通信
「吾輩は猫である」
と。
急に不意に突然に、誰かの声がした。
「あ、やっとチャンネルが合ったみたいだね」
子供……男の子の声がそう言った。
この闇の世界には自分しかいないはずなのに、一体全体誰が……?
「そんなに動揺したら波長が乱れてしま……よ。いまかろうじて繋がった……なんだ。……の声に集中して……」
誰……?
「はじめまして、僕は霊(たま)だよ」
霊……? 猫がしゃべっているとでも言うのか。
自分を霊だと名乗る声の唐突な登場に、私は困惑していた。
「いしきを……しゅうちゅう……して」
そうだ。どうせこのままでは何もわからないままなのだ。それにもともと、私は迷子のようなもの。何か手掛かりが欲しい。そのとっかかりにでもなればいい。私には情報が不足している。だからこの声の主がたとえ頭のおかしな人だったとしても、話は聞くべきなのではないか。
一人で悩んでいてもわからないままだろう。とりあえずここは、この声の主の話を聞いてみてもいいかもしれない……。
そして、私は声に集中した。
「オーライ。その波長だよ、そうでなければ僕の声はきみに届かない」
波長……電波かなにかなのか。
「携帯電話(ケイタイ)みたいな物だと思えばいい」
私はケイタイなんて持っていないが。
「大丈夫。総(すべ)ての知的生命体にあらかじめ備わっているものだから」
猫が知的生命体だと言うのか。
「猫にだって知性はある。そうでなければ、『吾輩は猫である』なんて言葉は存在しない」
あれは漱石(そうせき)の空想だろう。
「あぁ、空想だ。でも、何もないところから煙りは立たない。何かが生まれるということは何かしら原因があるということだよ。まぁいいさ。こっちは僕が存在していることさえ認めてくれればいいんだからね」
一応認める。何もないところから声は発生しない。猫であるかどうかは別問題として。
「そうでなきゃね」
私はあなたが誰だろうとどうでもいい。ただ知りたいことはたくさんある。あなたがそれを知っているかは知らないけれど。
「知っているよ。きみが自分の正体を知らないということも」
なにもかも筒抜けということか。
「いまはね。普段はこんな面倒なことはしないんだ。眠ることが趣味だからね」
それがなぜ今こうしてコンタクトを取っている……?
「きみがもたもたしているからだよ。早くしなければいけない事態になっているんだ。本来、これはやってはいけないことになる。でも僕は免許を取ったから可能になった」
それが猫の世界のシステムか。
「オーライ、その通りだよ。なんて、もたもたしちゃいられない。時間は限られているんだ。いいかいヒントをあげるよ。霊の過去を見るといい」
霊の過去……そういえばまだ、霊の過去は探っていなかった。
「早くしないと十日経ってしまうから」
そう言い残して、声は黙った。
迂闊(うかつ)だった。
まだ手掛かりはあったのに、私は気づかなかったんである。
早速、霊に意識を集中させた。
途端に闇に呑(の)まれる。
何も見えないし何も聞こえない。
……あぁそうか。
霊はまだ、眠っていたんである。
それはさておき、これまで霊に入った時、霊は物事を考えていたではないか。
夏は蝉がうるさくて嫌だとか秋はししおどしの音が味わい深いだとか。
人間にはにゃあとしか聞こえない声で言ってみるだとか。
霊の言動は、知性を持っていると判断するのに充分なものだった。
つまりさっきの声も、本当に霊であるのかもしれない。
そんなことを考えながら、私は霊が起きるのを待つ。
しかし、眠っている状態でどうしていまのようなことができるのか。
はたまた、会話の直後に眠ったのか。
私は少し混乱しながら、霊が起きるまで、他に何かできないだろうかと頭をめぐらせた。
つづく
「吾輩は猫である」
と。
急に不意に突然に、誰かの声がした。
「あ、やっとチャンネルが合ったみたいだね」
子供……男の子の声がそう言った。
この闇の世界には自分しかいないはずなのに、一体全体誰が……?
「そんなに動揺したら波長が乱れてしま……よ。いまかろうじて繋がった……なんだ。……の声に集中して……」
誰……?
「はじめまして、僕は霊(たま)だよ」
霊……? 猫がしゃべっているとでも言うのか。
自分を霊だと名乗る声の唐突な登場に、私は困惑していた。
「いしきを……しゅうちゅう……して」
そうだ。どうせこのままでは何もわからないままなのだ。それにもともと、私は迷子のようなもの。何か手掛かりが欲しい。そのとっかかりにでもなればいい。私には情報が不足している。だからこの声の主がたとえ頭のおかしな人だったとしても、話は聞くべきなのではないか。
一人で悩んでいてもわからないままだろう。とりあえずここは、この声の主の話を聞いてみてもいいかもしれない……。
そして、私は声に集中した。
「オーライ。その波長だよ、そうでなければ僕の声はきみに届かない」
波長……電波かなにかなのか。
「携帯電話(ケイタイ)みたいな物だと思えばいい」
私はケイタイなんて持っていないが。
「大丈夫。総(すべ)ての知的生命体にあらかじめ備わっているものだから」
猫が知的生命体だと言うのか。
「猫にだって知性はある。そうでなければ、『吾輩は猫である』なんて言葉は存在しない」
あれは漱石(そうせき)の空想だろう。
「あぁ、空想だ。でも、何もないところから煙りは立たない。何かが生まれるということは何かしら原因があるということだよ。まぁいいさ。こっちは僕が存在していることさえ認めてくれればいいんだからね」
一応認める。何もないところから声は発生しない。猫であるかどうかは別問題として。
「そうでなきゃね」
私はあなたが誰だろうとどうでもいい。ただ知りたいことはたくさんある。あなたがそれを知っているかは知らないけれど。
「知っているよ。きみが自分の正体を知らないということも」
なにもかも筒抜けということか。
「いまはね。普段はこんな面倒なことはしないんだ。眠ることが趣味だからね」
それがなぜ今こうしてコンタクトを取っている……?
「きみがもたもたしているからだよ。早くしなければいけない事態になっているんだ。本来、これはやってはいけないことになる。でも僕は免許を取ったから可能になった」
それが猫の世界のシステムか。
「オーライ、その通りだよ。なんて、もたもたしちゃいられない。時間は限られているんだ。いいかいヒントをあげるよ。霊の過去を見るといい」
霊の過去……そういえばまだ、霊の過去は探っていなかった。
「早くしないと十日経ってしまうから」
そう言い残して、声は黙った。
迂闊(うかつ)だった。
まだ手掛かりはあったのに、私は気づかなかったんである。
早速、霊に意識を集中させた。
途端に闇に呑(の)まれる。
何も見えないし何も聞こえない。
……あぁそうか。
霊はまだ、眠っていたんである。
それはさておき、これまで霊に入った時、霊は物事を考えていたではないか。
夏は蝉がうるさくて嫌だとか秋はししおどしの音が味わい深いだとか。
人間にはにゃあとしか聞こえない声で言ってみるだとか。
霊の言動は、知性を持っていると判断するのに充分なものだった。
つまりさっきの声も、本当に霊であるのかもしれない。
そんなことを考えながら、私は霊が起きるのを待つ。
しかし、眠っている状態でどうしていまのようなことができるのか。
はたまた、会話の直後に眠ったのか。
私は少し混乱しながら、霊が起きるまで、他に何かできないだろうかと頭をめぐらせた。
つづく
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