内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

偏りのない意見など意見でさえない ― アラン『芸術の体系』について

2022-09-29 23:59:59 | 哲学

 若い頃はかなり熱心にアランの著作を読んだものだが、フランスに来てからはほとんど読むことがなくなった。別に嫌いになったわけではないが、あんまり読みたいとも思わなくなった。理由は自分でもよくわからない。
 日仏合同ゼミに参加している日本人学生たちに中井正一の『美学入門』に関連した参考文献を紹介しようと思案しているときにアランの Systèmes des beaux-arts ことを思い出した。かつて岩波書店から出ていた桑原武夫訳『諸芸術の体系』(1978年)は今では古本でしか手に入らないようだが、長谷川宏訳『芸術の体系』が2008年に光文社古典新訳文庫の一冊として刊行されている。紹介する以上は自分も訳文を確かめた上でと思い、電子書籍版を購入した。桑原訳より格段に読みやすい訳だし、概ね良訳だと思う。
 原本はもともとアランが第一次世界大戦で従軍中に戦闘の合間を縫って書かれたものだ。手元に参考文献があるわけでもなく、出版の意図もなく、ただ自分の気晴らしのために書いたと追記に記している。戦場の不自由さを嘆くことなく、むしろそれを好条件だとまで言う。他人の所説に惑わされることなく、読者の反応を気にする必要もなく。思考を円滑に展開することができたと言う。「自分の思索に自信をもち、思索を進めることに喜びを感じている人の言だ」と訳者長谷川氏は解説に記している。
 確かに自分の確信するところを雄勁な筆致で書きつけている。卓見や創見が随所に見られる一方、ちょっと強引だと思われる箇所、とても納得できない箇所もある。しかし、読み手に自分で考えるように促してくる点ではどちらの場合も同じだ。
 読んでいてこう思った。およそ偏りのない意見などに人を動かす力はなく、そもそも意見でさえないのではないか、と。