くまドン旅日記

写真が趣味です。自然の風景、旅行、歴史に興味を持って撮影を続けています。

旅日記016 山陰海岸(6) 餘部鉄橋

2014年08月08日 07時55分43秒 | 旅日記
こんにちわ、「くまドン」です。

 今回も、4月の山陰海岸の続きで、香美町(かみちょう)の餘部鉄橋(あまるべてっきょう)の風景です。
 余部崎灯台からの道をさらに行くと、香住(かすみ)方面の海岸線が見えてきます。

 岬の先端の断崖には、地層がはっきりと見えます。

 国道178号線が近づくと、JR山陰本線の餘部橋梁(あまるべきょうきょう)が見えてきます。

 現在の余部橋梁は2台目で、前回の8~9年前頃に来た時は、初代の赤い餘部鉄橋が架っていました。
 その時は、翌年から鉄橋の架け替え工事が始まるということで、GW中だった事もあり、大勢の写真家が撮影していました。たしか、テレビ局のカメラを担いだ人もいましたね。
 現在でも、初代・餘部鉄橋は、近代土木遺産として、その一部の姿を残しています。

 初代・餘部鉄橋は、明治45年に完成した鋼製トレッスル橋です。
 JR山陰本線の東側路線では、最後に開通した区間です。
 山が海に迫る山陰海岸の地形は明治の土木技術では、かなり難所だったようです。

 昭和61年12月に日本海からの最大風速約33m/sの突風にあおられ、回送中の電車が橋下に吹き飛ばされ、橋下の工場や民家に落下、鉄道関係者と工場の人を含め、死亡6人・重傷6人の大災害となりました。
 列車転落事故後に、安全の為、風速規制が強化されたことから運休や遅延が相次ぐようになり、2台目・餘部橋梁に架け替えが決まりました。鉄橋下には、慰霊碑(いれいひ)の聖観世音菩薩像が建てられています。
 下の写真は、餘部鉄橋から香住方面に伸びる海岸線ですが、山の中腹に鉄道線路が続いています。

 昔、「くまドン」が初めての鳥取旅行で寝台列車に乗った時に、朝早く車内放送により目が覚めて見た景色が、この場所からの日本海の景色でした(当時は車内放送で教えてくれて、しばらく停車していました)。当時は事故の事も知らず、朝早かった(朝5時ごろ)ので、しばらく車窓から曇りの日本海を見て、すぐ眠りについてしましましたが、懐かしい思い出でもあります。

 次回も、さらに東へと山陰海岸を進んでいき、香住方面の話となります。

(1)前回のブログは、以下の通りです。(ブログ右欄のカテゴリアーカイブで「旅日記」をクリックすると、一覧が表示され、一覧の先頭(一番下)にあるので、これをクリックしてもブログが開きます。)
 「旅日記011 山陰海岸(1) 浦富海岸の夕景」
 「旅日記012 山陰海岸(2) 居組・諸寄の漁港」
 「旅日記013 山陰海岸(3) 浜坂・城山公園」
 「旅日記014 山陰海岸(4) 御火の浦」
 「旅日記015 山陰海岸(5) 余部崎灯台」
 (ブログ左欄の「カテゴリーアーカイブ」の「旅日記」をクリックしても、先頭(一番下)に過去ブログ一覧が表示されます。これをクリックしても、見る事可能です。)

 今回は、これで終了とさせていただきます。
 くまドンのブログに訪問していただき、ありがとうございます。

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