goo

会話せずに 主張だけする人とは 付き合いたくないです


 世の中には「信念の人」というタイプの人がいる。確かに尊敬に値する。

しかし、往々にしてその信念とやらを、一方的にしゃべり続ける。その話す内容が、相手にどのように受け止められ、どのように感じられているかには、あまりというか、ほとんど関心がない。彼らにとっては、「己の信念に基づく主張をすること」それ自体が、何よりも大切なのだ。

 なので僕は、そのような「会話」をせずに「主張」ばかりする人とは 付き合いたくないです。本当に。辟易してます。でも、いつの間にか、自分自身がそういうタイプの人間になってしまっていないか、自己点検してみなくちゃいけないという自覚はしている。


 金沢大学出身の経済学者 松尾匡氏が言うように「同じ志向のものだけで固まって、アイデンティティ(自分たちらしさ)を確認しあうことが自己目的になって」しまわないようにね。

 そのような状況を 死を間近に控えた丸山真男は「他者意識の無さ」と表現したね。


明日の日曜日 ブログお休みさせていただきます

 
 

 


コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )
« 四十万3丁目... 窪6丁目界隈... »
 
コメント
 
 
 
Unknown (通りすがりの思いつき)
2013-05-02 06:53:22
そうやって、空気読んで、顔色伺って、何にも決まらない。話し合うだけ、他者の意見をきくだけ…、それで何となくなぁなぁで持ちつ持たれつで物事が決まる。お互いの意見がちょっとずつ含まれているから誰もが不満を持ちつつも自らの気持ちを納得させ、かといって自分の主張が多く含まれている訳でもなかったりするので、何かあっても責任を取らない…。こういう事が世の中、多いんじゃないすか? 何のために話し合うの? 結論を出す事が目的なら、お題の状況なんてどうでもいいと思います。相手を納得させる(打ち負かす?)手段・方法論に主体性があって個人差がある、これが健全なんです。言い方が気にいらねぇとかいう人は、その時点で論破されているので、方法論に難癖つけちゃったりする訳です。
 
 
 
コメントありがとうございます (ku129)
2013-05-02 21:38:28
「通りすがりの思いつき」さん コメントありがとうございます。

 僕の記事に対する批判的コメントも歓迎しますよ。

 で、コメントを読んだ感想は・・・・

 「おおー この記事のお題の、まさに『見本』みたいなコメントやなあ」です。

 
 
コメントを投稿する
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。