これ!どう思います?

マスコミがあまり報道しない様な問題を、私なりに考えてみます。

ウクライナ戦争とロシアの覇権主義

2023-05-27 12:02:45 | ウクライナ戦争
【はじめに】
 参議院議員の鈴木宗男氏は今でも、話し合いでウクライナ戦争が解決すると考えている様です。 鈴木氏が、ロシアの歴史を覇権主義と植民主義の視点で勉強したら、「頓珍漢な発言をしなくなるのでは?」と思います。

 鈴木氏などは、「話し合いで北方四島が返してもらえる」と考えている様です。然し、私は、「ロシア連邦が大混乱した時に、金で買い取るか!、武力で奪い取るか!しない限り北方四島を得る事は出来ない」と思います。

【ロシアの民主主義】
 ロシア連邦では、曲がりなりにも大統領と国会議員は選挙で選ばれます。然し、ロシア連邦が成立したのは1991年12月ですから、今から、たったの32年弱しか経っていません。ロシア国民の多くは、「選挙制度の意義、民主主義/自由主義思想が自分達にとって大切な物だ!」とは考えていないのだと思われます。

 日本に民主主義思想が普及したのは、第二次世界大戦に負けて、連合国から『日本国憲法』を押し付けられたからです。 私の知る限り、学校で民主主義思想を教えた事は無いと思います。従って、日本人は『てんでバラバラの民主主義思想』を持っています。

 現在でも、ロシア人の多くは『独裁制』の方が良いと考えている様に思います。その証拠に、プーチン大統領は「如何にも強そうな男」と見せるために、上半身裸の写真を公開しています。

(余談) ウクライナ戦争でロシアが負けても、ロシアの民主主義、腐敗体質は改善しないと予想します。一方、ウクライナは負けても民主主義国家に変わり、腐敗体質は大幅に改善されるでしょう!

【ロシアの覇権主義】
 第二次世界大戦後に武力で他国を侵略しても、コストパフォーマンス(費用対効果)が悪い状況になってきて→→植民地を解放してきました。 「植民地化して他国民から搾り取る事が悪い事だ」と思う様になって、覇権主義を止めて、植民地を解放した訳ではありません。  第二次世界大戦後、何年も経過して次第に、日本を含む欧米諸国は、覇権主義は『悪だ!』と考える様になって来ています。(今でも、一部の植民地は残っています。)

 ロシア国民の大半は、今でも植民地化政策は『悪だ!』とは考えていません。 1991年のソビエト連邦が崩壊した時に失った領土を、隙あらば武力で奪い返したいと考えている国民が多いい様に思います。その証拠が、世論調査で「ウクライナ戦争を支持する」と答える割合が高い事です。

 但し、富裕層の多くは「自分や息子が兵隊になって戦うのは嫌だ!」、「徴兵されそうになったら、外国に逃げよう!」と考えている様です。

【ソビエト連邦とロシア連邦の侵略】
 ロシアは大昔から戦争を繰り返してきました。 ロシア・ツアーリ国(1547年~)→→ロシア帝国(1721年~)→→ソビエト連邦(1922年~)→→ロシア連邦(1991年~)・・・東方に南方に領土を拡大して、世界一の国土を獲得したのです。

 第二次世界大戦後のソビエト連邦の侵略と、ロシア連邦の侵略の歴史を御参考までに以下に列記しておきます。

・・・ 第二次世界大戦後のソビエト連邦の戦争 ・・・
★ 独ソ戦(第二次世界大戦) :1941年~45年
★ 北方領土への侵攻 :1945年8月18日・・・南樺太、千島列島、北方四島
★ 朝鮮戦争 :1950年~53年
(スターリンが死去 :1953年)
★ ハンガリー動乱 :1956年
★ キューバ危機 :1962年
★ ベトナム戦争 :1954年~75年・・・ソ連軍は1965年から関与
★ チェコスロバキアに介入 :1968年・・・『プラハの春』を武力弾圧
★ 中ソ国境紛争 :1969年・・・珍宝島(ダマンスキー島)・・・中国の領土になった。
★ アフガニスタン侵攻 :1979年~89年
★ エリトリア独立戦争 :1991年

・・・ ロシア連邦の戦争 ・・・
★ グルジア内戦 :1991年~93年
★ アブハジアの戦い :1991年~93年
★ オセチア・イングーシ紛争 :1992年
★ タジキスタン内戦 :1992年~97年
★ 第一次チェチェン紛争 :1994年~96年
★ 第二次チェチェン紛争 :1999年~2009年
★ 南オセチア戦争(ロシア・グルジア戦争) :2008年
★ 北カフカースの反乱 :2009年~17年
★ クリミヤ半島侵攻 :2014年
★ シリアへの軍事介入 :2015年~
★ ウクライナ戦争 :2022年~

【ウクライナ】
 1922年頃、ウクライナ、ベラルーシ及びザカフカース(現在のアゼルバイジャン、アルメニア、ジョージア)がソビエト連邦に吸収されました。

 ウクライナは70年間ほどソビエト連邦の一部だった為に、汚職/腐敗が蔓延していた。この体質は、1991年に独立した後も残っていました。ウクライナ戦争が始まって、欧米諸国が支援する条件として『汚職/腐敗撲滅』を要求した為に、ゼレンスキー大統領が問題の有る政府高官を排除するなどしました。

 ウクライナ独立時点で、ウクライナ国内に核爆弾が1,800発ほど配備されていました。1994年に、「ウクライナ、ベラルーシ及びカザフスタンから核爆弾をロシアに移動させる代わりに、3か国の安全を米英が保証する」と言う『ブタペスト覚書』が、米英露間で作成されました。(米英はこの約束を守りませんでした。)

 ウクライナは貧しい国だったので、軍隊の改革、兵器の近代化が出来ず、2014年のロシア軍の侵攻に全く対応出来ず、クリミヤ半島を簡単にロシアに奪われてしまいました。その後、ウクライナはNATOのアドバイスを受けて軍を改革して、手持ちの古い兵器で何とかロシアの侵攻に対処してきました。

 「ウクライナ国民が、多くの犠牲を払いながら祖国防衛の強い意思を明確に示したので、(日本を含め)NATO諸国が武器を援助するなど、バックアップする様になったのだ!」と私は考えています。

・・・ ウクライナの簡単な歴史 ・・・
1917年 :ウクライナ人民共和国を建国→→内戦など→→ウクライナ・ソビエト社会主義共和国
1922年頃 :ソビエト連邦に吸収され→→『州』になった。
1991年 :ソビエト連邦が崩壊して→→独立して『ウクライナ』となる。
1994年4月 :米英露間で『ブタペスト覚書』・・・ウクライナ、ベラルーシ及びカザフスタンから核爆弾をロシアに移動させる代わりに、米英が安全を保証する。
1994年 :NATOとパートナーシップ
1995年5月 :ウクライナから核爆弾1,800発→→ロシアへ
2014年3月 :ロシアがクリミヤ半島を併合
2019年5月 :ゼレンスキー氏が大統領に就任しました。
2022年2月 :ロシアの侵攻→→ウクライナ戦争



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