良し、性格良し、人柄良しの三拍子揃った大変素晴らしいコック《ハゲ天》が見つかりました。
 彼の活躍により、無事に出前も実演販売も大繁盛。レアな味付けだと、大評判の結果でした。
 《髭》《眼鏡》《赤鬼》《酔っ払い》の4人は、《臍曲がり》が居ないと、こんなにも料理作り、出前、実演販売が楽しいものだと実感しました。

~僕らの街の出前・実演販売~
 ◎1993.12

◆ 第9章 ◆
 その助っ人の《ハゲ天》は、実は自分でも店をやっていて、『紫庵』でコックを続けて行く事が出来ません。またまたまたまたコック探しです。
 新たに見つけたコック《Gパン》は、《ハゲ天》にも増して、性格、腕、人柄と本当に良いコックでした。
 《Gパン》は、『紫庵』に入っても良いけど一つ条件がありました。それは、出前、実演販売する時は、Gパンで良い?ってこと。他の4人は快く承諾しました。
 彼は、僕らにもたいへん評判が良く、出前、実演販売にも何度か来てもらえています。

~僕らの街の出前・実演販売~
 ◎1996.10
 ◎2000.3
 ◎2001.3

◆ 第10章 ◆
 そんなある日、『紫庵』創業時からのコック《髭》が、出前、実演販売ばかりに疲れた為、勇退することになりました。
 またもやコック探し。すると、昔《臍曲がり》の店『虹屋』で一時期働いてた《腰鰍ッ》が働きたいと申し出てきました。
 《腰鰍ッ》は、《髭》の代役を果たせるほど腕の良いコックなのですが、長続きしない悪い癖がありましたが、背に腹は代えられず雇う事にしました。
 だいぶ様変わりした『紫庵』ですが、またまた出前や実演販売に追われる日々の始まりです。
 
~僕らの街の出前・実演販売~
 ◎2004.3
 ◎2005.8
 ◎2006.5
 ◎2009.4

お噺は此処までです。

 『紫庵』は、1972~2009までの間、僕らの街に出前してもらったのが13回。実演販売、通算67回。コックが変わりながらでも、これだけの回数来てくれたのは正直びっくり(^_^)v。
 尚、67回目・2009.4の一番最後の日は、勇退した《髭》がわざわざ手伝いに来てくれて、6人で美味しい料理を作り、実演販売した事も忘れてはならない出来事だったと記しておきます。
 《髭》は、『紫庵』とのコラボはこの時がホントの最後。過去に勤めた経験のあるコック達を集めて料理を振る舞う計画もありましたが、実現することも無く、2012年7月16日に他界してしまいます。


2014.4.19/日本武道館
出前14回目、実演販売通算70回目の味付けは如何に…

明日の後編に続く…
コメント (14)
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