これ!どう思います?

マスコミがあまり報道しない様な問題を、私なりに考えてみます。

令和維新のすゝめ (その4)

2020-09-26 10:02:12 | 未来予想
★★★★ 少子化対策 ★★★★
 今回は、「少子化対策が進んだ未来」にまで考えを巡らして見ました。次回は、人は色々ですから対策は至難の業と言う事を書く予定です。

【はじめに】
 私が、少子化問題について考える様になったのは、4年程前に次男に娘が出来た時です。 妻が、「この子の結婚式の時、私達は90歳を過ぎているから出れないだろう!」と言いました。 その前に、私は「フランスでは婚外子(非嫡出子)が増えている」と言う記事を読んでいたので、「この子が成人した時、日本も結婚しない女性が増えているから、結婚式は無くなっているのでは?」と思いました。

 それ以来、私は少子化の問題について調査し/考えて来ました。

【婚外子は増加しています】
 各国の婚外子は増加しています。 戦前の日本は4%ほどだったと思われますが、多分・金持ちが二号さんを持つ習慣が有ったためでしょう。戦後は徐々に低下して、0.9%程になりました。その後、1995年頃から少し増加傾向に有りますが、2016年でも2.3%です。

 婚外子の定義 :結婚していない女性が生んだ子供と、結婚したが離婚または死別した女性が再婚しないで生んだ子供を婚外子と呼びます。

フランス   :1970年≒6.0%  →16年=59.7%
ノルウェー  :1970年=6.9%  →16年=56.2%
スウェーデン :1970年=18.6% →16年=54.9%
イギリス    :1970年=8.0%  →16年=47.7%
アメリカ   :1970年=10.7%  →16年=39.8%
ドイツ    :1970年=7.2%  →16年=35.5%
カナダ    :1970年=9.6%  →16年=33.9%
イタリア   :1970年=2.2%  →16年=28.0%
スイス    :1970年=3.8%  →16年=24.2%
日本    :1970年=0.9%  →16年=2.3%

【核家族化と伝統/文化】
 戦後、核家族化がドンドンと進みました。それに伴って日本の伝統/文化は失われ/変化して来ました。 1947年~49年に生まれた『団塊の世代』が定年を迎える様になった2010年ころから、「核家族化が伝統/文化にどんな影響を与えるのか?」が明確になって来ました。

 その典型例が『墓』だと思います。 私は1985年に家を建てて、田舎から両親を連れて来て、同居を始めました。 年老いた父が、三日にあげずに「墓が欲しい」と言うので、私は超多忙でしたが墓探しをしました。この頃は、まだ、「家には墓が必要だ!」と言う風習が残っていたのです。

 我が家の墓は、明石海峡大橋の見える丘の上に有ります。隣が有名な高校で、近くに運転免許更新センターが有るなど、辺鄙な所では有りません。1995年の阪神・淡路大震災の時は震源地に近かったので、多くの墓石が倒れ、一部は破損していました。 当時、『団塊の世代』は50歳ほどで、まだ元気でした。 殆どの墓石は半年ほどの間に、元の状態になっていました。まだ、墓を大切にしていたのです。

 2010年頃から、”草ぼうぼう”の墓が増えて来ています。お盆や春秋のお彼岸に、墓参しない家も多くなって来ています。 2030年には私達夫婦は80歳を過ぎるので、我が家の墓も草引きは難しくなると思います。

 前稿に書いた『未婚女性家族』化が進んだら、日本の伝統/文化は更に、大きく変化していくと予想します。 ライオンの家族では、雌達が協力して食べ物を狩ります。 雄の子供は成長すると全て集団から出て行きます。ライオンの家族には外敵から家族を守る雄が二、三頭いる様ですが、『未婚女性家族』には男性は必要有りません。 22世紀の初頭には、曾祖母+複数の祖母+複数の母+沢山の子供達で構成される家族が主流になるのでは?!

【現在の日本の少子化対策】
 2007年に少子化対策大臣を設けて、国が種々の金を出して来ました。私の見立てでは、「日本の少子化対策は結婚した女性に子供を産んでもらおう!」としている様に思えます。 「日本では欧米諸国の様に結婚しないで子供を産む女性が少ない」事が問題なのです。 日本のやり方だと、「結婚しない男女を減らす」と「結婚して複数の子供を産んで貰う」と言う、二つの課題を同時/平行で解決する必要が有ります。

 「結婚した女性に子供を産んでもらおう!」とするのなら、人の機微を感じ取れる/高潔で/アイディアの湧く人を沢山集めて、時間を掛けて綿密な対策を立案/実行しない限り達成出来無いと思います。

 以下に示す様に日本の合計特殊出産率(1人の女性が生涯に産む子供の数)は低迷したままです。 2020年5月29日に政府は「2025年に合計特殊出産率を『1.8』にするとの目標を掲げました。 コロナ対策でヘトヘトになってしまった安倍政権の置き土産です。 現在・出産適齢期(20歳~35歳)の女性に、この5年間に二、三人も子供を産んで貰わないと達成出来ない無茶苦茶な目標値だと思います。

 『未婚女性家族』化を回避しながら少子化問題を解決する為には、「色々な工夫を凝らして、新しい社会制度を創設/開発する」必要が有ります。継ぎ接ぎだらけの政策を進めたら、結局はフランスの様に「結婚しないで子供を産む女性が増える」事になり→『未婚女性家族』化が急激に進むと思います。

近年の日本の合計特殊出産率
2019年=1.36
2018年=1.42
2017年=1.43
2016年=1.44
出展:ウイキペディア

【急流を無理やり竿をさして小舟で上る!?】
 私の独断と偏見ですが、「女性は子供を産んで/育てたい!」と言う本能を持っている様に思います。 『子供願望』と呼ぶ事にします。 この本能は『結婚願望』とは無関係だとも思います。 本当に合計特殊出産率を高くしたいので有れば、女性の本能を発揮して貰える政策を立案すべきです。

(注記:結婚願望) 人は色々ですから一概には言えませんが、私は、『結婚願望』は男女ともに本能では無いと考えています。 「一緒に住んで/生計を共にした方が、子育てや老後の生活などに都合が良かったので、結婚が人類の社会制度になったのだ」と思います。 社会が変化して、女性が子供を産んで/自分で育てられる様になったら、結婚は不可欠では無くなって来ると思われます。

 結婚制度の維持に拘っていたら、合計特殊出産率を目標値の『1.8』には出来ないと予想します。

 フランスは55年ほど掛けて合計特殊出産率を『1.9』まで戻しました。安倍政権は5年で『1.8』にしようと考えました。 5年は無理としても、急激な合計特殊出産率上昇は急激な社会変化をもたらす恐れが有ります。 保守的な日本人は急激な変化に耐えられ無いと思います。 30年~40年ほど掛けて、日本の伝統/文化を出来る限り維持しながら少子化問題を解決した方が良いと考えます。

(余談) 出産に関する日本人の考え方は、だいぶ変わって来ました。 昔は未婚の女性が子供を産むと「ふしだらな女」と言うレッテルを貼られ、軽蔑されました。 現在は、結婚前の女性が妊娠すると、『授かり婚』と言う様になり、恥かしい事では無くなっています。

【男の子の教育】
 2050年~60年頃には、日本も「結婚しないで多くの女性が子供を産む様になる」と私は予想しています。 多分・その前に子供のいる家庭の離婚が増加するでしょう! 暴力を振るう夫、甲斐性の無い夫、子育てに協力しない夫、女性を満足させられない夫と無理に暮らす必要は無くなる社会が、もう直ぐやって来ます。

 現在・10歳以下か、これから生まれる男の子は、家事が出来る様に育てないと結婚が難しくなりそうです。 「男の寡黙」は褒め言葉とされている様ですが、家族を笑わせて/楽しくさせる話術も必要です。 男の子しかいない親は、真面目に考え無いと孫と遊ぶ事が出来なくなってしまいそうです!

 自慢する分けでは無いのですが、将来にも通用しそうな私の次男の事を以下に書いて置きます。 私とは全く正反対で、一応・イケメンで小学生の頃から女の子のファンがいた様です。

【私の次男】
 私には息子が二人います。 次男の方は小さい時から『綺麗好き』で、部屋の掃除も片付けも自分でやりました。台所で母親の料理を少し手伝っていました。 地方の大学に進学し、1DKのアパートに入れましたが、仕送りが十分で無かったので、外食を控えて食事を作っていた様です。料理の腕がドンドン上がって、休みに帰省すると、時々新しいメニューを披露しました。 今では、会社を首になっても飯屋か居酒屋が出来そうです。

 学生時代にアルバイトした時に知り合った、気立ての優しい女性と結婚しました。彼女は、あまり料理が得意では無かった様でしたが、休日に次男が教えながら二人で仲良く料理していました。 彼女も、段々と上手になって、今では”なかなかの腕前”です。

 今年、次男の娘が幼稚園に入ったのですが、家では結構沢山食べますが、幼稚園の給食は「美味しくない!」と言って、何時も残している様です。

 次男は子煩悩で、おむつ交換/風呂に入れたり/遊んでやっています。孫は「トトとカカは大好き、バーバも大好き、ジージはちょっとだけ大好き」と言っています。この前の敬老の日に、孫が描いたジージとバーバの絵を送ってくれました。

(余談) 息子・二人は、歳が(5学年)離れている事も有って、小さい時から仲が良く、今まで二人は喧嘩した事が有りません。それぞれ結婚して、娘が一人ずついます。 お嫁さん同士も仲が良く、孫達は非常に仲良しです。 長男の娘が、東京の某女子高校の付属幼稚園に入った時に、「先生、神戸に○○ちゃんと言う可愛い妹がいる!」と何回も自慢したそうです。 先生は「愛人の子供か?」と疑って、お嫁さんに、それと無く聞いたそうです。

 長男は”そこそこ”勉強が出来たのですが、次男は机に向かう時間は長いのですが、学校の成績は芳しく有りませんでした。 次男は優しい性格だったので、無理やり勉強させて”ひねくれた性格”にならない様に見守りました。

 長男に自慢出来る事を何か次男に見に付けさせようと考えていました。自宅から歩ける距離に自動車学校が有ります。長男が免許を取ったのですが、大学が東京でしたから、ペーパードライバーになりました。次男も大学に入って、免許を取りたいと言ったので、「中古の自動車を買ってやろう」と私は考えました。

 非常にラッキーな事に、スポーツカーを買い換える方がおられ、愛車を貰って/使ってくれる人を探していました。 なんと!ただで譲ってくれました。若葉マークを付けて家の周りで練習していたら、ヤクザが故意にぶつかって来たのです。保険会社が対応してくれて、助かりました。 「悪い人間がいる」と分かって、次男は良い勉強になったと思います。

 アパートまで500kmほど有りましたが、妻を助手席に乗せて帰りました。次の休みから車で帰って来るようになり、運転の腕前はビックリする程上達していました。 妻はほぼ毎日・車で買い物に行っていたのですが、次男が怖い先生になってハンドル操作を教えていました。 大学を卒業して、外資系企業の営業マンになって、車は必需品になっています。

令和維新のすゝめ (その3)

2020-09-19 11:00:34 | 改革
★★★★ 少子化対策 ★★★★
 前稿では、先送りされて放置されている政治課題を列記しましたが、今回は、その内の『少子化対策』を取り上げます。少子化対策は種々の問題の『根っ子』だと、私は思います。

 フランスの少子化対策に賛同する記事を見掛けます。 フランスの政策は、少子化の問題、女性活躍の問題、男女同権問題を同時に解決出来ると思われますが、結婚しないで子供を産む女性が増加して、社会が大きく変化する様になると思われます。

 日本人は、「臭い物に蓋をする」スタンスを取り勝ちですが、「日本の伝統文化を出来る限り維持する事を考慮した、日本独自の少子化対策を工夫すべきだ」と私は考えています。

【合計特殊出産率】
 一人の女性が一生に産む子供の数を『合計特殊出産率』と呼びます。 全ての子供が、出産出来る年齢を過ぎるまで生き延びる事は出来ませんから、合計特殊出産率が『2.0』でも人口は減少します。 死亡率の低い日本の場合、人口が減少しない合計特殊出産率は『2.07』の様です。2017年の日本は『1.4』でした。

 (出生数―死亡者数)>0なら人口は増加します。日本の場合は、平均寿命が現在でも長くなっているので、死亡者数は少ないです。(出生数―死亡者数)=0、即ち、人口が減少し始めたのは2010年頃です。 老人の多いい国になって行っています。

 先進諸国の合計特殊出産率は『2.0以下』ですから、大なり小なり・少子化の問題を抱えています。

2017年の各国の合計特殊出産率 (出典:ウイキペディア)
フランス :1.9
イギリス :1.8
アメリカ :1.8
オーストラリア :1.8
ロシア  :1.8
ブラジル :1.7
中国   :1.7
ドイツ  :1.6
カナダ  :1.5
日本   :1.4
イタリア  :1.3
韓国   :1.1

【フランスの少子化対策】
 フランスは少子化対策が最も進んだ国だと言われます。日本の政治家や官僚は、フランスの制度を勉強していると思いますが、家族の有り方を考え直す必要が有るので、少しずつしか政策を打ち出せないのだと、私は見ています。

 フランスの少子化対策を穿った見方をすると、「金で解決」している様に見えます。 女性活躍社会で、子育てを金で支援すると、結婚制度を考え直す事が必要になります。1970年頃のフランスでは、未婚の女性が生んだ子供(婚外子)の割合は『6%』でしたが、少子化対策が進んだ・2016年には『59.7%』にも急増しました。 大半の女性が、結婚しないで子供を産む社会に変貌したのです。 (2016年の日本の婚外子は2.3%です。)

(注記) 私は、結婚しないで女性が子供を産んで、自分で子供を育てる家庭を『未婚女性家族』よ呼ぶ事にしています。 日本では、女性の両親と同居するケースが多くなるかも知れません。 結婚して子供をもうけ→離婚して女性が子供を連れて出た家族は『未婚女性家族』には含めない事にします。

 「子供は欲しいけど、男と同居するのはメンドクサイ!」、「子育てに協力しない、偉そうにする夫とはセッセト別れてしまおう!」・・・こんな社会になったら、家庭を持てない男性が五万と出来てしまいます。 妻を5人持っても良いイスラムの社会と真逆の世の中になってしまいます。 (ドンファンは「離婚しても養育費の心配が要らない」と、大喜びする社会になります。) 『男女平等』や『女性活躍社会』の運動は自然の流れです。その結果、数十年後には日本もフランスの政策を採用する様にならざるを得ないと私は予想します。

 日本は大家族や三世代家族制度でしたが、戦後は核家族が主流になりました。日本人は、核家族化をスンナリと受け入れましたが、『未婚女性家族制度』を受け入れるには、相当長い時間が必要だと私は考えています。

 フランスの真似をすると、少子化の問題は劇的に改善出来る可能性が有ります。 然し、憲法9条の改定よりも、種々の問題を孕んでいる事を認識して下さい。

① 家族手当 :子供が二人以上いる家庭に支給
② 家族補足手当 :第3子から支給
③ N分N乗方式 :税制優遇
④ 年金加算 :子供を3人育てると年金が10%加算される。
⑤ 職業自由選択補足手当
⑥ 保育方法自由選択補足手当 :子供を預ける費用を支給
⑦ 出産費用の無料化
⑧ 父親の出産休暇 :有給扱いで賃金の80%を保障
⑨ 不妊治療費と人工中絶費が無料 :43歳まで
⑩ 高校までの学費は無料
⑪ 保育学校 :3歳以上は公立の保育学校へ
⑫ 余暇保育 :日本の学童保育の様な制度で、ほぼ無料

(コメント) フランスの方式は万能では有りません。不景気になって失業したり、給与が下がると女性が子供を産まなくなります。 給与が有る程度の額になるまで子供を産まない女性が増えてきて、高齢出産が増加します。

【歴代の少子化対策大臣】
 内閣府設置法には、金融担当大臣などの3大臣を設ける事になっていますが、その他の特命大臣の設置は内閣が自由に決めて良い事になっています。 (但し、大臣の数は制限されていますので、特命大臣を増やすと兼任する事になります。)

 最初に、少子化対策大臣を設けたのは第一次安倍内閣です。 その慣例は、民主党政権になっても守られ、13年間続いています。 (歴代の少子化対策大臣を列記しておきます。)

①&② 川上陽子 :2007年8月~(約13ヵ月間)  独身?
③ 中山恭子 :2008年8月~(53日間)    結婚+子息
④ 小渕優子 :2008年9月~(約12ヵ月間)  結婚
⑤ 福島瑞穂 :2009年9月~(約8ヵ月間)  事実婚+お嬢さん
△ 平野博文 :2007年8月~(12日間)  事務代理
⑥ 玄葉光一郎 :2010年6月~ (102日間)  結婚
⑦ 岡崎トミ子 :2010年9月~(120日間)
⑧ 与謝野馨 :2011年1月~(約8ヵ月間)  結婚+子供2人
⑨ 村田蓮舫 :2011年9月~(130日間)  結婚+子供1人
⑩ 岡田克也 :2012年1月~(28日間)   結婚+子供3人
⑪ 中川正春 :2012年2月~(73日間)
⑫ 小宮山洋子 :2012年4月~(約5ヵ月間)
⑬ 中塚一宏 :2012年10月~(85日間)   結婚+子供2人?
⑭ 森まさこ :2012年12月~(約20ヵ月間)  結婚+子供2人
⑮&⑯ 有村治子 :2014年9月~(約13ヵ月間)  結婚
⑰ 加藤勝信 :2015年10月~(約22ヵ月間)   結婚+子供4人
⑱&⑲ 松山政司 :2017年8月~(約14ヵ月間)  結婚+子供1人
⑳ 宮腰光寛 :2018年10月~(約11ヵ月間)  結婚+子供2人
㉑ 衛藤晟一 :2019年9月~(12ヵ月間?)   結婚+子供2人
㉒ 坂本哲志 :2020年9月~(?)      結婚+子供3人
(注記) 大臣の代数はウイキペディアによる。

(私の大胆な想像) 2007年に安倍晋三氏は、勉強しないで/深く考える事も無く、「少子化は重大な社会問題だ!」と言うマスコミの主張を取り入れて、『少子化対策大臣』を設けたのでは?と想像します。然し、一カ月後に安倍氏は辞職したので、何もしませんでした。

 後任の福田総理は、「フランスは成功して来ているが、女性が結婚しないで子供を産む様になる」と言う報告を受けたのでは? 福田内閣は短命でしたから、「どうすべきか?」と悩んだだけで、何も出来なかったと思います。 次の麻生内閣は、何の政治経験もないお嬢さんを大臣に抜擢してお茶を濁しました。

 その後3年間ほど民主党政権になりますが、「少子化対策を強引に進めたら『未婚女性家族』が増える等の問題が出て、右翼の格好の餌食になる。然し、『少子化対策大臣』を設けないと、批判が出るだろう」と考えたと思います。 (たった3年間に大臣が9人も誕生しましたから、何か出来る分けが有りません。)

 2012年に第二次安倍内閣がスタートしました。 安倍氏は、女性活躍社会推進の旗を掲げ、女性活躍担当大臣を設け、2015年には女性活躍推進法を施行しました。フランスの政策の一部を日本でも実施しました。 待機児童問題の解消、幼稚園/保育園の無償化、育児休暇制度、働き方改革・・・

 安倍氏は右寄りの思想を持っているのに、『未婚女性家族』が増える政策を採用するのを不思議に思ってきました。 「流れに竿さして、票を増やそう!」と単純に考えただけの様です。 何か日本独自の工夫を加えないと、『未婚女性家族制度社会』になって、社会習慣/文明が大幅に変化すると思われます。 その事を国民に知らせて、「可とするか?否とするか?」真摯に議論する必要が有ると、私は考えています。

令和維新のすゝめ (その2)

2020-09-12 11:57:18 | 改革
【はじめに】
 長く続いた安倍政権が、やっと終わります。少し回復した経済を、昨年の消費税引き上げで後退させ、最後には新型コロナで危機的状況になってしまいました。 アベノマスクが象徴する様に、アイディアが乏しく、無能であった事を証明してしまいました。昨年の秋に退陣していたら、歴史的な評価が得られた様に思え、残念です。

 今回は、「政治的に解決すべき、どんな問題が残されたか?」につて書きます。新しい問題が次々に発生するのに、歴代の政権は『先送り!先送り!』を繰り返したので、どうしようもない状態になっています。 (前稿で述べた様に、)現在の日本は、明治維新が必要だった状況に近いと思います。 →→令和維新が必要です。

 菅義偉氏が次期総理になる様です。某政治記者は、「菅氏は頭が良く、決断も早い」と言っていました。 菅氏の手腕を期待しています。

【ビュリダンのロバ】
 おなかを空かせたロバが、左右2方向に道が分かれた辻に立っており、双方の道の先には、完全に同じ距離、同じ量の干草が置かれていた場合に、ロバはどちらの道も進まずに餓死してしまう。(出典:ウイキペディア)

 安倍政権は、国民から「有り余る議席数」を与えられ、満腹の状態でした。 然し、永い間、数十字路辻に立ち続け、「どれから手を付けようか?」悩み続けました。 日本を活性化させる為には、志が有って、他人の話しに耳を傾け、判断力/決断力/行動力/説得力の有る政治家の登場を願う必要が有ります。 既得権者の団体からの圧力を跳ね返す力の有る政治家が必要です。

【新型コロナ対策】
 安倍政権は新型コロナの新しい対処方針を立案して置き土産としました。「画期的だ!」と感心出来る内容では有りませんが、”ちぐはぐ”な今までの対応でも、日本では欧米諸国の様に感染拡大は発生しなかったので、何とかやり過ごせると思われます。

 数カ月以内に、国際オリンピック委員会(IOC)が東京オリンピックの開催/中止の決断をすると思われますが、日本の国民の多くは無理な状態での開催は望んでいません。出来るだけ追加の金を日本が負担しなくてよい様に、政府と東京都はIOCに働き掛けるべきです。

 9月9日のニュースで、「開発に成功したら、12,000万回分のワクチンを供給してもらう契約をしていた、イギリスのアストラゼネカ社が安全性の危惧からワクチンの治験を中断した」と報じられました。 「ワクチンが出来る」と言う前提で、物事を決めるのは時期尚早です。

① 経済活動と新型コロナウイルス対策のバランス
② インフルエンザ流行期への対策
③ オリンピックの決断
④ 将来の感染症対策

【米中貿易戦争】
 新型コロナの発生前に始まった米中貿易戦争は、簡単には解決しそうに有りません。寧ろ、先の見えない『米中冷戦の時代』になると私は予想します。

 昔の冷戦の時は、経済的にも政治的にも日本は迷うことなく西側陣営に入りました。 中国は、地理的/経済の繋がり/軍事的脅威などから無視できない存在です。単純にアメリカ陣営に参加する事は出来ません。 今後の政権は、国益を加味した難しい舵取りが必要になります。

【日本の経済・産業】
 「韓国経済が”おかしく”なってきた」と言う記事を見掛けますが、日本の経済は長い間・停滞して、”おかしい”状態です。 文大統領は種々の経済対策を打ち出しましたが、多くが失敗しただけです。 日本の歴代政権は、(新型コロナ対策が象徴する様に、)思い切った経済政策を実行せずに、チマチマした各種補助金制度を、少しずつ増やしてきたので、効果が殆ど有りませんでした。

① デフレ脱却
② 経済回復/成長
③ 第四次産業革命への対応
④ 役所のデジタル化
⑤ サイバー攻撃への対応
⑥ 経済三団体の若返り (経団連、同友会、商工会議所)
⑦ 既得権団体の改革 (農協、漁業組合、森林組合、医師会、建設業界、・・・)

【日本の政治・社会問題】
 政治的に解決しなければならない社会問題は、多過ぎて全てを列記出来ません。 このまま放置出来ない問題ばかりです。

① 少子化問題
② 憲法改正(第9条以外にも検討する必要が有ります。)
③ 東京一極集中問題/地方創生
④ 過疎化問題/山林荒廃問題
⑤ 国土強靭化/老朽化したインフラ対策
⑥ 皇室問題/皇位継承問題
⑦ 役人の天下り問題 (国費の浪費)
⑧ 女性活躍社会/働き方改革
⑨ 高齢化社会問題→医療保険制度の見直し/年金制度の見直し
⑩ 国防問題
⑪ 省庁の再編成 (例:厚労省≒定員33,000人) →大臣の定員増
⑫ 官僚制度の見直し(国家試験の内容、専門職化、入省後の評価による昇格制度を導入、・・・)
⑬ 内閣府のスタッフに省庁派遣の官僚を入れない。
⑭ 国会の委員会に出席する大臣を減らす→大臣の執務時間を確保
⑮ 予算委員会で審議する内容の見直し →NHKは他の委員会も放映すべき。
⑯ 防諜機関の整備/スパイ天国問題

【中国】
 中国は共産党独裁国家です。 共産党の基本スタンスは、「国産が難しい製品は輸入するか外資との合弁企業で製造する→生産技術を習得する→中国の企業を育てる→国内の雇用を増やす。」⇒⇒「合弁企業や外資企業は、中国企業との競争に敗れていつか撤退する。」  独裁体制のメリットを最大限に活かして、資金と人材を投入し、中国企業を育成/発展させます。 「西側諸国の民間企業が、今後、対抗するのは難しい」と私は見ています。

 現在、中国は日本の重要な貿易相手ですが、「今の状態を続けていると、近い将来・日本は売る物が無くなってしまう」と思われます。政府と民間企業の経営者は、「脱中国」を真剣に考える必要が有ります。

 家庭電気製品の製造は、日本から→韓国から→中国に移りました。 造船は、日本から→韓国から→中国→近年・韓国が復活しましたが、私は一時的な現象で、中国が巻き返すと見ています。航空機の分野ではアメリカの圧力で、日本は技術開発が遅れてしまいましたが、中国は軍用機の分野では目覚ましい発展をしています。 21世紀に入って、まだ20年しか経っていませんが、この20年間に中国は種々の分野の工業を発展させています。侮ってはいけません。

① 尖閣諸島問題
② 南沙諸島問題
③ 台湾問題
④ 覇権主義/金権主義/軍備増強
⑤ 過剰な生産設備
⑥ 人権弾圧(チベット、ウィグル、内モンゴール、香港)
⑦ 悪徳金貸し業者の様な政策

【韓国】
 「日韓関係は最悪の状態になった」と言うコメンテーターがいますが、私は「左派政権の時は悪化し、将来・右派政権になっても少ししか改善しない!」と考えています。 「韓国人が『小中華思想』を克服して、反日教育を止めて30年ほど経ったら、日韓関係は改善する」と思います。 21世紀中に日韓が友好国になる可能性は殆ど無いでしょう。

 将来、アメリカから「韓国と仲良くしなさい」と圧力が掛かるケースが多々有ると予想されますが、国益を考えて毅然とした対応をすべきです。 もう、75年も経っていますから、「植民地化した負い目を感じる必要は、全く無い」と私は思います。 (昔は、力の有る国が他国を植民地化するのは当たり前の様に行われていました。李氏朝鮮の方が先に開国して、強国になっていたら、元寇の様に欧米諸国と組んで日本を侵略した可能性が有ります。)

① 反日教育
② 竹島問題
③ 徴用工問題 (金、国家としての謝罪、徴用工像)
④ 慰安婦問題 (金、国家としての謝罪、慰安婦像)
⑤ 旭日旗問題
⑥ 日本製品不買運動
⑦ 種々の嫌がれせ

【北朝鮮】
 日本では拉致問題が重要な課題になっていますが、世界では核とミサイルの問題が優先課題になっています。 「米朝間の関係が進展するまで、日本の総理が金正恩と会っても、何の成果も期待出来無い」と私は考えています

① 核問題とミサイル問題(国連の経済制裁)
② 拉致問題
③ 戦後補償問題
④ 不法漁業問題(大和堆での不法漁業)
⑤ 人権問題(連座制による恐怖政治、強制収容所)
⑥ 朝鮮総連/朝鮮学校の問題
⑦ 反日教育

【ロシア】
 帝政ロシア→共産ソビエト→現在のロシア、一貫して覇権主義の国でした。 私は、「ロシアに天変地異の様な事が起こらない限り、北方領土問題は解決しない」と考えています。 然し、可能性は殆ど有りませんが、「北方領土を返してください!」と言い続けるべきです。 「歯舞・色丹だけでも!」などと言うべきでは有りません。 貴方が誰かに100万円貸したとします。相手が全く返す気が無い時、「せめて50万円返せ」と言うのと同じです。督促状を出し続けないと、時効になってしまいます。

 安倍政権は貴重な時間を割いて、プーチン大統領と何回も会って無駄な交渉をしましたが、いいように扱われただけです。プーチン政権が続く限り、政治家同士が仲良くなっても北方領土は返して貰えません。→無意味です。

 日ロ貿易は、日本が石油や天然ガスなどの資源を輸入し、自動車などの工業製品を輸出しています。現在は、石油や天然ガスの価格が下がっているので、日本がどんなに頑張っても、ロシアには工業製品を買う金が有りません。近年の日ロ貿易額は少なく、日本の大幅な赤字になっています。 日本には、素晴らしい『商社』が何社も有りますから、ロシアに金が出来たら、(政府がタッチしなくても、)商品を売り込んでくれます。

① 北方領土問題
② 日ロ平和条約
③ ロシアからの経済協力要請
④ 武器輸出/傭兵の覇権→紛争の助長
⑤ 覇権主義(ロシア人の多く住む国に侵攻する恐れが有ります。)

【その他の国際問題】
 国連は、第二次世界大戦の戦勝国が中心になって、1945年に51ヵ国で設立されました。現在は193ヵ国も参加しています。 近年、中国は”金”の力を露骨に発揮して、影響力を強めています。 その典型が、世界保健機関(WHO)です。

 「将来、国連が強力になって世界が平和になる!」と言うのは幻想です。 国連の決定には常任理事国(5ヵ国)、全ての賛成が必要です。覇権主義の中国とロシアが常任理事国です。 そして、この5ヵ国は全て核保有国です。

 日本は常任理事国になろうと努力してきましたが、国連憲章の第53条で、未だに日本とドイツは”敵国”と規定されており、極めて可能性が低いと思われます。 「常任理事国になっても負担が増えるだけで、メリットは少ない」と考えます。 現在の国連は、「無くても困らないが、有っても良い!」くらいの存在です。 歴代の総理は国連で演説したがりましたが、日本の演説を聞く国は少ししか有りません。 国連総会は、日本の国会とは違って各国の国連大使に出席の義務は有りません。

① 国連の改革
② 貧困国問題/内戦国問題→避難民問題
③ 国連平和維持活動(PKO)
④ 国際テロ組織対策
⑤ 国際麻薬組織対策
⑥ 人権問題

令和維新のすゝめ (その1)

2020-09-05 11:23:37 | 改革
【はじめに】
 戦後の日本では「先送り」が当たり前の様になって来て、幾ら何でも直ぐに結論を出さないといけない問題が沢山溜まっています。 最近・新たに「米中冷戦時代に突入する可能性が有り」、「新型コロナのために、日本だけで無く、先進国の経済はガタガタになった」と言う重大な問題が追加されました。

 現在の日本を取り巻く状況は、幕末に似ている様に思われます。 明治維新は武力で国家体制を変えて、明治になって政治体制を改革し、産業を発展させました。 現在も大改革が必要ですが、武力は使えません。民主的な方法で政治/経済を大改革する『令和維新』を提案したいと考えています。

 今回は『令和維新』の第1稿ですが、私の考え方を理解して頂く為には、火縄銃の到来から現在までの日本の歴史を思い出して頂く必要が有ると考えました。 

【織田信長と火縄銃】
 1543年に種子島に漂着した船に乗っていたポルトガルの商人から、島の大名だった種子島時堯(たねがしま ときたか :16歳?)が火縄銃を購入しました。 島の鍛冶屋に国産化させ、家臣に火薬の調合を命じました。 その後・直ぐに大阪の堺と和歌県の根来寺近辺で、火縄銃が製造される様になりました。 そして、日本は世界最大の火縄銃の製造国になりました。 (当時は戦国時代で、全国各地で戦が行われていました。)

 織田信長は火縄銃の有効性に気付き、生産地を支配下に置きました。 他の戦国大名よりも格安の値段で入手出来た様ですが、それでも一挺が数十万円以上した様です。火薬に必要な硝石は全て輸入でしたから、非常に高価でした。

 火縄銃を本格的に使用した戦は、1575年の、織田・徳川連合軍と武田勝頼が戦った『長篠の戦い』です。連合軍の方は3,000挺程使用した様ですが、兵員数が二倍以上も有ったので、「連合軍の勝利が火縄銃による」とは断言出来ないと私は考えています。 火縄銃の射程距離は50~100m程しか有りません。

 それまでの刀と槍を使った戦では、なかなか決着が付きませんでしたが、火縄銃が採用される様になると短期間に決着が付く様になりました。 種子島で国産化した年から、関ヶ原の合戦(1600年)までは57年しか経っていません。

【江戸幕府の鎖国】
 1634年から江戸幕府は鎖国を始めましたが、長崎に出島を築造して、1636年~39年まではポルトガル、1641年からは当時・世界最大の企業になっていたオランダ東インド会社に限定して貿易を認めました。 これが、鎖国です。

 その後・直ぐにオランダ東インド会社は衰退し始めて、1799年には解散してしまいましたが、その後も(なぜか?)出島での貿易はオランダに限定しました。

 イギリスの第一次産業革命は1760年代から始まりました。そして、イギリスやフランスは強国になって行きましたが、オランダの地位は低下しました。 鎖国を続けたので、日本は第一次産業革命の情報を入手出来無かったのです。 (「第一次産業革命で強国になった国の情報が得らなかった事、英語、フランス語、ドイツ語の本が読めなかった事が、日本にとって大損失だった」と私は思います。)

 1865年頃から第二次産業革命が始まり、イギリス、フランス、ドイツ及びアメリカで化学、電気、石油、鉄鋼などの工業が発展しました。 明治元年は1968年ですから、第二次産業革命が始まったところだったのです。

【銃の開発競争】
 日本は鎖国をして、平和な国になったので銃の改良/開発には力を入れませんでしたが、ヨーロッパ諸国では戦争が絶えなかったので、種々の改良が継続的に行われました。 進歩は少しずつで、銃砲の画期的な進歩は19世紀に入ってからです。

【幕末の状況】
 アメリカのペリーが蒸気船でやって来たのは1853年です。この年から明治維新(1868年)までの『15年間』を幕末と呼びます。 日本にとって幸いな事に、アメリカで1961年から65年まで南北戦争が起こりました。

 下関戦争 :1863年5月に長州藩がアメリカとフランスと戦い軍艦を破壊されました。64年7月には、イギリス、フランス、アメリカ及びオランダの連合軍に攻められて砲台を破壊され、実力の差を思い知らされました。これ以降、長州は『攘夷』から『倒幕』に方針転換しました。

 薩英戦争 :1863年8月に薩摩藩が、当時・世界最強だった英国と戦争(薩英戦争)しました。 悪天候が味方してくれた事もあって、引き分けで終わったのです。 この事件によって、欧米諸国は「日本は侮れない国だ!」と認識する様になったのです。

【明治維新の前後】
 薩摩と長州は欧米諸国との戦争で、銃や大砲の性能の大きな差を実感しました。 「日本を欧米諸国に侵略されない為には、最新式の銃や大砲が必要だ!」と考える様になったと思われます。 アメリカの南北戦争が1865年に終わったので、余った新式の銃や大砲を幕府、各藩が多量に購入しました。 そして、内戦に突入したのです。

 大政奉還(1867年10月)→大政復古の大号令(67年12月)→鳥羽伏見の戦い(68年1月)→明治政府の設立(68年1月)→新政府軍が東進を開始(68年2月)→戊辰戦争→函館戦争の終結(69年5月)

 「鳥羽伏見の戦い」の時、(私の知見では)倒幕側の兵員数は6,000人程で幕府側は15,000人程でした。幕府側も新式銃砲を多数所有していましたが、朝廷が開戦の翌日に『錦の御旗』の使用を倒幕側に認め、倒幕側を官軍、幕府側を賊軍とした事で幕府側の戦意を喪失させ、多数の藩が倒幕側に参加する様になりました。

 関東と東北では売謡曲節が有りましたが、「鳥羽伏見の戦い」から約1.5年後の函館戦争の終結で内戦は終わったのです。 それで、日本は、欧米諸国の植民地化の恐れが無くなりました。

(余談) 新式銃砲の射程距離、命中率、破壊力、銃弾の装着速度は、旧来の物とは比べ物になりませんでした。 幕末のたった3年(1865年~68年)ほどの間に、刀や槍は全く役に立たなくなりました。 幕府は1862年に陸軍を創設して、歩兵隊、砲兵隊、騎馬隊を組織して64年と66年の長州征討に派遣しました。 「余りにも急激な変化でしたから、多くの武士が、頭の中を切り替える事が出来ないで、明治時代を迎えたのだ」と私は考えています。

(余談) 彦根の井伊家は譜代大名です。井伊直弼が大老になって、1858年に改革派の人達を多数粛清しました。『安政の大獄』→59年に『桜田門外の変』で暗殺されました。 意外にも!彦根藩は「鳥羽伏見の戦い」の後、直ぐに新政府側に参加したのです。

【明治の富国強兵】
 明治政府の財政は決して豊かでは有りませんでしたが、高給を出して欧米諸国から優秀な技術者や学者を沢山雇って、技術を習得し、各種工場を建設し、大学を設立し、軍備を整備しました。

 その一例が1872年(明治5年)に設立された官営の富岡製糸場です。チマチマした物ではなく、当時としては世界最大級の機械式製糸工場を建設したのです。 急ピッチで富国強兵政策を進めました。

 当時の欧米諸国は、「隙あらば他国を植民地化してやる」と言う覇権主義でした。典型例がフィリピンです。 フィリピンは16世紀にスペインの植民地になりました。1899年(明治31年)に、スペインが勝手にアメリカに譲渡したので、アメリカの植民地になりました。

 欧米諸国で幕末に始まった第二次産業革命に日本も参入して、富国強兵政策は成果を上げる様になっていました。 そして、日本も覇権主義国家の仲間入りをしたのです。日清戦争(1894年~95年)→日露戦争(1904年~05年)→韓国併合(1910年)→・・・→第二次世界大戦への参戦(41年~45年)

(余談) 日本の国民の大半は、敗戦の教訓として「覇権主義=悪」と学びました。 然し、戦後でも覇権主義を唱える国は沢山有ります。 中国、ソビエト/ロシア、イラクなど。イスラエルの建国も一種の覇権主義だと私は思います。

【敗戦後】
 戦争が終わった1945年、日本の産業は壊滅状態だったと言えます。外地から沢山(500万人)引き上げてきたので、食糧不足になりましたが、食糧を輸入する金が有りませんでした。 日本は最貧国になってしまったのです。 国民の努力で少しずつ産業が復興していた時に朝鮮戦争(1950年~53年)が勃発してアメリカから多量の注文が入り、戦後の復興が軌道に乗りました。

 更に、1955年からベトナム戦争が始まり、アメリカからの注文が続き、金を得たので、ビルマ、フィリピン、インドネシア、ベトナム及び韓国に莫大な戦後賠償が出来たのです。

 第二次世界大戦後に、アメリカを中心に第三次産業革命が始まりました。原子力発電、コンピュータ、コンピュータを用いた装置の自動化などなど・・・。日本は第三次産業革命に成功した国の一つです。

 2010年頃から第四次産業革命が始まったと言われています。 最初が第5世代の通信システムですが、日本はこの分野では後れを取っています。 第四次産業革命は通信システムだけでは有りません、種々の分野の革命的進歩を意味します。 この技術革新に乗り遅れたら、日本は確実に衰退してしまいます。官民協力して推進する必要が有ります。

(私の予談と偏見) 私が大学を卒業したのは1971年です。当時、日本と欧米諸国との技術格差が大きく、財閥解体によって日本には巨大企業は存在しませんでした。 大手企業は欧米企業と技術提携して、支給された図面や資料で製造し、技術の習得に努力していました。

 国家予算はまだ乏しかったのですが、官僚が学会の重鎮達と相談して、研究・開発費を決めていました。 通商産業省の課長さんが毎年、企業の重役向け講演会で「来年は、✕✕の予算で、○○分野の研究/開発を支援する」と説明し、民間企業を牽引したのです。

【日本の経済発展と衰退】
 戦後、日本は欧米企業から取り入れた技術をベースに、創意/工夫を加えて工業を急速に発展させました。 日本の製品は『品質は劣るけど、安価』→→『安くて高品質、故障が少ない』になりました。 (現在の中国の様に)日本の貿易が黒字になって、アメリカは日本に種々の圧力を掛けてくる様になりました。

 その典型例が、1985年の『プラザ合意』で、急激な円高ドル安を要求しました。 「1ドル=240円台」→「1ドル=120円台」 私は、「普通の国だったら、産業は壊滅状態になった」と思いますが、企業が努力して貿易黒字国に戻りました。

 与党も野党も、日本の政治家は科学、基礎科学、工学の勉強を殆どしません。 (資源の多くを輸入している日本は特にそうですが、)政治家は産業に関する勉強をして、自国の産業を発展させる政策を考え、貿易が有利に出来る様な対外交渉方針を立案するべきです。 戦後の政治家の多くは、「科学や産業なんか関係ない」・文人や仙人の様です。 「2位じゃダメなんでしょうか?」と発言した政治家は、まだ参議院議員です。

 戦後すぐの官僚には国の事を考える、立派な方が沢山おられた様に思います。 いつの間にか、「自分達の天下り先を維持/増やすこと」を優先する官僚が主流になって来た様に見受けられます。

 国は研究開発費を削減して、アベノマスクの様な頓珍漢な開発援助をしています。 民間の製造企業は国の支援を期待出来無くなっているのです。

 バブル崩壊後の「失われた20年」と言われますが、新型コロナでダメージを受けた経済を立て直すには、思い切った政策を取らないと経済は回復せず、近い将来に貿易赤字国に転落する恐れも有ります。

 「票にならない問題には蓋をして、先送りする政治慣習は許容されない国際情勢になっている」と私は考えています。