たそがれオヤジのクタクタ山ある記

主に北関東の山を方向音痴で歩いています。山行計画の参考にされても責任は負いかねます。深慮せず軽く読み流してください。

しつこく「二子山歩道」を歩いてみた

2015年05月11日 | 足尾周辺の山
◎2015年5月10日(日)

 土曜日は出勤。日曜日は午後から狂犬病予防接種がある。午前中に慌ただしく山歩きをすることもないのだが、「二子山歩道」の課題がどうにも気になってしかたがない。その探索だけが目的なら2時間もあれば十分だろう。ここで済ませてしまおう。
 瀑泉さんが801.2m三角点付近から南に追って下った踏み跡が「二子山歩道」であることに間違いはないようで、自分でもちょっと歩いて、部分的に確認はしているが、自分の足と目で確かめておかなければどうにも気がすまない。何せ、自分には地元の山の感覚でもあるし。
 それに、自分には、歩道の起点が、瀑泉さんの下山口よりもさらに沢入寄りの、先日見かけた赤ペンキから続いているような気がしてならない。その確認もある。

(最終的に、どうもここが「二子山歩道」の入口っぽい)


 足尾トンネルの沢入側入口脇に車を置き、国道を沢入トンネル方向に歩く。先ずは右手に「日光森林管理署」の看板を見る。その後ろに、小尾根を巻くような踏み跡が続いていた。なるほど、ここが瀑泉さんが降り立ったところか。
 ここには馬道沢の堰堤がある。地図ではこのさらに先に青い水線が記されていて、それが馬道沢かとは思うが、ここの沢も総称して馬道沢の一部なのかどうか、自分にはよくわからない。ただ、沢の名称は、荷駄がこの辺を通っていたことに由来するのだろう。
 先に進むと、目的の場所に着く。ここが地図上の水線の場所である。群馬県ナンバーの軽ワゴンが入り込んでいた。こんなところに車がとは思ったが、作業か山菜採りだろうか。山歩きではないと思う。釣りだとして、こことて放射能だろう。

(赤ペンキは左上には続かず、まっすぐに。踏み跡もあった)


(そのまま馬道沢の堰堤に出てしまった)


 ここの右手の樹に赤ペンキがあって、それが歩道起点マークだと思っていた。早速、追ってみる。石にも矢印が記されていたりする。しかし、踏み跡は一向に上りにはならず、あくまでも国道に標高を保って並行して進んでいた。何ということはない。単に馬道沢の堰堤裏手に出ただけのことだった。やはり、起点はここだったか。

(斜面を登って、写真左手の小尾根に向かう。上から)


(踏み跡というより明瞭な小道が続いている)


(ペンキも)


 堰堤の表に出て、さっき見かけた踏み跡を追うのも何だしと、裏手からそのまま沢を越えて、広い窪地状の斜面を登ってみた。古い道型だと言われればそう見えなくもないし、違うと言われれば否定のしようもない。右手に小尾根が続いている。あれに乗った方がいいのだろうか。

(どうも小道を見失ったようだ)


(そしてまた出会った)


(こんなところも通過。これが例の崩壊地とすれば安全過ぎる)


 小尾根には細いながらも道型とペンキがあった。このまま慎重に踏み跡を拾って行けばよかったのだが、いつしか見失い、薄暗い植林の中に入り込んでしまった。どうも、左寄りに歩いてしまったようだ。しばらく植林の中をさまよう。ここもまた窪地状で、左右ともに小尾根が続き、このまま突っ切って行っても正面に見える尾根には出られそうだ。ここは左の小尾根に取り付いた方が楽かもしれない。
 小尾根に向かおうとしたら、目の前を小道が横断していた。これだな。先に行く前に、下ってみた。やはり、出だしの小尾根から続いている気配だ。これは下りで確認することにして、まずはこの先だ。瀑泉さん情報によれば、崩壊地もあるらしい。それを考慮して、今日はスパ長で歩いている。

(大きな岩がいくつか転がっていた)


(ここで道はターンする)


 小道は、その小尾根を巻いていた。どうも尾根にはこだわらない方がいいようだ。また植林の窪地に出る。ここで道型は消えるも、左右に踏み跡はないので、このまま行けばいいのだろう。
 大きな丸い岩が出てくる。重なって庇状になっているところもあり、もしかして石仏が置かれてやしないかと探ってみるが、石仏の代わりに錆びた空き缶だったりする。
 窪地が切れかかると左に道が続く。よく見ると、カーブには古いビニールテープが巻かれている。これが歩道であることは間違いなしと思ってはいるが、あるいは作業道なのかもしれない。いや、歩道が作業道にも使われていたのだと頭の中で否定する。

(さらに明瞭になる)


(もう尾根との合流だ)


 この植林、いつからのものかは知らないが、その前は、おそらく自然林、雑木が続いていたのであろう。今でこそ薄暗くなってはいるが、ここに歩道があったら、歩く気分は良かったかもしれない。それにしても、崩壊地はまだ現れない。
 尾根に乗りかかる。そして外れる。どうも、目の前に横たわる尾根にあるピークが801.2m三角点っぽい。陽にあたったツツジがチラホラと見えているが、ここは我慢してそのまま道を行く。


(尾根に合流した)


(まだツツジ祭りをやっていた)


 見覚えのある道になって、尾根に合流した。三角点から続く尾根。左に行けば、台石山に至る。ここが「小難峠」だとして、餅ヶ瀬に下るルートがないか、周辺を丹念に観察した。踏み跡も道型もないし、かなり急斜面になっている。餅ヶ瀬に下るルートが続いていたとしても、おそらくここではなく、この先からであろう。それにしてもあの「二子山歩道入口」の標識、あれはいったい何なのだろう。定位置の標識ではないことは確かで、後で軌跡を見たとてかすめもしていない。
 踏み跡でもあれば餅ヶ瀬に下るつもりでいたが、ない以上は戻るしかない。

(ここが崩壊地)


(あとは小道を辿って堰堤に出る。一旦、右の窪地斜面に逃げてもいい)


 下る。今度は歩道を末端まで下る。崩壊地は自分が見失った後に合流した地点の先にあった。同じようなことをグダグダ記しても仕方あるまい。歩道区間の下りは瀑泉さんの記録をご参照願いたしだ。ただ、こういう話題に興味があればの話で、大方には、あまり役にも立つまい。
 ちなみに、ここに記載した軌跡、下りで正確に歩いたつもりなので、上り時の軌跡は消去した。同様に、これからまた大難峠に向かうのだが、これもまた正確な下り時軌跡のみ記している。

(大難峠へ。この辺は確実)


(左手に青い小屋を見てからあやふやになった。前回は、小屋がこう大きくは見えなかった)


(完全に踏み外している)


(踏み跡を見つけて尾根に向かう)


 時間もあるので、改めて大難峠に向かう。この時点では、大難峠から反対側、楡沢に下ってみるつもりでいた。ここはあにねこさんが下られているが、しばらくは具合も良いようだが、下部は不明瞭らしい。
 さて、先日は下りでここを使っていたので、勝手知ったるルートのつもりで歩いていたら、途中から、見覚えのない風景になってしまった。左手に急斜面がそそり立っているし、岩場も続く。沢沿いに歩いたつもりでいたが、どうも、小沢を含め、前回よりも沢を渡った回数が多い。

(大難峠に着く)


(楡沢側を一応、確認)


 さらに西側の奥に行ってみたが、それでもまだ足りなかったらしく、最後は仕方なく、急でグズグズした斜面に踏み跡を見つけて、県境尾根に出た。大難峠の沢入トンネル寄り手前50m付近であった。

(沢状のところはどこでも古道跡に見えてしまう)


(ここに出ればもう問題はない)


(足尾トンネルに戻る)


 こんな始末だったため、大難峠の南側はチラ見で終わってしまった。後は北側の踏み跡を忠実に辿って国道に出た。楡沢側は改めての話になり、また課題を残すことになった。
 「二子山歩道」の件はこれで終わりとしよう。標識もあのままにしておこう。たかが自分ごときの思いで、外したり、移動したりもできまい。ましてや「やまの町 桐生」には、足尾トンネルの南側から明瞭な道を辿って小難峠らしきところに出たと記されてもいる。ということは、別の「歩道」があるのかもしれない。もう追跡するつもりはなくなっている。
 本日の歩き、しめて2時間40分のぶらつきであった。

(「歩道?」と「古道?」軌跡の概略図)

「この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図200000(地図画像)、数値地図25000(地図画像)、数値地図25000(地名・公共施設)、数値地図250mメッシュ(標高)、数値地図50mメッシュ(標高)及び基盤地図情報を使用した。(承認番号 平24情使、 第921号)」

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6 コメント

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二子山歩道 (みー猫)
2015-05-12 07:29:21
おはようございます。軌跡画像でかろうじて分かりました。トンネルが出来る前はたいへんだったんでしょうが殺風景なトンネルよりもツツジ風情があって歩くには良いでしょう。気になったら放っておけないので直ぐに歩かれたんですね。
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みー猫さん (たそがれオヤジ)
2015-05-12 08:51:36
みー猫さん、こんにちは。
気になると、先に進めなくなってしまうのが性分でして(笑)。
まぁ、ある程度は吹っ切れましたよ。余計なものが目につくと、さらに深刻になりそうなので、余分な学習はしないようにして、ひとまずは、自分の中で解決済にしておかないと押溜沢にも行けませんから。
果たしてこれが古道と歩道かは知りません。取りあえずは「ここを歩いている人がいた」という事実だけははっきりしました。
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Unknown (でん)
2015-05-12 12:26:58
こんにちは。
どの画像を見ても私には古道なのか歩道なのかさっぱりわかりません。
単に踏み跡があるというようにしか見えません(笑)
それでもトンネルがあるということは昔はそれを越える道があったのかな?とは思います。
もともと歴史に興味がないから神社や祠、お地蔵さんや庚申塔なんかもさっぱりわからないです(^^;)
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二子山歩道探索・・・ (瀑泉)
2015-05-12 12:46:17
お疲れ様でした。半分は,先日,歩いた処でもあるし,フムフムと頷きながら拝見しましたヨ。
確かに,崩壊地の処の追跡は,少しばかり厄介ですネ。ほとんど道型は残っていなかったから。
それと,結局のところ,赤ペンキを追いかけるのが正解なんでしょうか?
「大難峠」とこの道がつながっているということだと,「二子山歩道」というよりも,「足尾通り」の可能性の方が大きいかも知れませんが。
ただ,二子山歩道と足尾通りとの関係も,良く判りませんしネ。小難峠のすぐ下が足尾トンネルだとか,二子山歩道は唐風呂につながっていたような記述もあるし,自分は,もう少し研究してみますヨ(笑)。
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でんさん (たそがれオヤジ)
2015-05-12 13:00:53
でんさん、こんにちは。
でんさんに限らず、私もまた、そちら方面には正直のところ疎いですよ。だから、大難峠、小難峠の古道といったレベルに至っては口をつぐむのみです。
ただ歴史には興味がありますね。
石仏も、石祠も、人があまり立ち寄らない山道にひっそりと置かれているのを見ると、いい感じだなあと思います。
これが賑わいの中にあれば、さしたる思いもいたしません。
今回の歩道めぐり、ある意味、人が歩かないところを歩いてみる、そして確かめるといった感覚の延長でしょう。
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瀑泉さん (たそがれオヤジ)
2015-05-12 13:18:41
瀑泉さん、こんにちは。
今回の探索は、瀑泉さんレポの後追い確認+大難峠です。
無理やりに一本線にしてみましたよ。
少なくとも、あの範囲の中では、赤ペンキ追いでしょう。
二子山歩道とその足尾通りやらの関連は、私には荷が重過ぎで、後は瀑泉さんレポで追々、解明してください。
ただ、興味があるのは、あの植林の中の道型ですが、杉だか檜の木の葉に覆われていますが、あれを片付けたら、どんな道型が出てくるのかなと。
小難峠といえば、渡良瀬川対岸の、片マンプ付近を小難峠の場所としている本もありますね。
二子山歩道はかなり上まで続いていますので、そのかなり先で餅ヶ瀬やら唐風呂に下るというのでは、やっかいな峠越えの歩きになります。
思うに、801.2m三角点のやや東のポイントから北東に、沢筋を下ると考えた方が現実的かもしれません。
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