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別称(蔑称)、「暇人地獄」。たぶん駄文。フリマ始めました。遊戯王投資額はフルタイム給料の4年分(苦笑)。

ショートショート【Mくん家でたむろしてたら、おじさんが「テレビの受信料の件」で訪れた話】

2015年09月14日 22時58分39秒 | 小説系

【Mくん家でたむろしてたら、おじさんが「テレビの受信料の件」で訪れた話】

 ぴーん、ぽーん♪
 Mの家でチャイムが鳴った。部屋にいるのはMとボクだけである。
 うまく説明できないが、集合住宅で部屋番号で呼び出すアレだ。
 Mが応答すると、
『受信料の件で伺いました』とのこと。
 すかさず「何の受信料か聞いて」とボクは助言した。
「何の受信料ですか?」
『テレビの受信料です』
 Mはボクに「テレビの受信料ってある?」と問う。
「わからないけど、NHKじゃない?」と答えておいた。
「NHKですか?」
『……』
「あ、BSですか?」
 ……他人を疑うことを知らない善良な市民だった。Mの長所であり、心配の種でもある。
『はい、それも含めてテレビの受信料です』
「あ、はい、わかりました……」
 と、Mが戻ってきて再び「テレビの受信料ってなんやろね」と問うたので、「さぁね」とだけ応えた。
 まさかと思いつつ、「あ、ここに上がってくるの?」とボクは問う。
「うん、カギあけたけど……」
 すかさず、「お母さんに電話して」と言いながらドアに近づく。「テレビの受信料のこと聞いて。いま来た人の対応はボクがしておくから」
 Mの家庭の事情は詮索していないが、さっきまで母親が来ており、仲の良い親子で、Mがお母さん子であることは承知していた。テレビの受信料、そしてNHKかとの問いには一切答えなかったところで、NHKの人だということは想像がついていた。
 ぴんぽーん♪
 チェーンロック式ではないドアロックを起こして、応対する。
 ドアを半開きにすると、男が立ってこちらを見ていた。
「NHKの者ですが」
 開口一番に、男は名乗った。ここまで入り込めば「NHKだから断る」とは言えない、という算段だろう。
「あ、NHKの方ですか」すっとぼけたようにボク。
「そうです。今回こちらにお住まいの、新しく入られた方に受信料の案内をさせていただきます」
 その言葉で、閃いた。
「受信料……ですか?」
「はい」
「それは……」歯切れの悪いボク。
「NHKが受信料をいただいていることはご存知ですよね?」
「はい……」こういう時、ボクは押しに弱い。だがここはあくまでも代理で出たまでだ。気負う必要はない。
「こちら、受信料の納付は法律で義務付けられています。ですから―――」
「あ、あの。ボク……ここの者ではないんですが」
 相手からしたら意味不明の事態だったろう、少しのあいだ固まってしまった。
「……ボク、留守番をしているのですが」
 どうやら男はさっきここへ来る前に応答したMとボクとを同一人物として疑っていないようだった。こういう時、ボクはどうしてか「騙し切ってみせる」魂に火がつくのである。
「はあ……。そういうお客様もおられます、自分で出ておいてNHKと判った途端お宅の方でないと言われる方は多いですよ。ですが普通、ご本人様でないのに勝手にインターホンに出てここまで通しますか……?」
 ごもっとも。だがこの時のボクはもう騙し切ってみせるつもりで腹をくくっていた。そうしてまで守らねばならないような男なんである、Mは。
「あ、そうですか。常識がなくて……。すみません」
「いや、常識がどうと言うことではなくてですね……。けどご本人さんでしょう?」
 言い忘れていたが、40代の刑事と思えるほど凄みがある男だった。だから内心は怖くて仕方なかった。
「それは違います。留守番をしているんです」
 泥棒や空き巣がうっかり自分の家と間違えてここまで通してしまった、という妄想が一瞬よぎる。
「うーん。わかりました。認められないということでしたら仮にお客様としましょうか、あなたがそうだとは思いますが私はあなたではなくこの部屋の方に話しているとしましょうか」
 何言ってんだコイツ、と思った。その仮定に何の意味があるのか、と。
「だから違いますって」
「ではどういったご関係ですか」
「友人です」
「ご友人ですか、わかりました。ですが留守中に勝手に招き入れて、本人じゃないと言い張るんですか。さっきはそんなこと言わなかったのに、NHKだとわかってから態度が変わりましたよね」
 コイツは馬鹿なのだろうか。
 凄くやり手の敏腕セールスマンに見えるが、自ら「NHKということを理由に身の振りを変えるなんて、それは差別じゃないですか?」という馬鹿な小学生みたいなことを言っている。
 自らはNHKかどうかを濁したままここまで入ってきて言うことがそれとはもう本末転倒。ここまでくれば勝ったも同然、という腹なのだろうか?
 余程、自信家なようだ。
 ならばこちらもその土台に立とうじゃないか。
 ちなみに言えば、初めから態度は変わっていない。人が入れ替わっただけのことである。
「それは……」正直に”態度を変えていないことを説明”しても埒が明かないだけに、つい言い淀んでしまった。「でもさっきは、NHKかどうか聞いたときに違うようなことを言われていたじゃありませんか」
「いや、ですがBSのこともありますので」
「ともかく本人は外に出ていますので、受信料のことを他人のボクが勝手に決められませんので」
「では、なんでここに通したんですか」
「それはインターホン越しでは話しづらいと思ってお通ししました。説明を聞こうと思って。ダメですか? 常識が無いので、すみません」ボクは障害等級2級である。
「ああ、いや、普通は……ねぇ? まぁ、わかりました。そしたら何時にお帰りですか、また来ますので。ご友人で家を預かっているのなら、当然聞いているでしょう?」
 まだ疑うか。「……」ボクはしばらく言い淀んでしまった。「時間は遅いですよ? そちらもお仕事の時間があるでしょう?」苦肉の策。
「遅いというのは何時ですか?」
「……22時、です」嘘を吐くのは本意ではないがそういう設定にしてしまったことが悔やまれる。
「そうですか、でしたら大丈夫です。その時間帯でしたらまだここらを飛び回っていますので」
 恐ろしいな。
「あ、そうしてください」ここはあっさりとそう言える。
「え。はぁ、わかりました。しかしそれが本当でも、受信料は払っていただかなくてはいけませんので」
「はい、本人に伝えます」
「あの、いいかげん認めていただけませんか。あなたがこちらにお住まいなんでしょう? 違うにしても、あなたも他人事ではないんですよ? 何度も言いますが受信料は法律で―――」
「払ってますよ? ボクは」
「……?」しばらく時が止まる。「……え? そうなんですか?」
 空気を読めない人間であるボクにさえ、あわてているのが判る。
「はい」笑顔。
 生きる意味、生きるための必要最低限の自信。それを持ち得ない自分にだって、これだけは自信を持って言えることだった。すべてはこの事実だけ。それだけが”支え”だった。
「ちなみにどちらにお住まいか教えていただいても―――」
 ようやく答え易い質問である。流れが変わったのが見てとれた。
「叺朋町です」
「叺朋町ですか……お名前は?」
「”キズノ・イタミ”です」
「え? きずのさん。叺朋町の、きずのさん、ですね………」と言いながらiPadで検索するしぐさをしはじめる。
「はい、そうです」と強気に念を押すボク。嘘は言っていない。
 男はしきりに検索するしぐさをしながら続けた。
「きずのさん。はぁ……まぁ、そこまで言われるのでしたらいずれにせよ確認するまでもなくご友人というお話は本当なんでしょうねぇ……」
「そうですけど」
「はい、……わかりました。それではまた、まぁ、実際には22時には来ませんが、日を改めて近いうちに参りますので。ご本人にお伝えください」
「わかりました」
 NHKの男はようやく、その場を後にした。
 バタン。

 はぁ、怖かった……。
 ちなみにMの母親によれば、障害等級が1級なのでそもそもNHK受信料は非課税だったらしい。
 ……またいらん嘘を吐いて頑張って。オレらしいね、ね? 実に(苦笑)。


 

 



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