二十世紀の偉大な美術史家の一人として著名なアビ・ヴァールブルク(1866-1929)は、1918年、重篤な精神疾患に陥る。第一大戦におけるドイツの敗戦は自分の責任であるという妄想に囚われ、まず家族を拳銃で殺してから自殺しようとまで思いつめる。1921年、スイスのクロイツリンゲンにあるルートヴィヒ・ビンスワンガーの神経科医院に入院する。1924年、同医院の医師や患者たちを前に「蛇儀礼」についての学術講演を行い、精神疾患から治癒したことを証明し、退院する。
この1920年代のヨーロッパにおける精神の危機を象徴するような出来事に関わる文献資料を一冊に初めてまとめた本がイタリアの出版社 Neri Pozza Editoreから La guarigione infinita. Ludiwig Binswanger, Aby Warburg というタイトルで2005年に刊行された。二年後の2007年にはその仏訳 La guérison infinie が Payot & Rivages 社から単行本として出版され、その四年後の2011年には同社の文庫版叢書 « Rivages poche / Petite bibliothèque » の一冊として簡単に入手できるようになった。私が所有しているのはこの文庫版。
本書には、ビンスワンガーによるヴァールブルクの症状と経過に関する所見、当時のヴァールブルクの手紙および自伝的断片、ヴァールブルク退院後両者の間に取り交わされた書簡などが収められ、それに編者に解説、別の研究者による後書き付されている。
本書は、単に一つの特異な症例研究に関する興味深い第一次資料集にとどまるものではなく、「治癒するとはどういうことか」という精神医学における根本問題に正面から向き合うことを私たちに促す。
最新の画像[もっと見る]
ヴァールブルク氏のことは知りませんでした。
シュレーバー氏も裁判で勝ちますが、結局治癒することはなかった。
しかし彼の書いた文章を読むと、言っている事はおかしいですが、文章の組み立てそのものはおかしくない。読める文章になっている。不思議ですね。
ニーチェにしても1888年あたりから完全におかしい予兆がありますが、ではどこからが病気なのか、書簡を読んでいてもよくわかりません。狂気と正気の線引きが容易にできない。「人間はかくも必然的に狂っているので、狂っていないことは狂気の別の形式になるだろう」というパスカルの言葉が重くのしかかってくるような気がします。
それはそうと、プルーストにおける美と言語の関係について、もっと書いてほしいと思いました。美というのは、おそらく西田における純粋経験のような、「未だ主も客もない」ような次元での出来事だと思いますが、そういう絶句するほかない経験が、おそらく言語の源泉でもあるように思います。美は言語の母胎になることはあっても、十全に言語化することは不可能なエックスにとどまるほかないように思います。それでも人はなんとか表現しようと試みる。
すいません、また支離滅裂になってしまいました。失礼します。