〔14.12.23.日経新聞:アジアBiz面〕
中国の習近平指導部が進める反腐敗運動が大手企業にも波及してきた。当初こそ周永康前政治局常務委員に連なる「石油閥」が主な摘発対象だったが、最近は外資を含めた自動車や鉄鋼、海運などへ広がりを見せている。習指導部は綱紀粛正を徹底する構えで、汚職摘発強化の動きが進出企業の新たな「中国リスク」となる懸念が出てきた。
突然の幹部解任
19日午後6時ごろ、広東省広州市。日産自動車の中国合弁傘下、東風日産乗用車の幹部が急きょ、オフィスに集められた。「共産党中央規律検査委員会の決定を受け、任勇氏のすべての役職を解くことを決めた」。社内の党委員会トップが告げると、居合わせた幹部らは驚きのあまり、声を詰まらせたという。
任氏は日産と中国国有大手、東風汽車(湖北省)の合弁傘下の乗用車メーカー、東風日産の副総経理(副社長に相当)だった人物だ。共産党が任氏を「規律違反と違法行為の疑いで調査している」と発表したことの衝撃は大きかった。2003年の合弁設立以来、実質的な「経営者」として日産の中国事業を引っ張ってきた有力者だからだ。
「任さんはどう思う?」。日産のカルロス・ゴーン社長も任氏には全幅の信頼を置いて中国事業を任せていたという。「任さんがゴーサインを出さなければ、前に進まない」。社内の中国人幹部も日産から派遣される日本人幹部より、任氏の顔色をうかがう風潮を強めていたほどだ。
党が任氏を調査する具体的な理由は明らかになっていない。ただ、もともと東風汽車で財務畑を歩んでいた任氏だ。「豊富な会計知識と職権を利用し、私財をため込んでいた」との見方が一部で浮上している。
「中国戦略や計画が変わることはない」。日産はこう強調するが、中国特有のコネや商慣習に長じた任氏が抜けることの穴は小さくない。任氏は各地の自動車ショーで「日産の顔」として発表会にも度々登場してきた。22日は東風日産の管理職が朝から現場の従業員に説明に回り、業務もいつも通り進められたというが、今後の事業への影響も懸念される。
広がる摘発対象
12年11月の発足以来、習指導部は「反腐敗運動」を政権の看板に掲げ、党や国有企業の幹部を相次ぎ摘発してきた。最大の標的となったのが「政敵」である周永康氏と関係が深い中国石油天然気集団などの「石油閥」だ。しかしその矛先がいま、急速に他業種へ広がりだしている。
「また捕まった。もう誰と話せばいいのか分からない」。独フォルクスワーゲン(VW)の中国法人幹部は頭を抱える。合弁を組む第一汽車集団(吉林省)の経営幹部が次々と姿を消しているためだ。中国当局による強制捜査で、移動先の空港や会議の席上で相次ぎ連れ去られているという。
これまでに第一汽車で事情聴取の対象となった幹部級は合計150人に及ぶ。8月にはVWとの合弁会社、一汽VW汽車の現職幹部と元幹部が「重大な法律違反」の疑いで摘発された。VWにとっては対応相手が次々といなくなるため、販売計画の策定などに支障が出ているという。
「第一汽車、そして旧第二汽車の東風にもメスが入った。反腐敗運動はまだ広がる」。海外の自動車大手は戦々恐々とする。「法治」を掲げる習指導部の摘発対象は鉄鋼、航空、造船、海運などの国有大手へも広がる。さらに9月には英製薬大手グラクソ・スミスクラインの中国法人に30億元(約580億円)の罰金刑を科すなど、外資の商業賄賂にも厳しく目を光らせ始めた。(上海=菅原透、北京=阿部哲也)
合弁の企業統治、中国人頼みにリスク
日産自動車の中国合弁幹部に汚職の疑いをかけられたことは、中国に進出する日系企業が合弁相手にどうコンプライアンス(法令順守)を徹底させるかという課題を改めて突きつけた。習近平指導部が目指すのは「法治国家」の実現。日系企業にも細心の注意が必要になる。
日系企業の中国合弁事業において、中国人幹部は事業を円滑に進める上で欠かせない存在だ。地元政府や有力者とのパイプづくりや中国人従業員の労務対策は、現地の商習慣や流儀を知り尽くした中国人幹部なしにはこなせないからだ。「贈り物文化」が根強く残る中国だけに、時には賄賂すれすれのやり方にも、「日本側は見ないふりをしてきたのが実情」(日系企業幹部)だ。
だが、こうした不透明なやり方もいずれ通用しなくなるかもしれない。習近平指導部は公平な市場環境の整備を強く意識しており、今年10月に開いた党の重要会議、党中央委員会第4回全体会議(四中全会)でも法に基づく統治強化をうたった。「今後は商業賄賂や独禁法違反の案件が増える」と企業法務に詳しい中国人弁護士は断言する。
習氏が党総書記に就いてから2年も続く反腐敗運動に国有企業幹部や政府関係者も神経をすり減らしている。「ホテルでパーティーを開いても、最近は地元政府の関係者が出席してくれない」とはある日系企業幹部。政府関係者は「汚職を疑われるようなところには出向けない」とこぼす。
上海に常駐する西村あさひ法律事務所の野村高志弁護士は「中国側もコンプライアンスに対する意識が高まってきた。今は合弁事業での不透明なやり方を改める好機ともいえる」と指摘する。
中国の習近平指導部が進める反腐敗運動が大手企業にも波及してきた。当初こそ周永康前政治局常務委員に連なる「石油閥」が主な摘発対象だったが、最近は外資を含めた自動車や鉄鋼、海運などへ広がりを見せている。習指導部は綱紀粛正を徹底する構えで、汚職摘発強化の動きが進出企業の新たな「中国リスク」となる懸念が出てきた。
突然の幹部解任
19日午後6時ごろ、広東省広州市。日産自動車の中国合弁傘下、東風日産乗用車の幹部が急きょ、オフィスに集められた。「共産党中央規律検査委員会の決定を受け、任勇氏のすべての役職を解くことを決めた」。社内の党委員会トップが告げると、居合わせた幹部らは驚きのあまり、声を詰まらせたという。
任氏は日産と中国国有大手、東風汽車(湖北省)の合弁傘下の乗用車メーカー、東風日産の副総経理(副社長に相当)だった人物だ。共産党が任氏を「規律違反と違法行為の疑いで調査している」と発表したことの衝撃は大きかった。2003年の合弁設立以来、実質的な「経営者」として日産の中国事業を引っ張ってきた有力者だからだ。
「任さんはどう思う?」。日産のカルロス・ゴーン社長も任氏には全幅の信頼を置いて中国事業を任せていたという。「任さんがゴーサインを出さなければ、前に進まない」。社内の中国人幹部も日産から派遣される日本人幹部より、任氏の顔色をうかがう風潮を強めていたほどだ。
党が任氏を調査する具体的な理由は明らかになっていない。ただ、もともと東風汽車で財務畑を歩んでいた任氏だ。「豊富な会計知識と職権を利用し、私財をため込んでいた」との見方が一部で浮上している。
「中国戦略や計画が変わることはない」。日産はこう強調するが、中国特有のコネや商慣習に長じた任氏が抜けることの穴は小さくない。任氏は各地の自動車ショーで「日産の顔」として発表会にも度々登場してきた。22日は東風日産の管理職が朝から現場の従業員に説明に回り、業務もいつも通り進められたというが、今後の事業への影響も懸念される。
広がる摘発対象
12年11月の発足以来、習指導部は「反腐敗運動」を政権の看板に掲げ、党や国有企業の幹部を相次ぎ摘発してきた。最大の標的となったのが「政敵」である周永康氏と関係が深い中国石油天然気集団などの「石油閥」だ。しかしその矛先がいま、急速に他業種へ広がりだしている。
「また捕まった。もう誰と話せばいいのか分からない」。独フォルクスワーゲン(VW)の中国法人幹部は頭を抱える。合弁を組む第一汽車集団(吉林省)の経営幹部が次々と姿を消しているためだ。中国当局による強制捜査で、移動先の空港や会議の席上で相次ぎ連れ去られているという。
これまでに第一汽車で事情聴取の対象となった幹部級は合計150人に及ぶ。8月にはVWとの合弁会社、一汽VW汽車の現職幹部と元幹部が「重大な法律違反」の疑いで摘発された。VWにとっては対応相手が次々といなくなるため、販売計画の策定などに支障が出ているという。
「第一汽車、そして旧第二汽車の東風にもメスが入った。反腐敗運動はまだ広がる」。海外の自動車大手は戦々恐々とする。「法治」を掲げる習指導部の摘発対象は鉄鋼、航空、造船、海運などの国有大手へも広がる。さらに9月には英製薬大手グラクソ・スミスクラインの中国法人に30億元(約580億円)の罰金刑を科すなど、外資の商業賄賂にも厳しく目を光らせ始めた。(上海=菅原透、北京=阿部哲也)
合弁の企業統治、中国人頼みにリスク
日産自動車の中国合弁幹部に汚職の疑いをかけられたことは、中国に進出する日系企業が合弁相手にどうコンプライアンス(法令順守)を徹底させるかという課題を改めて突きつけた。習近平指導部が目指すのは「法治国家」の実現。日系企業にも細心の注意が必要になる。
日系企業の中国合弁事業において、中国人幹部は事業を円滑に進める上で欠かせない存在だ。地元政府や有力者とのパイプづくりや中国人従業員の労務対策は、現地の商習慣や流儀を知り尽くした中国人幹部なしにはこなせないからだ。「贈り物文化」が根強く残る中国だけに、時には賄賂すれすれのやり方にも、「日本側は見ないふりをしてきたのが実情」(日系企業幹部)だ。
だが、こうした不透明なやり方もいずれ通用しなくなるかもしれない。習近平指導部は公平な市場環境の整備を強く意識しており、今年10月に開いた党の重要会議、党中央委員会第4回全体会議(四中全会)でも法に基づく統治強化をうたった。「今後は商業賄賂や独禁法違反の案件が増える」と企業法務に詳しい中国人弁護士は断言する。
習氏が党総書記に就いてから2年も続く反腐敗運動に国有企業幹部や政府関係者も神経をすり減らしている。「ホテルでパーティーを開いても、最近は地元政府の関係者が出席してくれない」とはある日系企業幹部。政府関係者は「汚職を疑われるようなところには出向けない」とこぼす。
上海に常駐する西村あさひ法律事務所の野村高志弁護士は「中国側もコンプライアンスに対する意識が高まってきた。今は合弁事業での不透明なやり方を改める好機ともいえる」と指摘する。