暇人に見て欲しいBLOG

別称(蔑称)、「暇人地獄」。たぶん駄文。フリマ始めました。遊戯王投資額はフルタイム給料の4年分(苦笑)。

【目眩く儚い日々はこんな】第拾夜

2009年10月02日 20時11分24秒 | 小説系
     好男(すきお)の場合2

 朝食の支度が出来たので、伸子が好男(すきお)を起こしに行った。
 好男はまだ、娘が帰って来たことを知らない。
 彼がどんな反応をするのか、参考までに好男の意識に入ってみることにした。
 よいしょ……

 階下から、伸子の呼ぶ声がする。
 朝飯の用意ができたらしい。
 自室で目を覚ました好男は、背伸びをして眠気をはらった。
 娘がいなくなってもう十日。
 そろそろ捜索願いを届け出るつもりだった。
 今まで届けなかったのは、儚(はかな)がひょっこり帰ってくるような気がしていたからである。
 しかしさすがに十日ともなると、もう生存の可能性は低いかもしれなかった。
「好男さーん?」
 考え事をしていると遅くなった。はいはいと答えて居間に向かった。

 二人――義母と妻が食卓についていた。
 三人揃ったところでいただきますをして食べ始めた。
「ところでハナのことなんだが」少し間を置く。「そろそろ捜索願いを出そうかと……」
「その必要はなくなりましたよ、好男さん」と伸子。
「どういうことですか。まさか死体があがったってんじゃあ……」
「儚が帰って来たんです。ちゃんと生きてますわよ」
 驚いた。
 十日も行方不明になっていたのに、生きて帰って来たというのだ。驚かないわけがなかった。
「ハナは生きていたんだ! い、いまどこに……?」
「自分の部屋で休んでいますわ」
「そ、そうですか。ハナのやつ、やっぱり生きてやがったのか……」
 安堵の溜め息が漏れる。
 しかし、ということはやはり、貞子の見た死体は夢か何かだったということになる。
 好男は妻に声をかけた。
「おいお前、これで納得しただろう。ハナが死んでたってのは夢だったんだよ」
「…………」
 何も言えない貞子。
 下を向き、長い黒髪を前に垂らしていた。
 ごちそうさま、とだけ呟(つぶや)いて、部屋から出て行った。
 テーブルには、ほとんど手をつけていない朝食が一人ぶん残っていた。

 よいしょ……と。
 伸子と好男は同意見のようなので、他を当たることにした。
 と言っても、霊はまだ眠っているので、貞子の意識に入り込むしかないのだが……。
 事の重大さをわかっていないのか、当の疫幽儚(えきゆらはかな)本人は、ただ死んだように眠っていた。



     貞子の場合2

 よいしょ、と。貞子の意識に潜り込む。
 貞子は前髪で視界を真っ暗にさせたまま、自室のベッドで考えていた。
 なに、なんなの、はかなはしんだんじゃなかったの、でもいきてる、なぜ、なに、いったいどうなっているの……
 そんな堂々巡りを繰り返していた。
 やはり貞子は混乱していた。
 死んだはずの娘が生きて帰ってきた。
 そして記憶があいまいになっているようである。
 戻って来た儚(はかな)は母に向かって「おばさん……貞子さん?」と言ったり、伸子のことを「おばあさん」と言ったり、まるで赤の他人になったような口ぶりであった。
 記憶喪失とはまた違う。だって顔と名前は覚えているのだから。ただ、まるで別人のような言い回しだった。
 一体、娘に何があったのか。
 好男(すきお)の言うように、死んでいたのは何かの間違いだったのか。
 わからないことだらけで、何もまとまらない。
 あぁ……わからない!
 でも、儚は……娘は、ちゃんと生きている。
 いまはそれだけで満足するべきなのかもしれない。
 外見的には、少しやつれているようだった。
 自分がしっかりして、栄養のある物を作って食べさせてやろう。
 死んでいたなんて馬鹿げた幻想は、もう忘れよう。
 過去は過去。いま生きていてくれるならそれでいい。
 と、ようやく。
 貞子は前に垂らしたままだった長髪を、左右にわけて顔を出した。

 生きているよね、と。そう強く思って儚の部屋の襖(ふすま)を開け、覗いてみる。
 時刻はもう十時になろうとしていた。
 襖の音で起こしてしまったのだろうか。
 儚はすうっと目を開いた。こちらを見遣(や)る。
「ごめんね、起こしちゃった……?」
 なんとなく雰囲気で声が細る。そっと優しく語りかけなければならないような気がした。
「お母さんですか」微(かす)かな声。
「そうだよ……眠っていたのに起こして悪いねえ」
「いいえ……起きようと思っていたところです。それで、何かご用事ですか」
 そう言いながら、上体を起こす儚。その動きにも力がない様子が現れていた。
「用事というかね……聞きたいことがたくさんあるんだよ」
「質問ならどうぞ、お構いなく」
 相変わらず、他人行儀な態度で儚は言う。少女が敬語、しかも実の母に対して、というのはなにか違和感があって、釈然としなかった。
「その敬語、なんとかならないかね。私はあんたの実の親なんだよ、敬語なんて堅苦しい……」
 沈黙。儚は黙考ののち、
「わたし、お母さんの娘だよ?」
 微笑をたたえてそう言った。
 その微笑は明らかな、無理をした作り笑いで。
 もう以前の儚ではないんだなぁと確信するには。
 充分すぎる笑みだった。
「わかったわかった。無理しなくていいんだよ?」思わず抱きしめる。「あんたが生きててくれるだけで私はいいんだからね?」
「…………」
 抱きしめた、その感触だけは以前と変わらなくて。
 そうしていれば何もなかったのだと思えるような気がして。
 娘は無事に帰って来たのだと。
 そして喜びの涙が、溢れてくるのだった。
「おかえりなさい」
「た、ただいま……」

 儚(はかな)を抱きしめてひとしきり泣いてから、ごめんなさい……と貞子は身を引いた。
 いいえ……と、まだあらたまったままの口調で儚は答える。
「どうやら、その口調は直らないみたいね」
 思わず苦笑する。泣き笑いだった。
 もう、これまでの儚ではないのだと、身に染みて思う。
 ふと思った。
「ねえあんた、名前は儚(はかな)でいいのかい? もっと、他に呼ばれたい名前があれば言いなさいな、遠慮はいらないよ」
「ご心配には及びません。私は、儚です。ハナでもハナちゃんでも、どうぞお好きにお呼び下さい」
 と、また微笑をする。けして少女のする笑みではない。それは「微笑み」と呼ぶに相応(ふさわ)しい、大人の表情であった。
「……あんたいくつだい。まあいい。質問の続きをさせてちょうだいな。この十日間、どこでなにをしていたんだい」
「どこ……と言われましても。私も知らないのです。気がついたらこの家に来て、自分でここへ来て、布団を敷いて、眠りについたので」
 すまなそうに視線を落として儚はそう言った。
「そうかい。でも自分の部屋がよくわかったねえ」
「はい。なぜなのかはわかりませんが、この家についての知識があり、自分は疫幽儚という女の子なのだという自覚もあったのです」
 気づくと儚になっていた。
 彼女はまるでそんな様子で答えた。
 相も変わらず声は掠(かす)れそうなほど小さいが、きっぱりとしている。
 そこが儚とは違いすぎる。儚ならばもっと、優しい言い回しをする。それに敬語なんて覚えていないはずである。儚はもっと、幼い感じの子供だった。
「…………」
「……?」
 その違いに、どうしたものかと。
 疫幽貞子は途方に暮れた。

 もう進展もなさそうなので、貞子の意識から抜け出す。
 闇の中で、霊(たま)は起きて身繕(みづくろ)いをしていた。
 待ってましたと言わんばかりに、私は霊の意識に入り込んだ。




     つづく

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