有機化合物が超伝導に?
泥炭や原油を蒸留したときに出る残滓(ピッチ)の中に存在する「ピセン」という化学物質が、零下253度で電気抵抗がでゼロになる超伝導状態を示したことを岡山大大学院の久保園芳博教授(物性物理化学)と群馬大大学院の山路稔准教授(応用化学・生物化学)らの研究チームが発見した。有機物質の超電導として世界最高温度を更新した。3月4日の英科学誌「ネイチャー」に発表した。
ピセンなど平面状の構造の有機化合物が超伝導状態になる最高温度は、これまで零下260度としてきたが、常温に近づいたものとしては画期的な発見となった。
ピセンを合成的に得るためには、ナフタレン(2個のベンゼン環が1辺を共有した構造を持つ多環芳香族炭化水素)と1,2-ジブロモエタン(C2H4Br2)に塩化アルミニウムを作用させる方法、α-ジナフトスチルベンを熱反応にかける方法、コール酸から脱水素する方法などが知られる。
山路准教授は、ジナフチルエタンという有機化合物に光触媒を加えて光線を照射することで、高純度のピセンを比較的容易に、大量に合成することに成功し岡山大大学院の久保園芳博教授(物性物理化学)グループはピセンにアルカリ金属のカリウム、ルビジウムを加え、常圧状態で磁場をかけて冷却したところ、超電導の性質を示した。
低価格で、よく知られた有機物質で今回成功したことで、超電導を利用した磁石やモーターなどの軽量化が期待できるという。(財経新聞 2010年03月04日)
ピセンとは何か?
ピセン (picene) とは、多環芳香族炭化水素の一種で、泥炭や原油を蒸留したときに出る残滓(ピッチ)の中に存在する。シメンを溶媒として繰り返し再結晶させて得る。
再結晶させたピセンは、青みがかった蛍光を示す無色の大きな板状結晶である。濃硫酸に溶かすと緑色を呈する。
ピセンを合成的に得るためには、ナフタレンと1,2-ジブロモエタンに塩化アルミニウムを作用させる方法、α-ジナフトスチルベンを熱反応にかける方法、コール酸から脱水素する方法などが知られる。
酢酸中でピセンにクロム酸酸化を施すと、キノン、カルボン酸を経て、最後は縮合環構造が分解したフタル酸に変わる。
イドリア石(Idrialite)というピセンを主成分にした鉱物がある。
超伝導とは何か?
金属は温度が下がると電気伝導性が上がり、逆に温度が上がると伝導性は減少する。これは温度の上昇に伴って伝導電子がより散乱されるためである。この性質から、絶対零度に向けて金属の電気抵抗はゼロになることを検証する過程で、超伝導が1911年にヘイケ・カメルリング・オネスによって発見された。
超伝導となる温度(臨界温度、Tc)は金属によって異なり、例えばニオブは9.22K、アルミニウムは1.20Kとなる。
特定の物質が超低温に冷やされた時に起こる現象は「超伝導現象」(Superconductivity phenomenon)、超伝導現象が生じる物質のことは「超伝導物質」(Superconductor)、それが超伝導状態にある場合は「超伝導体」と呼ばれる。
液体窒素の沸点である-196℃(77 K)以上で超伝導現象を起こすものは高温超伝導物質(Cuprate superconductor)と呼ばれる。
超伝導物質とは何か?
超伝導物質には、「金属系」、「銅酸化物系」、「鉄酸化物系」のほか「有機化合物」がある。超伝導物質の存在が確認されるきっかけとなったのが金属系物質。1911年にオランダの物理学者カメリン・オンネスが水銀を約4K(-269℃)まで冷やしたときに、電気抵抗がゼロになることを発見した。
銅酸化物系は、1986年、ドイツのベドノルツとミュラーが、ランタン、バリウムを含む銅酸化物系のセラミックスが30Kで超伝導状態になると報告したのが始まり。電気抵抗がゼロになる温度「臨界温度」(転移温度、Tc)が高かったことから、高温超伝導研究ブームの火付け役となった。
2006年、東京工業大学の細野秀雄教授らのグループが、鉄を含む化合物(LaFePO;オキシニクタイド)が6Kで超伝導物質になると発表した。この鉄酸化物超伝導体の登場は、手詰まり感があった高温超伝導に新たな息を吹き込んだ。というのも、磁性元素の鉄を含む物質は超伝導にはならない、という常識を覆すものだったからである。オキシニクタイドは、世界中で今、注目されている物質である。
一方、金属ではない有機化合物系では、1991年、米国ベル研究所のグループが、炭素原子が60個連なるサッカーボール状の構造をもった「C60」(フラーレン)に金属をドーピングした物質が、18Kで電気抵抗がゼロになることを発見した。同じ年、NEC基礎研究所のグループは、C60にルビジウム、セシウムを注入した「RbCs2C60」で臨界温度が、常温で33Kまで高められることを確認した。その後、高圧下で、「Cs3C60」が40Kまで高くなることもわかってきた。ほかにグラファイトなどの超伝導物質も報告されている。
Cs3C60が常温では超伝導現象がみられないのに、なぜ高圧下で超伝導現象が起こるのか、他のフラーレンと異なる性質の解明を進めると同時に、新たな有機超伝導体を模索していた。その中で出てきたのが、化学合成が比較的簡単な「ピセン」(C22H14)。ピセンは、ベンゼン環が5つ連なった簡易な構造で、電子デバイスとして使えると思っていたところに、思わぬ超伝導現象が見つかった。
相転移の不思議
物質が超伝導状態になるということは、水が氷になるように、まったく新しい相へ移行すること(相転移)を意味する。このため超伝導相に移り変わる温度を、(超伝導)転移温度という。超伝導に転移する前の相は常伝導という。
超伝導体には電気抵抗がゼロになる他にも、物質内部から磁力線が排除されるマイスナー効果と呼ばれる現象が起こり、磁力線が超伝導体内部に侵入出来ないために、「磁気浮上」現象を起こす。
この磁力線の強度を高めた時の応答の違いから第一種超伝導体(Type I superconductors)と第二種超伝導体(Type II superconductors)とに分類される。第二種超伝導体では磁力線の内部への侵入を部分的に許すことで高強度の磁力に対してもマイスナー効果を示す。第二種超伝導体では、ピン止め効果によりゼロ抵抗を維持している。
ボース・アインシュタイン凝縮
超伝導という現象はきわめて魅惑的なテーマのひとつである。電子が2個ずつペアを組み、これがボース・アインシュタイン凝縮したものが超伝導状態であり、このようなボース凝縮という量子力学的な現象が極微ではなく巨視的な物体で起きているために、電気抵抗がゼロという性質が発生する。
光が粒子としての性質と、波としての性質の2面性を持っていることはよく知られているが、光だけでなく、物質をつくる原子・分子も、粒としての性質と波としての性質の両方を持っていることをボース・アインシュタイン凝縮は示している。
その証拠に物質を冷やしていくと起きる、超伝導・超流動などの不思議な現象は、物質を原子・分子などの粒として考えると説明できないが、波としての性質だと考えれば理解できる。
2001年度ノーベル物理学賞は史上初めて、ボース・アインシュタイン凝縮体を実現させた、コロラド大学のエリック・コーネル、カール・ワイマンとマサチューセッツ工科大学のヴォルフガング・ケターレに贈られた。
さまざまな物質を調べれば、ボース・アインシュタイン凝縮により、重力を遮断する現象も起きるかもしれない。この原理を使えば、空中を自由に走行する夢の乗り物も開発される可能性がある。
何しろ相転移というのは物質の波としての性質であり、そこに何があるか人類はまだよくわかっていないのだ。
参考HP Nature「新しい有機化合物の超伝導物質を発見!」 ・東京大学「世界初の芳香族有機超伝導体」
ボース‐アインシュタイン凝縮から高温超伝導へ 日本評論社 このアイテムの詳細を見る |
有機導電体の化学―半導体、金属、超伝導体 (シリーズ 有機化学の探検) 斎藤 軍治 丸善 このアイテムの詳細を見る |