内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

源信『往生要集』、あるいは路傍の地獄を直視する眼

2017-04-12 23:59:59 | 読游摘録

 講義の準備のために学科図書室から源信の『往生要集』(岩波日本思想体系、1970年)を借り出して表紙を開けたら、月報が挟んであって、その冒頭が大江健三郎の「『往生要集』と想像力」と題されたエッセイだったので少し驚いた。このエッセイ執筆当時三十五歳の大江がどうしてこの浄土思想を説く平安中期の仏教書に強く惹きつけられてきたのかがそこに語られていて興味深い。このエッセイが書かれた時期は、小説作品に関して言えば、『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』(1969年)と『空の怪物アグイー』(1972年)との間になるが、同じ1970年、評論・ノンフィクションとしては、『壊れものとしての人間』『核時代と想像力』『沖縄ノート』の三冊が刊行されている。このエッセイを読むと、源信の描き出す地獄の阿鼻叫喚と浄土の寂光は、現代社会の問題に深い関心を寄せる大江によって想像力の機能という問題意識とともに新たに読み直されていることがわかる。
 私もまた、仕事上の必要を離れて、あるいはそれを超えて、現代の現実を直視する眼をそこから学ぶために、復活祭の休暇中に『往生要集』を読み直してみようと思う。