
群馬県太田の金山城を初めて知ったのは、
18歳か19歳のときだったと思う。
夜にレンタルビデオ屋さんで高校の同級生とばったり会い、
彼はなぜか金山城を教えてくれたのだ。
そのときは、ただ夜景が綺麗な場所としか思わなかった。
「金山城」という城を聞いたのもそのときが初めてで、
言い換えれば、その頃のぼくは城に興味を持っていなかったことになる。
それから十年以上が経ち、年を追うごとに金山城はいろいろな表情を見せた。
すなわち、城や郷土史に興味を持ってはじめて、
この城の奥行きを知ったのだ。
新たな知識が入るたび、その都度表情を変えた。
金山城主由良成繁が、越相同盟の仲介者として奔走し、
金山城内において対談が行われたと知ったのはいつだったろう。
武田信玄の駿河進攻によって、後北条氏は上杉謙信と和し、
武田氏に対抗するという政治的転換に迫られた。
この後北条氏と上杉氏の「一和」について実務的に動いていたのは、
沼田三人衆の松本景繁・河田重親・上野家成であり、
その仲介役を務めたのが由良成繁だった。
いずれも上野に駐在する国衆であり、
彼らなくして越相同盟は成立しなかった。
その沼田三人衆が同盟をまとめるにあたって、
北条方の担当者と対面し、会談しなければならない。
会談の日取りを決めるべく、
遠山康光と垪和康忠が金山城へ向かったのは、
永禄12年3月16日のことだった。
対談は、翌月の7日か8日頃にすること。
小川夏昌を介すことなどを決め、金山城をあとにした。
仲介者である由良成繁は、このことを沼田三人衆に伝える。
成繁は神経をすり減らすように立ち回り、
同盟を何とかまとめあげようとしていただろうか。
この頃の成繁の苦労が偲ばれる。
そんなことに想いを馳せながら金山城に足を運ぶと、
それまでとは別の表情を見せてくる。
単に夜景が綺麗な場所なだけではない。
いろいろなドラマが潜んでいる。
郷土史に興味を持ったのも、
切り口一つで変わる景色に新鮮さと衝撃を覚えたからだった。
ぼくはまだ歴史の「れ」の字も知らない。
この先、金山城はどんな表情を見せてくれるのだろう。
18歳か19歳のときだったと思う。
夜にレンタルビデオ屋さんで高校の同級生とばったり会い、
彼はなぜか金山城を教えてくれたのだ。
そのときは、ただ夜景が綺麗な場所としか思わなかった。
「金山城」という城を聞いたのもそのときが初めてで、
言い換えれば、その頃のぼくは城に興味を持っていなかったことになる。
それから十年以上が経ち、年を追うごとに金山城はいろいろな表情を見せた。
すなわち、城や郷土史に興味を持ってはじめて、
この城の奥行きを知ったのだ。
新たな知識が入るたび、その都度表情を変えた。
金山城主由良成繁が、越相同盟の仲介者として奔走し、
金山城内において対談が行われたと知ったのはいつだったろう。
武田信玄の駿河進攻によって、後北条氏は上杉謙信と和し、
武田氏に対抗するという政治的転換に迫られた。
この後北条氏と上杉氏の「一和」について実務的に動いていたのは、
沼田三人衆の松本景繁・河田重親・上野家成であり、
その仲介役を務めたのが由良成繁だった。
いずれも上野に駐在する国衆であり、
彼らなくして越相同盟は成立しなかった。
その沼田三人衆が同盟をまとめるにあたって、
北条方の担当者と対面し、会談しなければならない。
会談の日取りを決めるべく、
遠山康光と垪和康忠が金山城へ向かったのは、
永禄12年3月16日のことだった。
対談は、翌月の7日か8日頃にすること。
小川夏昌を介すことなどを決め、金山城をあとにした。
仲介者である由良成繁は、このことを沼田三人衆に伝える。
成繁は神経をすり減らすように立ち回り、
同盟を何とかまとめあげようとしていただろうか。
この頃の成繁の苦労が偲ばれる。
そんなことに想いを馳せながら金山城に足を運ぶと、
それまでとは別の表情を見せてくる。
単に夜景が綺麗な場所なだけではない。
いろいろなドラマが潜んでいる。
郷土史に興味を持ったのも、
切り口一つで変わる景色に新鮮さと衝撃を覚えたからだった。
ぼくはまだ歴史の「れ」の字も知らない。
この先、金山城はどんな表情を見せてくれるのだろう。
決してうまくいくとは限りませんが、力攻めよりも焦点が合っていたと思います。
金山の本丸まで行ったときはびっくりしました。
それまで展望台止まりだったのですが、
まさかあんな風に整備されているとは知らず、
城に興味を持ってからの新規開拓でした(笑)
クニさんが驚いたのも分かります。おまけにあの水の手なんでしょうが、池も見事です。
最近は、資料館もできましたが、行かれましたか?
池もリーフレットなどに使われているのを見たことがあります。
昨年か一昨年だったか、金山城を背景にしたリーフレットのイラストは格好良かったですね。
残念ながら資料館にはまだ行ってないです。
ということは、金山にもしばらく足を運んでないということですね。
たまには顔を出しに行こうかな・・・