内的自己対話-川の畔のささめごと

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「神話の時機が再び到来する」 ― E・カッシーラー『国家の神話』より

2018-05-29 11:00:25 | 読游摘録

 欺瞞に満ちた現代の政治状況下にあって、為政者たちによって意図的に捏造される呪術的スローガンによって惑わさることなく、自由な一個人として理性に基づいて注意深く冷静に判断するために読まれなければならない古典的名著の一冊がエルンスト・カッシーラーの遺著『国家の神話』(Ernst Cassirer, The Myth of the State, New Haven, Yale University Press, 1946)である。
 幸いなことに、1960年に創文社から初版が刊行された宮田光雄による達意の名訳の全面改訂「決定版」が講談社学術文庫の一冊として今年二月に刊行された。カッシーラーの名著の名訳がより入手しやすい形で時宜を得て刊行されたことが喜ばしいだけでなく、巻末に収められた懇切丁寧な「訳者解説」と現代の世界的な政治状況への深い憂慮の念が滲み出ている「学術文庫版訳者あとがき」とが本書をさらに価値ある一書にしている。
 「訳者解説」(訳者の論文「エルンスト・カッシーラーとナチズム──カッシーラー『国家の神話』を読む」(二〇〇五年末脱稿)の再録)の冒頭に引かれた『国家の神話』第十八章「現代の政治的神話の技術」の一節の英語原文と宮田訳を引く。

In politics we are always living on volcanic soil. We must be prepared for abrupt convulsions and eruptions. In all critical moments of man’s social life, the rational forces that resist the rise of the old mythical conceptions are no longer sure of themselves. In these moments the time for myth has come again (E. Cassirer, op. cit., p. 280)

政治においては、われわれはつねに火山地帯に住んでいる。われわれは突然の震動や爆発を覚悟していなければならない。人間の社会生活が危機におちいる瞬間には、つねに古い神話的観念の発生に抵抗する理性的な力は、もはや自己自らを信頼しえない。このような時点において、神話の時期が再び到来する。

 二十世紀前半に政治家たちによって捏造された非合理な神話について、カッシーラーは同章でその重大な危険性を次のように指摘している。

 Myth has always been described as the result of an unconscious activity and as a free product of imagination. But here we find myth made according to plan. The new political myths do not grow up freely; they are not wild fruits of an exuberant imagination. They are artificial things fabricated by very skillful and cunning artisans. Il has been reserved for the twentieth century, our own great technical age, to develop a new technique of myth. Henceforth myths can be manufactured in the same sense and according to the same methods as any other modern weapon—as machine guns or airplanes. That is a new thing—and a thing of crucial importance (op. cit., p. 282).

 神話は、つねに無意識的活動の結果、あるいは自由な想像力の所産として記述されてきた。しかし、ここでは計画に従って作り出された神話が見出される。この新しい政治的神話は、ひとりで生育したものでもないし、また豊かな想像力の野生の果実でもない。それは非常に老練で巧妙な技師によって作り出された人工品なのである。新しい神話の技術を発達させることは、二十世紀、つまり現代の巨大な技術の時代において初めてなされたのであった。爾来、神話は現代における他のいずれの武器―機関銃や飛行機―を作るのとも同じ意味で、また同じ方法で製作されうるのである。それは新しい事態、しかもきわめて重大な意味をもつ事実である(宮田訳)。

 二十一世紀の現代は、情報工学・通信技術などの格段の進歩によって、この神話製作技術がますます巧妙になってきている。それに騙されないようにするために『国家の神話』から私たちが学びうることは少なくない。











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