内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

書物の森で道に迷う ― まどひあり記

2020-12-10 23:59:59 | 読游摘録

 前田英樹の『愛読の方法』(ちくま新書 2018年)には耳の痛い言葉が並んでいる。著者の言うことにいたく共感しながら、自分が日頃やっていることはまさに著者が批判していることだと苦笑せざるをえない。

大学教師には、たいてい個人研究室というものが与えられていて、そこの本棚には、何千冊だかの小難しい専門書が並んでいる。「万巻の書を修める」という修辞が思い浮かぶ。それが普通のことだが、こんなことが普通になる人間は、ちょっと異常ではないか。私は、かねがねそう感じてきた。こんなにたくさんの本を、独りの人間が読める道理はない。読んだら、精神に変調を来たすにちがいない。

 幸い、貧乏なフランスの大学には個人研究室というものがないが、我が家の書斎には、確かに何千冊かの本が並んでいる。小難しい専門書ばかりではなく、楽しい読み物もその中にはあるが、それにしても、ちょっと異常なのかも知れない。もう精神に変調を来していて、しかもそれが常態になっているから、本人は少しも異常だと思っていないだけの話なのかも知れない。
 それならそれで仕方ないが、本ばかり読んでかえって馬鹿な人間になってしまっているとしたら、これは由々しき事態である。この場合、本人は読んでいるつもりでも、実のところは、何らかの必要にせまられてか強迫観念に取り憑かれるかして、読まされているだけなのかも知れない。本当には読んでいないのである。
 愛読ということから遠く離れて久しい。日暮れて、遅きに失しているかも知れないが、始めないよりは始めたほうがいいだろう。愛読書の選択には不自由しないだけの書物がすでに手元にあるのだから。来週末からさっそく始めよう。