ある人からこう質問された。
彼は相手の気持ちがわからない、空気が読めないと言われてずっと悩んできたという人で、その質問もまるで文章を読むような感じだった。一瞬、どんな答えを期待しているのかと相手の目を見てしまったけど、すでにいい歳をしたおっさんだったし、ほかの人も何人かいた場所だったので、思ったままを答えた。
基本的に特別なことはない。相手がどんな傾向のある人であっても、こっちは自分をわかってもらう努力をするし、相手がちょっと違う人だと思えば、その人がどういう考えや感情をどう表現する人なのかをじっくりと見極めて、言葉や表情やしぐさの中に言いたいこと、伝えたいと思っていることを理解するしかないと思う。それは精神疾患を抱える人であってもなくても、人は自分の考えや感情を自分なりの言葉や表情や行動で伝えてくるわけだから、それが無言で無表情で無動であっても、それがその人の表現だと理解すればそれなりのものは読み取れるような気がする。
人は自分の中で翻訳しながら表現してくる。そこにはそれぞれの独特な癖がある。人を理解するということはその癖に気づき、あちらで翻訳されたものをこちらで再翻訳して解釈していくことなのではないか。もちろん両方の翻訳過程でバイアスがかかるのは仕方ないけど、それぞれのバイアスを好意的にとらえるという姿勢があれば、そのバイアスも相手の性格の一部だと受け止めることができるような気がする。
どこまで上手く言葉にできたか自信なかったけど、そんな答えを返した。どこまで理解してもらえたのか、果たしてこんな考えが妥当なものなのかどうかもわからなかったけど、彼は「あ、そうですか」と、また文章を読むような口ぶりでこちらを見つめた。
