内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

言霊信仰、固有性の自覚、起源への遡行

2014-10-02 16:47:24 | 講義の余白から

 今日の上代文学史のテーマは「言霊信仰」であった。これは日本の上代文学史を学ぶ上で最も重要な事項であるから、教科書として使用しているテキストの数行の記述を学生たちにゆっくり何度も読み返させながら、二時間かけてじっくりと説明を加えていった。
 特に強調したのは、口に出して言い立てた言葉は、そのまま事実として実現され、よい言葉・美しい言葉はサキハイ(幸)をもたらし、悪い 言葉はワザワヒ(禍)をもたらすという、〈言〉と〈事〉との同一性が信じられていたという点である。これは次回以降じっくりと読んでいく万葉歌の特性を理解するため、とりわけ、一般に叙景歌とされる歌の本質を捉えるためには、最も肝要な点だからである。
 もう一点注意を促したのは、言葉の霊力に対する信仰は日本に古くから存在したと考えられるが、それが〈言霊〉として意識化されたのは万葉時代に入ってからであり、対外的な緊張の中で国家意識の目ざめとともに〈言霊〉への信仰が自覚されるようになったということである。これは、仏教伝来以後はじめて、神道が一つの信仰として自覚され、教義として組織化されていくのとほぼ並行関係にあると言ってよい。
 自己の固有性は、それがただ生きられているだけではそれとして自覚されることはなく、その固有性と異質なものに触れることによってはじめて自覚へともたらされるという、一般的な認識の原理がここにも適用されうるわけである。
 しかも、その自覚の過程は、異質なものとの接触以前にあったものがそのまま自覚へともたらされるという結果に私たちを導くものではなく、その接触を契機とする「固有性」のそれとしての差異化過程、つまり、その「固有性」の三重の意味での〈ことなり〉(言・事・異-なり)の過程にほかならない。そのように自覚された固有性から、その「起源」への遡行が始まるのであって、その逆ではない。