2013/12/19 更新
猪瀬都知事 辞職表明、「政治家としてアマチュアだった」
医療法人「徳洲会」グループから5000万円を受け取っていた東京都の猪瀬直樹知事は19日午前、記者会見を開き、「説明責任を果たすべく努力してきたが、私に対する疑念を払拭(ふっしょく)するには至らなかった。五輪を成功させるためには都政を停滞させるわけにはいかなかった」として、辞職を表明した。会見に先立ち、都議会議長に辞職願も提出した。
猪瀬知事は会見で、5000万円について「生活の不安から借りたもの」と選挙資金であることを改めて否定する一方、「借りるべきではなかった。政治家としてアマチュアだった」と語った。今後については「作家として発信し、恩返ししたい」と述べ、政界から引退する考えも明らかにした。
2013/12/4
最悪五輪白紙も…猪瀬都知事にIOCが“激怒”
11月29日、東京都議会初日の本会議の所信表明を、前代未聞の“陳謝”で始めた猪瀬直樹東京都知事(67)。医療法人徳洲会グループの徳田虎雄元理事長(75)側から「借りた」5千万円で、政治生命の危機に立たされている。
「猪瀬さんは、東京五輪の招致成功でイメージを上げましたが、IOC(国際五輪委員会)はあきれているでしょうね」
警鐘を鳴らすのは、JOC元参事で、’98年の長野五輪招致を成功させたスポーツコンサルタントの春日良一氏だ。じつは以前から、IOCは猪瀬都知事に不満を強めていたと春日氏は言う。
「IOCは、五輪開催地決定後は速やかに大会組織委員会を設置するように、開催都市に義務づけています。6ヵ月以内が目安なのですが、9月に東京五輪が決まってから3カ月、誰が“会長”になるかでもめていて、いまだに東京五輪の組織委員会は設立の見通しが立たない状態なのです」
東京五輪組織委会長の座を争っているのは、猪瀬氏と森喜朗元首相(76)だ。春日氏は、組織委員会はIOCと対等に渡り合わなければならない、と言う。
「例えば、東京五輪の開会式で、IOCが定める厳格な“儀典規範”以外の独自色を出そうとすれば、組織委がIOCと粘り強く交渉しなければなりません。なのに、東京五輪ではまだ組織委の設立の見通しすらありません。交渉するしない以前の問題なのです」
このまま組織委と猪瀬氏のゴタゴタが長引くと、IOCが“開催決定取消”という伝家の宝刀を抜く可能性もーー。
2013/11/29
組織委設立の遅れも=東京五輪準備に影響-「徳洲会」問題
猪瀬直樹東京都知事の医療法人「徳洲会」グループからの現金借り入れ問題が、2020年東京五輪の準備に大きな影響を及ぼす可能性が出てきた。都と日本オリンピック委員会(JOC)は、大会運営を担う組織委員会のトップ人事を年内に固め、14年2月までに発足させる予定だった。しかし、借り入れ問題発覚後、人選は事実上中断しており、組織委設立の遅れが懸念される。
トップ人事をめぐっては、猪瀬都知事、下村博文文部科学相(五輪担当相)、竹田恒和JOC会長が調整を進めてきたが、猪瀬氏は記者会見や議会での釈明に追われる状態で、最終決定できない状況が続く。理事長や専務理事(事務総長)が選ばれなければ、委員会の体制や他の理事も決められず、五輪に向けた準備が遅れる恐れもある。
組織委が14年末までに作成する大会基本計画をめぐっては、競技施設の整備や選手・観客らの輸送手段、宿泊施設の確保など課題が山積している。「残された時間はあまりない」(都庁幹部)のが実情だ。
また、都の14年度予算の編成や成立が遅れれば、競技施設整備など五輪関連事業の実施にも影響を及ぼすことが考えられる。
2013/11/28
猪瀬知事に「裏切られた」 批判メール・電話相次ぐ
東京都の猪瀬直樹知事が徳洲会グループから5千万円を受け取っていた問題で、都民からの批判の声が相次ぎ都庁に寄せられている。都によると、27日までに電話やメールなどで計717件の意見が届き、約9割が猪瀬氏を批判する内容。
都民から要望や苦情を受け付ける「都民の声」課によると、27日夕までに電話351件、メール・ファクス366件が寄せられた。「5千万円もの資金提供を受けるなんて庶民感覚とずれている」「選挙で1票を投じたのに裏切られた」など批判的意見が大半だ。
猪瀬氏が26日に公表した借用証には「本物なのか」「もっと早く公開すべきだったのでは」との指摘があり、辞任を求める意見も。「東京五輪を成功させるために頑張ってほしい」など支持・激励は約1割にとどまる。nikkei
2013/11/23 猪瀬知事:徳田虎雄氏、石原前知事の人脈 猪瀬直樹知事は都知事選への立候補を決めた昨年11月のあいさつ回りで、徳田虎雄氏と「初対面」したと説明しており、同12月の都知事選直前まで猪瀬氏と徳洲会グループに深い関係はなかったとみられる。両者をつなぐ存在が石原慎太郎前知事だ。 知事選が初の選挙だった猪瀬氏は昨年11月に資金管理団体を設立。約1カ月間で2181万円余の献金を集めたが、うち8割以上は政治団体からで、寄付した16団体中10団体が、その前の知事選があった11年に石原氏の資金管理団体に献金していた。10団体の寄付総額は1773万円に上る。 石原氏は国会議員時代から徳田氏と親交があり、知事就任後も選挙応援にたびたび駆け付けた。徳田氏が徳洲会による一部都立病院の運営を提案したこともある。都幹部は「急な選挙になり、猪瀬氏は石原氏の人脈をまず頼ったのだろう」とみる。 一方、石原氏の事務所によると、石原氏は周囲に「徳田氏側に紹介した覚えはない。自分の判断であいさつに行っただけだ」と話しているという。 徳洲会:猪瀬氏側に知事選前に5000万円 捜査後に返却 公職選挙法違反容疑で幹部らが逮捕された医療法人「徳洲会」グループ側が昨年12月の東京都知事選前、猪瀬直樹知事(67)側に5000万円を提供していたことが関係者への取材で分かった。今年9月にグループが東京地検特捜部の強制捜査を受けた後、猪瀬氏側から全額返却されたという。 前理事長は全身の運動神経が衰える筋萎縮性側索硬化症(ALS)で声を発することができず、秘書役を通じて応援する意向を伝達。その後、徳洲会から猪瀬氏側に、5000万円が提供されたという。 異なる証言 徳洲会側「借用書知らぬ」 猪瀬知事の説明と食い違いか 11/22 東京都の猪瀬直樹知事が、徳洲会グループから5千万円を受け取った際に書いたとしている借用書について、知事側から現金を返された徳田毅衆院議員の母親が「知らない」とグループ内で説明していることが22日、関係者への取材で分かった。 知事は記者会見で「借用書は返してもらったと聞いている」と話したが、返金と同時に借用書が返還されないのは不自然で、知事と徳洲会側で資金提供の経緯について見解が食い違っている可能性がある。 徳洲会側「猪瀬知事が1億円お願い」 11/23 東京都の猪瀬知事が去年の知事選挙の前に大手医療法人「徳洲会」グループ側から5000万円を受け取っていた問題で、関係者によりますと、徳洲会の徳田虎雄前理事長が次男の徳田毅衆議院議員から「猪瀬さんが『1億円をお願いしたい』と言っている」と伝えられ、「5000万円で対応しろ」と指示していたということです。
猪瀬知事は、初当選した去年12月の知事選挙の告示日直前に「徳洲会」グループから5000万円を受け取り、ことし9月に徳洲会が東京地検特捜部などの強制捜査を受けたあと全額を返却していました。 この経緯について猪瀬知事は、去年11月上旬に徳洲会の徳田虎雄前理事長に面会し、選挙への支援を要請したと説明しています。 関係者の話によりますと、その後、前理事長は次男の徳田毅議員から電話で「猪瀬さんが『余ったら返すのでまずは1億円をお願いしたい』と言っている」と伝えられたということです。 これに対し前理事長は「5000万円で対応しろ」「足がつかないよう議員会館で渡せ」などと指示したということです。 これを受けて徳田議員は議員会館の事務所で知事本人に直接、現金で5000万円を手渡したということです。 猪瀬知事は22日の会見で、受け取った資金は個人的な借入金だと強調したうえで、「徳洲会側から申し出があり、厚意を断るのは失礼だと考えて借りた。5000万円という額になった理由は分からない」などと説明しています。
2013/1/7 四期目の任期を全うせずに夜逃げした前都知事石原慎太郎。週に3日ほどしか登庁せず職員との会話もA4紙に書かせたものを読むぐらいだったという。石原都政はまったく意思の疎通がはかられていなかったわけだ。これでは行政がうまく機能するわけがない。 そんな男に国務大臣並みの給与が都民の血税から支給されていた。一期4年で一億数千万円だから、4期で四倍の約5億円だ。ニューヨーク、ロンドン、パリのどの首長と比べても、この男の待遇は考えられない話だ。よほど都民は底抜けのアホであるとみえる。 いまになって、都庁内部では、石原に対して「仕事をすべて放り投げて去っていった」と厳しい批判の声が上がっている。特に、新銀行東京と尖閣諸島購入に関する問題など、都民に重いツケを残したと指摘されている。 経済オンチの石原が、中小企業を支援するためとのうたい文句で設立した新銀行。ずさんな融資などで経営は悪化し、最盛期に10店あった店舗は1店に統合され再建途上にある。これまでに都がつぎ込んだ公金はなんと合計1400億円にも上るという。 ところが、石原都政下で副知事だった猪瀬直樹は「あまり重要な争点ではない」としつつ、「2年間黒字が続き、再生の形を取り始めている」と事業継続の方針を表明した。 同行の経営が今後立ちゆかなくなれば、これまでつぎ込んだ公金は無駄になる恐れがあり、まったくのハンか、チョウかのバクチだ。 それに尖閣購入の呼びかけで集めた寄付金約15億円は、尖閣が国有化されたために宙に浮いたままだ。石原は「自民党の新政権に船だまりなどの施設整備に使ってもらう」と強調したが、呼びかけた張本人は夜逃げし、今後の扱いは不透明だ。まったくのペテンだ。 石原逃亡後、都は国への譲渡を念頭に寄付金を基金化するための条例案を第4回定例会にはかることを検討したが、都知事選や総選挙のあおりをうけ見送らざるを得なかったという。 寄付金は、年度をまたぐと使途が限定されない一般財源に組み込まれるため、今年2月の定例会に提出を予定しているという。そして、条例案そのものをどうするかは、新知事の判断に委ねられているという。 では、新知事となった猪瀬直樹という男に期待できるのだろうか。答えはノーのようだ。結局、この男は、石原都政が残した重いツケの責任を追求されないようにするための傀儡にすぎないようだ。ゲンダイがその事実を記事にしている。管理人 以下にゲンダイ記事を引用。 |
「石原後継」を打ち出し、430万票余りを獲得、順調なスタートを切った猪瀬直樹東京都知事が、最初に特別秘書への起用を決めたのは、都知事選で選対事務局長を務めた鈴木重雄氏(56)だった。 今後、鈴木氏は政務担当特別秘書として、知事の日程管理や政策実現への助言を行う。都が公表した略歴は、1983年3月、大東文化大学法学部を卒業して石原慎太郎事務所に入所。1990年5月、富士ホームサービス㈱に入社。2012年12月、同社退社、というものだ。 ごくシンプルだが、7年間、石原氏の秘書をやっていたために、12月18日に行われた就任記者会見で、「石原氏の影響を受けるのではないか」という質問が飛んだ。だが、猪瀬知事は意に介さず、「僕がすべて決めていくので心配なく」と、述べた。 剛腕で知られる猪瀬氏なら、一介の秘書の影響を受けることはあるまい。ただ、鈴木氏が「石原秘書軍団」の一員で、彼らがチームで動くことを考えれば心配にもなる。 鈴木氏の持つ「政官パイプ」 まず、富士ホームサービスという会社である。 大阪に本社を置く不動産会社で、富士コミュニティー、富士エンジニアリング、エクセルホームなどのグループ会社があり、一世を風靡した富士住建グループの一社である。 富士住建は、バブル期に住専からの4,000億円を中心に1兆円の負債を抱えていた。率いるのは安原治氏。高卒で、鉱山会社を皮切りに、電気工事会社など職を転々、1969年、自営で建築業を始め、71年、32歳で富士住建を設立した。 高度経済成長の波に乗り、急速に業績を伸ばすが、それは住専との二人三脚で成し遂げたもので、やがて資産は負債に転化、「西のビッグ3」と呼ばれる借金王となった。 末野興産・末野謙一、朝日住建・松本喜造、そして富士住建・安原治・・・。 大阪の繁華街に数多くの社交ビルを保有、芸能人との派手な交友で知られた末野氏に比べると、仕事の虫で自宅もつましかった安原氏は、マスコミの餌食になることはなかったが、債権飛ばしのあげくに資産を隠したとして、1997年1月、法人税法違反容疑で逮捕・起訴され、公判の末、2000年7月、大阪高裁で懲役2年6ヵ月、執行猶予5年の有罪判決を受けた。 そうした苦境にありながらも安原氏が選んだのは、会社を倒産させるのではなく、債権者の同意を取り付けながら、グループ企業を統廃合、借金を返済していく道。富士ホームサービスはその中核だった。 もともと、政治家を支援することが好きな安原氏は、事業が好調な時、本社近くの同社所有マンションに石原氏後援会の「石原慎太郎関西本部」を置いていた。 また、鈴木氏を会社に迎え入れたのと同時期、先輩秘書で石原氏が運輸相の時、運輸大臣秘書官を務めたこともある柳原常晴氏を金融不動産子会社・イースタンコーポレーションの取締役に迎え入れ、92年7月から約1年半の間、代表に就けていた。 つまり、安原氏はバブル絶頂期から、辛酸をなめ、復活した現在に至るまで、一貫して石原氏を支援、その「東京駐在」が鈴木氏だった。東京・青山の富士ホームサービス東京支店長だった鈴木氏は、石原氏が2ヵ月に一度の頻度で開いていた「石原慎太郎の会」という昼食会で司会を務めており、「政官パイプ」を絶やさなかった。 記者会見で任命理由を聞かれた猪瀬氏は、「会社に長く勤め、実際にマネジメントをしていて、大阪維新の会の立ち上げにも協力。国に対して太いパイプを持っている」と、述べた。それは鈴木氏のこれまでの履歴がもたらしたものである。 石原氏のしがらみをいかに捌くか 一方で、鈴木氏は猪瀬氏の弁にあるように、大阪維新の会にも関与している。そうした動きは、鈴木氏個人の意思ではなく、引退したとはいえ富士ホームサービスグループに隠然たる影響力を行使する安原氏の思惑によるものだろう。 昨年の大阪市長選の最中、安原氏の名が、マスコミに久々に登場した。『週刊新潮』(11年11月24日)の「橋下前知事麗しき友情」という記事のなかで、同誌は、橋下後援者として安原氏の名をあげたうえで、富士住建グループ関連会社の次のようなコメントを掲載している。 「安原は現在、グループの全ての企業の役職を退き、相談役という立場です。安原が、大勢いる橋下さんの後援者の1人であることは事実」 日本維新の会は、「野合」という批判を浴びながらも、「維新」のために小異を捨てて大同に就き、橋下-石原連合を組んだ。そこには、支援者としての安原氏の思惑もあり、その尖兵として動いたのが鈴木氏だった。 45年の政治家生活、そのうち13年半が東京都知事だったという石原氏の政治家としてのキャリアはダテではない。数多くの人脈があり、しがらみも少なくない。 それをうまく捌くために「石原秘書軍団」がいて、「6奉行」「7奉行」といった呼ばれ方をするが、そのほかにも今回の鈴木氏のように、一般には無名でも、長く石原氏を支えた「外部秘書」もいる。 そうした秘書の背後には、それぞれに石原氏の支援者やファンがいて、思惑を持ち、都政に関わってきた。猪瀬氏は、そこに一線を画し、斬新でスピード感のある都政を推進するが、「石原後継」としての”尻尾”を残し、象徴である鈴木氏を特別秘書に任命した。 その”捌き”もまた、猪瀬氏の腕の見せ所である。(引用おわり)
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