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memory of caprice

浮世離れしたTOKYO女子の浮世の覚書。
気まぐれ更新。

原宿で鎌倉松原庵欅の「はまぐりそば」

2020-05-22 04:24:03 | グルメ
2020年5月21日の朝日夕刊「おんなのイケ麺」
未だ新型コロナウィルスによる緊急事態宣言が解除されていないため、休業中ではありますが、
営業したら是非行きたいお店。

紹介者は声優の高垣彩陽さん。

初めて食べた瞬間に「おいしい!」と思わず声にだしちゃったくらい。
はまぐりが信じられないほどふっくらしていて、だしの味に加えてうまみがすごくしっかり出ている。
一口一口を大事に食べたいと思うような味。前菜もとてもおいしいです。

それに何といってもお店のロケーションが素敵。原宿のど真ん中なのに、都会の喧騒を忘れられるような落ち着いた空間で、どこか日常と違った場所へ小旅行している気分にさせてくれる場所ですね。

声優としての仕事は朝からお昼過ぎまでの収録と、夕方から夜までの収録に分かれているので、両方の収録の合間にとる昼食。
二つの異なる現場のための気持ちを切り替えるのに、気合を入れたりリフレッシュしたり、メンタルを整えるのに、ここの空間もお蕎麦も、ぴったり合っているのだとか。

◆東京都渋谷区神宮前1-13-14 4階
☎03・3478・7444 
2035円 11~23:00(LO22:15)無休

足にフィットする「パンジー室内履き」

2020-05-22 02:40:24 | GOODS
朝日新聞「そばに置きたい」欄より
SUDI主任研究員の鈴木ひろえさんが、10年前に長男のお嫁さんからプレゼントされて以来愛用し、2代目をデパートで購入したというロングセラー。
検索すると、「パンジーショップ」という直営のオンラインショップがありました。
定番の買い替えが効くというのはありがたいですね。

足を包み込むようなフィット感がある履き心地の良さにはまり、最近2代目をデパートで購入。
販売元によると、靴の木型で型どりし、歩きやすさを追求したそうです。
階段を上がり降りするときも脱げにくく、パタパタと音がしないことに納得しました。

足の甲を覆う部分と中敷きをつなぐ部分などをひも状の素材で手で編み上げているのも足へのなじみが良く、しなやかで屈曲性に優れているゆえんです。かかとも程よい高さで、長時間履いても疲れにくい設計です。

私はキッチン周りで履くことが多いのですが、汚れが付きにくく、また汚れがついてもふき取りやすく、気持ちよく使えます。
特別な合成皮革が使われているためで、耐久性にもすぐれています。
底面には滑りにくい素材が取り付けられていて、フローリングの床でも安心して歩けます。

私が使っているのは黒にオレンジのラインが映え、すっきりしたデザインなのも気に入っています。
近しい方への贈り物としても喜ばれること請け合いです。

とのこと。母の日は終わりましたが父の日がもうすぐなので、こちらにしてみようかと思います。

パンジー室内履き
女性用(品番9505、税抜き3900円)はSからLL、男性用(品番9723、税抜き4500円)はMからXL(一部の色はLLまで)
販売元パンジーのオンラインストアか☎06・6631・0351で注文を


武者小路実篤ゆかりのお茶

2020-05-13 16:28:54 | グルメ
2020年4月2日朝日東京版より

調布の武者小路実篤邸の紹介記事で、近所のお店との交流に目を惹かれた。
調布市若葉町1丁目の旧武者小路実篤邸は、現在記念館として一般公開されており、5000平方メートルの敷地は紫陽花や紅葉などが茂り、「実篤公園」として市民に親しまれているそう。
場所は京王線のつつじが丘駅と仙川駅からほぼ等距離だが、仙川駅から行くと、途中にある「神代書店」は駅から少し離れた実篤の自宅までの道のりを編集者がよく尋ねに来たらしい。道案内のお礼に、実篤は「雨が降った それもいいだらう 本がよめる」と書かれた色紙を送ったそうだ。
現在でも店頭で観ることが出来るとのこと。行ってみたい。
その神代書店のすぐ近く、お茶の専門店「青香園」。
静岡や京都・宇治など産地別に約30種程度を販売している。
実篤は同店の静岡県産やぶきた茶「玉峰」を愛飲していた。
試飲させてもらうと、すっきりした飲み口と、さわやかな香りが感じられた。
3代目の伊藤真美さん(63)は「この地域の水にあうお茶で、ホウレン草を生で食べたときに感じる『緑の味』がするものを選んでいます」と話す。
実篤は、杖をつきながら商店街をよく歩いていたという。
「玉峰」は当時とほぼ同じ100g1080円。
伊藤さんは「その頃の1000円というのは、相当な価格。それでも気に入ってくれたようです」
店内には実篤が書いたという屋号の署が2つある。
最初は右から「青香園」と書かれ贈られてきた。でも、伊藤さんの母が「最近は左から書くことが多いのよね」と話すと、今度は左から書かれたものが届いたという。お茶の花の絵と「日々是好日」と添えられた色紙も飾られている。
実篤の署を眺めながら、時を超えて同じお茶を頂く。
そんな体験もよいのでは。

軽いガーゼのケットで眠り快適

2020-04-30 09:57:16 | GOODS
免疫力を上げて健やかに過ごす・・・
コロナウィルスの感染を抑えるためのSTAY HOME、当初の予定通りならあと1週間。
3日に1度生鮮食料品の買い物に出かける以外はほとんど家にいる。
たまったDVDやBDの片づけ、宝塚のお茶会関連やお礼状などの整理、カーテンの洗濯・・・
などなど、意外とするべきことが多く、退屈している暇はない。
ありがたいことに友人とはLINEやインスタで繋がり、何よりつらい観劇の中止は、
世界の歌劇場からの特別配信をYOUTUBEで観ることや、俳優・歌手・ダンサーのインスタグラムからの
LIVE発信などで、皆の無事を知り、心癒されることも出来て、ありがたい限り。

さて、今日のご紹介は、2018年6月3日の朝日新聞「そばに置きたい」コラムより。

温かくサラリとして快適な眠りを約束してくれるケットのご紹介。
寝相が悪い人でも、朝まで体にきちんとかかっていた・・という軽くて肌触り抜群というケットは、
1947年創業、医療用の脱脂綿・ガーゼを長年作ってきた福岡県うきは市のメーカー「龍宮」のパシーマキルトケット。
脱脂綿を含んだ中綿を綿100%のガーゼ生地で挟んだ3層構造になっているのだそう。

脱脂綿の特徴通り、吸湿・吸水性に優れ、寝汗による蒸れに悩まされることがない。
温かいけれど、ガーゼの凸凹が肌にまとわりつかず、さらりと使える。

綿とガーゼは医療用のレベルまで精製して仕上げられ、繊維製品の国際安全基準「エコテックススタンダード100」で
最も厳しい「製品分類1」の基準をクリア。赤ちゃんが使っても安心、という品質が心強い。

キルティング加工で丈夫に仕上げ、洗濯ネットを使わずに丸洗いできるのも大きな魅力。
洗うほどに柔らかくなり、ふんわりと肌になじむ。

真夏はこれ一枚、少し冷えるときはケットの上に毛布、冬は羽根布団を加える。
肌に触れる部分は常にこのケットを使うと、一年中、気持ちよく眠れる。

とは、ライター納富康邦氏の弁。

今はガーゼが不足しているから、入手は難しいかもしれないが、世の中が落ち着いたら、是非、父母の誕生日などに
贈りたいと思っている。

「パシーマキルトケット」シングル 生成
縦240cm 横145㎝ 税込7020円
パシーマのオンラインストアなどで販売。問い合わせは龍宮本社
☎0943・75・3148 9:00~17:00

フランス映画社元社長柴田駿氏への追悼(蓮見重彦氏による)

2020-03-30 11:07:35 | 映画
2019年12月22日(日)の朝日の文化・文芸欄
「ゴダールの旗のもとで会ったー柴田駿(はやお)さんを悼むー」という追悼文を見つけた。

80年代後半から90年代にかけて、雨後の筍のごとく首都圏に跋扈したアート系のミニシアター、
古くからある3本立ての名画座、いわゆるハリウッド映画、マス映画を避けて、アートや文化の香り高い、
時にアバンギャルド、時にクラシカルな名画を観によく通ったものだった。
その際に指針としたもののひとつは、ファッション雑誌の仮面をつけた文芸誌、中央公論社の「marie claire」
映画評を担当していらした蓮見重彦氏のマニアックな評論、そしてそこから派生した映画全てをおおらかに愛した
故・淀川長治氏、山田宏一氏を交えた映画鼎談「映画千夜一夜」
ミニシアターの客席に身をうずめると「名作を世界から運ぶBOWシリーズ」と船のへさきをモダンにデザインした
シルエットが浮かび上がる・・・それが、フランス映画社配給作品である証で、同時に、良作を観られるブランドでもあった。

その時代を作った一人である、柴田氏に対する、蓮見氏の言葉は、彼らの後の世代、
バブルの名残の文化を消費できる幸せを当たり前と受け止めていたどん欲な消費者であったわたくしは、懐かしさと
感謝の念で受け止めるしかないのであった。

以下、引用です。


数々の優れた監督を日本に紹介してきたフランス映画社元社長の柴田駿さんが、11日、慢性閉塞性肺疾患で死去した。
78歳だった。長年交流のあった映画評論家の蓮見重彦さんが追悼する、

1968年のフランス映画社創立前から知りあっていた柴田駿には、恩義しか感じていない。
私がまがりなりにも映画評論家と呼ばれているのは、彼が、伴侶だった川喜多和子とともに輸入してくれた優れた作品がどっさりとあったからだ。
商業映画から撤退した時期のゴダールを始め、まさか日本での公開など不可能と思われたテオ・アンゲロプロス、ヴィクトル・エリセ、マノエル・ド・オリヴェイラ、カール・ドライヤー、候孝賢、ジム・ジャームッシュ、ヴィム・ヴェンダースなどの作品を。ミニシアターなどという言葉が生まれる以前に、彼は涼しい顔で小劇場で公開してみせた。そうした作品について書くことで、私は批評家への道を歩んでいったのである。気に入らない作品の悪口を書いても、彼との仲がこじれることはなかった。
 最初の出会いは、彼がユニフランスにつとめていた時期の66年、ゴダールが初来日したときのことだ。私がある雑誌のために通訳をつとめたときに、ゴダールにつきそっていた彼と知りあった。また、「気狂いピエロ」の公開を迷っていた別の社に彼とともに呼び出され、丼飯をつつきながら、断乎公開すべしと活を入れたことなども思い出される。以後、『ゴダール全集』(竹内書店)の監訳者として親しみをまし、深夜の長電話もふえていったのだから、われわれは文字通り「ゴダールの旗」のもとに出会ったのだと言える。自分が関わった作品には最後まで責任を持ち、まわりとの軋轢も少なくなかったと聞くが、彼は断乎として自説を曲げない。伊丹十三という人気俳優と離婚した川喜多和子が彼のもとに走ったのは、彼の由緒正しい頑固さに惹かれてのことだろうと思う。
 柴田駿の業績で忘れてはならないのは、ジャン・ルノワールやルイス・ブニュエル、ジャン・ヴィゴなどの旧作を公開し、映画史的な展望を開けさせてくれたことにある。中でも「荒武者キートン」を輸入し、ときならぬキートン・ブームをまき起こしたことは重要である。だが、彼はいわゆるハリウッド映画には関わることがなかった。ジョン・フォードについてどんな思いをいだいていたのかいつか訊ねてみようと思っているうちに、彼は呆気なく私たちのもとを去ってしまった。入院中には酸素マスクを嫌い、この酸素をゴダールの住むスイスのロールに送れとつぶやいていたという。
それを耳にしたゴダールからは、ドン・キホーテに倣って、ハヤオ・キホーテと呼んではどうかという言葉が返って来たという。「ゴダールの旗」のもとに出会った私は、いまだ彼のことを故柴田駿と呼ぶ気にはなれない。

*「気狂いピエロ」から、アンナ・カリーナのカットが添えられていた。
  アンナ・カリーナさんも14日、死去した、とのクレジット付。