クニの部屋 -北武蔵の風土記-

郷土作家の歴史ハックツ部屋。

古代に“杓子持ち出し事件”が起こった?

2017年03月13日 | 地名の部屋
旧大利根町(現加須市)には、“杓子木”という地名がある。
杓子とはしゃもじを指す。

古代、樋遣川(加須市)から村君(羽生市)へ嫁に行った娘がいた。
娘は樋遣川に里帰りをする。

実は娘にはある企てがあった。
実家はお金持ちゆえ、何かを黙って持ち帰って来いと夫から言われていた。

朝、娘はこっそり杓子を持って実家を出る。
それに気付いたのは母親だった。
母親は娘のあとを追いかける。
娘は慌てて逃げ去った。

もう駄目だと思ったのだろうか。
娘は杓子を投げ捨てて逃げたという。
その杓子が捨てられた場所が現在の「杓子木」と言われている。

伝説とはいえ面白いエピソードだ。
現代人の感覚から言えば、何も杓子などを持ち去らなくても……と思ってしまう。
もっと金目のものがあったのではないか。

されどこの杓子、重要な意味があった。
女性は杓子を使って家の者たちに食事を出す。
食糧を分配する。
今後の消費を見越して差配する。
つまり、杓子は「家」における女性の権力の象徴だった。

だから、嫁いだばかりの嫁は杓子を持つことは許されなかった。
杓子を握るのは姑であり、
それを嫁に渡すことは隠居を意味していた。

例えば、嫁が気を使って杓子で飯を盛ると嫌がられたという。
姑にとっては下剋上。
早く権力をよこせと言っているに違いないと疑われた。
気を使った嫁にとってはとんだ濡れ衣だ。
逆に言葉なき本心を露わにしたい場合は、杓子を持てばよかったのかもしれない。

実家から杓子を持って逃げ去る娘。
これはもしかすると、実家権力の包摂を意味していたのではないか。
樋遣川にも村君にも古墳群がある。
当時の勢力図は不明だが、力関係が変わっていくことを暗示していると捉えられる……
というのは穿った考えだろうか。

杓子持ち出し事件(伝説)は、単なる後世の創作話の可能性も高い。
樋遣川から杓子木方面への逃亡は、村君と逆方向でもあるのだから。

現在、杓子を持つのは女だけとは限らない。
男も持つ。
ついでにご飯を盛ったところで「下剋上だ!」とは思わないだろう。

ただ、よその家ではどうだろうか。
「包摂しようとしている!」とは思わないだろうが、
杓子を持つ方も持たれる方も、あまりいい気持ちはしないかもしれない。
僕はいまだかつて、よその家で杓子を持ったことは一度もない。

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