まつなが畑のはたけ日記

農ある生活をするため奈良御所市金剛山の麓に農地を借りスタート
素人農業の何気もない日々の日記

晴天

2009年01月28日 21時22分05秒 | Weblog
 何日ぶりだろうか雲ひとつない晴天。こういう日は少々気温が低くても温かい。トンネルの中も温度が上がる。こういう日が続けば良いのだけどそううまくはいかない。今週末は雨が降る予報。

 太陽は久しぶりに畑で遊ぶ。
 こういう生活を始めて冬って晴れる日がホント少ないのだと感じる。晴れた日でしか寒いので太陽を連れて来る事は出来ないがホント久しぶり。
 おやじはビニールハウスの中古パイプを修理。錆がきているものは塗装し、土に埋まっていた部分は相当錆びているのでハンマーで折り少し大きめのパイプに繋ぐ、曲がっている物を伸ばす。これが結構手間。おまけに軍手でハンマーを振り回していたら滑って飛んで足に激突。痛い・・・。

 耕運機も使い。いよいよという感じ。日も長くなっていたから仕事が捗る。4月までは野菜がないが、だんだん仕事は忙しくなっていく。 
 

田舎

2009年01月27日 20時48分07秒 | Weblog
 人参、チンゲンサイの種蒔きをする。

 帰ってくると嫁さんが「太陽が河川敷の階段を上がっているとわざわざ車を止め窓から「かしこいなぁ」と言ってくれたおばさんがいた」と。歩いていると決まって3人ぐらい声を掛けてくれるらしい。
 こういう時「田舎だなぁ」と感じると言っていた。

 そこまで田舎だとは思わないのだが。大阪から1時間も掛からないこの地なのだけど、やはり田舎と都会の違いではある。
 都会ほど物に溢れていない一方時間の流れはゆっくり。いい物をと探すとそう簡単には見つかるものではない。お金を出せば体外の物が手に入る都会とは違い不便だと言われれば不便だが便利さ以上の何かがある。
 お金が無ければ惨めな思いをする都会とは違う。

 消費させるために働き、消費するために働く。そんな世の中の消費が減ると経済は鈍り政府はカネをばら蒔こうとする。(なんとバカバカしい)
 田舎は生きる為に働き、生きる為に消費するという構図がまだあるのかな?だから心が豊かな人が多いような気がする。
 
 

結婚式

2009年01月25日 21時48分30秒 | Weblog
 今日は友人の結婚式1.5次会に家族で出席する。太陽もお利巧さんにしていた。以前も書いたが2月から1年限定で共にする友人が就農直前に結婚式を挙げた。お二人のまさに新しい門出。

 料理好きの新郎と芸術家の新婦。才能溢れたお二方。友人も個性豊かな方が多い。

 彼が言うには最終行き着いたところが有機農業だったという。30歳前だからこれまで幾つもの自分探しをしてきたのだろう。最後の母親の手紙がプロジェクターで映し出された。「ようやく自分の道を見つけ進み出したことに安心している」とあったが両親は農業という険しい道のりよりも前へ進み出したことの安心感が伺える。応援してくれることは今後大きな後押しになるし支えになる。

 私が思うに彼の人生20代という時間をサラリーマンという形で過ごすよりも色々なことを経験する時間に費やしたことは彼が真剣に生きるという事に向き合っていたからではないかと思う。20代という貴重な時間、自分を隠し偽る仕事について社会経験を積むのも良いが全てをこの時間にしてしまうのはあまりにもったいない過ぎる。20代はまさに自分探しの時間。大人でありながら大人になりきれない時間は多くを感じ、学び、出会い、飛び込む力がある。
 私も20代半ば今という時間を大切にしたい。

 農業はこれから多くの可能性がある。厳しいと言っても時代が後押ししてくれる。お二人の将来が楽しみでならない。
 農業で食っていけるように、一農家として胸が張れるようにお互い頑張ろう。
 

トンネル張り

2009年01月24日 22時27分43秒 | Weblog
 今日は寒さが戻ってきました。雪が太陽に反射しキラキラと。

 種を蒔いた所にビニールトンネルを張る。風も強い。こういう時、一人でのトンネル張り作業は困難を極める。全長30m。片方を杭に固定しもう片方へ行く途中もしくは両方を固定した時に突風が吹くとビニールがマストのように風を受けなびく。それが物凄い力になり20センチの杭も吹き飛ばす。ビニールを破く。

 「何故張る時に突風が吹くか!」と心が乱れる。新しいビニールは破ける。トボトボと倉庫まで修復用のテープを取りに行く。

 自然に順じた栽培ではないのだからリスクがあって当然。早く野菜を作ろうというのは人間の欲でしかない。

 そう思えば再び突風が吹こうが、杭が飛ばされようが、ビニールが破けようが何も思わなくなる。

 自然に対して謙虚にならなきゃな。

2009年01月22日 20時18分07秒 | Weblog
朝空を見て「雨降りそうだなぁ」今日は収穫の日。

新聞は12時から雨。

でも今にも降りそう。12時までもつ可能性はあるけど降る可能性もあるといった感じに見える。

という事で家の仕事を手伝い嫁、子供を連れて早々に家を出る。
収穫を始めて10時ぐらいやっぱり降ってきた。自宅のある平坦地と畑の山側は当然天気が違う。天気予報と同時に感が必要。当たる確立は五分五分・・・。


帰り道「ご飯炊いてないよ昼ごはんどうしようか」と言われる。「うどん、パスタ、パンケーキ?」。
とりあえずご飯を炊いていないのなら粉物。「前から気になっていたイタリアの薄焼きパンを作ろう。」パンと言っても材料は薄力粉、重曹、オリーブオイル、牛乳、塩、水。こねて伸ばして焼く。
冷凍庫、冷蔵庫からある材料を引っ張り出してパンに挟む具材を作る。小エビのフリッター、エンドウのペースト、ポテトサラダ、ルッコラ、ピクルス。
油っけがあるので結構腹に溜まる。ピクルスは今ぐらいの古漬けが旨いな。

ネズミ

2009年01月21日 21時32分48秒 | Weblog
 ハウス予定地を耕運機で耕す。この畑はギシギシという雑草が多い。この雑草、根が太く耕すと根も粉々になるのだが小さくなった根からまた新たな芽が出る。それも地中深くからも出るので厄介。耕せば耕すだけ広がってしまう。ダイコンサルハムシという害虫のコンパニオンプランツにはなるのだが広がるとどうにも手が付けられなくなってしまう。
 とりあえず耕しながら見える分は拾う。

 ふと見るとネズミが・・。こいつ見た目はカワイイのだが人参や芋を食い荒らす非常に憎たらしい奴。去年も今年も相当やられた。
 ジッとしている。耕しながら殺そうかどうか?今機械を使っていなくて手の届く範囲にあれば迷いなく殺すのだが。殺すのは気持ち良い物ではない。悩みながら「今のうちに逃げれば命拾いするぞ」とも思いながら。4,5メートル行ったところか「やっぱり殺そ」と思う。可愛そうだがもし食べ物に溢れていない時代ならと思うと。それが農業。
 生きていくには当然の行為だし「かわいそう」という感覚もおかしいのかもしれない。自分達は鶏や豚の肉を「かわいそう」と思いながら食べていないのだし・・。生きる為に直接命を頂くか、間接的であるかの違い。

 “共生”って弱肉強食のバランスがあってのこと。殺さない事が“共生”ではない。ただ今の風潮として命と言う物に対して意識せずに食べていたり、関わっている事が多いように思う。
 もし自分で鶏を絞め食べたら。スーパーの肉とでは全く意識が違う。私自身、農業を始めてこの部分が変わってきたように思う。野菜だって沢山の命を奪って出来た命あるもの。
 
 戻ってネズミを見るとまだ居る。「逃げれば良いのに」と思ったら死んでいた。

ビニールハウス

2009年01月20日 20時51分43秒 | Weblog
 育苗用のハウスのパイプをもらってくる。全長10メーターぐらいのものだが買うとなると10万はする。だいぶと錆びているが補修をすればまだ使える。手間は掛かるがお金が掛からない。今はコレが一番だろう。

 ここら辺は“風の森”という地名があるぐらい風が吹く。吹くといっても穏やかな物ではなく強風。特に冬は幾度と無く吹く。おかげでトンネルのビニールはそのたび捲りあがる。
 周りを見渡してもビニールハウスがないのもこのため。潰されてしまう危険性が高いため。と言っても育苗にはハウスが必要だから潰れないのを祈るだけ。

 ビニールの素材で悩む。ポリにしようか塩ビにしようか?機能、強度からすれば塩ビ。しかし環境に悪い。ポリは環境には良いのだが強度も弱く機能も低い。どうしようか?
 環境のことを考えれば迷いはないのだが・・・。

 2月中旬までには完成しなければ育苗が間に合わない。迷っている暇もないのだけど。

ブログ

2009年01月18日 22時48分59秒 | Weblog
 このブログのアクセス数はだいたい30~60件毎日見ていただいている。まつなが畑のお客さんよりも多い・・。当然?

 誰にと言う訳でもなく日々感じたことや出来事を日記のように始めたブログ。生産者である私自身を皆さんに知っていただくという意味もない訳ではないのだけどお客さまに対しては特別な出来事がない限りあまり意識はしていない。なので反感を買うことがあるかなぁと時々思うことも・・・。

 文章を書くのが大の苦手だった。と言うより苦手。漢字も苦手。小学生の時、作文は何時もなかなか書き始められなくて先生に持って行くのも一番最後だった。中学、高校、大学何時でもとりあえず文章が苦手。本も好きでなく。文章力がないことぐらい皆さんはお気づきだとは思うけど。

 この生活を始めて文章を書く事が増えた。とりあえず毎月の「お便り」。私が担当しているのは“今月の畑”や畑に関する事を毎回少し。
 ブログはその練習にもなっているみたいで文章を書くのもだいぶと早くはなった。文章として思ったことや出来事を書いていると一日が整理され終わるような感じで心地が良い。ブログを書いていない日はなんとなくダラダラしていたか忙しい時。

 まぁコレだけ今ブログを書けるのは奇跡的。拙い文章ですが良ければこれからもお付き合い下さい。 

種蒔き

2009年01月17日 20時14分30秒 | Weblog
 2月、3月とセットを中止しなければいけないかもしれない。2月は値段を下げてある野菜でセットを作ることも検討中。

 今年初の種蒔き。大根、人参、ルッコラ、コカブ、ラディッシュ。これから徐々に蒔いていく。
 3月中旬から4月まで端境期だが4月にセットを組めるようトンネルに種を蒔いて行く。非常に効率の悪い栽培だが何としても4月からセットを開始しなければ。端境期なんて言ってられない。果して上手くいくか?

 この時期野菜は本当に美味しい。みたくれは悪いけど味は本物。セットでは前回で終了したジャガイモもこの時期が一番美味しいと思う。芽が出て痛みが出て来てちょうど在庫もなくなったのだが今の腐る前が水分が抜け甘みが一番のように思う。カブにしてもスジが出てきて皮を厚く剥かなければならないものの完全に辛味が抜け甘みが十分ある。ゴミが多く出るのが問題だけど。この時期にもっと野菜があれば・・と思う。

 来年は必ず。品目を揃えること。収量を確保すること。栽培面積も増やさなければならない。
 今年の冬は1段踏み外したから来年は2段飛ばししなければ。

 農業って難しいなぁ。
 



自給農園

2009年01月15日 21時52分25秒 | Weblog
 トンネル栽培と言うのは手間、お金、ゴミが出る。ビニールはどれぐらい使えるだろうか?2年3年?出来るだけ長く使いたいが強風で結構痛んだ。ハウスとどちらがゴミが少ないか?今まではハウスのゴミ量に絶句していたがトンネル栽培も大概ゴミが出る。そして幾度と飛ばされ、潰され・・。手間だけは人一倍掛かる。
 冬に野菜が欲しければ、ビニールの力に頼るしかない。これがいい方法なのかは今後の課題だろう。例えば完全露地栽培が出来ない時は思い切ってお休みするとか。その代わり貯蔵できる物を多く作り、沢庵など漬物で乗り切る。あくまで自給の話で販売となると難しい。もし我が農園が自給農園として販売をするならばお客さまにも理解を頂き出来るだけ同じ方法で後は少しの野菜の供給で冬を乗り越えてもらう。冬前には保存食作りという昔の恒例行事をするというのが自給農園として本来あるべき姿なのかもしれない。
 しかし、そう都合よくいく訳が無く。自分達の生活はお金による収入が無ければ成り立たないし、幾ら食べ物を販売しているからとお金を頂いている以上商品には違いない。ある程度の品目、量、見栄えが必要。お客さまの負担が大きくなるほど商品としての価値は下がっていくのも事実。ただ今のお客さまは食べ物として買っていただいている方が多いのである程度の負担を負っていただいていると言うのが「まつなが畑」のいまの形であるが。
 永続的に農業が出来てこそ自給だと言える。何時かゴミに溢れたり、温暖化で農業が出来なくなるのであればそれは自給にはならない。そして出来るだけ近い範囲での地産池消。有機農家にとっての永遠のテーマかもしれない。
 

石油ストーブ

2009年01月13日 21時18分18秒 | Weblog

 正月名古屋へ行った時嫁の知り合いのカフェで頂いたモカの在来種(左側)。一般の豆よりもかなり小さい。店には生豆も置いてあったが焼いて膨らむ前は本当に小さくピッキングした後小さい豆だけ寄ったのかなと思ったほど。
 味は在来種から想像すれば荒あらしいイメージだったが以外にすんなりと入る。深煎りなので酸味はない。舌に纏わり付く感じがとても心地がいい。

 そしてお客さまから頂いたお菓子と。と言うのも以前「手づくり市」で知り合ったHIKEさんからのプレゼント。「うちのレモンで作って頂いたマフィンを是非食べたい」と言っていたら用意してくれたのです。おまけが沢山付いて。
 プロ顔負けのお菓子を作る方でマフィンはレモンの香りが際立っていました。香料入ってんの?と思うぐらい。(もちろん入っていません)素材を最大限に生かすHIKEさんのお菓子はスゴイの一言。





 今日の晩御飯。
 石油ストーブでコトコト。土鍋にキャベツの外葉、人参のヘタ、ローリエを入れて。コトコト。後はクズ野菜を取り出して具材を入れスープに。全て野菜だけのスープ。2日目の今日はミルクを入れて。私はバターをポイッと。
 この時期はどの野菜も甘みを蓄えてとても美味しい。キャベツはホント良い出汁が出る野菜の一つだなとつくづく思う。
 カブの葉のお浸しもおいしい。カブは根も美味しいけど葉も負けず劣らず。
 人参サラダは4日目馴染んできた。コレぐらいが旨いな。
 大根ステーキは私は柔らかめが好み。ちなみに嫁は固め。割りとどんな野菜も柔らかめが好きな私。祖父母と一緒に暮らしていたからかな?でも火をシッカリ通すと水分が出てそのダシ汁がジュワって感じ。おいしいくありませんか?
 そして太陽から取り上げた人参を切って塩、胡椒でホイルに包んでストーブの上へ。これ私の作品。しょぼいです。でも旨いんです。低温でジックリと焼くと甘みがグッと増して旨いんです。冬のささやかな幸せ。

吹雪

2009年01月12日 22時32分53秒 | Weblog
 今日は吹雪の中収穫をする。手が痛いを通り越して感覚がない。
 研修の時良く手を噛んで感覚を取り戻していた事を思い出す。辛い時は訳も分からず「修行じゃ!」と心の中で叫んだ。
 こんな寒い中嫁はんも手伝ってくれている。風邪を引かないだろうか?1歳5ヶ月の子供も。

 トンネルが雪に潰され強風で飛ばされる。飛ばされ痛んだ野菜を見て「はぁ」とため息をついた次には「まぁしゃない」と思っている。自然相手に喧嘩しても勝てる訳もないのだから受け入れるしかない。こういうものでしょ。

 何の言葉だろうか。“母なる大地”とはよく言ったものだ。
 
 以前ある組合の話を聞きに言った時、恐らく野菜作りを知らないであろう流通担当者が「土壌診断を定期的にして、土作りを基本とした野菜作りが必要だ」と言っていた。

 一見まともな事を言っているようだけど。今まで自然を操れると試験管を覗く科学者にどれだけ騙されて来たか・・。何が足らないからコレを入れろ。コレが足りないからアレを入れろ。

 私には何が正しいか分からないけど。一つだけ分かっているのが自然、大地を信じる心、敬う心が足りないという事。
 人間欲深い生き物、全てを手に入れようとするもの。しかし欲望の果てに答えはない。
 
 欲深い私が言うのも変だけど・・。

   

愛情って?

2009年01月10日 21時44分01秒 | Weblog
 1月4日のブログに保育士の方からコメントを頂きました。一度コメントから返答をさせて頂いたのですがどうも伝わらないと感じ削除いたしました。今日は返答という事ではないのですが思うことを。

 私が農業を始めて子育てに関して感じたことはサラリーマンでは子供のことをジックリと見てやる事が出来なかったという事です。また嫁が子供に対しての接し方、子育ても見ていなかったでしょう。

 新入職員だった私は子育てに比重を置くことは余りありませんでした。休みの時も自分の休養として使っていました。その頃から嫁は私に子育てに関する鳥山敏子さん(賢治の学校)の本を読むようにと薦めましたが見向きもしませんでした。最近ようやく読み始めた所です。

 農業を始めようと思う最大のきっかけは子供です。子供にとってどういう環境で育つのが良いのか?と日々思う毎日でした。答えは簡単でした。しかし、農業への決断は簡単ではありませんでした。
 決断する時に思っていたことは「太陽の今は今しかない」という事でした。私が新入職員というのは親の都合、太陽を見なくて良いという理由にはなりません。

 ある人の言葉を借りるとフィクションではなくノンフィクションである事。
 将来子供の為に一生懸命サラリーマンをするのではなく今の事実においてどうするか?「自分自身ホントに子供のことを思うなら」と考えた時答えは出ました。

 今の社会、本当に愛情が足りた社会なのか?と問われれば、私は足りていないと答えます。

 どれだけの人がフィクションで物事を考え今を大事にしていないか。それは愛情でも何でもありません。親の都合です。
 子供の悲鳴は多くの形で現れています。犯罪の低年齢化。学級崩壊。自殺。拒食。過食。リストカット。

 愛情とは何なのでしょうか?子供の将来を思う心?子供の為に一生懸命働くこと?それによって裕福になること、不便を感じさせないことが親の愛情と言うものなのでしょうか?
 
 もし社会が愛情の溢れる社会であれば今ほど両親が揃わない家庭も少なかっただろうし、揃わない子供も安心して育てたのでは。
 昔では村が一丸となり子供を大事にし育てていました。私も小さい頃はそうだった記憶があります。そうであればどういう状況の子供であれ愛情に飢えることは無かったのではと思うのです。

 今の社会は私達一個人が作り上げているということ。多くの人が一生懸命働くことで社会は愛情の溢れる社会へと向かっているようには思えません。子供達が多くの愛情を受けられる社会にするためのも少しでも多くの親が少々将来の不安があろうとも少しでも多く子供の近くに居てやって欲しいと思うのです。今と言う時に少しでも多くの愛情をと思うのです。 

 親が一生懸命働くのは勝手です。しかし、働く必要のない家庭で生後5ヶ月の子供を預ける母親はどうなのでしょうか?子供が本当に必要な物は母親のノンフィクションの愛情ではないでしょうか? 

関心

2009年01月09日 21時02分15秒 | Weblog
 太陽をカワイイなと眺めていた。やりたい事はあるのだけどまぁカワイイから眺めとこ。一緒に動き回るのは疲れるので横になりながら横着に遊ぶ。意外と機嫌が良い太陽。「太陽は見てるだけでいいんだなぁ」と嫁に言うと「大人も子供も無関心が嫌なんだね」と。


 今日初のセットの配達をする。お客さんに会いに行く。
 少ない件数を時間を掛けて回る。ほぼ一日仕事。宅配に頼めば一日潰すことはない。一週間の一日は本当に大きいこのメリットはあるのか?と疑問符をつける方は少なくないはず。そういう時間があれば栽培にもっと力を入れれば良いと思うかもしれない。

 就農する時一週間の内一日は広報活動にと外へ出ることを決めていた。初めは路上販売から始めたが警察に注意を受け中止。その後お客さんに会わずに一ヶ月。

 ある生産者の言葉に「農業で一番辛いのはお客さんの無関心」とあった。お客さんに野菜の質問をしていただいたり、私の話に“関心”を持って聞いてくれたりすることで私は“まつなが畑”への愛情だと思い心が安らぐ。だからお客さんの所へと足を運ぶのかもしれない。
 
 一ヶ月お客さんと会わなかっただけで“まつなが畑”の方向性が少しボケたのはお客さんの“まつなが畑”に対する“関心”が計り知れなくなったからだと思う。私達夫婦だけで幾ら考えたところで方向性は決まる訳がないという事を思い知らされた一日だった。

 つくづく“まつなが畑”はお客さまで作られていると思う。自分達のあり方がお客さんを選び、お客さんが“まつなが畑”を育ててくれると。 

3日間

2009年01月08日 20時15分48秒 | Weblog
 5日から嫁さんの実家、名古屋に帰り今日の朝帰ってくる。名古屋滞在中に嫁さんの前の職場、パン屋、幾つかのカフェ、車を走らせて山奥の野草を食べさせて頂く所へ。どこも嫁さんと繋がりがある所で私も何度か行っている場所で新年の挨拶を兼ねて現状報告、助言を頂く。

色々と考えた3日間でした。