暇人に見て欲しいBLOG

別称(蔑称)、「暇人地獄」。たぶん駄文。フリマ始めました。遊戯王投資額はフルタイム給料の4年分(苦笑)。

【目眩く儚い日々はこんな】第拾捌夜

2009年10月10日 19時46分19秒 | 小説系
     生贄(いけにえ)

 私、疫幽儚(えきゆらはかな)は生きている。
 記憶を無くしていたらしく、元に戻った私のことを家族は喜んでくれた。
 お母さんなんて泣きじゃくって。
 おかえりー! と。
 ギューッと、私は抱き締められた。
 ただ……
「健介くんは不幸があってね……」
 石動健介の葬式。
 遺影の中で、健介くんは穏やかな笑みを称(たた)えていた。
 思い残したことは何もない、と。
 そう語っているような、人を安心させるような笑みで……。
 石動健介の葬式で、泣く者はいなかったという。

 初めて見る健介くんのお父さんは、鋭い瞳で一度だけ、こちらを見た。
 その時。
『ハナちゃん、元気でね』
 そんな健介くんの声が、聞こえたような気がした。
 いやにはっきりとした空耳だった。
 元気でね……か。
 うん、元気に頑張るよ。健介くんのぶんもね。
 ありがとう。

 にゃあ……と。
 霊(たま)が運ばれてゆく棺桶に向かって鳴いた。
 猫にも、人の死がわかるのだろうか。健介くんの死が……。
 うちに他人が来るたびに姿を晦(くら)ましていた霊が、今日はどうしてだか人前に出て来ていた。
 そのことに驚いて、健介くんが死んだことから意識が外れた。
 健介くんは柩(ひつぎ)の中で眠っていた。
 私は、健介くんが死んだということを実感できなかった。
 健介くんはただ外国に行ってしまったのだと。
 ただそれだけのような、そんな気がして……。
 夏が終わり秋がその深みを増す。
 暑さは過ぎ、すっかりと涼しくなった。
 朝晩は冷える。
 そんな時期だった。
 健介くんさようなら。
 そして私は強くなる。
 いつも助けてもらっていたから。
 これからは一人で頑張ろう。
 それ以来、健介くんはずっとずっと、笑顔だった。
 どんなときも、
 ずっと、ずっと。
 ただ――笑っていた。

               <了>

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