内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

課題「『平家物語』を生きよ」

2018-10-25 19:09:02 | 講義の余白から

 今日の午前中、古典文学の筆記試験を行いました。ただ、筆記試験といっても、その設問はかなり特殊だったので、三週間前に授業でどんなことを行い、二週間前に学生たちにどんな課題を与えたのかをまず説明する必要があります。
 三週間前の授業で、『平家物語』の「敦盛最期」を取り上げました。まず、およそのストーリーを説明した後、原文を一切省略なしに「音吐朗々と」と私が読み上げ、学生たちにはスクリーン上の原文・仏訳対訳を目で追わせました。教室内の雰囲気で、皆相当にグッと来ているのがわかりました。まあ、この箇所を読んで何も感じないほうが難しいでしょうけれど。
 そして、二週間前に学生たちに与えた課題は、およそ次のようなものでした。

 今回の課題は『平家物語』をその対象とする。
 次の二つのタイプの課題から自分の判断でいずれか一つを選びなさい。
第一タイプは、「アカデミック」あるいは「クラッシク」なアプローチ。第二タイプは、文藝的あるいはアーティスティックなアプローチ。
 第一タイプは、『平家物語』における無常観について、同作品からある章節を一つ選び、そこでの登場人物の行動と心性の分析を通じて、仏教的な要素とそうではない要素とを選り分け、『平家物語』固有の無常観について論じなさい、という課題。
 第二タイプは、『平家物語』からある一章節を自分で選び、それにインスパイアされた舞台演劇あるいは映画のシナリオ、あるいは歴史小説の一節、或いは青少年向けの漫画を創作しなさい、という課題。

 これらの課題を教室で発表したとき、教室内はかなりざわつきました。オーソドックスな第一タイプは、そのアカデミックな課題としての難しさはともかく、まあその手の課題として「型通り」ですから、その意味では驚くにあたらないわけですが、第二タイプは、一見「ありえない」課題ですから、当然、学生たちは「うそでしょ」と顔を見合わせておりました。
 しかし、提出まで二週間というのは、どちらのタイプを選択するにしても、期限としては試験期間中の彼らには厳しい。それは私もわかっていたので、今日、小論文あるいは作品を提出できなければ、万聖節の休暇後の最初の授業11月8日まで待ってもいい、と譲歩しました。そのかわり、今日の試験では、自分がどちらのタイプを選び、どの章節を選んだか、その理由を説明しなさい、という課題を出したのです。
 今、答案を一通り読み終えたところなのですが、ちょっと感心してしまっています。みんなどちらのタイプにするか真剣に考えてくれたんですね。その上で、結果としては、26名の受験者中、16名が第一タイプを選択、残り10名のうち8名が第二タイプを選択、2名が未だに決めかねていて、それはそれでその理由を詳しく書いてくれました。
 つまり、課題の選択を前にして、自分はどちらを選ぶべきなのか、そしてその選択の理由は何なのか、みなそれぞれに自分が考えたことを書いてくれているのです。正直に言うと、そんなに期待していなかったのです。大方、テキトーに楽な方を選んでおいて、後づけでもっともらしい理由をつけてくるんだろうなと予想していたのです。でも、そのネガティヴな予想は、嬉しいことに、見事に裏切られました。
 特に印象に残った答案は、選択授業で「仏教史」を取っていて、そこで学んだこととリンクさせて、日本固有の無常観を考えたいから第一タイプを選んだという答案、日本学科に来る前に芸術系の学部にいてグラフィックをやっていたから最初は漫画の選択に傾いたけれど、やる以上は自分に恥ずかしくない作品にしたいがそれができるかどうか自信がもてないからまだ迷っていると正直に綴っている答案、第二タイプのほうが「楽しい」に決まっているけれど、大学で何を学ぶべきかを考えれば第一タイプ以外ありえないでしょ、と、ちょっととんがった調子の答案(先日、「結びとベルクソン」というテーマでクリーンヒットをはなった学生です)、無常観は日本の歴史の中の過去の問題ではなく、現在の私たちの問題でもある、だからこそ第一タイプを選んだという答案、普段から創作の真似事はしているし、登場人物の身になって考えてみるには第二タイプの方が適していると思うから、試みてみたのだが、どうにもその人物に入りきれない、だからまだ決めきれていないと申し訳ながっている(そんな必要ないよ)答案などなど。
 今日、答案と同時に課題を提出してくれたのは5名。4名が第一タイプ。1名が第ニタイプ(絵の具で彩色した漫画に表紙も付けた和綴本、タイトルは『秋の皇帝』)。全部一通り読みましたが、いずれも二週間でよくここまでやってくれたと喝采を送りたいほどの出来です。
 二週間後、他の学生たちがどんな「作品」を提出してくれるか、今から楽しみです。













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