星の王子さま、逝く。
三遊亭円楽さん死去 「笑点」などで活躍【サンスポ】
流麗な話芸が持ち味で、テレビの演芸番組「笑点」でも親しまれた落語家
の三遊亭円楽さんが29日午前8時15分、肺がんのため東京都中野区の
自宅で死去した。76歳。東京都出身。
笑点の司会、そして、落語協会分裂騒動の印象があたしの中でとても強いです。
好きな演目は「死神」でした。ご冥福をお祈りします。
どうだろう、協会とわだかまりがあったのは円楽師匠本人。
残された一門は罪はなしとして、協会復帰・・・それはないか。
歌丸師匠の助言で芸協参加の道を歩んでもよいのでは?と思います。
各お師匠連のコメントいくつか抜粋↓。
盟友と言われた、談志師匠のコメントが聴きたいです。
桂歌丸師匠
「<前略>今、本当の友を友達を亡くして言葉が見つかりません。落語家は死ぬと
芸まで持っていってしまいます。まだ圓楽さんから教えてもらいたいことが
沢山あったのに。本当は今日、お見舞いに行く事にしていたんです。
事務所に連絡して、直接お宅にも連絡を取って伝えたのですが、ご家族の方から
朝連絡がありまして昨日の朝、亡くなりましたと…。そんなに悪いとは思わなか
ったし今週の始めまでは元気だったということでした。
来年楽太郎さんの圓楽襲名が決まっています。ご本人も六代目圓楽の姿を見て
貰いたかったと思います。圓楽一門の皆さん方から何かご相談ごとがありましたら、
いつでもご連絡下さい。
圓楽さん、これからも落語界と笑点を見守ってください。ご冥福をお祈り致します。」
林屋こん平師匠
「大変にびっくりしております。私が病に倒れた時も、透析の合間を縫ってお見舞い
に来て下さり、「こんちゃん頑張れ!」と励まして下さいました。
本当に偉大な大尊敬する円楽御師匠に、笑点という番組でご一緒させて頂けた
ことは、私の財産です。
倒れてから、私の部屋には、円楽師匠との二人会のポスターをはり、リハビリに
励んでおりました。
ご無沙汰をしており、恐縮しておりましたが、来年の襲名披露でお目にかかれる
ことを楽しみにしておりましたので、大変残念でなりません。
謹んで心よりご冥福をお祈りいたしております。」
林家木久扇師匠
「(死去の知らせを)ちょっと前に聞いたばかりで、気持ちの整理がつかないです」
三遊亭円楽さん死去 「笑点」などで活躍【サンスポ】
流麗な話芸が持ち味で、テレビの演芸番組「笑点」でも親しまれた落語家
の三遊亭円楽さんが29日午前8時15分、肺がんのため東京都中野区の
自宅で死去した。76歳。東京都出身。
笑点の司会、そして、落語協会分裂騒動の印象があたしの中でとても強いです。
好きな演目は「死神」でした。ご冥福をお祈りします。
どうだろう、協会とわだかまりがあったのは円楽師匠本人。
残された一門は罪はなしとして、協会復帰・・・それはないか。
歌丸師匠の助言で芸協参加の道を歩んでもよいのでは?と思います。
各お師匠連のコメントいくつか抜粋↓。
盟友と言われた、談志師匠のコメントが聴きたいです。
桂歌丸師匠
「<前略>今、本当の友を友達を亡くして言葉が見つかりません。落語家は死ぬと
芸まで持っていってしまいます。まだ圓楽さんから教えてもらいたいことが
沢山あったのに。本当は今日、お見舞いに行く事にしていたんです。
事務所に連絡して、直接お宅にも連絡を取って伝えたのですが、ご家族の方から
朝連絡がありまして昨日の朝、亡くなりましたと…。そんなに悪いとは思わなか
ったし今週の始めまでは元気だったということでした。
来年楽太郎さんの圓楽襲名が決まっています。ご本人も六代目圓楽の姿を見て
貰いたかったと思います。圓楽一門の皆さん方から何かご相談ごとがありましたら、
いつでもご連絡下さい。
圓楽さん、これからも落語界と笑点を見守ってください。ご冥福をお祈り致します。」
林屋こん平師匠
「大変にびっくりしております。私が病に倒れた時も、透析の合間を縫ってお見舞い
に来て下さり、「こんちゃん頑張れ!」と励まして下さいました。
本当に偉大な大尊敬する円楽御師匠に、笑点という番組でご一緒させて頂けた
ことは、私の財産です。
倒れてから、私の部屋には、円楽師匠との二人会のポスターをはり、リハビリに
励んでおりました。
ご無沙汰をしており、恐縮しておりましたが、来年の襲名披露でお目にかかれる
ことを楽しみにしておりましたので、大変残念でなりません。
謹んで心よりご冥福をお祈りいたしております。」
林家木久扇師匠
「(死去の知らせを)ちょっと前に聞いたばかりで、気持ちの整理がつかないです」
四天王当時など、リアルタイムではないのですが笑点と言えば馬面…で……。
笑顔で送り出すしかないですよ。。。
最後の芝浜が納得いかないとおっしゃってましたが…。
この心持ちなどを伺ってますます芸の道の厳しさに、涙がとまりません。
円楽師匠の印象は、あたしもやはし「笑点」。
プロレスもそうですが、どんどん昭和の顔が
逝ってしましますね。
昭和天皇や手塚治虫先生とか居なくなって同じ歳月が…とか。
年をとったなぁの実感より、遠くへきてしまって、右も左も異文化っち感じで。
昭和が濃かったからこそ、今の私たちが居るわけで。
落語に限らずプロレスも。
昭和だからこその楽しみ方があったんですよね。
プロレスが廃れるっち感じよりもやはり。
プロレス以外の娯楽が多くなった分興行も寂しくなったってことなんでしょうか。
レコード会社も大変そうで、こうなると情報革命とかそういう路線でますます昭和臭さが無くなるのでしょうか……。
中途半端に年が離れているより、10歳以上
離れているほうが、話や考えが新鮮にお互い
感じたりします。
年やその間に感じたり、楽しくおもった経験も
また、「男を磨くみがき砂」のようなものですよ
by池波正太郎
これから、プロレスしかり落語しかり、もっと
もっと面白くなることに期待したいです。