goo blog サービス終了のお知らせ 

チクチク テクテク 初めて日本に来たパグと30年ぶりに日本に帰ってきた私

大好きな刺繍と大好きなパグ
香港生活を30年で切り上げて、日本に戻りました。
モモさん初めての日本です。

ブリジット・ジョーンズの日記4

2025年04月14日 | 映画

晴、10度、62%

 30年ほど前、イギリスの作家「ヘレン・フィールディング」の書いた小説「ブリジット・ジョーンズの日記」が流行しました。流行に乗って私も読みました。すぐに映画化されました。ロンドンが舞台の30歳前後の女性のラブコメディーです。主演は当時はまだ名前も知られていなかった「レネー・ゼルヴィガー」でした。近年、ジュディ・ガーランドを演じてオスカー主演女優賞を取った「レネー」です。彼女を取り巻く俳優にはハンサムな「ヒュー・グラント」「コリン・ファース」でした。重い話ではありません。モテるためにダイエットをする、どんな買い物をしたかなどブリジットが書いた日記という形の話です。この映画の帰り、ブリジットが使っていたアロマのヒューザー、小さな蝋燭を使うものを買いました。ブリジットと同じ「ボディーショップ」の同じ陶器のものでした。

 本は続刊が出ました。映画も続編が作られました。本も読みました、映画も見ました。続編の本を読みながら私の頭の中ではレネー、ヒュー、コリンがそれぞれを演じていました。その後小説も映画も3作目となるものが出たのですが、その頃には私の熱が冷めていて、本も読みませんでした。映画にも行きませんでした。この3作目から9年、「ブリジット・ジョーンズの日記4」が映画化されました。

 昨日の朝、ネットをぐるぐるしていたら急にこの映画のことが出ています。上映中です。そこで即座に座席を確保しました。お昼前の開演、狭いホールですが観客はたったの5人でした。

 最初の映画から30年経っています。スマホを使うブリジット。コリンと結婚して2人の子供を設け、コリンが無くなって4年目という設定です。思い出としてコリンも出てきます。いまだにヒューとの付き合いはあります。最初の映画の時の3人の俳優たちはそれぞれ歳をとっています。ブリジットの明るく一途な個性だけは変わりません。シングルの働くお母さんを演じながら恋をします。ブリジットらしく屈託ない恋です。

 笑える映画です。観客が少ないのをいいことに私は幾度か声を上げて笑いました。相変わらず少し外れたブリジットを「レネー」が上手く演じています。30年前と同じようによく走ります。30年と同じようにふっくらしているのに美しい足です。

 エンディングで今までの映画の場面がキャストと共に流れました。30年、私の30年と合わせてこの映画を見ました。たくさんの思い出、あの頃の私の胸にあったものが蘇りました。たくさん笑って、2時間少しの楽しい時間でした。


「すみれの砂糖漬け」デメル

2025年04月13日 | おやつ

雨、11度、87%

 お土産と言って手渡された小さな包み、素敵な紙の箱が出てきました。「すみれ」の絵が描かれています。一目箱を見ただけで中身を言い当てました。「すみれの砂糖漬け!」

 香港に渡る前のことですから1980年代の終わり頃です。「すみれの砂糖漬け」はスーパーの製菓材料の売り場に袋入りでぶら下がっていました。小粒の紫の「すみれ」でした。お菓子の飾りに使います。紫は「すみれ」黄色は「ミモザ」でした。カップケーキに乗せたり、もちろん食べることもできます。卵白と砂糖で固めた「すみれの砂糖漬け」です。ところが8年前帰国してどこにも「すみれの砂糖漬け」も「ミモザの砂糖漬け」も売られていません。ネットで検索しても出てきません。かろうじて、チョコレートで有名な「デメル」が作っているらしいのですが、日本では取り扱いがないと聞きました。

 「デメル」はパッケージの箱や缶の装飾も素敵です。手のひらより小さな箱の蓋を開けました。私が昔食べた「すみれの砂糖漬け」より倍近くも大きな粒です。 庭仕事の後のおやつにいただきました。口に含むと砂糖が溶け出して、「においすみれ」を彷彿とさせる香りがします。くどさのない甘みです。ダージリンの紅茶をストレートで一緒に贅沢なおやつです。オーストリアの「すみれ」は大きいのかなと想像します。

 昨晩、デメル「すみれの砂糖漬け」とネットに打ち込むとAmazonで取り扱っていることを知りました。そして、お値段を見てびっくり。こんな小さな箱で!大事なお菓子の飾りに使いましょう。

 以前、庭の「すみれ」で砂糖漬けを作ろうとしたのですが、うまく固まりませんでした。「ビオラ」でも作れます。自家製「すみれの砂糖漬け」もう一度試してみようかしら。ありがとう。


二本の「ハナズオウ」

2025年04月12日 | 

晴、11度、78%

 この季節庭に印象的な花色の「ハナズオウ」が咲きます。「蘇芳」色、赤でもなく朱でもなく。不思議な濃い色です。物心ついた時から「ハナズオウ」が庭にありました。花が終わるとハート型の葉がそよぎます。 「ハナズオウ」は「豆科」の植物です。秋になると裸木に豆の鞘をつけて冬を越します。 花の脇に古い茶色の豆の鞘がついています。6年ほど前、表の道の玄関際に小さなハート型の葉をつけた新芽を地面に見つけました。その葉を幾度も確かめました。「ハナズオウかな?」毎年その苗は大きくなりハートの葉を茂らせますが、「蘇芳色」の花は咲きません。やっと私の腰の高さです。この春花を咲かせました。「やっぱりハナズオウだったのね。」 チラホラとした花を咲かせました。「ハナズオウ」だと思い待ちました。木を育てるには時間が必要です。

  垣根の手前が子供の「ハナズオウ」。垣根の向こうに頭が見えているのが親木の「ハナズオウ」です。親の豆の鞘が弾けて種を飛ばしたのでしょう。

 我が家には二本の「ハナズオウ」の木があります。親子の「ハナズオウ」です。

 きっと


枕の寿命

2025年04月11日 | 身の回りのもの

晴、14度、90%

 数日前、朝の起きた時から首筋が張ったような感じで頭が冴えません。寝違いではないように思います。二日ほど続きました。ココと一緒に寝ていますから、ココに場所を空けて寝ている形です。もしかしたら枕が合わないのかな?枕は人によって合う合わないがはっきりしているそうです。私は無頓着に枕なしでも眠ることができるタイプです。

 枕と首筋の凝りのことをネットで調べていると、枕にも「寿命」があることを知りました。低反発などは長持ちするそうですが、天然素材でできている枕は3年が「寿命」だそうです。私の使っている枕は「羽枕」、しかも40年前に求めた枕です。その晩、急いで来客用のフカフカの「枕」に替えて休みました。高さも肩の埋まり方も古い「羽枕」とは違います。朝には首の凝りは少し改善していました。次の朝、つまり昨日の朝は一転、頭までぼーっとしました。来客用の枕は私には合わないと判断、新しい枕を買いに出かけました。

 40年使った「羽枕」です。 よく日光浴させました。家の洗濯機で洗い、クリーニングには出していません。モモもココもこの枕で休みました。とっくに「寿命」は過ぎています。中綿の羽毛が縫い目からで始めたので、数年前カバーの上にもう一枚白い布でカバーを作ってやりました。大事に使ってきた「羽枕」です。

 枕の新調にあたって特にこれが欲しいという希望は無しに、お店の枕の棚の前に行きました。帰国後、主人や来客用の枕を買って以来です。健康に良いと書かれた窪みのある枕、長さも様々で目移りします。見本を押してみては硬さや高さを点検。その結果、「羽枕」を買いました。他の枕は私には高いと感じます。

 見出し写真が新しい「羽枕」です。40年使った枕とほとんど変わりません。実は同じメーカーの枕です。40年経っても同じ枕を作っていました。お値段は新機能の低反発枕などの5分の1です。

 早速、昨晩新しい「羽枕」で休みました。今朝の目覚め、スッキリしています。私の首の不調から「枕の寿命」を知りました。古い枕だから首筋が凝っていたとは限りません。それでも「寿命」を過ぎた枕は潔く捨てることにしました。長いことありがとう。ココは枕が代わったことに気づいたようです。寝る前、枕をクンクンと嗅ぎました。


パトリックのスニーカー

2025年04月10日 | 身の回りのもの

雨、19度、89%

 冬の間はムートンのついた靴、暑くなり始めるとすぐにサンダルを履きます。私が普段に「スニーカー」を履くのはごく短い期間です。ちょうど今の気候と秋口。ココの散歩や買い物に履く「スニーカー」はずっと「パトリック」のものです。

 「パトリック」は日本のメーカーですが、履いている人も名前もあまり耳にしません。「パトリック」との出会いは30年前。「マルニ」が出した「スニーカー」は「パトリック」が作ったものでした。今のように「コラボ」とは言いませんでした。「パトリック」など知る人がいなかったからでしょう。

 布張りで2足持っていました。靴底のラバーが足をしっかり支え、細身でデザインが「マルニ」ですのでオシャレでした。一足はゴルフシューズのように砂除けがついていました。香港では「パトリック」のスニーカーは手に入りませんでした。今ほどオンラインの買い物もできなかった頃です。大事に履き続けました。主人に「いい加減に買い換えなさい。」と言われても履きました。

 日本に帰ってきて、「パトリック」の「スニカー」が簡単に手に入ります。店頭に並んでいるのは限られたデザインですが、ネットでは全てのスタイルが売られています。今持っているのはこの二足のみです。 履く期間が短いので十分です。よく歩きます。晴れているとズンズンズンズン歩きます。「歩くのが好きなんだなぁ。」走るための「スニカー」は別のメーカーのものを新調しながら1年に一足は履き潰します。

 昨日の午後、気温が上がりました。いよいよサンダルの登場です。型崩れを防ぐため、夜には「シューキーパー」が入ります。雨の日には履きません。私の歩く楽しさを支えてくれる「パトリック」の「スニーカー」です。


フリチラリア

2025年04月09日 | 

晴、13度、91%

 庭に黄色い花が咲いています。華やかな花です。和名「瓔珞百合」。「瓔珞」とは中国人の高位な女性が身につけるアクセサリーのことだそうです。垂れ下がるような咲き方は大きな首飾りを思い起こします。 またの名を「フリチラリア」この花も帰国前からぜひ庭にと思っていた一つです。毎年植えています。希少だったのか、帰国後買った時はびっくりするお値段でした。この数年近くの園芸店でも球根が手に入ります。お値段も半分ほど。

 この「瓔珞百合」の背中側にひっそりと咲いている花があります。 和名「コバンユリ」時には「アミガサユリ」とも呼ばれる種類です。同じ花で薄黄色の「コバンユリ」は群生しているところを見かけます。薄黄色もこの紫色も花の部分はまるで昆虫のように見えます。中を覗きます。 花弁の模様が陽に透けて、「アミガサ」みたいです。この花の洋名は「フリチラリア」です。大きな黄色い花もこの虫のような花も「黒百合」の仲間です。大きく括って洋名は「フリチラリア」です。

 「瓔珞百合」同様「コバンユリ」も庭に迎えたいと長年思っていました。この2つの花のことを知ったのはアメリカのガーデニング雑誌でした。同じ名前ですが、「フリチラリア」の後に続く学名が違います。この春は「コバンユリ」まだ一輪です。「瓔珞百合」と同時に咲いたのは初めてで、同じ名前の花なのにこの違いが滑稽です。そして、大輪の「瓔珞百合」より私が好きなのは「コバンユリ」です。

 「コバンユリ」を雑誌で見た時、少なからずショックでした。30年以上前のことです。毎年庭に咲かせたい花が「フリチラリア」です。


ホタルイカの燻製

2025年04月08日 | 昨日のお昼ご飯

曇、13度、43%

 福井の「ホタルイカ」の解禁からひと月、福岡の魚屋さんにも並び始めました。残念なことに生ではありません。すぐに食べれるボイルされた「ホタルイカ」です。しかも兵庫から運ばれてきた「ホタルイカ」です。「ホタルイカ」漁は観光船まであるそうです。暗い海に光る青く「ホタルイカ」、昔テレビで見て以来、あの美しさを思います。

 生の「ホタルイカ」も冷凍ものなら一年中あるそうです。でも季節は今。小さな「ホタルイカ」はボイルされて萎んだように見えます。持ち帰りながら、簡単に「燻製」しようと思いつきます。少ない量ですので、台所で鍋を使っての「燻製」です。使う鍋は煤けて汚くなりますからアルミフォイルで覆います。 古い紅茶や好みでない中国茶がチップです。 鍋底に葉っぱと砂糖、米少々。この煙で燻します。「ホタルイカ」にオイルを塗します。先日の「マグロのオリーブオイル煮」で残ったオイルはニンニク、月桂樹で香りよく、味も僅かに残っているはずです。すでにボイルされていますから、香り付けほどの短い時間での「燻製」です。もくもく煙が出ると火を止めて冷めるまで鍋に置きました。

 お夕飯にと思っていたのに、ぷっくりと膨らんだ「ホタルイカ」を見ると待ちきれません。 萎んでいた「ホタルイカ」がオイルと加熱で艶よく膨れています。一匹一匹、噛み締めて。小さな胴体の少しの苦味もご馳走です。

 一年中食べることができても、旬は今。春の「ホタルイカ」です。


ひと玉100円のキャベツ

2025年04月07日 | 日々のこと

晴、9度、76%

 大きなキャベツが100円、白菜まるまる100円、私のふくらはぎほどの大根が100円。ひと冬前の話です。それが昨年の秋口から300円、時には400円と高騰。猛暑、厳しい寒さからです。300円のキャベツは買いませんでした。キャベツの値段ではないと私は思います。

 数日前スーパーに行きました。入り口の野菜売り場でキャベツ100円の札を見て手に取りました。大きくはありません。春キャベツではありません。でも100円です。カゴに入れて店を回りました。久々にキャベツ三昧と頭の中はいっぱいです。ところがいつも買う品々、私の定番のヨーグルトや調味料類の値段が上がっています。平均10円から30円の値上がりです。気候による値上がりではなく、四月だからでしょう。キャベツの喜びも飛んでいくほど物価が上がっています。毎日必要な品はカゴに入れました。

 家に帰り、 キャベツを洗います。物価が上がるのはみんな平等、家族の多い家庭では食費を減らすことはできないでしょうからやりくりが大変だと思います。そう思うとキャベツの一番外の葉までも粗末にできません。

  外の葉を蒸籠に敷いて、香港から日本に戻っていく私に主人が持たせてくれた冷凍「小籠包」を蒸しました。久しぶりのキャベツが甘い。大好きな「小籠包」のスープが口の中いっぱいです。

 お米も売り場にまだ並びません。食べることは生活の基本です。気候による価格高騰はまだ理解できてます。相次ぐ値上げや米の価格操作、その仕組みは計りかねます。ただ肌身で生活のし辛さを感じます。

 キャベツと「小籠包」を美味しいと春の日差しの中喜びました。そして、やりくりの大変さを痛感しました。


家周りも軽装に

2025年04月06日 | 庭仕事

晴、14度、87%

 家は二面が道に面しています。表は塀もないオープンなスペースです。道ゆく人が庭を見てくださいますから、せっせと花を咲かせます。もうすぐ宿年草が一斉に咲きそろいます。真冬でもラベンダーは咲いています。夏の間は、 この裸木が葉を茂らせ、大きな「いちじく」を実らせます。すでに小さな「いちじく」が見えています。

 裏の道は家より低いところにあり石垣が続きます。この石垣には「フィカスプミラ」がツタを這わしています。真冬も緑を保ち、景観を損ねません。夕方の散歩の時、この石垣から家を見上げました。「フィカスプミラ」は茫茫と伸びています。まるで冬服を厚く着込んだような様です。「重苦しい。」そう思ったのは3日前。翌日、「ヘッジトリマー」のバッテリーを充電器に入れました。完全充電まで10数時間。昨日、この「ヘッジトリマー」を片手に石垣全面の「フィカスプミラ」をトリミングしました。2メートル越す石垣です。近所のおじさんが「そんなツタとって仕舞えば手間がいらないよ。」と声をかけてくれます。面倒なツタを這わしているには理由があります。古い古い石垣の保護です。私の年よりはるかに古い石垣は「フィカスプミラ」のおかげで守られています。大きな補修をしたこともありません。20年ほど前の地震でも崩れませんでした。ツタは植物ながら強い!

 裏庭の家側のフェンスにもツタを這わしています。「へデラ」を数種類。こちらは春の葉代わりの時期です。ついでに鋏で整理します。庭の仕事を始めると、次々にやりたいことが出てきます。夕方から雨の予報、その前に刈り取った葉をゴミ袋に詰めます。大きなゴミ袋8つ。一日仕事になりました。

 実はこんなに刈った理由があります。石垣の一番奥には「モッコウバラ」が小さな蕾を膨らませています。あと十日もすれば黄色い花を咲かせます。裏の道を行く人が「モッコウバラ」を見上げてくれる時、少しでも綺麗にと思う親心です。「モッコウバラ」のひと月後はいよいよ「バラ」が咲き始めます。裏の道からも庭にいる私からもより「バラ」が美しく目に映るように「ツタ」の整理をしました。

 家周りも春らしく軽装になりました。「ヘッジトリマー」さんご苦労様。


「民藝」 福岡市博物館

2025年04月05日 | 美術展

曇、9度、63%

 美術展、観劇などの前売り券をオンラインで求めます。チケットは「スマホ」の中にあります。前売り券を求めるとメールのチケットの位置は下の方に残されます。年明けてすぐに「民藝」のチケットを買いました。すっかり忘れていました。不要メールの整理をしているとき見つけました。期間が4月6日まで。慌てて「福岡市博物館」へ向かいました。

 「民藝」のチケットを買うと時、わざわざ見に行かずともいいのにと頭を掠めました。「民藝」の中で育ったからです。古い日本家屋、家具調度品は「民藝」と呼ばれるものに囲まれていました。父母も時折「民藝」と口にしていたかもしれません。松本の民藝家具の中で生活していました。テーブルにのぼる食器は「民陶」の土物、大きな壺などが座敷の縁側に並べられていました。成長した私はその「民藝」の匂いが嫌いでした。特に土物の器は自分では買いたくないと内心思っていました。そんな私が「民藝」に立ち返ったのは「着物」に目覚めてからです。「染め」「織り」の和服から、急転「民藝」へ立ち返りました。20年近く前のことです。この家の荷物の整理では「民藝」品をたくさん捨てました。残したくても母の保管状態があまりにも杜撰でした。使えるもの、自分の生活にあったものだけを残しました。今、我が家にいらしたら入るなり「民藝」と感じられるかもしれません。

 何時ごろ建てられたのか? 埋立地に建つ「福岡博物館」は夏休みだと言うのにガラガラでした。入ってすぐ撮影可能な空間がありました。「民藝」の家とはこう言うものですよ、と皆さんに見せるためのスペースづくりでしょう。 まるで我が家です。右半分は、 白壁、梁が見える室内に民藝家具、土物の焼き物、織の布。「柳宗悦」が言葉した「美は暮らしの中にある」そのままのライフスタイルです。

 展示は工芸品それぞれにスポットが当てられ、日本各地の生産地が紹介されていました。私には目新しいものは何もありません。あるのはこうした温もりのある空間で育ったことへ感謝です。この年になって改めていい生活をさせてもらった、いい生活をさせてもらっていると父母、主人にありがたく思います。

 最後の撮影可能な空間は新しい「民藝」でしょうか。 主人の好きな「ジョージナカシマ」の椅子も飾られていました。

 今、キーを打つ我が家の居間は木の温もり土の温もりのある空間です。