goo blog サービス終了のお知らせ 

台南・ダイアリー

台湾の台南市で3年、新竹市で2年駐在して、色々な所へ行ったり美味しいものを食べたりしました。

國光饅頭-台南包子研究中心第拾弐個

2011年06月03日 | その他



”台湾全土の有名肉まんを分析する ”


っていう目的でずっと書いていた、

” 台南包子研究中心シリーズ ”



今回、5年半ぶりに 12個目の肉まん
” 國光手工饅頭 ”
を分析する。

これまでに分析してきた 台湾各地の肉まんは、
下の11個。

いずれも 台湾の肉まんファンなら 一度は聞いたことがある
超有名な肉まんばかりだ。


” 1-新竹黒猫包 ”
” 2-台南包子禄 ”
” 3,4-台東東河包子 ”
” 5-高尾金獅湖包子 ”
” 6-台北潮州包子 ”    
” 7-台南大菜市 ”  
” 8-鹿港振味珍 ”
” 9-嘉義就是我包子大王 ”
” 10-台南大道包子 ”
” 11-台南萬川號 ”

今回取り上げる
”國光饅頭 ”
は、実は 知名度だけなら
上の11個にも勝るとも劣らない。

けど、
5年半取り上げられなかったのには、

”國光” っていう 同じ名前の肉まんが
台湾の色んなとこにあって、
それが お互いにチェーン店でもないから

その内の どいつが元祖で
どいつについて書けば良いのか
わからなかった
- っていうワケがある。



( 國光手工饅頭 の地図 )

まぁ、
そういう事情があったんだが、
今回やっと、
台北市内の 寧夏ロータリーにある

”國光手工饅頭 ”
を取り上げることにした。

理由は、この5年半の間に
台北萬華の ”國光饅頭” は ”國品饅頭” に変わり、
雲林県斗六の ”國光饅頭” は営業を止め、
台北士林の ”國光饅頭” は まぁそんなでもなく、
結局ここが残ったから

- っていうことなんだな。

( あと、台北県中和市にも1軒あるんだが、
そこは 2000年ごろ開店した
明らかに かなり後発のミセだ )

それから 台南にも
”國光蒸饅頭”
っていうのがあるから
これはこれで 後で行くことにしよう。




台北 寧夏ロータリーの
”國光手工饅頭 ”
には、

”芋頭包子”
( タロイモ餡のあんまん )
みたいな甘い包子や
くるくる巻きのパターンが2通りあって可愛い
”小包子”
( 一袋 50元 )
もあるけれど、

この
”台南包子研究中心”
は、
あくまで 肉まん を専門に分析しているので
今回は
”鮮肉包 ”
1個 16元 を食べることにした。




上は その
”鮮肉包 ”
の外見だが、

かなり隆起がしっかりしていて、
これまで取り上げた

”台北潮州包子” や
”台南大菜市”

の系統のルックスだ。

オレは
こういうしっかりした皮を ”南部風 ”、
ふわっとして軽い皮を ”北部風 ”
と勝手に定義している。




それで、

ガブリ

とかみつくと、

”あぁ、こりゃぁ うまい・・・・ ”

まず、
写真をみて判るとおり 肉汁がバツグンに多い。
( 汁がこぼれて服を汚すから、食うときは肉まんを持って
上の方からかみつかないといけないゾ )

それと
とっても肉まんにあう 良い香りが プンプン する。
( 日本の肉まんにはない ありがたい特徴だ )

餡の味については、

こういうタイプの
” 南部風 ”
の皮がしっかりした肉まんだと
醤油系の 甘辛味が多い けど、
( 台北潮州包子、新竹黒猫包、台南大菜市 など )

ここのは
” 北部風 ”
の ダシ+塩 の味でまとめてあって、
( 大陸でも
北方は塩中心の味付けで、
南方は醤油をかなり使う
っていう 傾向があると思う )

その あっさり塩味が
すごく多い肉汁とか 非常に良い香りと
バッチリ あっている。

相当うまい!




さて、いよいよ上が
” 台南包子研究中心 ”
メンバーによる
” 國光手工饅頭”
の 評価だが、
オレの印象どおり かなり高い点がついている。

皮は、
”潮州包子” や ”大菜市” ほどではないが
かなりしっかりした南方風で

その中に、北方風の
汁たっぷり + あっさり塩味の餡が入っていて、
良い香りでまとめてある。

南北ミックスの
なかなか うま~い 肉まんだ。

近くまで来た人は 是非食べてみることを お薦めする。

日持ちはしないが、
その日の内に持って帰るなら お土産にしても良いな。


さて最後に、
何故 こんなに沢山の
”國光” っていう
饅頭屋があるのか の理由について考えておく。

実は
”國光”
っていうのは 別に固有名詞じゃなくて
”国家の栄光 ”
という様な 意味の言葉で、

国民党が 大陸から台湾にやって来たときに
”光復(グアンフー、
台湾から日本が去って栄光が復活した意味)”
などの 言葉と一緒に多用されていた。

だから、
”國光饅頭 ”
っていうのは、まぁ
”栄光の台湾饅頭 ”

っていう程度の意味かな

オレは勝手に 考える次第だ。

ちなみに
大陸出身の馬さんに

”國光計画”
ってのは どういう意味か知ってる?

と 聞いたら、

”りんご の種類だろ! ”
と即答が来た。

あにはからんや、
これは実は

戦後中国共産党に追われて 台湾にきた国民党が
その昔 あっためていた

もう一度 大陸に反攻する
その計画
のことだったんだな。

( そう説明したら
” ダッハッハッ ”
ちって 笑われちゃったよ ・・・)


じゃあ また。


5月23日のアクセス数- 620
5月24日 - 675
5月25日 - 589
5月26日 - 793
5月27日 -1077
5月28日 - 585
5月29日 - 633
5月30日 - 683
6月01日 - 665

5月24日 と 6月01日 は
ウェイトと5kmインターバルをやり
他の日はダラリでした。

肝臓がかなり悪いので
またお酒をやめてます。


P.S.
ここまで、
すごく有名な 肉まんばかり取り上げてきたけど、
次は、

”台中 顔記 ”
”嘉義 民雄 ”
”高雄 大成橋頭 ”

くらい になるんだろうか?

あるいは、誰か
” 黒猫包 ” とか ”東河包子 ” クラスの

有名店を知っている人がいたら、
教えてくれないかなぁ。

それと、
1回くらいは 台湾のミセばかりじゃなくて

日本の
” 北九州小倉 揚子江 ”
みたいな 名店をとりあげてみようかな。




空心菜育成結果報告

2007年09月21日 | その他


   
( ダシでサッとゆがいた空心菜 )

ここんとこずっと
台湾のカップ牛肉麵評価シリーズを
書いているんだが、

今回1回肩透かしさせてもらって、
全然関係ない話題を取り上げる。

そいつは
日本ではあまり食うチャンスがないが
台湾では、いっとうよく食べられている野菜
” 空心菜 ”
( ” クウシンサイ ” じゃないヨ、
 読み方は
 ” コンシンツァイ ” だ! )
の話だ。

この夏、
前からすごく興味があった空心菜の種を
人に頼んで手に入れたオレは
知り合いに配って、育ててもらうことにした。
( オレ自身はアパートに一人暮らしで
  帰りも不規則でとても面倒見切れないからネ )

安くって、
栄養があって( ビタミン含有量がすごい )、
うま~い空心菜。
簡単に育てられるから、
東南アジアでは、
日本や韓国なんかの、寒い季節が長い所以外では、
どこでも広く作られている。

すぐ大きくなるから
日本でも商業的には殆ど作ってないけど
一般の人では
6月~9月に地植えにして育てて、
食べていることも多いらしいゾ。




空心菜は
植物学的にはヒルガオ科なんで、
種も小学生の理科でよく見た
アサガオとかヒルガオの種とよく似ている。

2~3mm位で菜っ葉類の種としては
結構でかいヤツだ。

オレはこの種を会社の
高さん1号と2号や、他のみんなにあげて
育てた結果を知らせてもらうことにした。




上は、
高さん1号が小さめのプランターで育てた結果だ。

犬を飼っている高さん1号家では、
シッコをかけられないように、
こんなプランターで丁寧に育てたわけだが、
なんか、
磯野波平さんのあたまみたいな、
ちょびっと元気がない感じになっちまった。

ただ、
発芽率はすごく良いらしいゾ。




それで上が、
高さん2号がたっぷり肥料をやって
地植えで育てた結果だ。
( ちなみに台湾じゃ
  土がある庭を持っている家庭って殆どない
   ・・・と思う )

1ヶ月半くらいでこんなにでかくなったってことだが、
見た目は台湾でよくみる空心菜とは
全然違う。

台湾でよく炒めたり ( ツァオチンツァイ )、
ダシでさっとゆがいたりして ( タンチンツァイ )
食べているやつは、
もっと緑色が濃くて
葉っぱが細長い。

実は、
ここまで大きくなって
みんなやっと気がついたんだ。

オレが種を配って、みんなが育てた空心菜は、
同じ空心菜でも、
タイとかベトナムで食われている、
葉っぱの幅が広くて、
茎が蔓化する
種類のヤツだったんだ。

なんとなく
これじゃあ本当にアサガオの葉っぱみたいで
ちょいと有難味がないが、
食ってみたらびっくりした。

台湾式の空心菜より葉っぱも茎も柔らかくて
実にウマい。
サッと、にんにくと炒めて、
鳥ガラスープで味をつけたら、
最高だったネ♪

このBLOGを読んでる人も、
台湾でなら簡単に種が手に入るし、
日本でもネット販売で
栽培キットが売られているから、
みんな試してみると良いと思ったゾ。
( 台湾式か、タイ式かどっちが手に入るかは
  オレもちょっと判らないけどナ )


そいじゃ!



9月16日のアクセス数 - 500
9月17日のアクセス数 - 578
9月18日のアクセス数 - 423
9月19日のアクセス数 - 371
9月20日のアクセス数 - 398


9月16日の練習 - 出張休み
9月17日の練習 - トレッドミル6km + 体に負担にならないウェイト少し
9月18日の練習 - 体調悪く(微熱)休み
9月19日の練習 - 残業で休み
9月20日の練習 - 会食で休み


吹牛-台湾ゲーム①

2007年03月14日 | その他


   


旧正月前から元宵節過ぎて今になるまで、
ぜんぜんBLOGの更新をやってなかった。

今日はやっと
少しやる気が出てきたので
最初こっちに来たころ飲み屋でおぼえた

” 吹牛、ツイニョウ ”

という台湾でよくやる
サイコロを使った簡単なゲームについて
ちょびっと書いてみることにした。

日本人でも、こういう

” 吹牛 ”
” パラ拳 ”
” 台湾麻将 ”

なんかができると、
台湾の人の飲み会とか、
春節にみんなが集まる時とかに一緒に楽しく遊べるから、
この機会に覚えておくと良いゾ。




” 吹牛 ”
で使う道具は、
サイコロと、サイコロを振るときに使うカップのようなものだけだ。

人数は何人でもできるが、
まぁ2人から5人が、
ちょうど面白く遊べる人数じゃないかナ。

ゲームをする人は、
各人5個ずつサイコロを持ち、
一せいにカップに入れて振る。
( 出た目は他の人には見られないように、自分だけ見る )

そして、振ったあと順番に、
サイコロの目と、
その目のサイコロが全員の合計で何個あるか
を言っていく。
「  が4個! 」
てな感じだ。

サイコロの目と個数を言うときは、
何の目を何個言っても良いけど、
必ず、
自分の前の人が言った個数と同じか
それよい多い個数を言わなくちゃいけない。
それと、
もしか同じ個数を言うときは、
前の人が言ったサイコロの目よりも、
数が大きな目を言わなくちゃいけない。

例えば前の人が
 が5個! 」
と言ったら次の人は、
が5個、
あるいは、
何の目でも良いから、6個以上の個数を言うわけだ。

普通は、
少ない個数から言い始めるんだが、
こんな風に順番に
サイコロの目と合計個数を言っていけば、
だんだん個数は増えていく。

そしてその内、
前の人が、
「 どー考えても、場に実際にあるより多い個数を言ってるなぁ・・・ 」
って思う時がやってくる。

そうしたら、ダウト ( doubt ) の意味で
「 抓、ヅア! 」
と言って
全員のカップを開け、前の人が言った目のサイコロが
本当には場にいくつあるのかを
調べるよう要求するんだ。

空けてみて、
前の人が言った個数が、
場にあるサイコロの合計の個数より多ければ、
前の人がオーバーの個数を言ったわけで
前の人の負け。
もし、同じか少なければ、
「 ヅア! 」
を言った人の推理が間違っていたわけで、
「 ヅア! 」
を言った人の負けになるわけだ。




だけど、
これだけだとルールが簡単すぎるので、
もう一つ約束ごとがある。

それは、通常の場合、
は、
の、どの目としても数えても良い
- ということだ。

( 但し、例外として一番最初の人が
  「 が○個! 」
  と の目で個数を言った回だけは、
   を他の目として数えることはできない。 )

通常の例で、
3人で遊んでいる上の場合だと、
サイコロのそれぞれの目の合計個数は、

 X 4個
 X 7個
 X 5個
 X 8個
 X 5個
 X 6個

になるヨ。



さて、
” 吹牛 ”
は、簡単なゲームで、
誰でもすぐ遊べる反面、実は、
これはこれでなかなか奥が深い。

自分が見ることができる5個のサイコロと、
” 他の人が言っている目や個数 ”
をデータにして、
負けないためのタクティクスを考えるわけだが、
慣れてる人は、
最初始まった時から勝負が決まるまで
1回分全部のストーリーを想定してゲームをやっているし、
目の言い方にも、
他の人を混乱させるための巧妙な
” デマ情報 ”
が織り込まれているんだ。

大体、もともと
” 吹牛 ”
っていうのが、中国語で
” ホラを吹く ”
っていう意味だもんネ。

上の写真をみれば、
ラーメンマンが、オレとの
” ハラの探りあい ”
で、えらく苦悩してる様子がよく判るだろう。




上の写真は、
ウソ情報で見事オレの
「 ヅア! 」
を言うタイミングを狂わせ、大喜びの
” ラーメンマン ”

” のりぴー ”
だ。


1回終わったら、次の回は、
負けた人から最初に目と個数を言い始めることにして、
” 各回負けた人が少しお酒を飲む ”
( イッキは危険だし、酒の浪費だからやめた方が良いゾ )
とか、
” 最初に負けが10回になった人はサルのまねをする ”
とか、あらかじめ、
ちょっとした罰ゲームを考えておくと良いだろう。



( かな~り ” 吹牛 ”が強い ” 舞ちゃん ” )


「 さぁ、これでやり方が判ったかナ?
  それじゃさっそく 今日から遊んでみようか ! 」




3月08日のアクセス数 - 430
3月09日のアクセス数 - 356
3月10日のアクセス数 - 888
3月11日のアクセス数 - 745
3月12日のアクセス数 - 381
3月13日のアクセス数 - 375

3月08日の練習 - 休み
3月09日の練習 - 休み
3月10日の練習 - トレッドミル6km & ウェイト(ジム)
3月11日の練習 - トレッドミル6km & ウェイト(ジム)
3月12日の練習 - トレッドミル6km & ウェイト(ジム)
3月13日の練習 - 休み

色々事情があって3月のNIKEレースへの参加は見送ることにしました。

麻婆豆腐-新竹手工料理①

2006年07月05日 | その他





” 麻婆豆腐 ” - を2回作った

何で2回作ったかっていうと、
1回目失敗して、作り直したからだ。
( 上の写真は2回目、うまくいった方の作品 )

下が、
1回目の調理を始める前に、オレが考えていたレシピだが、
こいつには重大な欠点があった。




つまり、
” 豆板醤 ” とか ” 豆腐 ” とかいっても
台湾じゃセレクションの幅が広い。
銘柄指定なしで適当に材料を買って作ったら、
豆腐は粉々になるわ、
とてつもなく辛くなるわで、
” 麻婆豆腐 ”
じゃなく、
” 強力暴漢撃退ペースト ”
みたいなもんができちまった。
- ってわけだ。

もう、
” 愛のエプロン ”
を見ても、
すなおに笑えないオレがいる。




上左が1回目に使った豆腐だ、
” 火鍋 ”
って書いてあるから、
加熱用の木綿豆腐みたいなものかな と思ったら、
こいつが、
フライパン投入後、
お玉でひと混ぜするたびに粉々になって、
火がとおった頃には、もう完全な
” お粥 ”
になっていた。

右上は2回目に使った万能豆腐だ。
フライパンをかき混ぜるとき
木のへらを使うようにしたこともあるけど、
こいつで作ったら、
あまり粉々になるようなことはなかったゾ。




それに、
万能豆腐だから、上の写真みたいに冷奴にしても美味しいし。




しかし最大の問題点は、
やはり豆板醤の選択だった。

事務所の女性の部長さんに聞いたら、
「 ” 寧記 ( 右のビン ) ” が最高よ! 」
って、
親指たてて言われたから、
こいつを買って大さじ一杯いれたんだが、
大量破壊兵器並みの辛さになりやがった。

しょうがないから左の
” 岡山名産辣豆板醤 ”
を買いなおして使って、今度はちょうど良かったネ。
( 上からビンの中見たら、全然色がちがう )

次の日、
「 軽くクレームつけとくかナ。 」
と思って、部長さんに
「 あのー、昨日麻婆豆腐作る時ですねー、
     ” 寧記 ” の豆板醤入れたらですねー。 」
と言い出したとたん、

「 なんでそんな辛いもの入れるの! 」

って逆に
すげーいきおいで説教されちまった。


大体昔から、
オレのまわりにはこーいう感じの人が多い。




上はその部長さん。




何はともあれ、
学習効果がすぐ現われるタイプのオレは、
2回目にしてほぼ完全な麻婆豆腐を作り、
スープまで用意したのであった。
( また豆腐が壊れてちっちゃくなるといやだナ
  - と思って豆腐をでかく切ったら、2回目は全然壊れなくて、
     いやに豆腐がでかいマーボーになった。 )


最後に一言。

今回は、軽い日常の生活報告をしたが、
それは、
次回からちょっと気合の入ったレポートを連続して書くための、
” ちょっとした息抜き ”
みたいなもんなんである。

早とちりして
「 まじめな話を書かんかい! 」
みたいな怖いコメントをくれないでくださいね。



 では、本日はここにてご無礼 !





7月1日のアクセス数 - 525
7月2日のアクセス数 - 655    
7月3日のアクセス数 - 482
7月4日のアクセス数 - 523

7月2日の練習 - 散歩だけ(水交社周辺)
7月3日の練習 - トラック9km(清華大学)
7月4日の練習 - ウェイト少々(自宅)
7月5日の練習 - ウェイト少々(自宅)

3日に走った時に、インターバルを入れたら
ひざをややトラブった模様。




     
       【 P.S. 自然観察のコーナー 】



この前、アパートの外の植え込みで見つけた。
”カタツムリ”。
日本のよりずーっと デカイ!
( 後ろのビールの缶と比べてみなヨ。 )
この写真では判りにくいが、
よく見ると殻もすごく立派だ。






民国95年3月5日の 【 台南一日ラーメン屋 】

2006年04月12日 | その他




ずいぶん時間が経っちゃったけど、
   ” 一日ラーメン屋 ” の報告をするヨ




(1)きっかけはフジテレビ

先月の5日に、
半年振りに ” 1日ラーメン屋 ” をやった。

この期間、
オレもラーメンマンも
台南の人に本当の日本のラーメンを食ってもらいたい
- という気持ちは強かった。
でも仕事も忙しかったし、
「 あれは疲れるからナー! 」
と思うとなかなか踏ん切りがつかなかったんだ。

そんなとき、
フジテレビの朝の番組
” めざましテレビ ” の ” ワールドキャラバン ”
からオレに出演者探しの依頼が来た。
そこでオレは、
「 この話にはラーメンマンが一番あってるゼ。 」
とか思って、
さっそくラーメンマンと相談して、それで
いよいよまた
” 台南一日ラーメン ”
をやることにしたのサ。

最初は前と同じで
「 50杯くらいつくりゃあいいかナー。 」
とか軽く考えていたんだけど、
聞いてみると、
このBLOGを読んでる人や、
口コミで来るような人がすごく多そうな感じになってきた。
それに、
ローカルの掲示板に紹介を書いたら、
1400ヒットも反応があったんで、
「 こりゃ、ヤバイ。 」
と思ってとりあえず、
手に入るだけの材料を頑張って用意することにした。



今回は前とは違って、
ラーメンマンの得意な豚骨ラーメンで行く事にして
( 前は鶏ダシの醤油ラーメン )
前日から段取り確認の為のテスト仕込みを開始した。

上左は、テスト仕込を余裕でこなすラーメンマン。
右は、
既に現地入りしていたフジテレビのメンバーと、
前の晩に
” C海産 ” で食事をした様子だ。
前面に写っているのがレポーターの
” 学くん ” で
となりに写っている、たまたまおそろいの緑の服の娘さんは
フジテレビとは何の関係もない、
ハイネッケンビールのビール小姐だ。

メシを食ったあと、
ラーメンマンは具の仕込のため家へ帰ったが、
オレとフジテレビの人達は
” 花園夜市 ” へ遊びにいった。
花園夜市では人出がすごくて、
あえなくカメラマンの人が迷子になってしまった。
みんな台南の夜市の熱気にインパクトを感じていた様子だった。



(2)気楽だった仕込

当日は朝から、
” 水仙宮市場 ”
へでかけて、
ネギとか豚骨とかを買うところを撮影した。



上は水仙宮市場の様子で、
左から、
買い物の前にいきがっているラーメンマン、
ネギとにんにくを見比べている学くん、
豚骨の解説をするラーメンマン
だ。



上は水仙宮市場の
” 阿美豚肉 ”
でおばさんに豚骨を割ってもらっている様子。
ここには、丸ごとの豚の頭とか足なんかの
かなりインパクトが強いものがあるが
「 朝の番組だからちょっと使えない絵ですネー。 」
なんてフジテレビの人は言っていた。

買い物のあとは
” 蕾 ”
に行って仕込を始めたが、かなり時間が押していて
みんなで手分けして作業をしたゾ。



( 叉焼を切るラーメン太太 )

亭主の道楽に文句も言わず付き合ってくれるこの人には毎度頭が下がるヨ。
オレのかーちゃんととっかえてくれー!



( ネギを切るのりぴー )

いつも変てこなのりぴーは実は料理学校出身の凄腕包丁人だった。
この人無くしては今回の大量のネギはとても切れなかったヨ、ホント。



( ミセのポスターを貼るkool_tada )

所詮オレにできるのはこのくらいのことサ。



( ゆで卵を切る学くん )

おどろいたことに、彼はオレが気がつくまでずっと卵を横に切っていた。
当日変な切り方の卵を食った人ー。 それは学くんの切ったヤツだゼ。




みんながそうこうしている間、
ラーメンマンはスープを作っていた。
写真は白濁した豚骨で、かなりしつこそうだが、
こまめにアクと油をとっているので、
実はすごくさっぱりしているゾ。




ラーメンマンがスープを仕込んでいる間、
フジテレビの人達はヒマなもんで、対面の
” 赤嵌担仔麺 ”
で台南名物、担仔麺の撮影をやりに行った。
いよいよ豚ガラを出し始めたら
こちらの撮影に帰ってきたが、
ガラ出しは手間食うから、
ラーメンマン、学くん、オレの3人でやったゾ。

この時点でオレ達の頭の中は
「 今日は100杯とちょっと出せるナ。まぁ十分だろう。 」
という計算が出来ていた。



(2)緊張の本番

だが、
時刻が4時に近づく頃から、あたりの様相が一変してきた。
オレ達がまだ準備をしているのに、
蕾の前にはラーメンを食いに来た人が並び始め、
やがてその列の長さはどんどん、どんどん長くなっていった。



5時になった時点で、用意した整理券を配ったら
何十枚もの整理券が全部無くなっちまったのに、
まだ人が来続けている。
( ヤベー、
  いっぱい来てくれるのはうれしーけど、
  仲間うちの分を残そうと思ったら、
  これから来る人は全部断んなきゃなんないヨー。 )



思いがけないほど沢山来た人にド緊張しながら、
オレ達はラーメンを作り始めた。

でも、いざ始めて調子に乗ってしまえば、
テレビカメラも大勢の客もあまり気にならなくなって、
もう、とにかくガンガン作りまくったゼ。



ラーメン作ってる間は自分達のことで夢中だったけど、
今回はお客さんが多かったから、
配膳や洗い物をやってくれた人達はほんと大変だったと思う。
どうもありがとうございました。
それととなりの
” 碳烤三明治、炭焼きサンドイッチ ”
のミセには機材なども全面的にバックアップしてもらって
ほんと、感謝しています。



上の写真は、左からそれぞれ
配膳と洗い物をお願いした、華ちゃん、のりぴー、ちーまま、
機材バックアップをお願いした、碳烤三明治のみなさん、
仕入れとかをお願いした、ビビアンだ。

それと何より、
日曜日にラーメン一杯のためだけにわざわざ来てくれた
お客さん全員にお礼を言いたい。
本当にどうもありがとうございました。







(4)そしておしまい

当日は8時までに終わるつもりだったが、
仲間内のラーメンを作っていると9時近くになっちまった。
気がついたら110杯もラーメンが出て、
最後に残った麺を、
フジテレビの人とオレ達が食うことになった。



左上は、
最後の一杯を作る前。
みんな結構まだ元気がある。

右上は、
ラーメンを食べるところを撮影されている学くん。
スタッフの人からダメ出しがでるもんで、
ラーメンがどんどん冷えちゃって
あまり美味くなかったかもしれない。






そして、
ほんとうの最後の最後に、
ラーメンマンへのインタビューがあって、
日本のオヤジさんからの手紙がわたされた。

オレや、
他のメンバーは蕾のミセのなかで
その様子をみていたんだが、
オヤジさんの、息子のことを思う長い手紙と
それを読むラーメンマンを見ていて
みんな結構、
ジーンと来ていた。


もうずいぶん前に父親を亡くして
すごくいい親だったんだけど
” 手紙 ”
- というものは、
生きてる間に一度ももらったことが無いオレは、


こーいうことに、
テレビの演出 
- みたいなものだってもちろんあるんだろうけれど、



少なくともその手紙はホンモノだ!



なんて思ってた。





と、いうようなところで
今日のところはおしまいにしておくことにしよう。

それではみなさん、 (^0^)/~~ また次回!





4月05日のアクセス数 - 720
4月06日のアクセス数 - 763
4月07日のアクセス数 - 400
4月08日のアクセス数 - 434
4月09日のアクセス数 - 515
4月10日のアクセス数 - 351
4月11日のアクセス数 - 419

4月06日の練習 - 休み
4月07日の練習 - ウェイト&トラック(成功大学)15km
4月08日の練習 - ウェイト
4月09日の練習 - ウェイト&トレッドミル6.1km
4月10日の練習 - ウェイト
4月11日の練習 - ウェイト
今日の練習    - ウェイト


    

みなさんありがとうございました! 謝謝大家!

2006年03月06日 | その他



昨日、

”台南1日だけの日本式ラーメン屋”

わりと無事(かな?)に終了しました。

食べに来てくれたみなさん、
手伝いをしてくれたみなさん、
それと、
やる気不足だったラーメンマンとオレに
きっかけをくれたフジテレビさん
本当にありがとうございました。



今回は最初50杯限定といっていましたが、
夕方5時から始めて8時前までの3時間弱に
結局110杯を作ることになりました。
本当に疲れました・・・・・

それで昨日は、テレビの取材もそうでしたが、
5時前に来て長蛇の列にならんでくれたお客さんに
すごく緊張しました。
そして、
食べる前、長いことお待たせしてしまって
どうもすみませんでした。
( やはりプロと比べると他のこともありますが、
  拉麺作るスピードが全然だめでした )
あと、
せっかく来ていただいたのに、
材料が足りなくて食べられなかった方々、
どうも本当に申し訳ありませんでした。



今回は想像を超える忙しさだったので、
殆ど当日の写真をとれませんでした。
あとで、フジテレビの人から写真をもらって
ちゃんとしたまとめの報告を致しますので
今日の所は、カンベンしてください。
( 頂いたコメントとかも、後で全部、
  まとめ報告の方に、整理して移動しておきます。 )


まずはお詫びとお礼だけ
このBLOGでさせてください。

本当にみなさん、

どうもすみませんでした。

そして

どうもありがとうございました。



       m(_ _)m m(_ _)m  kool_tada & ラーメンマン





民国95年3月5日の ” 台南一日ラーメン屋 ” (予告)

2006年02月26日 | その他



オレとラーメンマンは半年ぶりに
”1日だけの日本式ラーメン屋”
を台南でやることにした。

場所=民族路二段285号スナック”蕾”
時間=3月5日(日)17時~19時

今回も1日限り、限定50杯なので
興味が有る人はぜひ食べに来てくれ。

当日はフジテレビ
” めざましテレビ ”
の人達も取材に来てくれる予定だ!






( 前回の ”台南一日ラーメン屋 ” の様子 )

3日前のアクセス数  - 456
一昨昨日のアクセス数 - 496
一昨日のアクセス数  - 671
昨日のアクセス数   - 431

一昨昨日は、夜、清華大学のトラックで14.5km流して走りました。
一昨日は、練習は休みでした。
昨日は、ジムでウェイトと、軽くトレッドミルをやりました。
今日は、これからジムでウェイトと、軽くトレッドミルをやる予定です。


台南別類収集2

2005年11月17日 | その他



( 台南交流道付近にある
 ” 全家商店 ( ファミリーマート ) ” のニセもの ” 銓家商店 ” )


今回は手抜きだ。

- っていうか、
今までこのBLOGを続ける間に
色々な所に行って写真を撮ってきたんだが、
中には、
” ちょっとは面白いけれど、あえて紹介するほどじゃないヨ ”
っていう小ネタが結構あって
ずっと人に見せないまま、ファイルの中に溜まってきてしまっていた。

そこで、今回はその内のいくつかを
” 台南另類 ( リンレイ、変わったもの ) 収集 ” シリーズ
の第2回として、ひとまとめに紹介することにした。

ついでに言っておくと、このシリーズの第1回は
思いがけず反響が大きかった
” 馬桶主題餐店 ” 
なんで、
ゲテモノに興味がある人は、また読んでみてくれてもイイぞ。




一番上が、ファミリーマートのニセものだったので、
上に、萬昌街にある
” Glico Cafe ”
の写真を載せて見た。
別に、グリコなんてまねする意味全然ないと思うけど
ロゴまでそっくりにしてるのが何かおかしい。
( とか言って、本当に江崎グリコの資本が入ってたら
  あやまりにいかなきゃナ )




マネ続きで、
次は高雄に行ったとき、文化センターの前で
日本のダンスチームのマネ ( っていうか ” フリ ” ) 
をしていた - だって日本語しゃべったりするんだゼ - 若い子達。
踊りは結構うまかったが、
” 雷門 ”
のちょうちんが
” 鳥居 ”
の下についているのは、いかにも変てこりんだ。




” 鳥居 ”
の写真が出たから、
ついでにファミリーマートで売っている
” 稲荷寿司 ”
の写真を載せる。
味は日本のものと全く同じだが、台湾ではこういう寿司は普通
” 豆皮寿司、トウピーソウス ”
と言う。
台湾人の友達に聞いたら誰も
” 稲荷 ”
の意味を知らなかった。




上の写真は、
マネじゃなくて
この前台南で乗ったタクシー。
乗ったとたんに、
「 にーちゃん、一曲どうだい! 」
って、カラオケをすすめられた。
ほえ~。




上の写真は、オレの雨傘。
車の運転が乱暴な台南で、
視界が悪い雨の日に、うっかり轢かれちまわないように
でかくてハデハデなのを使っている。

ところで、台湾ではこういうでかい雨傘のことを
” 伍百萬、ウーパイワン ”
と呼ぶことが多い。
理由は、
昔、台湾の保険会社が、
補償範囲が大きい保険のことを、でかい雨傘に例えて
” 伍百萬 ”
と呼ぶテレビのスポット広告を、沢山流したかららしい。




上の写真は、
大同路にある火鍋屋。

ミセの名前がすっげーカッコ良いじゃないか!

( アホくさ・・・・・ )




- ということで、
  今回は、かなり簡単だが、これにてご無礼!


    

四日前のアクセス数 -  530
一昨昨日のアクセス数 - 680
一昨日のアクセス数 -  441
昨日のアクセス数 -   458

一昨昨日は、成功大学のトラックで13.5kmJOGをやりました。
一昨日は、ジムでウェイトをやりました。
昨日は、ジムでウェイトをやりました。
今日は、成功大学のトラックで13.5kmJOGをやりました。



----- P.S. ------

昨日で49日間の禁酒が一応終わったので、
今日、成功大学のトラックを走ってシャワーを浴びた後
ビールを一缶飲んだ。
長いこと全然飲んでなかったし、
たまたま走った後で体がドライになっていたので
すごく酔っ払ってしまって、
このBLOGはへーへー言いながら書いた。

----- おしまい -------




突然の訃報

2005年09月29日 | その他



( 今回の内容は台南とは、全く関係ない私的なものだ )


昨晩、
四つ年上の従兄弟が、健康上の理由から突然他界した。

最近は、あまり会う機会がなかったが、
子供の頃から行き来のあった親戚で、
日本では同じ横浜市内に住んでいた。

結婚というものをしないまま、壮年になっていたが、
高度の教育を受け、社会的にも相当な高い位置にいて、
なにより、とても人当たりのよい温厚な人物だった。
( 子供には、特に良く好かれた )

今年の正月には、
やはり横浜市内に住んでいる姉の家に、
亡くなった従兄弟や、オレの家族が集まって食事をしたが、
その時は、特に変わった所は無かったそうで、
オレにとっても、
びっくりするような突然の死だった。





死因は、食道の静脈瘤破裂によるもので、
普段からよく酒を飲んでいたし、
仕事もかなりハードだったようで
肝臓が弱って、静脈瘤ができやすくなっていたらしい。

先週の金曜日までは普通に会社勤めをしていたが、
日曜の朝に、友人と約束していたゴルフに来なかった。
不審に思ったその友人が家まで行って、
意識がないまま倒れていた従兄弟を、発見してくれたそうだ。

オレもそうだが、
単身赴任だったり、独身だったりして一人で暮らしている男は、
ストレスや、過労や、酒のせいで体の異変をおこしても、
それがたまたま休日だと、
自分が倒れたあと 人に気づいてもらうまでに、
かなりの時間がかかってしまう。





以前会って食事をした時、
従兄弟がオレに、会社での話をしたことがある。

夜泣きをする赤ん坊のせいで、
若い奥さんが、夜中にヒステリーを起こしてしまい、
会社に遅刻してきた部下の話だ。

そして従兄弟は、

「 すごく深刻に、遅刻の理由を説明するんだが、
  その話はボクには、ピンと来ない分野なんだよなー、
  ハハハハハ。 」

と、長身の体を少し曲げながら快活に笑った。

そのときオレは、

この従兄弟が、
家庭をもった者の、思いがけない苦しい一面も
そういう苦しさが想像できないという、
自分の少し淋しい一人暮らしも、
どちらも、ただの軽い話題として扱えるような、
そんな、こだわりのない境地で暮らしているんだろうな。

と、そう感じたものだ。



小学校の夏休み、田舎の祖母の家で、
自転車に二人乗りして川へ釣りに行ったときのことなど、
他にも、色々沢山の、
生前の従兄弟の様子が、次々と頭に浮かんでくるんだが、

どういった回想も全て、最後には

「 何故、こんな急に。- 」
「 早すぎる。 」

という、同じ思いにだけ行き当たってしまうような
そんな突然の訃報だった。


そして、
遠く離れて、通夜にも葬儀にも参加できないオレは、
前には、ただ自分自身の胃炎の為にやっていた禁酒を、
今度は、
突然逝ってしまった、本当に好人物だった従兄弟への追悼の意味で、
今日また、始めることにした。















激闘記録-台南 ONE DAY 拉麺屋

2005年08月30日 | その他



とうとう、おっぱじめちまったゼ! 


今年の8月、
どこへも行かなかったラーメンマンとオレは、
キャンプや海水浴に行く代わりに、
シャレのつもりで、
一日だけの
” 本格日本式ラーメン屋 ” を、
台南の街中で開業することにした。

場所は、
民族路二段で、赤嵌楼の斜め向かい、
カラオケスナック ” 蕾 ” の一階を借りた。

ここは、
” 赤嵌担仔麺 ”
” 山根寿司 ”
” 翰林茶館 ”
なんていう、台南の超有名
” 小吃 ( 軽食 )” 食堂が、
ゴマンと立ち並んでいる地帯で、
ハンパな食い物屋はやれない所サ。


(1)” 一日ラーメン屋 ” のスタッフ

オレ達が ” 一日ラーメン屋 ” の話をしたら、
おもしろがって沢山の人が、
ミセのスタッフとして参加してくれた。



左上から、

今回の一日ラーメン屋の主役の、” ラーメンマン ” 、
” オレとスタッフのみんな ”、
配膳をやってくれた、” 蕾の華ちゃん ” 、
そして、ラーメンマンの娘の、” 千春 ” だ。


(2)” 一日ラーメン屋 ” の仕込み

もちろん、
この ” 一日ラーメン屋 ” は、ただの遊びだけど、
どうせやるなら、一生懸命やりたい。
ラーメンマンとオレは、
経験が無い分を、努力と工夫でカバーするつもりで、
ラーメンの材料を仕込んだ。



左上の写真は、ラーメンの麺。
こいつが結構な、難問だった。
台南では、
50食以上のラーメンの麺を仕入れるのは、至難の技だ。
万策尽きたオレ達は、
台南では、一番グルテンが多そうな麺を食わせてくれる、
” 阿龍意麺 ”
のラオパンに、生麺を打ってくれるよう頼み込んで、
やっと、試食分+本番の、60食分の麺を手に入れたんだ。

真ん中の写真は、ラーメンの具。
モヤシ、タマゴ、ネギ、焼き豚 を用意した。
焼き豚は、ラーメンマンが前々日から作りこんでいたもので、
オレ達が、一番自信を持っている具だった。
それと、わりと地味な具のモヤシなんだが、
何十人分ものヒゲをとるのは、ホントしんどかったヨ。

右上の写真は、一番大事なラーメンのスープ。
実は、昨日の試作のスープは、若いニワトリを使って、
ダシが弱い割には、油のにおいがきつくなってしまったので、
本番では大奮発して、
大量の鳥骨鶏と地鶏を、1対3位の割合で使ってスープを取ったんだ。


(3)” 一日ラーメン屋 ” 開店!

日曜日の夕方5時半、
ついに
” 一日ラーメン屋 ” がオープンした。
開店前から、結構お客さんが来てくれていたんで、
開店と同時に ラーメンマンとオレは
” 100%フルパワー ” で稼動を開始したゾ。



左上の写真は、
開店直前、最後のセッティング点検をする、ラーメンマンとオレ。

真ん中は、
声をかけあって、すばやくラーメンを作り始めたところ。

右上は、
お客さんの顔ぶれをラーメンマンに連絡する
ラーメン太々と千春だ。
( オレたちは、お客さんの様子を聞いては、
  ラーメンの味付けの濃さを、調整していた。 )

みんな、
” 遊びだ ” ってことなんか、完全に忘れちまって、
” 火の玉 ” 状態で、ラーメンを作ったゼ。


(4)” 一日ラーメン屋 ” のお客さん達

” 一日ラーメン屋 ” に来たお客さんは、
やっぱり、事務所の関係者とか、
知り合いの人が多かった。
このBLOGを読んで来てくれた人もいた。
みんな、オレ達のラーメンを食いに来てくれて、本当にありがとう!

あと、意外だが、
たまたま赤嵌楼に観光に来ていた台湾の人とか、
となりの ” 碳烤サンドイッチ ” のミセの人とかも、
次々に食いに来てくれて、
思ったより早いペースで、用意したラーメンは無くなっていった。


     ( ” 一日ラーメン屋 ” に来てくれた人達 )

ラーメン作ってる時は夢中で気づかなかったが、
あとで
「 なんで、カンバンも何もないのに
  通りすがりの台湾のお客さんがくるのかナ? 」
と、不思議になった。

そして、この疑問の答えは、ポチャンやビビアンが説明してくれた。

「 だって、頭にバンダナ巻いて白いTシャツ着た人達が、
  「 麺二丁入ります! 」 「 ハイ、麺二丁! 」
  とか、大声で何か作っていたら、
  台湾の人はみんな、
  「 あ! テレビで見たことある日本の食べ物屋さんだー。 」
  って、すご~い興味いっぱいになりますよ。 」

だ、そうだ。

ラーメン自体に対する評価は、結構良くて
「 ちょっと塩辛いけどスープがうまい 」
「 麺がしこしこしていておいしい 」
「 焼き豚が口の中で溶けておいしい 」
なんていうのが、大方の感想だった。

何にしても、皆さん、
オレ達の ” 一日ラーメン屋 ” に来てくれて、
本当にありがとうございました。


(5)” 一日ラーメン屋 ” 閉店!

” 一日ラーメン屋 ” を開店していたのは、
たったの1時間半くらいだった。
この間に、
予定していた30杯と、予備の分10杯を合わせた40杯は
あっという間に食べられちまって、
「 えー! もうないの? 」
「 次はいつやるんだい? 」
なんていう、うれしい質問に責められながら、
オレ達のミセは、夕方7時過ぎには、めでたく閉店した。



左上の写真は、
最後に、予備のスープを使って作った3杯のラーメン。
( ラーメンマンファミリーとオレの分 )

右上の写真は、
疲れきって、腹もペコペコのラーメンマンファミリーとオレが、
やっと座ることができて、
最後のラーメンを食っているところだ。

ホント、仕込みは寝ないでやったし、
単に 「 しんどい 」 っていうようなレベルじゃあなかったヨ。


軽い気持ちで始めた
” 一日ラーメン屋 ” の、全てを終わった時、
ラーメンマンとオレの、マジな感想は、

ラーメンマン:
「 疲れたー!
  毎日ラーメン屋やってた親父はホントすげーヨ!
  そんでも、今日はすげー面白かったぁー! 」

オレ:
「 思ったより全然大変だったー。
  もう、「 大変だったー。 」 ってことを忘れちゃうまでは
  二度と絶対こんなことやらねーヨ! 」

- っていうものだった。




以上で、
オレ達の ” 激闘の記録 ” は終わりサ。

今回は、本当に疲れきっちまったが、
元気が出たら、またなんか面白いことを考えるから、
これからも、
このBLOGに、ちょくちょく遊びにに来てくれよナ。

じゃあネ ♪




8月23日のヒット数 - 502
8月24日のヒット数 - 735
8月25日のヒット数 - 629
8月26日のヒット数 - 698
8月27日のヒット数 - 971
8月28日のヒット数 - 865
8月29日のヒット数 - 595

8月24日の練習 - ウェイト+5kmJOG
8月25日の練習 - ウェイト+5kmJOG
8月26日の練習 - ウェイト+5kmJOG
8月27日の練習 - ウェイト+5kmJOG
8月28日の練習 - 休み ( 1日拉麺屋の日 )
8月29日の練習 - 休み
8月30日の練習 - 成功大学のトラックで7kmJOG




------ P.S. ------

ただ疲れるだけで、何の得にもならない
” 一日ラーメン屋 ” 。

「 何でこんなこと始めちゃったんだろう? 」

- って、やってるときは、何回も後悔した。
( 特に京膳の料理長に、まだ不満足なラーメンを出した時にナ。 )

でも、終わってみれば
疲れたけど、本当にやって良かったヨ。




オレ達は、
フツーは、気づかないけどやっぱり
一日、一日、年をとっているんで、

” ど-しても必要だ ” 
- っていうことだけを、毎日イヤイヤやっているんじゃあ

残りの人生が、ただ減っていくだけで
何の面白いことも、プラスアルファもありゃあしない。

少なくともこの夏、
ラーメンマンとオレは 台南で、アホになって、頑張って
” 一日ラーメン屋 ”
をやったことで、

ラーメンマンは、
親父さんのことをまた見直すことができたし、

オレの方って言えば、
オレがもっとずーっと年取ったときには、
自分のマゴに、

「 おじーちゃんが昔、
  台湾の台南でラーメン屋さんをやった時にはナ ・・・ 」

- って、
ちょびっと自慢気味に、
今回のことのハナシが、できるようになったってもんサ ---


------- P.S. おしまい ------





試作会報告-台南 ONE DAY 拉麺屋

2005年08月28日 | その他




と、いうことで!


ラーメンマンとオレは、この土曜日と日曜日、
民族路のカラオケスナック ” 蕾 ” の一階を借りて
シャレのつもりで
” 一日ラーメン屋 ” をやっている。

今、土曜日の ” 試作 ” から帰って
このBLOGを書いているんだが、
ホント、食い物を作るのは大変だよ!

鶏でスープをとったって、
5人前作るのと、30人前作るのじゃあ、
全然勝手も分量も違うし、
大体、麺をゆがくのも、想定の通りになんか行きやしない。



今日が ” 試作 ” で、明日 ” 本番 ” のつもりで、
左上と真ん中の写真みたいに
スープの具合を見たり
麺を煮る時間を計ったりしていたんだが、


なんてこったい!


まだ、一個も要領が決まらないうちに
超大物の ” 京膳 ” の ” 料理長 ” 他のみなさんが ( 右上の写真 )
一番のお客さんに来ちまったゼ。

土曜の夕方で、
自分のミセが忙しい時間を、抜けてきて下さったんで
あんまり待たせるワケにいかなくて、
何の調整もしないまま、ラーメンをだしたけど
黙って、ガマンして
全部食っていただけて、本当にありがたかった。
( その上、紅包 ( ご祝儀 ) までもらっちまった! )
料理長! 
どうもありがとうございました!


そのあとは、
何度も、何度も、やり直して、
スープの味が落ち着いて、
麺をゆがく要領が何とかなって、
タレの分量も見当がついてきたころ、
やっとこさ、
蕾の女の子達に、試食のラーメンを食わせた。

それで、そしたら、
み~んなが、目を丸くして
「 好吃! ( おいしい! ) 」
って、言ってくれた。

うゎ~い!

そんなこんなで試作が終わって、
道具を片付けたあとで、
ラーメンマンとビールで乾杯したときには、

本当は、
今日は何回も、何回も、
「 なんでぇこんな メンドクサイ遊び、はじめちまったんだろう?
  すぐにやめて、家で昼寝したいゼ、暑い~! 」
- って思ったんだけど、
そんなことは全部、きれいさっぱり忘れちゃって、

頭の中が、みんなの
「 好吃! ( おいしい! ) 」
っていう、響きで、いっぱいになっちまった。



そーいうことで、
明日( 8月28日、日曜日 )は、
” 一日ラーメン屋 ” の本番だい!
ヒマがあったら、17時半からだから、
民族路の蕾まで、食いに来てくれよナ!

( でも、もしか数が足りなくて食えなかったらごめんヨ )

じゃあネ♪



おしらせ-台南 ONE DAY 拉麺屋

2005年08月27日 | その他



今のところ!


オレとラーメンマンは、
カラオケスナック ” 蕾 ” の一階を借りてやる
” 一日らーめん屋 ”
の準備で、すげい忙しー。

明日 ( 土曜日 ) の午後、 ” 試作会 ”
で、
明後日 ( 日曜日 ) の夕方5時半から、 ” オープン ”
の予定だ。

だから、BLOGのアップは、
明日の晩、試作会の報告を書いて、
明後日は、疲れてるから何もせず、
月曜か、火曜に、
” 台南一日拉麺屋 ”
として全体の報告をするよ。

時間があったら、
またこのBLOGを読みにきてくれよナ!

黒恤隊最後之日-台南日記第一場/The END(2)

2005年07月20日 | その他
 



黒シャツ隊長のM君が日本に帰ることになった。


黒シャツ隊は、
このBLOGを読んでいる人は知っていると思うが
ごく初期の頃から、色々なエピソードに登場していた、
オレ達の事務所の独身男の集団だ。

前はよく、
みんな大勢でつるんで遊びあるいて、
まだ日本人が少なかった頃の民族路を、
ブイブイいわせてた( 古い! ) もんだったが、

今年になって、
W君 ( 馬芝林啤酒城の回登場 ) や、
小ケン ( 枕頭公!枕頭婆!他の回に登場 ) が、
あまり台湾に姿を見せなくなったり、

半袖組のポチャンが結婚して ( 台湾的結婚式の回登場 ) 、
まっすぐ家に帰るようになったりしたので、
すっかり淋しい状態になってしまっていた。

そして、最近では、
このBLOG初期の人気記事の
” 夜猫子啤酒屋 ” や、 ” 日月食堂 ”
で活躍した中心メンバーの二人、
隊長のT君と、台湾最古参のM君 だけで、
辛うじて、” 黒シャツ隊 ” の名前を守っているような状態が続いていた。

そんな中、
黒シャツ隊最後の二人のうち
隊長のM君が、日本に帰ることになり、
長い間台南で、子供みたいに遊び続けていた黒シャツ隊も
T君たった一人だけになって、
もう、 ” 隊 ” とは、呼べなくなる日がやってきた。





振り返ってみれば、この数年間
黒シャツ隊を中心とした事務所の独り者達は、
台南でアホなことばかりやって遊んできた。

酒を飲めば、
正体が無くなるまでキリなく飲むのが当たり前で、
黒シャツ隊の ” イッキ ” といえば、
ビールなら特大ジョッキ、紹興酒ならビン1本を全部飲み干すことだった。
( かって猛威を振るった ” 影の大番長 ” なんかは、
  新品の紹興酒2ビンを連続して ” イッキ ” してみせたこともある。 )

そして、先に酔っ払って倒れたが最後、
まだ元気なやつらが、寝ているつぶれたやつに
めちゃくちゃないたずらをするのが恒例だった。

オレがくたばった時なんかは、
寝ている間に背中一面にマジックで
” 灯台の地図記号 ”
( 今回の記事の一番下を参照 )
みたいな模様をかかれてしまった。

その上、悪いことには、
翌日オレは、日本から来た人を温泉に案内する日になっていたもんで、
背中の模様のことを知らないまま、堂々と關仔嶺の温泉に入っていって、
その場にいた大勢の台湾の温泉客から、
いっせいに拍手喝采&大爆笑されてしまった。

そういうことで、
オレや黒シャツ隊が飲むときは
お互いに、絶対に酔ってつぶれたところを見られないように
いつも、一生懸命気をつかいながら、酔っ払っていたもんだ。

なかには、もうふらふらのくせに、
強がってバイクで帰ろうとしたヤツがいて、
フルフェイスのヘルメットをかぶったとたんに、
ヘルメットの中いっぱいに、ゲロを吹いて
あやうく自前ゲロで、窒息死しかかった騒ぎもあった。


----

こ~んなアホなことを繰り返しながら、
オレや黒シャツ隊は、毎日毎日
男ばっかりで、じゃれて遊びつづけていたんだ。


    


日本へ帰るM君の送別会は、
みんながよく行った ” 天堂鳥 ” の奥の部屋で開かれた。

この送別会は、
黒シャツ隊最後の日でもあるので、
事務所のメンバーは当然全員参加。
送別会開始前から、
” 無傷では帰れない ” 雰囲気が漂っていた。

案の定、
当日は最初からブリブリ全開の修羅場になり、
オレ達が
” バカチン ” と呼んでいる、アルコール分58度の高粱酒による
デス・マッチが延々とくり広げられた。

中でも、
黒シャツ最後の一人になってしまう、T君の飲み方はすごかった。
見ていたオレの胃が痛くなった位だ。

やっと、長い長~い一次会がお開きになったのは、
買い足した ” バカチン ” が空になり、
主要メンバーの殆んどが、
” 口は動いているが、意識は無い ” ような状態から、
意地だけで、2次会に移動しようと動き出したときだった。


2次会に行くタクシーに皆がのって、少し走り始めたころ、

「 おい! T君がいないゾ。 」
と、誰かが気がついた。
どうも、どこかへおいてきてしまったらしい。
ラーメンマンがT君の携帯に電話をかけてみると、

「 ・・ΨΩ㌦※〆 ・・・・ ●Ω㍾ξ◎∬ ・・・・・・・ ぐゥ・ヴぉぅ ・・・・
  ・・・・ ㌶⇔‰◆◎ж㊤☆ ・・・・・・・ ゲボゲボ ・・・・・・ 」

というような不思議な音が聞こえてから、電話が切れ、
その後は、何度電話をかけてももう二度と返事は無かった。

しょうがないから、この日ただ一人酔っていなかったオレが、
( 病気なので、ウーロン茶しか飲んでいなかったんだ )
T君を捕獲して、家に連れて帰ることになった。


オレはタクシーを降り、
携帯電話で呼び出しを続けながら、
ゴミ箱のかげや、広いドブの中を覗き、T君を探した。


         


携帯電話の呼び出し音を頼りに、やっと探し出したT君は
せまい路地の植え込みの中に、首を突っ込んでうつ伏せで倒れていた。

オレは、地面に散らばった荷物を拾い集めてから、
意識が飛んで、すっかり重くなったT君を、
待たせておいたタクシーの後部座席に押し込んだ。



走り出したタクシーの助手席で、
やっと一息ついたオレは、
窓の外を流れてゆく、台南の街の灯りをみながら、




・・・・・・・ オトコの人生で、

” 結婚もせず、GFも作らず、
  むちゃくちゃして遊んでいても、
  まぁまぁ サマ になる時期 ”
( もしかすると ” 若い ” とか、そんな風に呼ばれても良い時期 )

が、いくつまで続くのか/どのくらいあるのか、

- そんなことは、オレも判らないけど - 

でも、
黒シャツ隊のメンバーにとって、
この台南で、じゃれあって遊んでいたのは、
そういう ” 若い ” 時期の
一番おしまいの方の日々だったんじゃないだろうか。

そして、みんな心のどこかでは、
もうこんなコトは長くは続けられない
- っていうことに、気がついていて、

だからこそ、逆にあんなにメチャクチャに
はしゃいでいたんじゃないか。



今日は、
そんな、子供に戻ったような
” 黒シャツ隊 ”  との、
本当に、最後の一日だナ ・・・・・・・・・・



  -  と、そんなことを、
         ぼんやりと考えていた。






そしてその晩、
とりとめもないことを考えているオレの 後ろの座席では、

もう酔いつぶれても、
誰にもいたずらをされることが無くなったT君が
少し寂しい安心感の中で、今は静かに眠り続けていた。







五日前のヒット数 - 500
四日前のヒット数 - 536
一昨昨日のヒット数 - 507
一昨日のヒット数 - 722
昨日のヒット数 - 583

四日前は、寝る前に少しウェイトをやりました。
一昨昨日も、寝る前に少しウェイトをやりました。
一昨日は、完全に練習は休みでした。
昨日は、朝、ジムでウェイトと4kmのJOGをやりました。 
今日は、夜、ジムでウェイトと 800m のインターバル5本を入れて7km走りました。     


台中国際レースまで、あと81日。

禁酒17日目。 











                        
             ( 灯台の地図記号 )









胃検査-台南日記第一場/The END(1)

2005年07月15日 | その他
        



オレは、台南に来てから二年と半年、毎日ずーっと酒を飲み続けている。

そしたらついに、胃の調子が悪くなってしまった。
長いこと飲むのをやめても、変な違和感が消えないし、
寝る前に胃が痛くて眠れない時がある。

インターネットで調べたら、

” 胃ガンでこんな自覚症状があれば、80%は助かりません ”

なんて書いてあって、
それを読んだときオレは、全身に冷水を ザブっ と浴びたような気がした。

- そういうことで、オレはついに
  午前中会社を休んで、永和病院に精密検査をうけに行くことにした。
  ( ここまでが前回の記載 )


                      

その、
” 永和病院 ”
という、豆漿屋みたいな名前の消化器系の病院では、
問診、触診、超音波造影、胃カメラ のフルコースの検査を受けた。

担当の医者は、手馴れた様子で次々作業をこなし、
なかなか信頼できる感じだった。

そして、その信頼できそうな医者は、
触診の時、何も説明をしなかったのに、
いつもオレが違和感を感じる部分を
何度も叩き続けた。

一通り検査が終わると、外で待つように言われたので、
オレは診察室から出ようとして、後ろ手にドアを閉めた。

そのとき、

超音波の造影写真をみながら、
「 好像是 ・・・・ ( ハオシャンスー ・・・・、 たぶん ・・・・ ) 。 」
と、彼ががわりと小さい声で、看護婦に話しかけるのが聞こえた。


     


台南の駐在を始めてもうすぐ3年。

事務所のメンバーも気の良いヤツらばかりだし、
仕事もまぁ、そこそここなしてきた。

食事も口に合ったし、
何よりこの、台南の町ののんびりした雰囲気が気持ちよかった。

考えてみれば、
そんな恵まれた環境のなかで、オレは飽きもせず、

毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日 ま、い、に、ち、

竜宮城に行った浦島太郎みたいに、
馬鹿騒ぎをしちゃぁ、酒を飲み続けてきた。

そりゃあ調子が悪くなるときもあった。
だが、ちょっと腹が痛いようなときでも、
胃薬をビールで飲みこんだら、
結構それだけで、ごまかせていたんだ。



       


だがついに、こんな
” ごまかしが効かない日 ”
が、やって来やがった。

診察室に呼ばれて、仮の検査結果を聞くのを待つまでの間、
オレは正直、心の底からビビっていた。

はっきり言って、オレの家系は極端なガン体質の家系だ。
オレが若い頃、肺ガンで死んだ父親を含め、殆どの親戚がガンで死んでいる。

ガン以外の死因で亡くなった人を探すと、
太平洋戦争で戦死した人までさかのぼらなくちゃあならない。
オレも多分たっぷり、そういう遺伝子を引き継いでいることだろう。
だから、( ガンになるんじゃないか ) という怖れは、
ごく若い頃からずっと、オレの心のすみっこの方でぼんやり存在し続けていた。



「 死にたくない。
  停年になったら、魚釣りと畑仕事で暮らすのが夢だったのに。
  それが無理ならせめて、
  子供がみんな学校を出るまでだけでも、元気で働きたい。 」


- と、そんなことまでマジで思いつめて
  待合の椅子に、オレは座っていた。




         




「 胃炎だね。 」

- と医者は眉間にしわを寄せて言った。 
そして、続けて

「 だが、酷い状態だ。
  胃壁から出血しているし、以前の潰瘍のあともある。
  食道に胃酸が上がって焼けた跡が沢山ついている。 」

とも言った。


だが、一言目を聞いた後でオレはもう、
天国から地獄へ 一瞬で
” どこでもドアー ”
で移動したような気持ちになっちまって、

「 酷い、酷い 」

という医者の言葉が、みんな

「 よかったねェ、よかったねェ 」

に聞こえてしょうがなかった。



延々と状態が悪いことの説明をしたあと、
最後に、医者が言った。

「 こんな飲み方していれば、早晩必ず胃ガンになりますよ。 」





・・・ (´・ω・`) (´・ω・`) (´・ω・`) (´・ω・`) (´・ω・`) (´・ω・`)  ・・・



「 判ってるって。
  こんだけビビれば、いくらアホなオレでも考え方が変わるヨ。
  もう、今までみたいな無茶な飲み方はしないサ。 」

----- ホントのホントに ------

   

・・・ (´・ω・`) (´・ω・`) (´・ω・`) (´・ω・`) (´・ω・`) (´・ω・`)  ・・・






- と、こんな風にして、
駐在2年と半年で、
オレの台南での初期の生活様式は
無理矢理に、転換期を迎えることになった。

そういうことだから、今回のBLOGのサブタイトルが
  
” 台南・ダイアリー 第1ステージの終わり(1) ”
になってるってわけなのサ。








( それで、なんで(1)かっていうのは、次回を見れば判るヨ )        



一昨日のヒット数 - 634
昨日のヒット数 - 556

昨日は、寝る前にウェイトだけ少しやりました。
今日も、寝る前にウェイトを少しやりました。      


台中国際レースまで、あと86日。

禁酒12日目。        




馬桶主題餐廳-台南別類収集1

2005年04月22日 | その他


今回は、
” 海中鮮 ” の回で紹介した、ローカル調査員の
” 戴裕峰 ” 先生が、高雄に新しく開店した
” 馬桶主題レストラン ” の情報を持ってきたので、それを紹介する。
( ということで、オレは、自分では食いに行ってない。 )

しかしこのネタは、まじめに紹介すると、
オレが、せっかくここまで築き上げてきた、
このダイアリーの ” 文化的 ( ? ) ” な雰囲気を
めちゃくちゃにしてしまう怖れもあるので、
とりあえず、こそっと、
” 台南包子研究中心 ” シリーズの間に、紛れ込ませて、
冒頭の ” コレまでの台南・ダイアリー全リスト ”
にも取り上げないことにした。

今後、こういうネタが出たときは、今回と同様に、
” 台南另類 ( リンレイ、変わったもの ) 収集 ” シリーズとして
かくれて、こっそり、紹介することにするゾ。

 

さて、“ 馬桶、マートン ”
っていうのが ” 洋式便器 ” であることから判るように、
ここは、何にでも便器の形を使ってあるミセだ。

メシを食う椅子も洋式便器 ( 左上の写真 ) なら、
食器も洋式便器 ( 右上の写真 ) の形をしている。

ここで、もりもり食欲がわくような人がいるとは、
オレにはちょっと思えないが、
まぁ、世の中広いから、
どんなヤツがいるかも わからんもんなぁ。



上は、和式便器の形のさらにのった、二色アイスだが、
こいつについては、オレは、
” なかなか可愛い ! ”
とか思っちまった。


 

今日の紹介をみて、
このミセに行きたい人が、いるかどうか判らないけれど、
一応ミセの名刺を上に載せて置くので、
まぁ、興味があったら、行ってみてくれ。

なんでも、台北の方には、
カレーライスを出すミセで
こういう食器を、使っている所があるって聞いたんだが、
一体、そこまでする人って、本当にいるんだろうか ・・・ 

          ?????