小浜逸郎・ことばの闘い

評論家をやっています。ジャンルは、思想・哲学・文学などが主ですが、時に応じて政治・社会・教育・音楽などを論じます。

消費増税問答(その2)

2016年10月03日 14時17分55秒 | 経済

      





*前回、このシリーズ、2回で終わらせると書きましたが、後半が長いので、3回とさせていただきます。今回はその2回目です。

Q4:消費増税を主張する財務省や御用学者が間違っていることはよくわかりましたが、なぜそういったことがマスコミで言われないのでしょうか? また財務省や御用学者はなぜ真実を隠してソッチに世論を誘導しようとしているのでしょうか?
まずマスコミについては、左翼的偏向などは影響なさそうだから、彼らがそうなってしまう仕組みがよくわかりません。単に不勉強というに尽きるのでしょうか? それとも何か、彼らがソッチへ行ってしまう偏りの根があるのでしょうか?
 そして財務省については、
・本当は真実を理解しているが予算拡大=権益確保のために意図的に世論誘導しているのか? あるいは他の理由もあるのか?
・増税という財務省の悲願は、その本来の意味/無意味を問うことを忘れるほど魔力のあるものなのか?
・あるいは、経済理解には常に諸説あり、現状ではソッチ派がなんらかの理由で(東大閥とか)主流になってしまう(つまり彼らとしては意図的ではなく、本当にソッチが真実だと思っている)のか?
 このへんはどうでしょう。


A4: なかなか鋭い質問です。当然起きてくる疑問で、私もこれについては相当考えてきました。貴兄の言っていることはある程度までは当たっています。これも前回紹介した拙著『デタラメが世界を動かしている』p73~74に書かれているのですが、もう少し展開してみましょう。

 まず、財務官僚ですが、彼らは何らかの悪意とか、作為とかがあってそうしているのではなく、ケチケチ病という一種の強迫神経症と、臆病という不治の病と、長年続いた公共投資アレルギーとに骨の髄まで侵されているのでしょう。単年度会計で収支バランスを取る、ということだけが彼らの習慣的な思考スタイルになってしまっていて、それを抜け出すことができなくなっているのだと思います。いわば彼らは「緊縮財政真理教」なる宗教団体と化しているとも言えましょう。
 なぜそうなるのか。
①ひとつは、彼らが悪しき意味での「秀才」だからです。この連中には、普通の国民が何に関心を持っているかという一番大事なことが視野に入っていません。「経済学」をお勉強して、密室の中でシコシコと机上の空論をもてあそんできた連中です。彼らは、与えられた課題、つまり、国家財政を均衡させるには数字をどう動かせばよいか、ということしか考えていず、そのためには、赤字国債や国債利子の支払いを減らして税収を増やさなくてはならないというテーゼに金縛りになっているのです。先に述べたとおり、税率を上げても税収は増えないのですがね。
②その「経済学」というやつですが、現在幅を利かせている「主流派経済学」は、「すべての個人は利益最大化と効率のために合理的な行動をとる」という機械的な仮定を前提として、数式を用いた理論モデルでガチガチになっています。これは、財務官僚の周りに群がる御用経済学者たちの基本的なスタイルです。そうして複雑難解な経済理論、経済法則なるものを作り上げ、理論と現実とが乖離している場合には、理論の間違いを柔軟に認めるのではなく、現実のほうが間違っているとみなすのです。
 たとえば、彼ら(新古典派経済学と呼ばれますが)の仮定によれば、市場の均衡原理が成り立っている状態では、完全雇用が成り立ち、非自発的な失業者(仕事を探しているのに仕事に就けない人)は存在しないというバカげた結論が導かれます。こういう経済学に依拠している限り、財務官僚も安んじて低所得者層の問題など頭から放逐できるわけです。
③官僚体質と昔から言われますが、彼らは、一度正しいと信じて決めたことは何が何でも通そうとします。現実の変化に応じて柔軟に対応しようという政治判断ができません。その決めたことを貫くための実務能力において、彼らは極めて「優秀」です。
 これは、今の場合で言えば、かつて田中角栄の時代やバブル時代に多少通貨が膨張してインフレになったので、「羹に懲りて膾を吹く」の体で、「決してインフレにしてはならぬ! そのためには倹約せねばならぬ!」という教科書の教えを守り抜いているわけです。そうしてひどいデフレ状況を二十年以上も支えてきました。ちなみに、江戸時代の三大改革は、いずれも倹約の美徳を説いて、産業の振興を抑制したために、経済政策としてはことごとく失敗していますね。
④このDNAは、後続世代にそのまま遺伝します。財務官僚といえども、若い世代のなかには、上司の方針はおかしいんじゃないのと疑っている人はけっこういると思いますが、部内で異を唱えると、必ず出世に差し支えます。官僚とはそういう世界です。

 次に御用学者ですが、彼らは若いころ、エール大学とかハーバード大学とかシカゴ大学とかで、いま言ったように理論経済学を叩きこまれていて、現実に生き生きと対応できるような思考の道具を持っていないのです。「真実」を知っていながら隠しているのではなくて、本当に自分たちが正しいと信じ込んでいるようです。
 つまりエリートとしてのプライドと権威主義とが、真実を見ることを妨げているのですね。だから、たとえば中小企業診断士から身を立てた筋金入りの経済評論家・三橋貴明さんなどから矛盾を突かれると、話を逸らしたり、答えないで黙ってしまったりします。消費税には直接かかわりませんが、日銀副総裁の岩田規久男氏などは、金融緩和だけでデフレ脱却できるという理論(リフレ派といいます)が現実によって裏切られているのに、いっこうにその誤りを認めようとしません。

次にマスコミですが、これは産経新聞特別記者の田村秀男さんのようなごくまれな例外を除いて、本当に不勉強でバカです。財務省や日銀という権威筋の言うこと、やることをそのまま虎の威を借りる狐のように大衆に向かって垂れ流しています。特に経済専門紙であるはずの日本経済新聞がひどい。この新聞は、率先して消費増税の必要性を説いてきました。
 そればかりではなく、景気悪化の指標が歴然と出ているにもかかわらず、政策の批判をせずに、その原因を暖冬のせいで暖房器具が売れなかったとか、原油安が響いたとか、政府が外部要因のせいにするのを鵜呑みにしています。つい先日も、8月の最終消費支出が前年同月比でマイナス4.6%になり、6カ月連続の落ち込みだと伝えながら、その原因を、台風で天候不順が続いたからだ、と平然と書いていました!
 忙しくて考える暇のないサラリーマンのほとんどが、日経を読み、経済紙の言っていることだから正しいだろうと刷り込まれてしまいます。非常に罪が重い。朝日、読売などもこの点では同じです。
 またNHKラジオなどでときおり経済問題特集をやるのをカーラジオで聴くのですが、出てくる経済部記者や論説委員は、ほとんど権威筋の言うことをオウムのように繰り返しているだけです。批評精神などみじんもありません。
 参考までに、先日、日銀が「総括的な検証」を発表した時のNHKのひどさについて、ブログに書きましたので、覗いてみてください。
http://blog.goo.ne.jp/kohamaitsuo/e/44d5affc8b33d3b9a0e525ed26c69820

Q5:貴兄は、「政府が通貨発行権を持つので、新たに通貨を発行することで、(すべてではないにしても)ある程度まで借金をチャラにできます。これは動画でも、だからってハイパーインフレなんかにならない」と言ってますが、現実的に問題が起きない程度での借金チャラ化は、およそどの程度までなら可能なのでしょうか?

A5:これに答えるのはちょっと難しい。つまり、仮に1000兆円借金説が正しいとして(正しくないのですが)すべてを通貨発行でチャラにするというのは、やや乱暴な話で、そんな政策を打ち出せば、それこそ緊縮財政派の財務省、学者、エコノミスト、マスコミが、「ハイパーインフレになって国債が暴落する!」と鬼の首を取ったように叫び出すでしょう。要するに、これは、その時々の実体経済市場と金融市場の情勢を踏まえて決定すべきバランスの問題でしょうね。たとえば私が試算したように、政府の負債が100兆円くらいなら、通貨発行でチャラにしてもほとんど悪影響はないと思います。また負債がこれくらいなら、わざわざチャラにする必要がないとも言えますね。

Q6:貴兄はまた、「日銀は広い意味で政府の一部門なので、日銀が買い取った国債を、新規発行の国債(無利子、返済期間無期限)と交換できます。」と言っていますが、これは、通貨発行で負債をチャラにするのと実質同じようなことに思えますが、そういう理解でよいのでしょうか?

A6:通貨発行でチャラにするのと、国債の借り換えとは違います。前者は、実際に通貨が市場に流通するので、巨額ならばインフレ懸念が発生しますが、後者の場合は、日銀と政府とで、書類上の書き換えをするだけです。だから、インフレ懸念も発生しないとてもよい方法だと思います。これは、日本の経済学界で、主流派経済学者に抵抗してほとんど孤軍奮闘されている青木泰樹先生から直接聞きました。

Q7:貴兄はさらに、「政府の負債は、拡大しても返済義務があるわけではなく、また罪悪視する必要は何らなく、国民生活に役立つならむしろ積極的に拡大すべきなのです。特にデフレの時は民間を刺激する必要があるので、これが求められます。」と言っていますが、これはつまり、借金、というより、出資、という方が正確な理解に近いと思ってよいのでしょうか? イコールではないにしても言葉のニュアンスとして。

A7:まさにそのとおり。そういうイメージで国民の多くが捉えれば、何の問題もないのに、財務省やマスコミが「借金」という言葉を使って国民を騙すので、国民は、自分の家計に引きつけて考えてしまうわけです。企業は自己利益のためになると考えたら、投資という賭けに出るために借金をしますが、儲からないと踏んだら融資を受けません。これに対して政府は自己利益のためにあるのではなく、国民の福祉のためにある公共体ですから、儲からなくても「出資」すべきなのです。

Q8:公共事業などで景気が良くなり設備投資などで好景気の影響が循環していくというのは分かりますし、低金利政策も仕組みとしては理解できます。でも低金利政策は行くところまで行っちゃってあまり日銀は有効な手を打てないのかなと理解しているんですがいかがですか。

A8;そのとおりです。日銀の金融政策にはもともと限界があります。一つは、黒田バズーカを続け過ぎて、金融市場の国債が不足しつつあることで、あと3年くらいこのまま続けるとゼロになってしまいます。すると、金融機関は、そのぶん海外のハイリスク商品に手を出す可能性が出てきます。運用が下手なことで有名な年金機構などは危ないですね。でも量的緩和(国債の買い取り)自体は低金利政策のために続ける意味があります。その点からも政府が新規国債を発行する必要があるわけです。
 また日銀は、ついにマイナス金利まで導入しましたが(すべての国債残高に対してではなく、新規発行のほんの一部ですが)、これは市中銀行が日銀に金を預けていると、逆に利子を取られてしまうという仕組みです。この結果、10年物長期国債の金利までマイナスになってしまいました。ここまでやっても、企業は積極的にお金を借りようとしません。それほどデフレマインドが染みついてしまっているのですね。
 それだけでなく、マイナス金利には、銀行の営業を圧迫するという副作用があります。特に中小銀行には痛手でしょう。これが高じると、預金者にも迷惑が及ぶ可能性すらあります。極端な場合、銀行預金にマイナス金利がかかり、みんなが預金を下ろしてタンス預金をしてしまう。そうなると、ますます市場にお金が回らなくなりますから、デフレの悪循環に落ち込みます。
 さすがに黒田総裁は、このたびの「検証」で長期国債の金利がマイナスからせめてゼロになるように誘導すると発表しているようですが、どうやってやるのかよくわかりません。じつは万策尽きているというのが本音でしょう。日銀は「まだできる、まだできる」と意地を張らずに、自分の限界をはっきり表明して、政府に強く財政出動を求めればよいのです。



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