内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

技術-美学入門 ― シモンドンの個体化の哲学と技術の哲学を出発点として

2022-10-30 19:33:20 | 哲学

 昨日、Ludovic Duhem という美学の研究者であり芸術家でもある人の論文 « Introduction à la techno-esthétique » という論文を読んでいて大変啓発されるところがあった。この論文の筆者は、シモンドンについての博士論文で2008年に博士号を取得しており、その他にもシモンドンについていくつか論文を書いている。
 筆者のいう技術-美学を一言でまとめると、美学の対象と技術の対象とを分離し、前者の固有性を絶対化する本質主義的な「伝統的」美学に反対し、芸術と技術との不可分性、両者の生産的・創造的な関係を強調・重視しつつ、技術が自然と人間に対してもちうる非本来的な攻撃性とその結果としての破壊を批判する、現代社会におけるいわば実践美学である。
 この美学は、技術的対象の美化そのものを目的とした唯美主義とは区別されなくてはならない。というよりも両者は対立する。なぜなら、技術的対象の美化は、技術の本来の目的ではなく、商業的・経済的・政治的あるいは文化主義的な他の要因によって要請されるものであるのに対して、技術-美学が目指すのは、技術の聖性の回復だからである。この聖性は、しかし、ある特定の宗教に結びついたものではなく、技術本来の聖性である。
 この技術の聖性は、個体化された個体である個々の人間存在が己を超えたものと繋がっていることを技術が対象として具体化するところに存する。この繋がりは、それと同時に、個体化された個体である個々の人間存在の裡に前個体化的なものが常に残存していることの証でもある。
 筆者の提唱するこの技術-美学は、シモンドンの個体化の哲学と技術の哲学の確かな理解に支えられている。シモンドンには独自の美学思想を展開した著作があるわけではないが、主著である ILFIMEOT の中にはシモンドンの美学思想が示されている箇所があり、特に後者の第3部 Essence de la technicité の 第2章 Rapports entre la pensée technique et les autres espèces de pensée の I. Pensée technique et pensée esthétique には私もかねてから注目しており、先日、修士の演習でも引用した。
 私個人としては、筆者が技術の聖性の次元を強調するところに特に共感する。