生贄(いけにえ)
私、疫幽儚(えきゆらはかな)は生きている。
記憶を無くしていたらしく、元に戻った私のことを家族は喜んでくれた。
お母さんなんて泣きじゃくって。
おかえりー! と。
ギューッと、私は抱き締められた。
ただ……
「健介くんは不幸があってね……」
石動健介の葬式。
遺影の中で、健介くんは穏やかな笑みを称(たた)えていた。
思い残したことは何もない、と。
そう語っているような、人を安心させるような笑みで……。
石動健介の葬式で、泣く者はいなかったという。
初めて見る健介くんのお父さんは、鋭い瞳で一度だけ、こちらを見た。
その時。
『ハナちゃん、元気でね』
そんな健介くんの声が、聞こえたような気がした。
いやにはっきりとした空耳だった。
元気でね……か。
うん、元気に頑張るよ。健介くんのぶんもね。
ありがとう。
にゃあ……と。
霊(たま)が運ばれてゆく棺桶に向かって鳴いた。
猫にも、人の死がわかるのだろうか。健介くんの死が……。
うちに他人が来るたびに姿を晦(くら)ましていた霊が、今日はどうしてだか人前に出て来ていた。
そのことに驚いて、健介くんが死んだことから意識が外れた。
健介くんは柩(ひつぎ)の中で眠っていた。
私は、健介くんが死んだということを実感できなかった。
健介くんはただ外国に行ってしまったのだと。
ただそれだけのような、そんな気がして……。
夏が終わり秋がその深みを増す。
暑さは過ぎ、すっかりと涼しくなった。
朝晩は冷える。
そんな時期だった。
健介くんさようなら。
そして私は強くなる。
いつも助けてもらっていたから。
これからは一人で頑張ろう。
それ以来、健介くんはずっとずっと、笑顔だった。
どんなときも、
ずっと、ずっと。
ただ――笑っていた。
<了>
私、疫幽儚(えきゆらはかな)は生きている。
記憶を無くしていたらしく、元に戻った私のことを家族は喜んでくれた。
お母さんなんて泣きじゃくって。
おかえりー! と。
ギューッと、私は抱き締められた。
ただ……
「健介くんは不幸があってね……」
石動健介の葬式。
遺影の中で、健介くんは穏やかな笑みを称(たた)えていた。
思い残したことは何もない、と。
そう語っているような、人を安心させるような笑みで……。
石動健介の葬式で、泣く者はいなかったという。
初めて見る健介くんのお父さんは、鋭い瞳で一度だけ、こちらを見た。
その時。
『ハナちゃん、元気でね』
そんな健介くんの声が、聞こえたような気がした。
いやにはっきりとした空耳だった。
元気でね……か。
うん、元気に頑張るよ。健介くんのぶんもね。
ありがとう。
にゃあ……と。
霊(たま)が運ばれてゆく棺桶に向かって鳴いた。
猫にも、人の死がわかるのだろうか。健介くんの死が……。
うちに他人が来るたびに姿を晦(くら)ましていた霊が、今日はどうしてだか人前に出て来ていた。
そのことに驚いて、健介くんが死んだことから意識が外れた。
健介くんは柩(ひつぎ)の中で眠っていた。
私は、健介くんが死んだということを実感できなかった。
健介くんはただ外国に行ってしまったのだと。
ただそれだけのような、そんな気がして……。
夏が終わり秋がその深みを増す。
暑さは過ぎ、すっかりと涼しくなった。
朝晩は冷える。
そんな時期だった。
健介くんさようなら。
そして私は強くなる。
いつも助けてもらっていたから。
これからは一人で頑張ろう。
それ以来、健介くんはずっとずっと、笑顔だった。
どんなときも、
ずっと、ずっと。
ただ――笑っていた。
<了>
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