12/09 不必要だった必要悪
これまでの『音楽演奏・体の運動』目録 です。
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肩当て、顎当て。 今回は顎当てについてです。
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ご覧のとおり、色々なものがありますね。 30年以上
前のこと、私はあらゆる市販の製品を集めたわけです
が、その当時には見られなかったタイプもあります。
(これについては、今回の最後に触れます。)
さて、貴方が顎当てを選択する際に、何人かに
相談することになったとしましょう。 相手は、先生
や演奏家、楽器製作者、楽器屋さん…などです。
話を解りやすくするために、その回答を極端に
類型化してみました。 さあ、彼らの答えは…?
・ 教師 (演奏家) A
「顎の力で楽器を保持するべきだから、a を薦める。」
・ 教師 (演奏家) B
「顎はフリーなほうがいいので、自分は b を薦める。」
これまで何度か見てきたとおり、奏法の差が
ここでも顔を出しています。
(A) 顎でガッチリ挟むか、それとも、
(B) 出来るだけ顎を解放するか……です。
詳しく記すと、次のとおりでした。
(A) 楽器を保持する負担を左手に強いることは、極力
避けるべきなので、基本的に顎の力で挟む。 それ
だけで楽器を支持できなければならない。
(B) 左手への負担は最小限にしなければならない
が、顎はフリーであるべきだ。 顎を固定すれば、
その不自由さは、腕を始め、全身に波及する。
顎を含め、身体全体が緊張から解放されるよう、
運動に無駄のない、効率的な奏法を試みるべきだ。
しかし、純粋に教師 (演奏家) B のようなタイプは、ひょっと
すると少数派かもしれません。 なぜなら、【道具たる顎当て
には邪魔な厚みがあり、形状によっては、さらに動きの障害
を増すばかりだからだ】…ということにお気付きでしょうか?
もし、「顎を固定せず、フリーにしよう!」…と心掛けたと
しても、それを妨害するのが、顎当ての “厚み” と、“凹凸
に富んだ形状” だからです。
先ほどご覧いただいた顎当ての画像の中には、これを
部分的ながら解決しようとするタイプのものも見られます。
しかしどれも、まだ頸の位置や動きに無理を強いている
のが実情です。 200年以上経っても、顎当てなど、備品
に関する問題は解決されていない…と、私は断言します。
以上は、道具が奏法を限定してしまう、私に言わせれば
“深刻な例” です。 西欧人と日本人との “体格の差” も、
ここでは大きな問題でしょう。
次は、楽器製作者 C の答えです。
「肩当てに限らず、楽器の部品を交換すると、音が
微妙に変わります。」
話題は肩当てに戻ってしまいましたが、なるほど、そういう
ものなんですね。 ブリッジ式とクッション式でも音質に違い
があり、「音の倍音成分が異なるから」…なんだそうです。
〔クッション式は裏板に接触する面積が広いので、楽器の
振動に有害だ〕…などと、ただ単純には言えないのかもしれ
ません。
さて、本題に戻りましょう。 顎当ても “部品の一つ”
ですから、やはり交換すると変化があるのでしょうか?
「もちろん、そのとおりですよ!」
お、登場したのは、楽器屋さん D です。
「取り付け位置は、それほど選択肢がありません。 どれ
もほぼ同じです。 どうせエンド-ピンの周辺ですから、どこ
だって大して変わりゃしませんよ。」
何が…? それ、弾き易さのこと? それとも、楽器の響き?
「問題なのは材質で、音はそれ次第で大幅に変わります!」
ほう…。 どんな材質があるんですか?
「まず、安いベークライト製。 テール-ピースの左側に
取り付けるタイプだけです。 これ、最近はあまり見かけ
ないけど、ほかにもたくさんありますよ…。 紫檀、黒壇、
バラの根。 最近は胡桃の木まであります。 ほら、これ
なんか、色も質感も最高でしょ?」
で、お勧めは?
「…そりゃあ…、高い材質のほうが音もいいですよ。 値段
だけのことはあります。 さあ! これなんかいかがですか?
見かけも美しいですよ。 高級感がありますし…。」
…でも、一番弾き易いのはどれ? ボク、弾き易さを
優先したいんだけどな。 安いのでいいよ。
「……それなら、ヴァイオリンの先生に訊いてください。
じゃ、さようなら。」
おやおや、最後は怪しげな、商魂たくましい人物まで登場
しました。 もちろん、こんな楽器屋さんはいないでしょう。
ただ一つだけ言わせていただければ…。 ファッションに
惹かれて購入しては、絶対にいけません! こんなに大事
な備品を! もちろん、肩当ても同じです。
さて、楽器製作者や楽器屋さんが、まず重視するのは
“楽器の振動” です。 特に、それが心血を注いで製作
した、自分の力作であれば、「より良い条件で鳴らして
ほしい」…と望むのは当然でしょう。
ところが演奏者としては、“弾き易さ” を重視しないわけ
にはいきません。 〔弦が振動してから後の状態〕に着目
するのが製作者だとすれば、演奏者は、【弦を振動させる
まで】が、最大の関心事です。
演奏家も、楽器の鳴り易さに気を配る必要がある。 また
製作者、楽器屋さんの中にも、演奏に通暁したかたがおら
れるでしょう。 問題は、“発言内容のバランス” なのです。
しかし、“弾き易さ” と “鳴り易さ” は、最初から必ずしも
両立しない。 相談相手の、先生や演奏家、また製作者や
楽器屋さんが、どの観点から貴方に助言してくれているか
を、吟味すべきでしょう。
“弾き易さ” と “鳴り易さ”…。 もし選ぶとすれば、
今の貴方にとって、どちらが自由な美しい音のため
に必要でしょうか?
さて私自身としては、“弾き易さ” を優先したいところです。
でも、「それでは、どの顎当てがいいですか?」…と問わ
れると、困ってしまう…。
なぜなら、どれも一長一短。 はっきり言えば、どれも
不完全だからです。 顎や頸、したがって両腕の運動に
“何らかの負担” を強いる点では、すべて変わりません。
自分自身で顎当ての試作を始めたくせに、30年も経って
から顎当てを全廃してしまったのは、そんな理由からです。
もっと正確に言えば、やっとそれが30年後に解ったから!
あれほど〔顎当てで解決できる〕…と信じてやってきたのに…。
顎当ても肩当ても、使う以上は “必要悪” と割り切るべき
だ…と、今は考えるようになってしまいました。
自分が愛してきた対象への思いを捨て、あるいは意識を
封印しなければならぬことほど辛いものはありません。 私
は今、再びそんな状況に置かれているようです。
ところで先ほど、以下のように記しましたね?
〔私はあらゆる市販の製品を集めたわけですが、
その当時には見られなかったタイプもあります。〕
(今回の最後に触れます。)
“当時無かったもの” とは、ご覧いただいている画像の
顎当てのうち、どのタイプのものか、お解りになりますか?
ヒントは、私が前々回に記した文です。
↓
〔楽器は左手で持つから、顎当ても楽器の左に着けれ
ばいい〕…とは、必ずしも言えないことになります。
これは遠大な問題なので、今回は軽々しく結論を下す
ことは控えます。 “左右” の選択を “一次元” とすれば、
“三次元” で解決すべき問題だからです。
関連記事 『30年の回り道』
この最終作品 (2007年) にしても、
不完全な “二次元顎当て” です。
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