クニの部屋 -北武蔵の風土記-

郷土作家の歴史ハックツ部屋。

紅白歌合戦の出演歌手が羽生に来た?

2018年11月20日 | 近現代の歴史部屋
かつて羽生市に、歌手・菅原都々子が来た、
という話を同市在住の女性から聞いたことがあります。

菅原都々子(すがわらつづこ)とは何者なのか?
「エレジー(悲歌)の女王」として知られ、
「憧れの住む町」や「江の島悲歌」、「月がとっても青いから」などの代表曲がある歌手です。
第1回NHK紅白歌合戦の第1号歌唱者でもあり、
同回最後の存命者でもあるのだとか。
(2018年11月現在91歳)

そんな菅原都々子氏が羽生に来たのはいつ頃のことだったのでしょう。
かつて“曼荼羅堀”沿いにあった料亭「みやこ」で食事をしたそうです。
(中央公民館から徒歩2分くらいでしょうか)

現在「みやこ」はありません。
跡地は駐車場になっており、その面影を偲ぶこともできません。

なぜ羽生に来たのでしょう。
当時存在した“羽生座”で歌を披露。
(キンカ堂跡の近くに羽生座という芝居小屋がありました)
その後、「みやこ」で食事をしたということです。

菅原都々子を見た!という女性曰く、
とても綺麗な方で、存在感がほかの人と違っていたそうです。
その女性の年齢から考えて、いまからおよそ70年前の話かもしれません。

料亭「みやこ」がいつ頃まで営業していたかによるのですが、
昭和20年代の来羽ではないでしょうか。
戦争が終わり、羽生に新しい時代の波が到来しつつあった頃の話と思われます。

ところで、2018年10月に羽生の町中と川俣地区の案内をする機会がありました。
ちょうど「みやこ」跡地を通ったので、
菅原都々子氏が来羽した話を説明。
参加者が若い方ばかりだったからでしょうか。
「菅原都々子」を知ってはいても、「みやこ」は初耳という方がほとんどでした。

歴史書等ではなかなか叙述されない情報です。
ご縁がなければいまでも知らないままだったでしょう。
教えてくださった方に、改めて御礼申し上げます。


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