memory of caprice

浮世離れしたTOKYO女子の浮世の覚書。
気まぐれ更新。

エドワード・ケアリー「おちび」 読書の悦楽

2020-11-11 05:49:13 | BOOK
久し振りに一気に読み上げてしまった。
エドワード・ケアリー著「おちび」東京創元社 古屋美登里訳 2019
Edward Carey ”Little" (2018)

ロンドンの観光名所、蝋人形館で名高いマダム・タッソーの数奇な一生を、1761年のアルザスからベルン、そしてブランス革命前夜からナポレオン没落までのパリ、そしてロンドン、と89歳になっての回想という形式で描く作品。
小柄で美しくはなく、しかし類まれな観察眼と思慮深さ、秘めた情熱と自負心を持った一人の女性の内面、彼女が接することになる、歴史上の人物とその時代の庶民の生き生きとした個性、そして、蝋という物質と師であるクルティウス博士から得た解剖学的知識を介して世に乗り出していく様子。
全ての描写が執拗で繊細で、強く思いやりに溢れている。
人間という存在の不可思議さ、儚さをを描き進めていく吸引力はどうだろう。
マリー・グロショルツ。
作者はマリーの手によるもとと設定された、様々な人体や顔のイラストレーションも自ら手掛け、マリーの木像も作ってから執筆に入ったとか。

フランス革命当時のパリの様子は、ベルンにいたマリーにその素晴らしさを活写してみせたルイ=セバスティアン・メルシエのLe Tableau de Paris (『十八世紀パリ生活誌』原宏編訳、上下巻、岩波文庫)から着想を得た、とか。

エドワード・ケアリーの「おちび」に至るまでの長編6作がすべて翻訳されているとはありがたい。
「望楼館追想」2002年 文芸春秋
「アルヴァとイルヴァ」2004年 文芸春秋
アイアマンガ―3部作として
「堆塵館」2016年 東京創元社
「穢れの町」2017年 東京創元社
「肺都」2017年 東京創元社

そして、「おちび」。
短篇9作の中では、
「私の仕事の邪魔をする隣人たちに関する報告書」(2014年 文春文庫「もっと厭な物語」所収)
全て翻訳は古屋美登里氏が担当している。

執筆に15年を要した本作の起点に制作された、等身大のマリー・グロショルツ人形は2003年から今も、ケアリー家の居間に座っているという。



 

読みたい新書 歴史もの

2019-07-18 10:22:00 | BOOK
2019年7月17日朝日夕刊に
「編集者を作った本」というコラムを発見。

ミュージカル「エリザベート」や今年オーストリア日本友好150周年の記念YEARということで
直球のタイトルに信頼感溢れるこの一冊を読んでおきたいと思いました。

「ハプスブルク家」江村洋 講談社現代新書¥864

このコラムの筆者は中央公論社の並木光晴氏。
仏文科時代ギボンの「ローマ帝国衰亡史」に手を伸ばしたものの長大さに骨が折れ
新書を愛読するようになったそう。
その頃の一押しは宮崎市定「科挙」、三田村泰助「宦官」

ドイツ文学者 江村洋氏の「ハプスブルク家」もその頃に出会い、
700年の長きに渡り、ヨーロッパに君臨した一族の華麗な登場人物が織りなす物語にページをめくる手が止まらなかったとか。

筆者が新書担当の編集者になり、はりきって江村氏に依頼の電話をかけたとき、すでに氏は病床にあられ、
2005年に逝去されたという。
この書は現在50冊に達し、
他に、文学者が手掛けた歴史新書として
フランス文学者 安達正勝「物語フランス革命」は実に魅力あふれる物語でこちらもロングセラー。

紹介された本を順に読んでおきたいと思ったので覚書。

エジプト漫画

2016-10-04 06:36:35 | BOOK
2016年9月15日の朝日新聞文化・文芸欄から。
今、古代エジプト漫画が熱いそうだ。

なんと連載40周年。
長年の熱心なファンがついている細川智栄子あんど芙~みん「王家の紋章」がミュージカル化されて
好評を博していることでこのジャンルに注目したところ、漫画のあらゆる分野で実は「エジプト」テーマが取り上げられているらしい。
紹介されている作品がいずれもひねりがあって面白そう。
そのうち機会があれば手に取ってみたい・・・というわけでの覚書。

1)「ハルタ」(KADOKAWA)に連載中の「碧いホルスの瞳ー男装の女王の物語ー」
   紀元前15世紀に活躍した実在の女性ファラオ、ハトシェブスト女王が主人公のストーリー漫画。
   作者の犬童千絵は古代エジプトの魅力を「壁画や遺跡の独特の華やかさとユーモアのあるビジュアル」
   としながらも「作品ではその時代に暮らした女性ファラオの生きづらさとそれを乗り越えていった勇気を描きたかった」と語る。

2) 電子雑誌「comic POOL」の(一迅社・pixiv)連載中の美影サカス「イマドキ☆エジプト神」
   アヌビス、ホルスなどのエジプトの神々がスーツ姿で働いたりコンビニで買い物したりとなぜか現代日本で暮らす。
   「最初は何も知らなかったが、動物の頭に人間の体、常に横向きで表情のないエジプト神は立っているだけでも十分面白い」と美影。

3)「ゲッサン」(小学館)連載中の繭住翔太「聖船のラー」
   世界を照らすエジプトの太陽神ラーの「日常」がユーモアたっぷりに描かれる。

エジプト学の東海大学山花京子准教授は
「日本人は世界的に見ても古代エジプトが大好きな人たち」とみる。
「現在は砂漠が広がる地域に栄えた文明ということで旅愁を誘われ、同じ古代文明でもメソポタミアなどに比べて歴史がわかりやすいうえに、
絵画表現もシンプルで理解しやすい。メディアで取り上げる機会が多いのも人気の一因では」と話しているとか。

恵文社一乗寺店おすすめの楽園本

2015-09-29 11:15:08 | BOOK
朝日のBEで、本屋大賞じゃないけれど、人気書店の書店員があるテーマに沿っておススメ本をレビューするという「再読~こんな時こんな本」というコーナーがあり、2015年8月8日は京都の恵文社一乗寺店の堀部篤史さんに聞く『楽園をさがして』

カワイイ雑貨でも有名なこのお店のイメージにたがわぬラインナップに心うずきます^^
以下引用。

① ト―べ・ヤンソン著 富原眞弓訳、1996年(筑摩書房、税込2052円)「島暮らしの記録」

「ム―ミン」で有名なフィンランドの作家ト―べ・ヤンソン。「島暮らしの記録」は、公私にわたるパートナーのトゥーティらと、孤島の小屋で過ごした日々をつづったエッセイだ。
電気も水道もなく、ときにはすさまじい暴風も襲ってくる島で、鳥を捕ったり、二シンの流し網を仕掛けたり・・。過酷なサバイバル生活にさえ思えるが、海を愛し、静寂を好む芸術家たちには、「見渡す限り水平線の風景は、孤独を求めてたどり着いた楽園」(堀部さん)だった。

② 豊田菜穂子著、2013年(WAVE出版、1728円)「ダ―チャですごす緑の週末」

ロシアには、別荘ともセカンドハウスとも違う「家庭菜園のある郊外の家」=「ダ―チャ」がある。「ダ―チャですごす緑の週末」によれば、土地の広さは600平方メートル(約180坪)程度で、一説によるとモスクワ市民1000万人のダ―チャ保有率は75%に上り、ロシアのジャガイモ生産量の84%をも生み出す。
「十月革命の遺産とも、慢性的な食糧不足を解決するための個人農園とも言われるその存在は、ロシアならではの文化」(堀部さん)。
「ソ連崩壊」の時代にも人々の心の支えとなった「ダ―チャ」は「ロシア人にとって特別な思い入れのある”地上の楽園”」と著者は書く。

③ カレル・チャペック著、飯島周編訳 1936年(ちくま文庫、842円) 「北欧の旅」

「北欧の旅」のカレル・チャペックはチェコを代表する作家で、本書は旅行記コレクションの中の一冊。1936年にデンマーク、スウェーデン、ノルウェーを巡った旅の記録で、「現在思い描く福祉国家としての北欧とは異なる描かれ方をしている」(堀部さん)。
作家は北欧の森やフィヨルドを微細に描くが、中でも力がこもるのは「白夜」の叙述だ。「かくも美しき瞬間は止まり、空間と時間の壮大さの中に果てしなく広がる」「わたしは時計を手に取ることさえ止めて、頭の中から日、年、世紀を追放した。どうして時や分を知る必要があるのか、永遠の中に生きているなら?」
「ここでは時間が空白になる」「時間が存在しない」と錯覚させる土地がなぜ「安息地」のように描かれるのか。ナチスドイツの勢力拡大、スペインでの独裁者フランコの台頭など、「みにくい、非人間的なニュース」にあふれた時代への暗い予感と、無関係ではないだろう。



トルストイ「イワン・イリッチの死」

2015-07-07 09:52:48 | BOOK
聖路加国際病院院長 福井次矢さんが薦める3冊、というコラムをその3、でようやく目にとめた。
2015年7月6日。
トルストイ「イワン・イリッチの死」(岩波文庫)

 19世紀後半、ロシア中央裁判所判事にまで登り詰めたイワン・イリッチが、45歳で死ぬまでの心の動きを微細に描写した小説だ。
 脇腹の痛みを、最初は「取るに足らない」と無視するが、痛みが激しさを増す中で死に至る病だと受け入れるまでの肉体との対話。一方、家族や医師が真実を隠しているのではないかという疑念、自分の人生が間違っていたのではないかという悔恨など、周囲や人生そのものとの対話。そうして迎えた臨終の間際、彼が達した境地は・・・。
 時代が変っても、誰もがいつかは家族や他人の死、自分の死に臨む。物語を通した死の疑似体験から、生を凝視する視点が得られよう。


ロシア文学のテーマは重く、その深さには驚きを禁じ得ないことが多く、何度読んでも発見があるところが魅力。
医師である推薦人の言葉にも、別れがこれから多くなるであろう人生を予感すると、なおのことその意味が深く心に届くように思えます。