内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

存在の可塑性をめぐる思考のネットワーク増殖中

2019-03-06 23:59:59 | 哲学

 知的興奮を覚える読書経験の一つとして、ある本がきっかけになり、別の本あるいは著者を発見し、そこからまた別の著書あるいは著者との繋がりが見えてきて、最初のある本を読み始めたときには思いもよらなかった一連の問題のネットワークが自分の思考の中に形成されるときを挙げることができる。関心領域はそれほど広くなくても、そういうことは起こりうる。
 例えば、先週から今日にかけて、以下のような問題ネットワークが私の思考において生成しはじめ、今ちょっと脳が興奮状態である。
 大西克礼の『万葉集の自然感情』『風雅論――「さび」の研究』を読んでいて、比較美学の方法を調べようと思い、Étienne Souriau, Les différents modes d’existence (PUF, coll. « MétaphysiqueS », 2009. 1re éd. 1943) に行き当たり、タイトルからすぐに Gilbert Simondon の Du mode d’existence des objets techniques (1re éd. 1958) との関連が気になったが、案の定、Souriau の本の巻頭の Isabelle Stangers と Bruno Latour による présentation の注に Simondon ことが言及されていて(Gilbert とあるべきところ、Georges と二度も誤記されているはご愛嬌だが)、その注の中に挙げてあった Alice Haumont の論文 « L’individuation est-elle instauration ? Autour des pensées de Simondon et de Souriau » が手元にある Simondon(coordination scientifique Pascal Chabot, Vrin, 2002)に収録されていて、それに目を通すと、Simondon と Souriau との間には、いわゆる歴史的な影響関係はほぼないといってよく、それだけに両者の思想の哲学的親和性が問題になることが指摘されている。
 その親和性の核を私なりに思い切って一言で言い表わせば、存在の可塑性である。来週の発表が済むまでは深入りはできないが、このネットワークはその間も私の思考の深層で増殖していくことだろう。しばらく放っておこう。