長く総務をやっていると、いろいろな人がやってきます。
その中には、真面目に言っているのか、何かの冗談なのか、
理解に苦しむものもあります。これはそんな事例のひとつです。
ある日、受付に60歳くらいの男性が現れました。
大事な話しがあるので、社長に会わせてほしいと言います。
ここまでは、クレーマーや反社でもよくある話です。
そこで総務に連絡が入り、面会することになりました。
こういう正体不明の相手と面会する場合は、
何が起きるかわからないので、応接室などの密室では対応しません。
ロビーなど、周囲の目が届く範囲で対応するのがセオリーです。
打ち合わせコーナーのテーブルに着くと、彼は名前を名乗ったあと、
鞄の中から印鑑に巻きつけた、幅5㎜ほどの紙テープを取り出しました。
紙テープには、バーコードのような白と黒の縞模様がついています。
「これには、ある国家的プロジェクトの極秘データが記録されています。
このデータを解析するには、国連やNASAなど、
世界に数台しかないコンピューターにかけなければなりません」
極秘データの記録テープというわりには、
あまりにも貧相なシロモノですが、彼の表情は真剣そのものです。
「これを銀行に持っていけば、
銀行はこれと引き換えに何億円という資金を提供してくれますが、
個人で持っていっても信用してもらえません。
そこで御社にもいくらかの謝礼を支払うので、
銀行に『これがニセモノではない』ことを一緒に行って証言してください」
そしてこちらからの問いかけにも、
彼は丁寧な口調でよどみなく答えます。
「これは、自分が以前に勤務していた会社から預けられたものです。
その会社はもうなくなってしまいましたが、
どこの銀行でも、このデータを喉から手が出るほどほしがっています。
銀行はこのテープを国に届ければ、国から莫大な資金を得ることができるのです」
これは新手の融資詐欺(M 資金)だろうか?
それともある種の心を病んでいる人なのだろうか?
真剣な表情からは、とても人をからかっているようには見えません。
「もしかしたら、何かの言葉をきっかけに態度が豹変するのでは?」
逆にそんな不安が心をよぎります。
相手があまりに真剣だと、
どんな荒唐無稽でバカバカしい話だと思っても、
なかなか面と向かって一笑に付す勇気が出ないものです。
不甲斐なく丁寧にお断りすると、
こちらの予想に反して彼はあっさりとあきらめ、
「他の会社にあたってみる」と言って帰っていきました。
いまだに正体は不明です。