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MARU にひかれて ~ ある Violin 弾きの雑感

“まる” は、思い出をたくさん残してくれた駄犬の名です。

無言の伝授

2013-10-26 00:00:00 | 私の室内楽仲間たち

10/26 私の音楽仲間 (518) ~ 私の室内楽仲間たち (491)



               無言の伝授




         これまでの 『私の室内楽仲間たち』




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                   旅に病んで
                達人のバランス感覚
                   無言の伝授
                      悪徐
                  とめどない飛翔




 譜例は、すでにご覧いただいたもので、ハイドンの弦楽
四重奏曲 ト長調 作品77-1 の冒頭です。



 [演奏例の音源 は、提示部を繰り返す直前から始まり、
提示部を終え、さらに展開部に入ったところまでの部分。

 Violin の U.さん、Viola B.さん、チェロの M.さんとご一緒したものです。







 さて、この曲を前回弾いたのは、いつだったのか? 記録を
見たら、一年半ほど前のことです。



 その際の録音を編集したのが、[演奏例の音源 でした。

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 両者を聴き比べてみると、まず気付くのは、テンポの差。
今回のほうが、ゆっくりですね。 速度表示は…と見ると、
Allegro moderato

 「速過ぎちゃ、いけなかったんだ…。」 今さらながら、
愕然としている私。



 【テンポが速いほど難しい】…とは、必ずしも言えません。

 といっても、【私が今回それを意識したから、一年半後の
今は出来るようになった】…わけではないのです。



 この場では、いつも「Allegro と Allegro moderato は大違い」、
「Allegretto のメヌエットは、“ちんたら” 演奏するのがいい」…
などと書いている私。



 でも、今回の “Allegro moderato” に気付いたのは、この
記事を書くために、前回の音源を聴いたときだったのです。

 これでは、貴方からお叱りをいただいても止むを得ません。




 譜例をご覧になると、きっとお解りでしょう。 この楽章の
テンポは、「Vn.Ⅰ以外の3パートが決定する」…とも言える。

 そう、リズムを刻む四分音符です。



 これは前回のほうが速かった。 でも私は何も考えず、
そのテンポに乗ってしまっていた。

 いや、自分も速めのテンポで準備していったから、何も
違和感が無かったのでしょう。

 でも、それでよかったのか?






 今回のメンバーは、ゆったりしたテンポを、終始崩そうと
しなかった。 録音全体を聴くと、それがよく解るのです。

 ちなみに、その3人の仲間は、私より年上の男性でした。
いずれもハイドンの音楽を、こよなく愛するかたがたです。




 この曲はハイドン67歳の年、1799年に作られました。
4つの楽章が完成された弦楽四重奏曲としては、この
作品77の2曲が最後です。

 それだけに、曲のところかしこから感じられるのは、
力みの無い、済みきった響き…。



 …そう。 テンポの速さや、気分の高まりなどによって、
“興奮を煽る” ように設計された曲ではない。

 3人の仲間は、このことを無言のうちに、私に教えて
くれたのかもしれません。



 次回お会いしたときに、もし私がそう伝えたら…。

 「いや、速く弾けないだけですよ」…などと謙遜
されるかもしれませんが。




 さて、以上は観念論、精神論とも言える、思索の作業
ですね。 でも、それだけで済む問題ではない。

 自分の抱える技術的な課題が、あちこちで影を落とし
ているからです。



 (1) 譜例にもある “mezza voce” (半分の声で、低い声で)
  気付いてはいたものの、もっと注意を払わねばなら
  なかった。 これは全員に出て来ます。

 (2) 最初の小節で登場し、頻出する “付点八分音符”
  を、歌うつもりで練習していなかったこと。 それに
  気付いたのは、合奏の場になってからだった。

 (3) 音源中でも聞かれる “三連符” を、ついつい速く
  弾こうとする精神状態。 つまり、美しい音で楽しみ
  ながら、一音一音が弾けていない。 技術不足から
  来る。

 (4) 音の美しさを、高音でも低音でも保つのが苦手。




 考えるだけでは駄目ですね。 もちろん、ただ練習
するだけでも駄目ですが。

 どちらかが先行し、一方をリードすることはあっても、
根本的には “車の両輪” の関係かもしれない。



 …ああ、また考えてしまった。 さて、練習でもするか…。




            音源ページ




さようなら クーちゃん

2013-10-22 00:00:00 | 生活・法律

10/22       さようなら クーちゃん




           これまでの『生活・法律




 「いました、いました。」

 そう言いながら玄関のドアを開け、中へ入ってきた
Nさん。 そして懐中電灯を手に、また外へ。



 「クーちゃん、クーちゃん。」 しきりに呼ぶNさん…。

 (本当かな?) 半信半疑ながら、私もそれにつられて靴を履く。



 (いた!) 私が思っていたより大きい。

 (ついに逢えたね、クーちゃん。)



         クーちゃんの声 1




 先日、東京から車で兵庫県まで出かけました。 あいにく
の悪天候のさ中のドライブです。 伊豆大島で大きな被害を
出した、あの台風26号が接近していました。

 出発は夜中。 スケジュールや費用を考えると、この時間
帯が私にとっては最適なのです。



 怖かったのは、伊勢湾岸道路。 横風をまともに受け
てハンドルを取られ、雨で視界も悪い。

 スピードを落としている私の車の横を、大型車が立て
続けに追い越していきます。 後ろから見ると、車体が
激しく横揺れしている。

 (倒れてきたらアウトだな…。)



 三重、奈良を過ぎると天候も治まり、京都、大阪辺りで夜
が明ける。 光を浴びて眠気も去り、元気が湧いてきます。




 現地に近づくと、また雨風が強くなる。 でも私にはもう
影響はありません。

 まもなく7時半になる頃、Nさん宅に到着。 すぐ自宅に
メールし、無事を伝えます。



 片道600㎞も、この時間帯だと7~8時間。 もう私も
トシですが、根っからの運転好き。 苦になりません。

 今回も目的は、室内楽合宿その他。 関西の友人と
会える、年に数回の貴重な機会なのです。

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 さて、現地の予定も無事終了。 仲間は昼過ぎに、それぞれ
帰途に着きました。

 私だけは今回も、Nさんの心尽くしの夕食をいただきました。



 その前後には、お得意の “寝溜め” を何度もしつつ、
帰途の余力を蓄えました。 帰るとすぐ、私には珍しい
ことに、ハードスケジュールが待っているのです。



 さて夜の11時も過ぎ、出発の時間です。 ちょうど、
車に荷物を積み込もうとしていたときのこと。

 「いました、いました。」 先ほどのNさんの声です。



 「よく現われるんですよ、時には真昼間からね。 そのうち
逢えるんじゃないですか。」

 しかしこれまで何度もお邪魔しながら、それが叶わなかった
私…。 今回も諦めていたのですが、最後の最後になって、
本当にそれが実現するのだろうか?

 Nさんの後に着いて、足音を忍ばせ、戸外へ出ました。




 出ると、すぐ左手は山の斜面。 Nさん宅の敷地は、ちょうど
その麓にあります。

 懐中電灯に照らされたのは、横向きの姿。 大きい! 斜面
を駆け上がったところで動かず、二階の屋根ほどの高さに映し
出されている、クーちゃん。



 もちろん、Nさんが勝手にそう名付けたのですが、その正体
は仔鹿です。 あの可愛い動物ですが、すでに栗毛色の斑点
は消え、全身灰色。 お尻だけが白い。

 「クーちゃん、クーちゃん!」 それに答えるように、クーちゃん
は啼き声を上げます。



 しかしクーちゃんは、少しずつ斜面を上の方へ。 やがて姿が
見えなくなりました。

 声だけは聞えるが、そのトーンも徐々に低くなる…。 これ以上
の逢瀬を諦め、私は手にしたままの荷物を、車のトランクに積み
込みます。



 この録音の後にも、低く遠く、声はしばらく続いていました。

          クーちゃんの声 2




 Nさんから聞くところによれば、クーちゃんは敷地を左から
右へ横切り、下まで降りて行くとか…。 草が踏み倒された
“けもの道” があるので、それと判るそうです。

 クーちゃんの目的は、おそらく畑の作物…。 下には疎ら
ながら、人家があるのです。



DSCF0655

           クーちゃんのお食事処?


 Nさんの敷地への “侵入者” は、クーちゃんだけではない。
生ゴミを荒らしに、キツネもやってくるのだそうです。



 しかしクーちゃんの父親は、すでに、この世にはいません。
網に捕まり、猟銃で撃たれてしまったのです。 クーちゃんの
兄弟ひとりと共に…。

 人間側にしてみれば、畑の貴重な財産を荒らす、鹿の害。
それは、この地域に限りません。



 クーちゃんには、もうひとり兄弟がいる。 母親と “三人”
家族なのです。

 クーちゃんは、そのうちで、最も人懐っこい性格なのだそう
です。 時には、Nさんから目と鼻の距離にまで近づきます。

 【おい、お前は、なぜボクの領分に侵入してるんだい?】
その表情は、まるでこう尋ねているように見えるとか。



 でもクーちゃんが近付くときには、決まって母親の警告の
声が。 もちろん姿は見せませんが。

 【人間は危険だよ! そんなに近寄っちゃいけないよ!】



 Nさんは、鹿が敷地を横切って下へ行かないように、防護
ネットを敷設しています。

 地元の住民が被害に遭わないようにするために。 そして
おそらく、クーちゃんたちが危険な目に遭わないように。

 でもクーちゃんは、それを軽々跳び越えてしまう。 人間の
背丈以上ある高さですが。




 初めてクーちゃんに逢えた私。 次の機会は、早くても
半年以上先のこと。 もちろん逢える保証は無い。

 ボクはトシだし、無理もだんだん出来なくなる。 一方で、
キミは若いけど、危険が一杯。



 それまで、無事でいられるでしょうか? お互いに。



 クーちゃんは灰色の鹿です




作品に塗り込んだ人生

2013-10-14 00:00:00 | その他の音楽記事

10/14       作品に塗り込んだ人生



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               作品に塗り込んだ人生




 〔それにしても、原題が『ヴェーヌスベルク』ではね…。
『タンホイザー』とは、えらい違いだわ。〕

 「そうではない。 『タンホイザーとヴァルトブルクの
歌合戦』だよ。 二つの伝説から着想を得たから。」

 〔はいはい、わかりました。〕



 「『歌合戦』のほうには、『ローエングリン』の説話の一つも
含まれている。 ただし今日伝わっている主なものとは、違う
ところが多いのだ。」

 〔それがきっかけで興味を持ったのね? ローエングリンに、
あなたは。 “私の名、氏、素性を決して尋ねてはならない”…。
そう念を押されていたのに、エルザは背いてしまった。 白鳥
の騎士との誓約にね…。 私には近寄りがたい存在だわ。
あまりに神がかっていて。]



 「高邁な精神を求めて昇りつめた、一人の悩める人間
と解釈することも出来るよ。」

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 「それに、こういう卑近な一面もあるのだ。」



 ワーグナーはローエングリンの “質問の禁止” について、
「彼は自分を信じてくれる女性を求めた。 一切の説明や
弁明ぬきで、無条件に自分を愛してくれる女性を求めた」、
だから名前や素性にまつわる質問を封じたのだ、と注釈を
加えている。 (*1

 (『知られざるワーグナー』 (三光 長治 著、1997年、法政大学
出版局) (以後、*1 と約す)





 [女からすれば “言い訳” よ。 最初から去るつもりの、ね。]

 「男は余計な話はしたくない…。 女は詮索好きだからな。」
 
 〔失礼ね、話をすることが愛なのよ、女にとっては。 それに
私、そんなに根掘り葉掘り、訊かなかったわ。〕

 「そうだったかな…。」



 〔ただ、あなたの継父ガイヤーには興味があったの。
私も女優、同じ俳優としてよ。 私の舞台人生を踏み
にじったこと、まさかあなたは忘れてないでしょうね。〕

 「…。」




 それに、“実父” カール・フリードリヒのほうも、熱烈な演劇
愛好家であり、素人俳優でもあった。 そのため、リヒアルト
の兄や姉たちも演劇に心ひかれていたのも、当然といえる。
したがって、遺伝という点に関しては、いずれの父親候補者
の間にも、ほとんど選ぶところがない。 ただ、ガイヤーの
祖先をたどってみると、演奏家が何人かいるという…。

 ガイヤーは、実技に劣らず理論にも興味をいだく、優れた
性格俳優であり、ドレスデンをはじめとする数多くの地方
都市で、その作品がいくつか上演されたことのある、二流
劇作家でもあった。 彼が亡くなったのはリヒアルトがまだ
6歳のときだったが、彼の影響は、まだ俳優になりたてで
苦闘中のワーグナー一家に、依然として浸透していた。

 そしてその家庭における議論が、この聡明な少年のうち
に、演劇改革と劇演出に対する、熱烈な興味を掻きたてた
ことは間違いない。 (*2

 (『ワーグナーの世界』 (オードリー・ウィリアムソン 著、
中矢 一義 訳、1976年、東京創元社) (以後、*2 と約す)





 「そのとおりだ。 私は彼に感謝している。それは折
に触れて公言してきた。」

 〔そう? 実はね、訊きたいことがあったの、あなた
と一緒に暮らしていたときに。 …といっても、一軒の
家の上と下で、半別居状態だったけど。〕

 「…何かね…。」



 〔あなたの『ニーベルンゲンの指輪』に登場する、
ミーメのことよ。〕




 「……ああ、あの鍛冶屋のミーメかい。」

 〔養父としてジークフリートを育てるけど、結局彼に
殺されちゃうでしょ? 父親殺しよね。〕

 「…それは、ミーメが先に殺意を抱き、それがバレて
しまったからだ。 悪いのは息子のほうではない。」



 〔でもね、なぜわざわざそういう設定にしたの?
私には疑問なのよ。〕

 「あれはな、ただユダヤ人を皮肉っているだけだ。」




 ミーメが小人族としてその存在を矮小化されているのは、
ひょっとすると、彼らがユダヤ人のカリカチュアであるため
かもしれない。 私がそのように推測する根拠の一つは、
ミーメの語りにある。

 ユダヤ嫌いのワーグナーは、『音楽におけるユダヤ性』と
題する論文のなかで、ユダヤ人の話ぶりに言及し、それが
非ユダヤ人にとってはなはだしく耳ざわりであると言って
いる。 ユダヤ人が金切り声で “混乱した駄弁” を弄する
ことに嫌悪感を唆られるというのだが、黄色い声を張り上げ
て、あらぬことを口走るミーメの語り口は、その見本になり
はしないか。 (*1




 〔このミーメはテノールよね。 それも甲高い声だわ。〕

 「ユダヤの金融資本を、私が目の敵にしていた (*1
だけだ。 同じ本にそう書いてあるだろう。」

 〔そうね。 でも、こうも書いてあるわよ。〕




 母と再婚した養父ガイアーは、もしかするとユダヤ系かも
知れなかった。 14歳まで戸籍上ガイアーを名乗っていた
ワーグナーは、養父が実父かも知れないという疑惑に悩ま
されたが、自身がユダヤ系かも知れないという、もう一つの
疑惑がそれに絡んでいた。 (*1




 「そんなこと、思い出させるな! 混乱してしまうじゃないか…。」

 〔水面に映った自分の顔を眺めて、自分は父に “似ていない”
と悩む場面があるわよね。 ジークフリートが。]

 「……。」



 [どっちでも同じなのよ、似ていてもそうでなくても。 どの
みち、苦しむことになってたんじゃないの? あなたは!〕

 「何を言うか! 頭が痛くなってきた…。」



 〔…可哀そうに…。 ジークフリートも、ミーメも、
そしてあなたも。 ある種の自己懲罰ね。]

 「勝手な解釈をするな!」




 [でもそれだけじゃないの。 それは、
“ミーメ” っていう言葉よ。〕

 「………。」



 〔“Mime” は、英語の “Pantomime” よね? そう、パント
マイム、無言劇のこと。 そして、それを演じる役者の意味
にもなる。 つまり、“俳優” のことよ。〕



 「………それは…、偶然の一致だ…。」

 [そんなこと、ないでしょ。 あなたは芸術に対しては誠実
な人だから。 解る人には解るように書いたはずよ。]




 ガイヤーが俳優としては背が低く、声が細かったことに災
されて、英雄的な役柄につけなかったことも、興味深いこと
である。 というのは、背丈と声量に恵まれなかったことが、
おそらく、リヒアルト・ワーグナーを舞台から遠ざけた大きな
要因だったから。 (*2




 〔あなたは167cm。 劇中のミーメは、地下で
あくせく働く、小人族の出身だったわね。]

 「…そうだ。」

 [でも、なぜジークフリートに殺されちゃうの?
それにはね、こういう説だってあるほどなのよ。〕




 精神分析学では、エディプス・コンプレックスということを
述べる。 これは、息子が母を愛するあまり、無意識的に
父親に対して敵意をいだくことをいう。 ワーグナーの作品
には、義父または養父に対する、一種のエディプス・コンプ
レックスが現われている。 (*3

 (『リヒャルト・ワーグナーの芸術』 新版 (渡辺 護 著、1987年、
音楽之友社) (以後、*3 と約す)





 [エルザは、追いつめられて尋ねてしまった。 そして全て
を失い、崩れ落ちて息絶えた。 私もね、本当はもっと訊き
たかったのよ、あなたの身の上話を。 でも、あまり触れら
れたくないように感じたの。]

 「ああ…。」

 [それも父親のことだけじゃないわ。 お母さんがどんな人
なのか、私には今でもよくわからないのよ。]




 ワーグナーの、母親ヨハンナに対する印象も独特であった。
彼は母親自身には、それほど大きな愛情を持っていなかった
らしい。

 母親から愛憮されたというような記憶はないと、彼自身言って
いる。 彼は13歳のとき、母親と別れて住むようになったから、
現実の母親について、くわしい記憶のないのも無理はない。 …

 思春期に母親から離れていた彼は、母と女性とを結合して憧憬
の対象とすることを知っていた。 ジークフリートも、パルシファル
も、女性の愛を知ったときに、母を呼ばうのである。 (*3




 〔そうね。 私は4歳だけ年上の妻だった。 私なり
に努力はしたわ。 ああ、あのパリの極貧時代…。
こんなことを書いてくれた人もいるのよ…。〕




 むずかる赤ん坊のワーグナーを、両腕にかかえてあやす母親
に見立てたスケッチ画 (1841年頃) が残っている。 苦しい世帯の
やりくりの中で、ミンナは、もてなし上手の主婦であったばかりで
なく、わがまま放題の夫に対しては、意外にも包容力のある、
母性としての一面をそなえた、良き伴侶だったのである。 (*1




 [よく聴いてちょうだいね。 あなたがローエングリン伝説に
初めて触れたとき、どんなに驚いたか、自分で覚えてる?
私には想像がつくわ。]

 「そんな昔のこと、覚えておらん…。」

 [“決して私の名、氏、素性を尋ねてはならぬ”。 この
一方的な宣告を読んだときの衝撃よ。]

 「私自身には関係ない。」

 [もしあなたが訊かれたとしたら、少なくとも父親に関しては
決して答えたくなかったはずよ。 私にも、ほかの初対面の人
にもね。 もちろん、伝説とは別の意味でよ。]




 ローエングリンが、わが身に流れる血は純潔で高貴である
というとき、そこにワーグナー自身の切なる夢を語っているの
ではなかろうか。 (*3




 [エルザは禁を犯し、すべてを失った。 私は出来るだけ尋ね
ないように努め、賢い妻であろうとしたけど、駄目だった。 結果
として、やはり同じ思いをすることになったのよ。]

 「ミンナ…。」

 [母親の愛憮の記憶が無いんですって? あなたは10人兄妹
の9番目よね。 わずかな残りも、6歳のときに亡くなった継父が
持っていってしまった。 “継父が憎い、甘えさせない母親が憎い、
女性が憎い、特に年上の!”]

 「もう止めてくれ…。」



 [そうね、あなたはあの強靭なブリュンヒルデからも、すべてを
取り去ってしまった。 神の娘として誉れ高い女性が、行きずり
の男の手にかかる仕打ちを受けるかもしれなかった。 それも、
父ヴォータンの罰でね。 これは私が見ても惨めすぎるわよ。]

 「もういい、ミンナ…。」

 [まずは、ヴァルキューレとしての神性を剥奪されたんだわ。]




 作者は…それだけの強さを身に備えた彼女から、奪えるだけの
ものを奪い、彼女を精神的にも肉体的にも、徹底的に痛めつけて
いる。 サディズムという表現を使いたくなるほど、とことんいじめ
抜いている。

 彼女は丸裸の無一物の状態にまで突き落とされた。 神々から
授かった秘宝の知恵まで、ジークフリートに授けた彼女は、愛する
男に向かって、あなたにさしあげるのはもう何もないと嘆いている。
彼女に残されたのはジークフリートへの愛だけだったが、その愛
までむざんに裏切られた。 (*1




 [私、ブリュンヒルデの立場がよくわかるのよ。 私が失ったの
は、舞台生活と、あなたの愛だけでしょうけど。]

 「……。」

 [あ、私の舞台衣装や結婚指輪もあったわね。 みんなパリの
質屋で流れちゃったの、覚えてる? そういえば、ブリュンヒルデ
も指輪、盗られちゃうのよね、騙されたジークフリートに。 彼が
変装用に使ったのは、“隠れ頭巾” だったわ。]



 「無関係だ。 そうではなく…。」
 
 [それとも、私もモデルの一人なのかしら? だったら、どういう
つもりで、あなたはそうしたの?]




 コジマは彼の夜ごとの夢も丹念に記録しているが、その大半
は悪夢である。 彼を夜な夜な苦しめた悪夢は、深淵を孕んだ
波乱万丈の生涯の、余震や余波の類だった。 同義的に多くの
罪を重ねたことについての、当人の無意識裡の自覚の現われ
だった。 (*1)




 [晩年は悪夢に苦しんだ…? あなたも少しは変わったの?]

 「…。」



 [もういいわ、お邪魔しました…。 静かに休んでいるところに、
突然、ね。 私はこれで消えますから。]




 ミンナとの官能的な体験と、マティルデとの世俗をはなれた
詩の世界の後に、コジマのかたわらでヴァーグナーは、創作
の最後の円熟期につながる理解に満ちたおだやかな家庭を
みいだした。 そして世俗の評価の頂点に達する。 …

 しかしそれらすべてにもかかわらず、なおもヴァーグナーは
世俗の情熱から解き放たれなかった。 …

 ちょうど『パルジファル』に取りくんでいた。 第二幕の官能的
な雰囲気は遠き日の思い出によるばかりでなく、ユーディット・
ゴーティエとの新たな体験にも負っている。 (*4

 (『音楽家の恋文』 (クルト・バ―レン 著、池内 紀 訳、1996年、
西村書店) より引用。 (以後、*4 と約す)





 おお、わが愛しきユーディト! …

 聞いてください! 私のために絹地をさがしてみてくれませんか。
地が黄色のサテンで  できるかぎり淡い  花々の  バラの花
の懸華装飾がついていて、あまり大柄すぎず…。

 これもすべて、パルジファルとのよき午前のためなのです……。

                1877年   (*4




 数十枚もの便箋が布地や香水の注文でうめられている。
一方、同じ時期に成立した『パルジファル』については、
ごくごくまれにしかふれられていない。 こうした指摘も、
ヴァーグナーという人物のほぼ完全なイメージを描くのに
必要である。 (*4




 ヴァーグナはこの1877年には64歳、ユーディトは28歳でした。



 なお、この『パルジファル』の中には、有名な聖金曜日の
音楽
があります。 そこでは、自作の『タンホイザー』で用い
られた “懺悔のモティーフ” が引用されています。

 なんともはや…。 言葉がありません。




名は体を表す

2013-10-13 00:00:00 | その他の音楽記事

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 〔“G・S・M” - マティルデに祝福あれ - ですって…。
羨ましいわ。 あなたの『ヴァルキューレ』のスコアに名前
が記されて残っているなんて。 (*1)〕

 (『音楽家の恋文』 (クルト・バ―レン 著、池内 紀 訳、1996年、
西村書店) より引用の上脚色。 (以後、*1 と約す)





 ミンナとの愛は大きな苦悩なしに結ばれてしまい、創作とは
あまり関係がない。 その後も彼は創作の問題について彼女
と語ることがほとんどなかった。 (*2

 (『リヒャルト・ワーグナーの芸術』 新版 (渡辺 護 著、1987年、
音楽之友社) (以後、*2 と約す)





 〔ねえ、リヒャルト。 『ヴァルキューレ』の第一幕では、ジ―ク
リンデとジ―クムントが激しく愛し合うわよね。 ブリュンヒルデ
…なんて女も、後から出て来るけど。 少なくとも一部は、M.と
あなたの仲が反映されている…ってわけなんでしょ?〕

 「いや、あれはまだ知りあって間もない頃のことだ。 私の場合
は、作品の登場人物が先で、そのイメージを後から現実の女性
に見出すことが多かったのだ。 『トリスタンとイゾルデ』にしても、
マティルデと出会うずっと以前から構想を温めていたものなのだ。
よく誤解されるが。」



 〔本当かしらね…。〕

 「作品の構想一つにしても、すべて事前に膨大な時間を費やし、
調査した結果なのだ。 単なる思い付きで女性を登場させたりは
しておらぬ。」




 “音楽家の中の文献学者” と呼ばれるワーグナーは、新作に
取り組むさいにくまなく関係文献を渉猟し、それこそ文献学者の
ような手つきで伝承に批判的な検討を加えた。 …

 つくづく感じ入るのは … 彼の身にとりついた始原への情熱
である。 彼は素材となる伝承の大本 (おおもと) にあるものを突
きとめなければ、収まらなかった。 …

 だいたい手始めに『ニーベルンゲンの歌』などを研究していた
彼が北欧神話にのめり込んでいったのは、『エッダ』や『サガ』
の方が『ニーベルンゲンの歌』よりも “古い”、“より異教の源泉
に近い” と見たからである。 (*3

 (『知られざるワーグナー』 (三光 長治 著、1997年、法政大学出版局)
(以後、*3 と約す)





 「それは『タンホイザー』でも同様だ。 実在した放蕩三昧の詩人
を扱ったのが、何種類かの “タンホイザー” 伝説。 もう一つは、
“歌合戦” の伝説。 後者には “聖なるエリーザベト” も出てくる
が、枝葉末節的な存在にすぎない。 それを私が中心に据えたの
は、必要があってのことなのだ。」

 〔ご立派なこと。 だから私はあなたを尊敬はしたわ…。〕



 「だから歌劇の正確な題名は、『タンホイザーとヴァルトブルクの
歌合戦』なのだ。」

 〔…あら…? そのほかに題名がもう一つあったような気がする
んだけど…。 思いだせないわ…?〕



 「だから、登場する女性だけが問題なのではない。 ましてや、
目の前の女性が “創作と関係があるかどうか” は、単純なイン
スピレーションの問題ではないのだ。 詩的、音楽的想念を論じ
合い、批判・検討に値する意見を述べる、もっと次元の高い…。」




 〔…どうせ私は次元が低いですよ…。 私が作品に与えた影響
なんか皆無だって言いたいんでしょ…。〕

 「そんなことはない。 『タンホイザー』の作曲中は、君のイメージ
にピッタリだと、いつも思っていたよ。 …… 自分の死と引き換え
にタンホイザーを救済するエリーザベト…だがね。」

 〔私がエリーザベト…。 まあ、嬉しいわ…。〕



 「いっそのこと、『タンホイザーとエリーザベトとヴァルトブルクの
歌合戦』にすればよかった。 “名は体を表す” というからな。」

 でも、ちょっと変じゃない? さっきの本、見せてくれる?〕



 ワーグナー自身のことばによると、「エリザベートを演ずる歌手
は、うらわかく、処女らしい天真爛漫さの印象をあたえねばなら
ない。」 ……エリザベートはブリュンヒルデやイゾルデやジーク
リンデと同類ではないのである。 ……演ずる歌手に……作者
の要求するような、若く、ういういしい爛漫さが欠けていたならば
……罪深いタンホイザーに捧げられた処女の愛の感動的悲劇
を、充分共感することができなくなるであろう。(*2)」



 〔これ、同じ本に書いてある内容よ。 まさか
“若く、ういういしい爛漫さ” が私のイメージだ…
なんて言うんじゃないでしょうね!? リヒャルト!〕

 「………。」



 〔また騙したわね。 それじゃ、私はヴェーヌス…?〕




 「最近ではエリーザベトとヴェーヌスを、一人二役で歌わせる
演出もあるほどなのだ。 それも一理あるが、やりすぎだね。」

 〔やりすぎ? なぜなの?〕



 「それでは、女性の裏表、深層心理を暴こうとするだけだ。
人間の両面や葛藤を表わすのは、タンホイザーだけで充分
さ。 ぼくが描こうとした内容はね、もっと多岐に亘っている
のだ。 いわば “高次元の対立” と言ってもいい。」

 〔対立? 何の?〕



 「個人の範疇を超えた対立のことさ。 宗教面だけを見ても、
色々あるよ。 キリスト教と異教。 いくら懺悔をしても厳格さ
を崩さないカトリックと、我が身を犠牲に恋人を救済してしまう
うら若い女性。 禁欲主義を唱えるばかりのカトリックを、ぼく
が嫌っていたのは、よく知っていたろう、君だって。」

 〔懺悔だって。 ご都合主義のプロテスタントね、あなたは。
だって、こんなことも書いてあるわよ。〕




 ワーグナーに言わせれば、「私たちの神は金であり、私たち
の宗教は金儲けである」というわけで、主神のヴォータンもその
風潮に染まっていることでは人後に落ちないのである。 (*3




 〔ねえ、芸術作品は素晴らしいんだけど…。 あなたも少しは
懺悔したらどうなの? 私も至らなかったけど、苦しんだのよ。〕

 「そう言うな。 晩年は、私も辛かったのだ…。」




 ワーグナーは先妻のミンナが “生活保護” を受けるほど困窮
しているのに、見殺しにしているという非難を浴びたこともある。
事実無根の中傷だったが、この件も彼の夢に現われた。 ミンナ
がとっくに他界した晩年になってからも、しばしば「彼女に送金し
なかった」という夢を見た。

 コジマは彼の夜ごとの夢も丹念に記録しているが、その大半
は悪夢である。 彼を夜な夜な苦しめた悪夢は、深淵を孕んだ
波乱万丈の生涯の、余震や余波の類だった。 同義的に多くの
罪を重ねたことについての、当人の無意識裡の自覚の現われ
だった。 (*3



 真実に栄光を。

 “ミュンヒナー・ヴェルトボーテン” 紙におけるあやまった記事
に対し、私はここに真実に忠実に申し述べる。 私は現在まで、
別居中の夫リヒャルト・ヴァーグナーから扶助を受けている。
この扶助により、私は十分な、不安のない生活をしている。

 1866年1月9日、ドレスデン
            ミンナ・ヴァーグナー (旧姓、プラーナー)

 これを新聞に発表して16日後にミンナは亡くなっている。 (*1




 「宗教だ、懺悔だと言うな。 作品群の、ほんの一面にすぎない
のだから。 それに “愛の限界” も大きな問題だ。 現世の愛と、
死して他を救済するより術のない愛。 この “愛と死” の問題は、
『タンホイザー』以後の、大きなテーマとなるのだ。 この世では
実現しない愛、偉大な芸術への愛と身を引く愛、共に苦しまねば
他を救済できぬ愛…。」

 〔……。〕



 「『タンホイザー』は、私の新たな出発の記念碑的作品なのだ。
ドレスデンでは『リエンツィ』も成功し、やっと落ち着いて着手する
ことが出来たのだ。 だから君には感謝している。」

 〔本当に? その後だって、散々苦労させておいて…。 しかし
あのパリでは、本当に悲惨だったわね。〕




 劇場での成功から見放されたワーグナーは貧窮のどん底に落
ちた。 彼は妻のミンナとともに文字通り飢餓線上をさまよった。
ときには夕闇にまぎれ、塀ごしに通りに枝をさしかけている他人
の屋敷の胡桃の木から、実をたたき落として飢えを凌ぐようなこと
さえあった。

 女優だったミンナの舞台衣装や二人の結婚指輪が質種になり、
あげくには質札を質種に使うような窮乏ぶりで、リガから連れて
来た愛犬までが主人に愛想をつかして行方をくらました。

 ロッバーというこのニューファンドランド犬は “おそろしく大食い”
だったようだから、飢餓線上の暮らしは飼い主以上に身にこたえ
たのかも知れない。 (*3




 「この著者は、都会パリをヴェーヌスベルクに、自然豊かな
ドイツをヴァルトブルクに例えている。 面白い解釈だ。 私が
ドレスデンに帰ってホッとしたのは事実だから。」




 〔ヴェーヌスベルク…。 ヴェーヌスベルクね、
『タンホイザー』の。 それで思いだしたわよ!〕



 このオペラには出版元からの申し入れによって撤回された
もう一つの題名があった。 もとの題名は『ヴェーヌスベルク』
であり、ヴェーヌスベルクは、キリスト教世界から追放された
ヴェーヌス (ヴィーナス)の隠れ棲む山であり、副次的にはいわ
ゆる “ヴィーナスの丘” mons pubis を意味する。

 出版元の懸念もそこにあって、ドレスデンの医学生たちが
女性の恥部を暗示する題名をジョークの種にしていることを
作者に注進して、題名を変えるように求めたことが改題に
つながった。 (*3



 〔医学生じゃなくたって、容易に連想するわよ! 自分の死と
引き換えにタンホイザーを救済するエリーザベトが私のイメージ
にピッタリ? いい加減になさいよ! 私はせいぜい官能的な
ヴェーヌス止まりだって言いたいんでしょ? あなたを肉欲に
誘う。 でも私ヴェーヌスみたいに、あなたを手招きした覚え
なんかないわよ。 大体ね、こんなこと書いて寄こしたのは、
どこの誰だったかしら?〕



 君を感じ、君の眼差しのなかに身を沈め、君の
いとしい身体と婚礼をあげ、ぼくの苦しみすべて
を甘美なる抱擁の中で溶かすのだ! (*1



 「確かに当初は “ロマン的オペラ、ヴェーヌスベルク” だった。
無意識に浮かんだ題名だよ。」

 〔題名を? 無意識にですって…? そんな題名のままでなく
て、本当によかったわ。 ただでさえ恥ずかしいんだから…。〕



 「……詩的な高揚気分を解さぬ女だ…。」



天才の道具

2013-10-12 00:00:00 | その他の音楽記事

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 すべてが彼には結局のところ唯一の目的、すなわち作品
のための手段にすぎなかった。 目的は手段を正当化する
だろうか? ふつうの道徳観念はこの問いをきっぱりと否定
する。 しかしヴァーグナーはふつうの人間ではない。 (*1

 (『音楽家の恋文』 (クルト・バ―レン 著、池内 紀 訳、1996年、
西村書店) より引用。 (以後、*1 と約す)




 「音楽家の恋文…? 何だ、これは!? そんな書物が
刊行されておるのか。」

 「ふつうの人間ではない…だと? 吾輩が異常な人間
で、“非道徳的” だとでも言うのか…。」



 彼は天才であり、とてつもない任務をはたさねばならない
のである。 彼がすべてを唯一の目的に従属させるとき、
それも無意識にやっているのだとすれば、彼を非難する
ことができるだろうか。 (*1



 「そのとおりである。 我が生涯の任務は、音楽を巡る
諸芸術の全体的革命だ。 歌劇、楽劇などという名称は、
吾輩が目指す包括的芸術を表わすには足らん。」

 「それを思えば、金持ちが吾輩に出資するのは当然の
ことであろうが。 “貸す” などというケチな根性にしがみ
付いているようでは、我が称賛を得られぬぞ。」




 「しかしこの書物。 我が書簡をよくも集めたものだ。 それ
だけではない。 著者のやつまで勝手なことを書きおって…。」



 ヴァーグナーは一人の人間、それも若く魅力的な女性が、
かたく内に秘めた、音楽的想念を察知し、理解してくれるの
をはじめて知った。

 …1857年のチューリヒ … 登場人物は今や45歳になった
音楽家と、若く才気あふれる美しい女性、非常に気高い心の
もち主で演劇に深い理解を示すオットー・ヴェーゼンドンク、
そしてミンナの四人である。

 彼女は自分よりも若く美しく、幸福な “ライヴァル” をただ
みつめ、彼女が自分の “所有物” と思いこんでいた男性を
めぐる、絶望的な闘いをはじめるしかなかった。 (*1



 「ああ、マティルデ…!」




 〔なに、読んでるのよ、リヒャルト。〕

 「……おお! ヴィルヘルミーネ!! そんな所にいたのか…。」

 〔閉じなくてもいいのよ、その本。 ちゃんと聞えたんだから。
“音楽的想念を察知、理解してくれるのをはじめて知った”…。〕

 「そ、それは、お前のことだよ。」

 〔嘘おっしゃい。 ああ、マティルデ…って叫んだじゃない!
人を騙すのもいい加減になさい。〕

 「……。」

 〔その本、こっちへ寄こしなさい! …なになに?〕




 1854年に彼が『ヴァルキューレ』を作曲し始めたとき、
彼はスコアの一カ所に以下の文字を書き入れている。
“G・S・M” - マティルデに祝福あれ - である。 (*1



 「それは勝手な解釈で、我が心情を正しく伝えては
おらぬ。 Mは、ほら、お前のことだよ、ンナ。」

 〔もうたくさんよ………!〕

 「…それなら、こっちの本を見てごらん。 お前に
好意的なことが書いてあるぞ。」




 ワーグナーの死後現われた多くの伝記は、この楽匠をあまり
に英雄視するために、ミンナの不幸な立場に、充分の理解と
同情を示していない。

 年上で、病身であった彼女は、猜疑と嫉妬に身だしなみを
忘れ、ワーグナーの天才を充分に理解しなかったが、彼女の
堪えねばならぬ苦労は、並大抵のものではなかった。 若い
時から自分の誇大な計画を実現しようとして、大金を使って
は借金に苦しんだ…

 …彼の気性は移りやすく、また極端に走り、好悪の変化も
早かった。 内気で静かなミンナの性格とは、正反対だった
のである。 (*2

 (『リヒャルト・ワーグナーの芸術』 新版 (渡辺 護 著、1987年、
音楽之友社) (以後、*2 と約す)




 〔本当に? 私のこと、そう書いてあるの?〕

 「この侮露愚の読者も、みんな信じてしまうな…。」

 〔…で、その先は何て書いてあるの?〕




 ミンナより前にも、ワーグナーに二、三の恋愛体験はあった。
初恋は1826年、13歳のときで…。 青年時代の、このほかの
女性とのたわむれは述べる必要もない。

 ミンナとの愛も、大きな苦悩なしに結ばれてしまい、創作とは
あまり関係がない。 その後も彼は創作の問題について彼女
と語ることがほとんどなかった。 (*2




 〔まあ! 創作とはあまり関係がない…ですって……。〕

 「…いや、その、“無関係の関係” というやつだよ。」

 〔私も、“作品のための手段” にすぎなかったのね。 でも、
創作とは無関係の存在…だなんて…。 ひどいわ。 あんな
に強引に付き纏われ、こっちは舞台生活を諦め、貧乏暮らし
に堪え、夜逃げまで一緒にしたっていうのに!〕

 「……。」



 〔やっと『リエンツィ』が成功した夜のこと、覚えてる? あなた
のベッドに月桂樹の葉まで敷いて、私、心からお祝いしたのよ。
でも、あなたはまったく気付いてくれなかった…。 (*1)〕

 「成功は、私の作品を大衆が正しく理解したからではない。」



 〔ドレスデン蜂起でお尋ね者になったときだって、私ヴァイマル
まで追いかけて行ったのよ。 ほら、リスト先生のところに隠れ
てたでしょ? あのときだって、私を邪魔者扱いして、一人だけ
でチューリヒへ逃げてしまった…。 (*1)〕

 「二人では目に着きやすいからだと説明したろう。」

 〔いいじゃないの、スイスなんだから。 私、泣きながらリスト
先生のお世話になったのよ。 (*1)〕



 「…。」

 〔やっとチューリヒで一緒になれたと思ったら、そこには
あのM.がいて…。 私はただ、幸せそうな “お二人” を
見せつけられるだけ…。 心臓は悪化し、神経をやられ、
泣きながらミュンヘンへ逃げ帰るしかなかった!〕

 「以後、月々の仕送りは、ほとんど遅れずに…。」




 〔…“ぼくは君の騎士、保護者となろう” (*1)…
なんて、よくも言えたものよ…。〕

 「それは結婚前の話だ…。」

 〔私は、一体、あなたの何だったの?〕