暇人に見て欲しいBLOG

別称(蔑称)、「暇人地獄」。たぶん駄文。フリマ始めました。遊戯王投資額はフルタイム給料の4年分(苦笑)。

【目眩く儚い日々はこんな】第壱夜~第伍夜

2009年10月11日 22時29分23秒 | 小説系
――めくるめくはかないひびはこんな――




 気がつくと、ここにいた。
 どこなのかはわからない、黒の世界。闇の中。
 ただ、自分には複数の人間が、見てとれた。
 複数人を同時に眺めることも、一人だけに意識を集中することもできた。
 小説で言うところの神の視点とかいうやつか。
 私にはそれができた。
 一人の人に意識を集中させてやると、その人のステータスがわかった。
 たとえば疫幽伸子(えきゆらのぶこ)81歳。女性。血液型はO型。娘と孫が一人ずついる。
 と、この程度の情報なら、難無く読み取ることができた。
 無論、性別は見れば判別できるだろうが。
 しかし最近の人といったら、見た目と中身が違う場合も少なからずあって。
 腐男塾の緑川狂平くんなんて、その最たるものだ。顔も声も完全に女の子なのに、性別はと聞くと、「自分、男っす」と言う。
 いやいやどう見たって女の子なんである。
 細いし。
 それはさておき。
 私(自分では性別もわからない)に見えるのは、どうも疫幽家だけらしかった。
 伸子の娘の貞子(さだこ)42歳に、婿養子の好男(すきお)40歳、ペットの霊(たま)1歳。
 私に見えるのは彼らより他なかった。
 ただし、彼らのうちの誰かだけに意識を持っていくと、その人の世界のすべてが見て取れるのである。
 どうして自分にそのような能力があり、食事もせず休みも取らずに活動できるのかは判然としないのだが。他人の世界を体験できるというのは、いやに面白いもので……。
 そして一つだけはっきりしていることがある。
 私は猫ではない。
 吾輩は猫である、ではないわけだ。
 なぜそれがわかるのかというと。
 それは霊(たま)1歳に意識を落とした時の世界の在り方が、ひどく滑稽だからである。






     霊(たま)の場合

 霊に意識を移した時、言いようのない雰囲気に呑(の)まれることになる。
 それでは、よいしょっと。
 …………。
 家の中、人間で言うところの静寂の中にあって、しかし色々な音が聞こえてくるし、様々な匂いも立ち込めている。
 空気感、とでも言えばいいのだろうか。たくさんの音と匂いはないまぜとなり、一つの世界を構築している。
 振り子のついた大きな柱時計の秒針が、金切り声を上げて進んでいる。
「ゥグウイィ…………ゥグウイィ…………」
 人間になっている時より数段遅く、スローモーションですべてが動いていた。
 伸子や貞子が歩くたびに、
「ずぅぎいぃ」と床が鳴る。
 耳障りな音なので、霊はあまり家にいない。
 かと言って外を散策するのも億劫(おっくう)であった。
 なぜなら霊はまだ若い、子猫だ。野良となった大人猫たちは大きくて恐ろしい。外に出ると、先輩猫さんたちがひしめいており、その強い眼(まなこ)に圧倒される。
 だから霊は安全な、疫幽家の敷地内で過ごすことが多かった。
 疫幽の家は広い。
 広い家に広い庭があって、池とか灯籠(とうろう)とか、ししおどしまである。
 霊は庭のししおどしの音が、存外気に入っていた。
「かっつん……こっつん」
 この妙な間(ま)が、渋くて味わいぶかい。
 季節によっては水を通さないので、この音が聞けるのは秋だと決まっていた。
 夏の、風鈴の音もまたよいものだが、同時に鳴く蝉たちの声がいらだたしくて好まないのであった。
「あぁ、いい暇だなぁ……」
 人間にはにゃあとしか聞こえないらしい言葉を吐き出してみる。
 この時期は一生が繁殖期である蝉たちが忙しくないので、静かで、陽射しも幾分やわらかく、ひなたぼっこにはちょうどよい。
 もしも猫である自分に趣味があるとするなら、それは眠ることだと言うしかなかろう。
 眠ることほど愉(たの)しいことはない。
 現実から逃れて、夢の世界に旅立つ。
 窮屈な現実を忘れ、自由で美しい夢の国を体験する。
 ……と。
 せっかく眠ろうとしたのに、珍しく今日はお客が来たようである。
「るいぃん、るいぃん」
 鈴の音が来客を告げていた。




     貞子の場合

 リンリンとベルが鳴った。
 貞子が昨日電話で話していた相手だろう。
 では、貞子に意識をもっていこう。
 よいしょっと。
 …………。
「あぁ、健介くんだわ」
 そう言って、貞子は長い黒髪を前に垂らしてから玄関に向かった。
 ほとんど前が見えない。
 が。それが来客を出迎える時の基本スタイルだった。
 なぜなら彼女は人と目を合わすことが極端にニガテだったからだ。
 廊下で霊とすれ違う。
 どうやら自分の部屋でおとなしく隠れていることに決めたようだ。それが来客時のいつもの行動だった。
 玄関の戸を開ける。
「こんにちは、おばさん」
 まだ年若い、優しい声音(こわね)だった。
「健介くん、いらっしゃい。とりあえず客間にいらして」
 健介と呼ばれた少年は勝手知ったる家らしく、よどみなく客間へ進み、ソファーに腰掛けた。
 自分と少年の分のお茶を机に出す。
「あ、どうも」
 少年は歳のわりに上品に、茶を口に運んだ。
「お菓子はこれで良かったかしら」
 と、貞子。何度も訪ねて来た相手なので、菓子の好みはわかっていた。
「いつもいつもすみません。ところでお話というのはですね……」
 少年――健介は、菓子には手を付けず、本題を切り出した。
「ハナちゃんの写真がうちの隅から出て来たので、良かったらどうぞ」
「まあ……!」
 ハナちゃんというのは、娘の儚(はかな)のことである。
 夏の終わり、ひぐらしの鳴く頃に、娘は死んだ。
 まだ死んで十日と経っておらず、蝉が鳴き止んで久しくなかった。
 写真の中で、その名のとおり儚げな微笑をたたえている。長い黒い髪が風にたなびいている。
 健介くんは儚の、いわゆる幼なじみだった。
 ――疫幽儚(えきゆらはかな)。
 大事な一人娘だった。
 明るくはないが、微笑の似合う朗(ほが)らかというか和やかな少女だった。
 他人(ひと)に恨まれるようなことは決してなく、人の話はむしろ率先して聞く子で、学校でも静かでまじめに授業を受けていたという。
 担任の先生が、「疫幽は優等生ですよ。それでいて静かでおとなしくて、おしとやかな生徒ですよお母さん」と、三者面談の時に話していたのを思い出す。
 もちろんお世辞もあるだろう。
 しかし、貞子の知る限りにおいて、自分の娘が何か問題を起こしたという話は聞いたことがなかった。
「……おばさん。すみません」
 最初、健介の言っている意味がわからなかった。
 貞子は知らずのうちに、涙を目に溜め、溢れさせていたんである。
 正直、まだ死んだという実感はなかった。
 葬式もまだしていない。準備を始めてすらいない。
 なぜならまだ遺体が見つかっていないからである。
 と言うよりも。
 疫幽儚(えきゆらはかな)の死体は一度見つかって、その後、行方を眩(くら)ましたのだ。




     最初の記憶

 気がつくと、ここにいた。
 ここ……どこ?
 知らない。
 ただ、暗かった。
 夜……? ではない。
 だんだんと、闇が揺らいでゆく。
 最初に見たのは、そう。
 死体だった。

 眼前。
 目の前に、青白く美しい少女が倒れていた。
 質素な服装の、黒い髪の女の子。長い黒が、無造作に乱れていた。
「はかな!」
 疫幽(えきゆら)貞子が言った。
 そう。少女の名前は、
 ――疫幽儚(えきゆらはかな)。
 自分が誰なのかはわからないのに、そうであることは判然としていた。
 見えているのは儚(はかな)という少女と、それが横たえられている玄関。
 儚の母、貞子は声が聞こえるだけである。
 …………。
 どうも視界が低い。
 見上げると、貞子の何が起こっているのという顔が見えた。
「おばさん、ハナちゃんが!」
 背後で少年の声がそう叫ぶのを聞いた。
 振り向く。
 そこには目に涙を浮かべた悲痛な少年の顔があった。
 ハナちゃんというのは、この死体――疫幽儚の愛称である。
 それも、当然のようにわかった。
 今夜は冷える。
 夏の風物詩、蝉のうるさい鳴き声もほとんど聞かなくなった。
 もう、夏も終わりのようだった。
 そして、ここにも一つ、命の終わりが、あった。
 貞子と少年の心音が聞こえる。
 しかし目の前の少女からは、命の鼓動が聞こえない。
 そう。だから、死んでいる。
 疫幽儚は、死んでいる。

 すでに視界は明確に、物の輪郭を結んでいる。焦点が合っている。
 しかし、様子が妙だ。
 まだ意識が寝てでもいるのか、すべてにもやがかかったような。
 そして立ち込める異臭。
 死臭ではない。
 人間の体臭や靴の臭い、そして夕飯の匂いなどが、ないまぜとなっていた。
 さらには人間の声や物音。
 本来とは違う聞こえ方をしているように思う。
 すべてがスローモーションになったような。
「ふぁあかなあぁ!」
 再び貞子が叫んで、儚を抱きしめた。
 その動作ものろい。
 きぬ擦(ず)れの音もどこか違う。
 頭が混乱する。
 そして、近くの鏡を見つけた。
 正面に映ったのは、一匹の子猫。
 あぁ……そうだ。
 この体は猫の霊(たま)、1歳だった。
 もうわかる。
 夢のようだが、夢じゃない。
 …………。
 もう、出よう。
 よいしょ……と。

 霊(たま)の体から抜けると、暗闇の世界に出た。
 どこなのかは、もうわかる。
 ここは、疫幽の家だ。
 闇の中にぽつぽつと光って見えるのは、すべて疫幽の家の人間。
 あと子猫の霊(たま)も見える。
 さっき見た少年の姿は無い。
 彼は疫幽の人間ではないのだろう。
 性別は不明だが、なぜか、自分が猫でないことはわかった。
 感覚が違いすぎた。
 猫の見ている世界と人間の見ている世界とは、かなりズレているのである。
 さて。
 私は何者なのだろうか。
 なぜこの家族しか見えないのか。
 謎は多いが、私は自分のことよりも、あの死体――疫幽儚のことが気になって仕方がなかった。
 こうして闇の中にいると、家具すら見えないので困る。
 だからとりあえず、なぜか白装束な貞子の意識に潜伏することに決めた。
 よいしょ……と。
 ……しかし。
 残念なことに、貞子は気を失っていた。
 娘の死体を目の当たりにして、ショックで気絶したようである。
 しばらく、暗闇の中にいた……。

 それが、私の最初の記憶。




     好男(すきお)の場合

 今度は儚の父、好男の意識に入り込み、あの時のことを思い出してみた。
 私の力では過去を十日までの範囲で遡(さかのぼ)って見ることができるのだ。

 いつもの時間になっても、貞子の「夕飯の支度ができましたよ、ご飯にしましょう」の声がなかった。
 不思議に思い台所に行くと、料理はちゃんとできていた。あとは盛り付けるだけ、といったところだ。
 そういえばさっき、呼び鈴が鳴った。来客を迎えているのか、玄関で立ち話でもしているのだろうか。
 先に食べると怒られそうだったので、とりあえず貞子を探しに玄関へと向かった。
 すると。
「貞子!」
 妻が倒れていた。
 触れてみると温かい。息もしている。脈もある。
 どうやら気絶しているだけらしかった。
 はぁ……と、安堵のため息をつく。
 しかし何が起きたのだろう、こんなところで気絶するなんて。
 試しに揺すってみると、
「んん……」と、貞子は目を開けた。
「おい、お前。どうした、ここでなにがあったんだ?」
「あ、あなた……」
「おう、俺だ。大丈夫か?」
 目を見開く貞子。
「あなた! 儚が! 儚が……?」あたりを見回す。「儚は……?」
「ハナの奴、出掛けたままじゃないのか?」
「ううん」柱時計を見る。「さっき、6時に呼び鈴が鳴って、玄関に来たら儚が倒れてて……」
「ハナが倒れてた……? どこにもいないじゃないか」
「いたの! いたのよ。でも……」視線が落ちる。
「でも、消えたってのか?」
「そうだけど……それだけじゃなくて」息を飲む。
「あの子……死んでいた……」
「は? おいおい、冗談はやめてくれよ! あいつが死んだなんて……」
「冗談でそんなこと言うわけないじゃない! 呼吸も脈も止まってたのよ!?」
「そ、そうか。でも死体なんてどこにもないじゃないか」
「…………」
「あぁ……消えたってんだったな。しかしよう、どうしてちゃんと見てなかったんだ?」
「……ごめんなさい。ショックで気絶してしまったみたい……」
「そうか……」
 死体を実際には見ていないぶん、好男には余計に娘が死んだ、という実感がなかった。
 と。
 思い当たる。
「おい貞子。死体がどうやって家に入って来るってんだい?」
 そう、死体がひとりでに動くわけはないのだ。
「あぁ……そういえば!」思い出す。「健介くんが来ていたわ!」
 なるほど。死体を運んで来たのはあの坊主か。
 だったら彼に聞くしかない。
 もしも彼がまた娘を連れ出したのなら、まだそう遠くへは行っていないはずだ。
 そう思い、家の近くの道を探した。
 しかし見つけることはできなかった。
 道すがら見つかるかも知れないので、好男は直接家まで訪ねて行くことにした。
「探してくる。お前は家で待ってろ」
 そう言い置いて、車を出す。
 時刻は夜の6時半をとうに過ぎている。
 早くも日が暮れようとしていた。
 道と言っても土の道だった。
 この地域はまだまだ未開の土地で、道路が舗装されていないのである。
 つちけむりをあげながら、車は健介の家へと向かった。

 途中に人影はなかった。
 と言っても、健介の家はかなり近い。わざわざ車で来なくてもよかったのに、自分は一体何をやっているのだろう。
「ごめんくださーい!」
 健介の家のインターホンは壊れているようでなかなか応答がなかった。だから、戸を叩いて叫ぶしかなかった。
 辺りはもうすっかり闇に包まれている。
 森も静かで、ただコオロギが鳴いていた。
「はーい」
 何度目かの呼び掛けに、ようやく応答があった。健介の母が玄関を開けた。
「夜分にすみません。健介くん、いらっしゃいますか」
「あら、疫幽さんとこの旦那さん。健介なら今、お風呂に入っていますが、なにか?」
 食後に入浴。ちょうどそんな時間帯だった。
「そうですか。あの、健介くんに直接聞きたいことがあるんですが」
「もう夜ですよ? 明日になさって下さいません? それとも何か急ぎの用でもあるんですか?」
「はぁ……。あの、うちの儚のこと、ご存知ないですか?」
「はい? 儚ちゃんがどうかされたんですか?」
「……あぁ、いえ。帰りが遅いもので……」
「それは心配ですね、もう暗いのに。あとで健介にも聞いてみます。またお電話差し上げますわ」
「はい……よろしくお願いします」
 段々と、自信がなくなる。
 あの坊主は何事もなく帰宅しているらしい。
 ではさっき家に来たというのは何かの間違いなのだろうか。
 ハナが死んだというのも間違いなのだろうか。
 すべて、貞子が見た白昼夢だったのか。
 だとすれば、筋が通る。
 なにより、娘が死んでいるということが、好男には信じられなかった。

 その後、健介くん本人から電話があったが、儚とは夕方まで遊んで森で別れたということだった。
 翌日には家に訪ねて来てくれて、
「ハナちゃん、早く戻って来るといいですね。大丈夫、そのうちひょっこり帰って来ますよ」
 と、愛想よく言っていた。




     つづく

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