轟見聞録

表現者・轟ひろたが、学んだことをメモ書きします。(毎週木・日曜更新)

いまでもおそくはない

2008-08-15 | Weblog
峠三吉の詩「呼びかけ」
 

いまでもおそくはない
あなたのほんとうの力をふるい起すのはおそくはない
あの日、網膜を灼く閃光につらぬかれた心の傷手から
したたりやまぬ涙をあなたがもつなら
いまもその裂目から どくどくと戦争を呪う血膿をしたたらせる
ひろしまの体臭をあなたがもつなら

焔の追ったおも屋の下から
両手を出してもがく妹を捨て
焦げた衣服のきれはしで恥部をおおくこともなく
赤むけの両腕をむねにたらし
火をふくんだ裸足でよろよろと
照り返す瓦礫の沙漠を
なぐさめられることのない旅にさまよい出た
ほんとうのあなたが

その異形の腕をたかくさしのべ
おなじ多くの腕とともに
また墜ちかかろうとする
呪いの太陽を支えるのは
いまからでもおそくはない

戦争を厭いながらただずむ
すべての優しい人々の涙腺を
死の烙印をせおうあなたの背中で塞ぎ
おずおずとたれたその手を
あなたの赤むけの両掌で
しっかりと握りあわせるのは
さあ
いまでもおそくはない