食道がんと闘う自然爺の活動

自然の中での暮らしに憧れ、自作の山小屋を起点に自然と戯れていたが、平成21年10月、食道・胃がんが見つかり手術。

『旅行会社受付カウンター』

2013年12月15日 16時53分10秒 | 旅行

関空からの旅は今度で4度目になる。空港内の施設は大方のところ覚えているが、集合

場所だけはいつも確認しておいてから時間つぶしにかかる。前回は有り余るほどの時間

があったからコインロッカーに荷物を預けてからゴソゴソしたが、今回はそこまでの必要は

ないから面倒でもゴロゴロと動き回る。

集合時間まで2時間余、日本最後の晩餐はいつものことながら寿司に落ち着いた。カター

ル航空だから機内で寿司が少し出される可能性もあるが、本場のものを堪能しておくこと

にする。当然のこと、懐かしくなるであろう赤だしは捨て難い。

食後、空気枕のことを思い出し、店を覗いてみる。機内で身体を倒す時、窓や背もたれの

隙間に使えるものが欲しく物色する。最近のものは首に巻くようなものが主流のようだが、

昔ながらのものの方が使い勝手はいいと思う。枕をゲットしてから両替所に行って見た。

スロベニア、クロアチアともEUに加盟しているがクロアチアはユーロを導入していないから

現地通貨クーナKnが使われている。しかし関空ではクーナを扱っていないため、最初に訪

問するスロベニアのため€だけを用意しておく必要がある。

為替差益損なるもの庶民には関係ないとする方が大半だが、年に1度でも継続して外国に

行く人にすれば、その差は大きいと感じることがある。昨年3月トルコに行った時、現地通貨

とは別に円高であることから基軸通貨たる$を纏めて購入しておいた。この時の$は83円、

今は102円。この時点でヨーロッパへの旅は当面ないだろうと€は必要分しか代えなかった。

€は100円くらいだったが今は142円となっているから、結果はドル買いではなくユーロ買い

の方が正解だったようだ。ただ、目的は為替差益を得るためではなかったので悔しい思い

をしているのではない。

旅行に行く度、その時の$を持ち歩き換金している。さて今回は日本で€を調達する。なら

ば$で換金・・・・両替所での説明によると、$-→¥--→€と2度の換金が生じるので手数料

が高くなるから得策ではないと説明を受ける。

つまり日本円が基軸通貨になるから$-à€への直接換金はできないのである。

仕方なしに手持ちの円で少量の€を買って、Knはザグレブ空港での換金とする。

懐は温かいほどではないが一応困らない程度の資金を確保でき、準備万端整い集合カウン

ターに向かってみる。1時間くらい前だから私たちが初めてのようで、未だ並んでいる人はい

なかった。すると様子を察し声を掛けてくれたのは添乗員の方だった。

手続きを終え出国までの説明を受け、搭乗ゲートでの集合となり再び解散となった。しかし、

もう行く所もなくなったので早目に搭乗ゲートに向かうことにした。北ウィングの搭乗口までモ

ノレールに乗っていく。前回は夜中の出発で明りのない暗くなった所ばかりを通ったが、今回

は未だ9時前だから免税店も開いており、随分と雰囲気に差を感じた。


『原発とイルミネーション』

2013年12月15日 16時51分15秒 | 日記

師走を迎えてというより、クリスマスを迎えてというのが相応しい光景として各地で華やか

に輝いているイルミネーション。光の種類、色の種類が増えてケバケバしく輝いていた豆

電球のものより圧倒的に綺麗になった。それを浮き出すデコレーションにも工夫が施され

光の織りなす、お伽の世界のようで、長らく見ていても飽きない。数も大量になり総数で

十万個などと聞かされてもピンとこないがTVで観ていても圧倒されてしまう。こうした光

景はクリスチャンでもないないのにクリスマスと言って飾る必要はあるのだろうか。素朴な

疑問を持つ。先日のクロアチアでもスロベニアでもクリスマス飾りは簡素なものだったし、

イタリアでも同様なのに日本の飾りは飛び抜けているように思える。あの飾りはクリスマス

用ではなく年末行事だと言訳しても嘘は直ぐばれる。こうした飾りの大半は12月25日くら

いまでで終えてしまうからクリスマスを意識しているに違いない。

こうした光景にけしからんと苦言を吐いているのではなく、私は年末の風物詩として見て

いる。見ていて綺麗、飽きないものには違いないが、こうした所で消費される電力は半端

なものではないはず。原発は動いていなくても、こうした贅沢な光の美を楽しむことができ

るし、何ひとつ不自由は起きていない。なのに、政府や電力会社は狼少年のように起こり

もしない電力不足を煽り、なし崩し的に再稼働に持ち込もうとしている。

こうした背景には経済界から安い電力確保の強烈な要望があるからに他ならない。その

証明として、電気料金値上げは困ると言う民ですら、多くの人は原発の再稼働には疑問

を持ち、脱原発に向かうべきだと思っているからだ。原発停止後しばらくは避難民のことも

あり遠慮していたが人の関心が少しでも薄れてくると、禿鷹どもは本性を表し原発再稼働

を声高に叫び出してきた。それは島根県議会においても同様で表面では慎重な態度を見

せているが、腹の中は再稼働決めているがgoを出す度胸はないから、誰かが言訳の出来

説明をしてくれるのを待っているだけだ。何が安全なのか理解することができない議会が

決めるのだから、住民は腹をくくって生活していくしかない。

昨日の新聞で経産省は原発再稼働を推進に舵を切ったと載っていたが、原発に故郷を追

われた人たちの目にきれいなイルミネーションはどう映るのだろうか。


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