私の場合
伸子の考えはもうわかったので、彼女の意識から出ることにした。
よいしょ……と。
もう慣れた闇の中。疫幽家の人間達だけがぽつぽつと見える。
伸子は、貞子が夢を見ていただけなのだと結論づけた。
それも無理もない話だった。
さて。
貞子が混乱しているのは明らかだし、好男(すきお)はまだ寝ているし、霊(たま)もさっき眠ったばかりだ。
眠っている状態の意識に入っても何も見えないのは知っている。
だからとりあえず、情報の整理が必要だろうと、私は考えた。
十日前、疫幽儚(えきゆらはかな)は死んでいた。
幼なじみの健介が、死体となった彼女を運んで来たのである。。
その時、私は霊の意識の中にいた。
最初の記憶が霊だった。
最初に見たのが死体だった。
これを客観的に結び付けるならば。
私……この私こそが、疫幽儚なのではないか……?
生前の記憶は受け継がれず、未練があって成仏できず、疫幽家に宿っている。特に子猫の霊に愛着があったので、霊の中に入ってしまった。
そう考えるのがもっともらしいのではないか。
だが、疫幽儚は生き返った。
いつ、どこで、どのようにして……?
わからないが、たしかに今。
疫幽儚は生きている。
だが、それにしてもなぜ、私は儚の意識に入り込めないのだろうか。
彼女は疫幽の人間なのに……。
それとも、例外がある、ということなのか。
そして、それにしても怪しいのは、健介である。
健介は死体となった儚を連れて来た。そして死体とともに消えた。
彼は、死体を連れて来て何がしたかったのか。そしてどうして嘘をついているのか。
この空白の十日間に、一体何が起きたのか。
結局的に私は何なのか……。
謎が謎を呼ぶ。
そうして。
なにもわからないまま、ただいたずらに、たんたんと時間だけが過ぎてゆく。
秋の夜長。それがようやく、終わろうとしていた。
……と。
なんだろう。何か、違和を感じた。
「………………」
何かの音。
そういえば、この闇にいる間に、音が聞こえたことなど一度もなかった。
疫幽の人間が見えるだけで、他は何もない空間だった。
「…………」
いま初めて音を聞いた。
なんだろう。
なにか、さーっというような音。すなあらし?
いや、音というよりも、声……だろうか。
微(かす)かなその声は、段々とはっきりしていく。
断続的なその異音に、私は耳を傾けようと、意識を集中させた。
つづく
伸子の考えはもうわかったので、彼女の意識から出ることにした。
よいしょ……と。
もう慣れた闇の中。疫幽家の人間達だけがぽつぽつと見える。
伸子は、貞子が夢を見ていただけなのだと結論づけた。
それも無理もない話だった。
さて。
貞子が混乱しているのは明らかだし、好男(すきお)はまだ寝ているし、霊(たま)もさっき眠ったばかりだ。
眠っている状態の意識に入っても何も見えないのは知っている。
だからとりあえず、情報の整理が必要だろうと、私は考えた。
十日前、疫幽儚(えきゆらはかな)は死んでいた。
幼なじみの健介が、死体となった彼女を運んで来たのである。。
その時、私は霊の意識の中にいた。
最初の記憶が霊だった。
最初に見たのが死体だった。
これを客観的に結び付けるならば。
私……この私こそが、疫幽儚なのではないか……?
生前の記憶は受け継がれず、未練があって成仏できず、疫幽家に宿っている。特に子猫の霊に愛着があったので、霊の中に入ってしまった。
そう考えるのがもっともらしいのではないか。
だが、疫幽儚は生き返った。
いつ、どこで、どのようにして……?
わからないが、たしかに今。
疫幽儚は生きている。
だが、それにしてもなぜ、私は儚の意識に入り込めないのだろうか。
彼女は疫幽の人間なのに……。
それとも、例外がある、ということなのか。
そして、それにしても怪しいのは、健介である。
健介は死体となった儚を連れて来た。そして死体とともに消えた。
彼は、死体を連れて来て何がしたかったのか。そしてどうして嘘をついているのか。
この空白の十日間に、一体何が起きたのか。
結局的に私は何なのか……。
謎が謎を呼ぶ。
そうして。
なにもわからないまま、ただいたずらに、たんたんと時間だけが過ぎてゆく。
秋の夜長。それがようやく、終わろうとしていた。
……と。
なんだろう。何か、違和を感じた。
「………………」
何かの音。
そういえば、この闇にいる間に、音が聞こえたことなど一度もなかった。
疫幽の人間が見えるだけで、他は何もない空間だった。
「…………」
いま初めて音を聞いた。
なんだろう。
なにか、さーっというような音。すなあらし?
いや、音というよりも、声……だろうか。
微(かす)かなその声は、段々とはっきりしていく。
断続的なその異音に、私は耳を傾けようと、意識を集中させた。
つづく
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