森の空想ブログ

いざなぎ流の仮面祭祀②九州の仮面との比較 [物部川流域の祈祷神楽「いざなぎ流」を訪ねる旅(14)]

*昨日の続き。

「いざなぎ流」の仮面には、「山王」「山主」「太郎王子」「鬼神」「大蛮」「木樵り」「炭焼」「ジイ」「ババ」等の個性的な仮面がある。いずれも、素朴かつ原初的な造形のもので、しかも比類なく美しい。中には「能面」の影響を受けたものもあるが、むしろ「能面以前」の造形感覚がそのまま引き継がれた仮面群といえる。名称をみると、「鬼神」「大蛮」は神楽の主祭神格の神、荒神などの神格を有していると思われるが、「山王」「山主」などは地主神であり山の精霊神であろう。「太郎王子」は「五行思想」「陰陽道」「山岳信仰」の混交。多様な仮面神が、いざなぎ流の祭祀を彩っているのである。


①物部村「笹」の仮面


②物部村「久保沼井」の仮面

*図版①②は「いざなぎ流の宇宙」(高知県立歴史民俗博物館・刊)より転載。


③物部村「久保沼井」の仮面。神棚に祭られている。


④物部村「別役瀬次郎」の仮面。

*図版③④は「仮面の神々―土佐の民俗仮面展」(高知県立歴史民俗博物館・刊)より転載。

いざなぎ流の仮面祭祀は、すでに長い間行なわれておらず、私も20年以上一度も実見の機会を得られなかった。ゆえに、私は今後もいざなぎ流の仮面に出会えるかどうかはわからない。そこで、歴民の学芸員・梅野さんに旧知のよしみで図版からの転載を了解していただいた。手間を省いたわけではないのでご了解下さい。

高知県には、「本川神楽」「安居神楽」などの古格を有する神楽が伝承されており、仮面も用いられる。大蛮、鬼神、木樵りなどの登場する演目があり、中国山地や宮崎の山地神楽との共通項の多い神楽群である。いざなぎ流の仮面もその一連の神楽群と同系であることはあきらかである。まずこのことは前提として認識しておかなければならない。いざなぎ流の仮面が呪的で原初的で他に類例を見ないものという先入観でみると、判断を誤りかねないし、妖怪系や神がかり系のお兄さん、お姉さんたちの玩弄物になってしまうおそれがある。

さりながら、いざなぎ流の仮面が「怖い」ことはまちがいない。
上記①の「笹」の仮面は、現在は欠落があり7面しか残されていないが、かつては「十二のヒナゴ」とも呼ばれていたらしい。「十二のヒナゴ」とは神楽の御神屋の四方に張られる注連縄に吊り下げられる御幣と同じ名称であるから、強い呪力と神格を持つ仮面であることはあきらかである。十二のヒナゴ面は、おにぎりや杣道具を供えると山に入って木を切ったりしたという伝承があるから「山の神」としての神格も有していたのだろう。他の地域には「十二のミコトウ様」と呼ばれる仮面があり、物部川の淵にとどまっていたものを村人が拾い上げ、祀ったという伝承がある。この「ミコトウ様」とは「ミコ神」「オンザキ様」などと呼ばれる祖霊神のような神格だろう。さらに「式神」「五郎王子」などは太夫(祈祷師)たちが駆使した呪力の強い神だろう。これらの仮面を使って家や村、集落、お宮などの祭祀が行なわれたのであるから、やはり、「怖い」という印象は払拭されない。40年前から取材に入り研究を続けておられる小松和彦氏は、「そのころは宿もなく、民家に泊まり込んで取材したが、怖かったよ。夜は怖くて眠れないので原稿を書き、朝から昼にかけて眠った」と仰っておられた。

物部川流域では仮面を用いて「鎮め」を行なったという伝承は多く分布する。その代表的な事例を上げると、「鎮め」の祭りでは集落の人が地区の神社に集まり、御幣を立て、祝い歌を歌い、仮面の登場を待つ。仮面が出ると、その仮面は悪魔・流行り病のもと・人さらいなど「異形のもの」の役回りを演じ、他の鬼神などの面がそれを鎮めるという。最後に鬼の宝を貰い受け、舞を舞って終わる。すなわちこの事例には、祈祷・鎮め・荒神祭祀・舞神楽などの要素が混交しながら伝えられていることがわかる。そのほかにも多くの仮面祭祀があったと思われるが、私は未見なのでこれ以上踏み込むことができない。多くは上記資料集によった。

九州の神楽の仮面祭祀の類型をみておこう。ただし、九州の仮面祭祀に「祈祷」「鎮め」などの要素はあまりみられない。



・北部九州には「火の王・水の王」の仮面が、「山人走り」などの儀礼と混交しながら多く分布している。祭りの行列を先導し、神社や祭りの両脇を守護する。傀儡子舞「古要舞」の舞台の両袖を守護する仮面もある。


・熊本市南部に「火の王・風の王・水の王」の仮面があり天候・農事を占う。



・椎葉神楽や高千穂神楽では御神屋正面の祭壇(高天原ともいう)に神楽の奉納されている間中、仮面を飾る。


・高千穂町秋元地区には集落だけの祭り「妙見様祭り」があり、春の例祭では「滝の妙見様」の仮面が出る。この面は神楽には出ない。


・諸塚神楽に「三宝荒神」「舞荒神」「七荒神・八稲荷」などの荒神祭祀・稲荷祭祀がある。


・東米良中之又地区の「鹿倉祭り」では鹿狩りの神である「鹿倉様」の祭りがある。鹿倉神社の周囲の十二の山の神に幣を供え、「鹿倉面」が出て鹿倉舞を舞う。鹿狩りの神事である。



・東米良銀鏡神楽では山の神・地主神などが出る「室の神」「七鬼神」「子すかし」「ずり面」があり多様な仮面神が出る。「ししとぎり」は猪狩りの神楽で爺と婆が古式の猪狩りの様子を演じる。


・大隈半島内之浦の「夏越し祭り」では鉾に取り付けられた三体の仮面神が海岸へと行列し、波打ち際に立てられ、その前で神楽が舞われる。


・南九州には「やごろうどん」と呼ばれる大人形の出る祭りが分布する。5~7メートルの大人形が40センチ~70センチに及ぶ大仮面をつけ祭りの行列を先導し、祭りの場を守護する。やごろうどんは隼人の王と伝えられる。

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