[書籍紹介]
主人公の福田葵は、作詞・作曲の才能に恵まれ、
友人とバンドを組んでいた。
バンドの名前は、「Thursday Night Music Club 」、通称サーズデイ。
メンバーはボーカルとギターの葵、
ギターの智樹、ベースの啓介、ドラムの伸也。
昔からの幼なじみだ。
小さなライブハウスで少ない観客を相手にした音楽活動だったが、
大手レコード会社の目に留まり、契約を勧められる。
しかし、プロデューサー・中田の条件は、
ベーシストを入れ替えることだった。
友情は捨てられない、と葵は拒絶するが、
中田は殺し文句を口にする。
「君には音楽の才がある。
代償を恐れて自分で才能の芽を潰すことは、
音楽への裏切りにもならないかね」
「私は君に、今世紀を代表する
ロックスターになって欲しいと思っている」
ベースの啓介に事情を話すと、
啓介は外れることを受け入れる。
「武道館でライブをやる時は、特等席を用意してくれ」
との言葉を残して。
啓介は葵の才能を知っていたのだ。
こうして、新ベーシスト田村朱音を加えた新バンドはスタートする。
じきにサーズデイは人気バンドとなり、
ツァーを続ける中、ドラムの伸也がメンバーから外れる。
演奏の問題だった。
葵の話し合いで、伸也は、こう言う。
「おまえには感謝しているんだ。
三千人の前で、歓声を浴びながらドラムを叩ける人間なんて、
普通はいないよ。
おまえが俺を、プレハブ小屋からあの舞台に引き上げてくれたんだ。
短い間だけど、夢が叶った気分だったよ。
夢が叶う人間なんて、普通はいないよ。
だから俺から見ると、おまえは本当にすごいよ。
才能があって、夢を叶えて、夢の舞台で活躍できるんだ」
そして、ギターの智樹は、ステージでの照明器具落下で重体になった。
こうして、葵を残して、サーズデイのオリジナルメンバーは総入れ換えとなる。
ベースの田村朱音(あかね)は高校生の天才ベーシスト。
ドラムの九龍(クーロン)こと渡辺真は、
父親が母親を惨殺する場面の目撃者で、
施設にいた時、天職の教師に見いだされて、ドラムに至った人物。
そして、ギターの山口昴(すばる)は、
右手が先天的に4本しかないのに、
常人を越えた演奏をする。
それは、最初からの中田の計画のようだった。
結局素人バンドで中田が本当に欲しかったのは、葵一人だったのだ。
新生サーズデイは瞬く間にファンを獲得し、
順調にスケールを広げていく。
海外に出かけて録音をし、
最終武道館へ向けてのツァーを計画する。
しかし、暴力事件を起こし、
更に悲惨な出来事が襲う・・・
中田の過去が明らかになるところは、なかなかスリリング。
全体的にロック音楽がどのように創造されるかの部分は、
理解不能ながら興味津々だった。
頭の中でメロディーが生れ、言葉が紡がれる。
まさに無から有を生み出す作業で、
神が与えたギフトとしか思えない。
著者の高橋弘希は、
大学卒業後、予備校講師として勤務しながら
ロックバンドで、作詞、作曲、ボーカル、ピアノなどを担当した人物。
やはり音楽をやる人だ。
そうでなければ書けないだろう。
随所に才能あふれる書き手だと分かる筆致。
芥川賞作家だから当然か。
小説でありながら、
芳醇な音楽体験が出来る小説だった。