内的自己対話-川の畔のささめごと

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読んで勇気づけられる哲学書

2022-09-04 12:17:56 | 読游摘録

 七月三〇日から八月五日まで行った集中講義のタイトル「主体の考古学」は、アラン・ド・リベラのまさに記念碑的超大作 L’archéologie du sujet(Vrin, 2007‐, 全七巻中第三巻第一部 L’acte de penser, 1 La double révolution までの三冊が現在刊行されている)から拝借したものであったにもかかわらず、講義では結局一言言及しただけだった。リベラ大先生に対して大変無礼な話だが、いまだその道半ばにあるこの遼遠なる大著の内容を簡単に紹介するわけにもいかなかった。
 数あるリベラの単著のうち日本語に訳されているのは、『中世知識人の肖像』『中世哲学史』『理性と信仰』(いずれも新評論、刊行年はそれぞれ1994年、1999年、2013年)の三冊。それぞれの原著 Penser au Moyen Âge (Seuil), La philosophie médiévale (PUF), Raison et Foi (Seuil) は、1991年、1992年、2003年に刊行された。
 『中世哲学史』については、訳者の一人である阿部一智氏による簡にして要を得た紹介が新評論の紹介ページに掲載されている。その中で阿部氏は「全体の半分をラテン哲学以外の哲学(ユダヤ・イスラム・ビザンツ哲学)に割いた中世哲学史はかつて書かれたことがない」と指摘されているが、少なくともフランス語圏では現在に至るまで本書に比肩しうるような類書は現れていない。2019年に第三版(増補改訂版)が出ていることがその証左の一つであろう。
 『理性と信仰』の訳者でもある阿部氏は、新評論の紹介ページで本書の最大の眼目を「洗い直された資料群から、ローマカトリック教会の現行の教義体系とは違うもうひとつのパラダイムが浮かび上がる」ことだとしている。そして、そのもうひとつのパラダイムのほうが「異なる宗教間の、あるいは世俗と宗教との相互理解に役立つのではないか。そう信じさせるだけの説得力が本書にはある」と高く評価し、「勇気づけられる一冊である」と紹介文を結んでいる。