霊(たま)の十日間2
本、本、本。
森の木のように本が並んでいた。
その真ん中に、一人の男が腰掛けていた。腰掛けまで本である。
しかも著者はそのどれもが「石動鉋(いするぎかんな)」となっている。
健介の父は作家のようだった。著作で部屋が埋まりそうなほどである。
「よく来たね健介。父さんにすべてまかせておきなさい」
呆然として部屋に入る健介。
ドアはひとりでに閉まった。
……やばい。
そう思った時にはもう遅かった。
石動鉋の瞳がこちらを向く。
「猫の幽体か」
体が石になったように動かない。
『やぁ、猫の幽体がいったい何の用だい』と。
石動鉋の思念波が飛んで来た。
こちらも同じ波長の思念波で答える。
『ご心配なく。あなたの邪魔をするつもりはありませんよ』
『だったらいいんだけどね』
と。金縛りは解けた。存外、話のわかる男のようである。
「健介。疫幽(えきゆら)さんのところには猫でも居るのかい」
「な、なんで知っているんですか、お父さん」
驚いた様子で健介は言った。
「ははは。父さんはなんでも知っているよ。だから心配しなくていいんだ。悩んでいることがあるんだろう? 話してみなさい」
健介は安心した様子で語り出した。
「ぼ、僕……今日、ハナちゃんと木に登って遊んでたんです。それで、『あの枝まで行って先にタッチしたほうの勝ちだからね』って競争したんです。僕はすぐに着いて、まだずっと下のほうで戸惑っているハナちゃんに、『ハナちゃんも早く来なよ!』って急(せ)かしてしまったんです。ハナちゃんは、途中まで来たところで細い枝に体重をかけたせいで枝が折れて、体勢を崩して頭から落ちて行ったんです」
そして、その落ちる瞬間。
儚は、たまたま下で寝ていた霊(たま)にぶつかった。
というより。
二人の様子を上から眺めようとして睡眠状態になったその瞬間に、儚が落ちて来たんである。
まるで隕石と隕石が衝突するように。
霊の魂と儚の魂が衝突した。
その結果。
儚の魂が欠けて、その破片が霊の魂に癒着したのだ。
この時、霊に儚の魂のかけらがくっつかなければ。
魂だけの霊(れい)となった儚に、霊(たま)の姿は見えなかっただろう。
ただ普通に幽霊になっていたなら、彼女には疫幽の「人間」しか見えなかった。「猫」である霊(たま)が見えたのは、疫幽儚という人間の魂のかけらが霊の中に宿っていたからなのだ。
つまり、今そうやって見ているきみは、不完全な疫幽儚の魂なのである。
…………
私が――疫幽儚の魂。
少し、記憶の旅からはずれた。
疫幽家の人間だけでなく、猫の霊――血の繋がりのない者――が見えたのは、私(はかな)の魂の破片が霊に宿っているからだったのだ。
本来なら、血の繋がった家族しか見えなかった。
自分が疫幽儚の魂であることもわからず、私の体――
――そうだ。
私が疫幽儚なのなら。
今、疫幽の家にいるあの儚は何なのか。
体は儚だし、自分を儚だと自覚している、あの少女は一体……
その答えも霊(たま)は知っているのだろう……。
私、疫幽儚は再び霊の記憶に意識を集中した。
つづく
本、本、本。
森の木のように本が並んでいた。
その真ん中に、一人の男が腰掛けていた。腰掛けまで本である。
しかも著者はそのどれもが「石動鉋(いするぎかんな)」となっている。
健介の父は作家のようだった。著作で部屋が埋まりそうなほどである。
「よく来たね健介。父さんにすべてまかせておきなさい」
呆然として部屋に入る健介。
ドアはひとりでに閉まった。
……やばい。
そう思った時にはもう遅かった。
石動鉋の瞳がこちらを向く。
「猫の幽体か」
体が石になったように動かない。
『やぁ、猫の幽体がいったい何の用だい』と。
石動鉋の思念波が飛んで来た。
こちらも同じ波長の思念波で答える。
『ご心配なく。あなたの邪魔をするつもりはありませんよ』
『だったらいいんだけどね』
と。金縛りは解けた。存外、話のわかる男のようである。
「健介。疫幽(えきゆら)さんのところには猫でも居るのかい」
「な、なんで知っているんですか、お父さん」
驚いた様子で健介は言った。
「ははは。父さんはなんでも知っているよ。だから心配しなくていいんだ。悩んでいることがあるんだろう? 話してみなさい」
健介は安心した様子で語り出した。
「ぼ、僕……今日、ハナちゃんと木に登って遊んでたんです。それで、『あの枝まで行って先にタッチしたほうの勝ちだからね』って競争したんです。僕はすぐに着いて、まだずっと下のほうで戸惑っているハナちゃんに、『ハナちゃんも早く来なよ!』って急(せ)かしてしまったんです。ハナちゃんは、途中まで来たところで細い枝に体重をかけたせいで枝が折れて、体勢を崩して頭から落ちて行ったんです」
そして、その落ちる瞬間。
儚は、たまたま下で寝ていた霊(たま)にぶつかった。
というより。
二人の様子を上から眺めようとして睡眠状態になったその瞬間に、儚が落ちて来たんである。
まるで隕石と隕石が衝突するように。
霊の魂と儚の魂が衝突した。
その結果。
儚の魂が欠けて、その破片が霊の魂に癒着したのだ。
この時、霊に儚の魂のかけらがくっつかなければ。
魂だけの霊(れい)となった儚に、霊(たま)の姿は見えなかっただろう。
ただ普通に幽霊になっていたなら、彼女には疫幽の「人間」しか見えなかった。「猫」である霊(たま)が見えたのは、疫幽儚という人間の魂のかけらが霊の中に宿っていたからなのだ。
つまり、今そうやって見ているきみは、不完全な疫幽儚の魂なのである。
…………
私が――疫幽儚の魂。
少し、記憶の旅からはずれた。
疫幽家の人間だけでなく、猫の霊――血の繋がりのない者――が見えたのは、私(はかな)の魂の破片が霊に宿っているからだったのだ。
本来なら、血の繋がった家族しか見えなかった。
自分が疫幽儚の魂であることもわからず、私の体――
――そうだ。
私が疫幽儚なのなら。
今、疫幽の家にいるあの儚は何なのか。
体は儚だし、自分を儚だと自覚している、あの少女は一体……
その答えも霊(たま)は知っているのだろう……。
私、疫幽儚は再び霊の記憶に意識を集中した。
つづく
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